取引
正月休み中のストックを確保しました。
三箇日も毎日更新継続予定です。
第七兵器工場。
そこで働くニアスは、作業着姿で無重力空間を移動していた。
まるで飛んでいるように見えるが、ある場所に来ると動きが止まる。
目の前にあるのは、二千メートルを超える要塞級と呼ばれる宇宙空母だった。
「ちょっと、どうして売れないのよ? 正規軍で採用するって話だったじゃない」
怒っているニアスに、後輩が言い訳をしていた。
「第三兵器工場が割り込んだんですよ。あそこは、要塞級の新型を発表したばかりですからね」
「だからって酷いじゃない。こっちは、二十年前の発表から、改良を加えたモデルよ。安定性も性能も、こっちが上じゃない」
性能やら整備性、生産性を追求する第七兵器工場では珍しく、デザインにも力を入れていた。
だが、それでも人気の第三兵器工場にはブランド力で負けている。
後輩が困っていた。
「どうします? こいつが納品できないと、ドックも空きませんよ。それに、こいつの代金が入らないと困ったことになります」
要塞級の値段は、超弩級戦艦以上だ。
そして、帝国が買わないのなら、売れる先は限られてくる。
外国には売れない。
領主貴族たちに売れるが、それも帝国が許可を出している家だけ。
ニアスが思い浮かべる、買ってくれそうな家は――バンフィールド家だけだった。
ただ、リアムは現在修行中。
交渉するために、修業先に押しかけるのは好まれない。
だが、すぐにでも売りたい。
なので、
「こ、こうなれば、修業先で行われるパーティーに潜り込むしかないわ。レーゼル子爵家だったかしら? うちとは取引があるの?」
後輩に確認を取ると、調べはじめた。
「ありますね。二十年前に、うちで整備した正規軍の旧式をまとめて購入しています。その後は――他の兵器工場の商品を買っているみたいですね」
「お金があるなら、新型を買って欲しいわね」
「新型をポンポン買うのは、うちだとバンフィールド伯爵家をいれても数えるほどしかありません。えっと――子爵家のパーティーとなると、一番近いのでこれですね」
ニアスが参加できそうなのは、第七兵器工場の代表として出席できるものだ。
それは、修行終わりの子弟たちを送り出すパーティーだった。
「って、まだ先の予定じゃないの! 他の兵器工場の連中も出てくるし、こんなところで売り込みなんかかけられないわよ」
「でも、うちが参加できるのはそれくらいですよ」
ニアスが落ち込むのだった。
「ここのドックが空かないと、開発計画に遅れが出るのよ」
解体も出来ない。
外に放置も駄目。
ニアスは何としても売らなければならなかった。
◇
男のあれが爆発する話を聞いてから――俺は真面目に過ごしていた。
遊び歩きたいが、怖くて遊べないというのが正しい。
おかげで、気が付けば修行も三年目に入っていたよ。
「気が付けばもう終わりだな」
「そうだね」
長いようで短い三年間――最後の方は、爆発にビビって遊べなかった。
くそ――これというのも、間抜けな子爵が悪い。
そんな危険な性病を放置するなよ。
俺は領地に戻ったら、すぐに領民に一斉検査をすると心に決めた。
こんな恐ろしくて、満足に遊べない領地とか酷すぎる。
「そういえば、修行が終わる前日に武芸の披露があるそうだよ」
「あ~、試合の話か」
ここを出る前日に、関係者たちを呼んで試合が行われる。
ただ、これは特別扱いを受けている善良な貴族の子弟たちを勝たせるものだ。
俺たちはうまく負けるようにと指示が出ていた。
「子爵も情けないよな。金持ち連中のご機嫌取りだ」
俺も自分が金持ちだと思っていたが、世の中には上には上がいるものだ。
歴史もあり、代々領地を発展させてきた家には、俺ではまだかなわないらしい。
それが分かっただけでも収穫だな。
ただ、問題もある。
「俺の場合、免許皆伝を持っているから、負けたら困るんだが?」
「僕も同じだよ。けど、向こうにはペーターもいるから、僕は気が楽かな」
「何で?」
クルトとペーターは同じアーレン流剣術の使い手だった。
有名剣術であるため、門下生は凄く多い。
もの凄く多くて――そして、問題もあるらしい。
「同じ流派で、相手も同じ免許皆伝なら負けても問題ないんだよ」
「ペーターもお前と同じくらいに強いのか?」
「――いや、ペーターは免許皆伝をお金で買ったんだ」
聞くと、有名剣術というのは、社会的な地位のある人たちに免許皆伝を売るようだ。
その方が宣伝にもなるし、家臣たちも主君と同じ流派を学ぼうとする。
俺の場合、一閃流を教える人間がいないため、家臣たちは各々で武芸を修めていた。
「有名剣術も大変だな」
「僕の父さんも、免許皆伝をもらえたのは領主になってからだよ。随分と高いお金を支払ったと聞いたね」
それを聞くと、安士師匠の高潔さが際立つな。
一閃流を途絶えさせないために、本気で弟子を取らないと申し訳が立たない。
それにしても、試合はどうするべきだ?
いっそ不参加の方がいいのだろうか?
ただ、少し気になるな。
ペーターの実家は、とても善良な領主一族だとすると、金で免許皆伝を買うだろうか? もしかして、個人の武勇など無用と考えているのか?
――やっぱり相容れない相手である。
◇
レーゼル子爵家の屋敷で三年間暮らしたが、これって俺の実家よりも過ごした期間が長かった。
ちょっと複雑な気持ちでいると、庭を掃除中の俺にくそ――違った。カテリーナ嬢と腕を組んで歩いてくるペーターの姿が見えた。
俺の方に近付いてくると、
「よう、貧乏人」
「ペーター、可哀想よ」
可哀想と言いながら、クスクス笑っているくそビ――カテリーナ嬢。
俺の実家は祖父母と両親が残した借金を、未だに返済しているため貧乏人と言われても仕方がない。
一括で返済も出来るが、急に返済すると目立つから駄目だと天城に言われて借金を返済し続けている。
そのせいで貧乏人扱いだ。
「何か用ですか?」
ペーターは不敵に笑っている。
「貧乏人のお前に、俺様が恵んでやろうと思ってね。俺様が通っているカジノに連れて行ってやるよ」
どうやら、暇なので俺を誘いに来たらしい。
カジノとか――歓楽街をしっかり管理していない子爵の領地で遊ぶとか、馬鹿である。
俺はカジノで遊ぶより、そこから収益を得る方がいい。
「お断りします」
丁寧に断ると、ペーターの顔が歪んだ。
「お、俺様の誘いを断るだと! こ、こいつ、貧乏人のくせに!」
いきなり襲いかかってくるペーターは、俺の目の前でこけた。
そのまま頭をぶつけ、苦しんでもがいている。
「ペーター、大丈夫!」
カテリーナ嬢が駆け寄り、抱き起こすとペーターが俺を睨み付けていた。
「許さない。このことは子爵に報告するからな!」
「お前がこけただけだろうに」
何を言っているんだ、こいつ?
そんな態度であしらい、俺は掃除へと戻るのだった。
◇
案内人は、屋敷の屋根からリアムとペーターの争いを見ていた。
「――アレは論外だな」
リアムに復讐するべく、動き回っているが成果が出ていない。
理由は、リアムに勝てる可能性がある人間がいないから。
クルトでも本気のリアムには勝てなかった。
「何も出来ずに時だけが過ぎていく。このままでいいのか?」
色々と手を出そうにも、自分の力はもはや少ない。
効率的にリアムを不幸にするためには、ここぞという場面で力を使わなければならなかった。
「リアムに手を出そうとしている海賊たちも、以前のゴアズより小規模で弱い。まったく頼りにならない連中だ」
なので、近場で手頃な連中を見つけても、手を加えてリアムに襲いかからせても成果が出そうにない。
「足りない。このままでは全然足りない。いったいどうすればいいのだ?」
案内人は、今日も悩んで手が出せずにいた。
そんな案内人の背中を見ている、白い光が――離れるとどこかへと向かっていく。
◇
「ちくしょう! 野郎、姿を見せねーじゃねーか!」
海賊団の団長が、拳をテーブルに叩き付けた。
リアムの情報を得てから、色々と準備をしているのに――本人であるリアムが出てこない。
屋敷に引きこもっていて、海賊たちでは手が出せなかった。
「団長、このままだと、あいつは修行期間が終わって地元に戻りますよ。リアムの地元は、俺たちの縄張りじゃありません」
逃げられたら、もう追いかけられない。
海賊たちは、舐められたままで終われないと次の手を考える。
団長が――。
「――ランドルフの野郎に連絡しろ」
「よ、よろしいんですか? あちらは、不用意に連絡してくるなと言っていましたが?」
「今は大事な時だろうが! 俺たちが舐められたら、余所の海賊団が乗り込んできて幅を利かせることになる。野郎もそれを望んでいないからな」
部下が慌てて連絡を入れると、しばらくして団長の目の前にランドルフの姿が投影される。
『用件は何だ?』
不満そうなランドルフに、団長は下手に出るのだった。
「子爵様、実は聞いていただきたい話があります」
◇
『――いかがでしょう?』
執務室。
ランドルフは、海賊たちの持ち込んだ話に眉をひそめた。
「うちで預かっている貴族の子息を痛めつけたい、か――何を考えている? 駄目に決まっているだろう」
子爵家の信用問題になる。
それだけは認められないと言うと、海賊たちもそれを理解していたようだ。
『子爵様、我々にも面子があるのですよ。縄張りを荒らす他の海賊たちを押さえつけるには、喧嘩を売ってくる馬鹿を叩く必要があります』
舐められた終わり。
海賊たちも大変である。
「当家の面子があってこそ、お前たちも生きていけるのだが?」
『理解していますよ。だから――奴が地元に戻る前に、叩かせてくれませんかね?』
それを聞いて、子爵はアゴを撫でていた。
(こいつらの機嫌を損ねるほど、バンフィールド家に価値はない)
「――当家の領地の外で頼むよ」
『もちろんです。それと、協力していただけるんでしょうね?』
「うちの艦隊を出すわけにはいかないな。だが、救援要請に駆けつけるのは遅れるかもしれない」
手も貸さないが、リアムも助けないと言うと、海賊はニヤリと笑った。
『それで構いません。ですが、万全を期すために、力を借りたい人がいましてね』
「誰だ?」
『ピータック家のペーター様ですよ』
ランドルフは視線をきつくするが、海賊たちは動じない。
(バンフィールド家の小僧と揉めたと聞いていたが、我慢できなかったか)
ペーターとカテリーナが、ランドルフに色々と報告していた。
ペーターは殴られたと言い、カテリーナは転んだだけだと後で教えてくれた。
(無能すぎる。だが、ここで機嫌を損ねて、婚姻を破棄されても困るな)
ランドルフが勘違いをしているピータック家の規模は、とても魅力的だった。
組めば、子爵家にとっても大きな利益となる。
そのため、ここでへそを曲げられると困るのだ。
「――ピータック家の艦隊は参加しない。参加するのは海賊だけだ。いいな?」
言葉にはしないが、ピータック家には海賊を名乗らせろと言っていた。
それなら認めると言われ、海賊たちも納得する。
『分かっていますよ、子爵様。バンフィールド家を襲撃するのは海賊だけ。そして、子爵様は手を出さない。これで俺たちも心置きなく奴らを叩けるというものです』
「バンフィールド家は消えても問題ない家だ。海賊に襲われ、跡取りを失ったところで帝国も調査には動かないだろう」
本格的な調査をするとは思えなかった。
だから、自分が帝国に事の顛末を知らせれば、全ては闇の中――。
ランドルフは、そう確信していた。
「証拠を残すなよ」
『もちろんです』
通信が終わると、ランドルフは仕事に戻るのだった。
それは、今年度で屋敷を出ていく、修行中の子弟たちを送り出すパーティーの出席者たちの確認だ。
「ふむ、ピータック家が参加するおかげで、今回は規模がいつもより大きくなりそうだな」
満足顔のランドルフは、参加者たちの多さに感心していた。
これを足がかりに、縁を広げたい家も多い。
商家、兵器工場、その他諸々と、今から楽しみである。
「それにしても、バンフィールド家を受け入れたのは失敗だったか」
ブライアン(`;ω;´)「――辛いです。手が出せないのが辛いです」
ティア(# ゜言゜)「――○ね」