侍女長
気が付けば12月ももう終わりですね。
リアムが修行している頃、バンフィールド家の屋敷でも動きがあった。
「ブライアン、見ない間に随分と老けたね」
「それはお互い様です」
ブライアンが招いたのは、行儀作法に詳しい女性だった。
かつて、バンフィールド家が栄えていた時代に知り合った女性で、彼女は帝国の宮殿で働いていた。
侍女たちを指導する立場の一つにいたため、かなりのエリートである。
今は引退しているが、彼女の孫やひ孫たちがその地位にいた。
老婆ながらに背筋が伸び、帝国を長いこと見守ってきた人物だ。
そんな彼女をブライアンが招いた理由は、リアムの屋敷に格式高い帝国の作法を根付かせようとしたからだ。
どこにでも通じる作法であるし、何よりも今後必要になってくる。
何しろ、他家との付き合いを取り戻すために、修業先として貴族の子弟を受け入れるのだ。
行儀作法は厳しく教えなければならない。
「お前の主人たちは、アリスター様以外は暗愚だった」
「ハッキリ言いますね」
アリスターとは、リアムの曾祖父だ。
バンフィールド家がかつて力を持っていたのは、この人物のおかげである。
「だが、屋敷を見て分かったよ。リアムという小僧は、暗愚ではないらしいね。私からの評価を凡愚まで上げてやろう」
「相変わらず厳しいですね。ですが、リアム様は凡愚ではありませんよ」
「それは私が決める。海賊退治でいくら武を誇ろうが、それだけでは片手落ちさ」
ブライアンが、女性に尋ねる。
「それで、どうですかな? 引き受けてくれますか?」
女性は笑った。
「どうせ期待外れだと思って、お前の顔を見に来ただけだったんだが――気が変わった。侍女を全員呼びな。私が直々に鍛えてやるよ」
顔付きが変わった女性――新たな侍女長を見て、ブライアンは笑顔になる。
「頼みます。貴女がいるなら心強い」
「十年以内に、他家の子弟を受け入れられるようにしてやる。屋敷の中は任せな。その他のことは手助けできないよ」
子弟を受け入れるために必要な施設、その他諸々の準備はリアムの仕事だ。
そこら辺は、天城が手配する。
「十分です」
ブライアンの返事に、侍女長が興味を示した。
「あんたがいい顔をして、期待するくらいにはリアムという子は有能らしいね。修業先に行っていて会えないのが残念だよ」
「もう一年経ちましたが、戻ってくるまで二年あります」
「どこに預けたんだい?」
「レーゼル子爵家です」
それを聞いて、侍女長が不快感を示した。
「ど、どうしました?」
「よりにもよってレーゼルか。子弟の受け入れを商売のように扱う家じゃないか。人気があるとは聞いているが、ろくな家じゃない。他に伝はなかったのかい?」
「残念ながら、これまでのこともあり、今の当家にまともな縁はありません」
侍女長が言う。
「相手の家を見て待遇を変える家だ。自分たちに利益があると思えば、たいした修行をせずにご機嫌取りをするような奴らだよ。場合によっては、幼年学校に入る前に他の家に預けた方がいいかもしれないね」
接待により、真面目だった子供が、修行に出す前より酷くなった例もある。
侍女長は帝国本星に縁があるため、色々と情報を持っていた。
「そんなに酷いのですか? 調べた限り、評判は悪くなかったのですが?」
「修行に出す側、受け入れる側はそうだろうね。けど、帝国本星では評判が悪い。もっと早くに知っていれば、私が紹介してやれたんだが――」
侍女長は悔しがっていた。
ブライアンは、青い顔をしてリアムに連絡を取るために走る。
◇
『リアム様、そちらでの暮らしはどうでしょうか?』
「暮らし? ――普通? 書類仕事がないから、楽なくらいかな?」
『ら、楽ですと! ――あ、いや。それ以外に、何かされていませんか?』
「何かって何だよ? それより、もうすぐ仕事なんだ。用事がないなら切るぞ」
『お、おおお、お待ちください! 仕事とは何ですか!?』
「資源衛星で重機を使った採掘。今は労働を知るために、資源衛星に来ている」
ブライアンが青い顔をしていた。
そんなに変なのだろうか?
クルトが宇宙服に身を包み、俺に声をかけてくる。
「リアム、そろそろ集合だって」
「今いく。ブライアン、安心しろ――重機を操る腕前は褒められたぞ」
ブライアンが何か言っていたが、集合時間なので通信を終えた。
◇
「リアム様ぁぁぁ! 違います。それは間違っていますよ! 資源衛星で採掘作業など、伯爵家の当主がする仕事ではありませんぞ!」
通信が切られ、後悔で倒れそうになるブライアンを侍女長が支えた。
「しっかりしないか!」
「で、ですが、アレだけ資金やら資源を用意して、この扱いは酷すぎます。抗議です。急いで抗議して、子爵家に改善してもらわねば」
だが、侍女長はそれを止める。
「それは駄目だ」
「何故ですか? このような扱い、認められませんぞ」
「いや、むしろ好都合じゃないか。詳しい話は後で聞くとして、民がどんな暮らしをしているのか知るのはいいことだ。それに、ふて腐れずに修行している姿も気に入った。凡愚から平凡に評価を上げてやる」
ブライアンは涙を拭っている。
「当家の大事なリアム様を、あのように扱うなんて――子爵家は許せません」
「それは同感だね。だが、修業先で何かを学ぶというのは、本人の資質も関係する。あの子にとってはいい環境だったかもしれないよ」
随分と楽しそうなリアムの姿を見て、ブライアンはそれだけが救いだと思うのだった。
ただ、それはそれ。
レーゼル子爵家に対して、何も思わないという話ではない。
侍女長が笑っていた。
「面白い当主様だ。気に入ったよ――私も本気を出すとしようじゃないか」
◇
宇宙空間の作業。
重機に乗り、採掘作業を行う俺は大きめの動きにくい宇宙服での作業に苛々していた。
「これ汗臭い。ついでに旧式すぎる」
文句を言っていると、同じように働くクルトが返事をする。
『そうだね。民は劣悪な環境で働いているわけだ』
それ自体に思うところはない。
俺も前世では、もっと酷い環境にいた。
同情なんてしない。
「でも臭い」
『それは同意するけどね』
人型には遠い重機で、岩を削っていく。
それを運び、機械に放り込んで資源を回収する。
こんな生活を三ヶ月も続けていた。
「くそ、地上の連中は今頃パーティーか」
俺たちが参加できるパーティーは少ない。
作法を学ぶために月一回ほど行われるが、飲み物も料理も手を抜かれている。
対して、地上に残った優遇されている連中は、本物のパーティーを楽しめるのだ。
『僕は逆にこっちの方がいいよ。パーティーは苦手なんだよね』
俺と違って、クルトは引きこもりタイプの悪徳領主だ。
俺も引きこもりたいが、パーティーは大好きだ。
税金で食べる豪華な食事や飲み物はうまいからな。
「お前は貴族としてそれでいいのか? パーティーを楽しめよ。今からそんな感じだと、バケツパーティーに参加したら大変だぞ」
『バケツパーティーは、僕の実家の家格だと縁がないと思うんだけど』
バケツパーティーには格式があるからな。
アレは本当に難しい。
参加する方もそうだが、主催者側にも相応の力量が求められる。
俺もいつか、バケツパーティーを開催したい。
話をしていると――作業終了の時間が来る。
終わって上がろうとすると、機動騎士に乗って俺たちを護衛していた指導官が声をかけてくる。
『リアム、お前は本当に重機の扱いがうまいな。困ったらうちに就職してもいいぞ』
冗談を言ってくるので、返しておいた。
「その時はお願いします。元伯爵として、好待遇を約束してくださいよ。三食昼寝付きは必須です」
『いいだろう。考えておいてやる。だが、低賃金は覚悟しておけ』
「それは嫌ですね」
そんな冗談を言いながら、船へと戻った。
◇
――おかしい。
子爵家の屋敷の屋根。
そこでリアムの状況を確認した案内人は、この状況に疑問を持っていた。
「どうして楽しそうなんだ? この扱いに不満を持ってもいいはずなのに」
リアムが積み上げた金やら物資は、他人の手柄になっている。
本来受けられるはずだった待遇よりも、酷い扱いを受けているのにリアムは楽しそうだ。
案内人には、それが悔しくてたまらない。
リアムが楽しいということは、自分が楽しくないからだ。
おまけに、胸が苦しい。
手足が痺れてくる。
「この程度では、どうにもならない。何とかして、リアムを不幸のどん底に突き落とさなければならない。くそ――いったいどうすればいいんだ?」
まったく状況が好転しない。
案内人は、次の手を考えるが――力の多くを失っているため、出来ることは少なかった。
「何か手はないのか? 何か――」
すると、ペーターが視界に入る。
子爵家の屋敷なのに、まるで自分の屋敷のように振る舞っていた。
「よし、あいつを利用してリアムを――駄目だ。あいつではリアムに勝てない」
ペーターを見てすぐに諦める案内人だった。
「どうすればいい。いったい、どうすればリアムを不幸に出来るんだ!」
案内人は悔しくて涙を流していた。
◇
――翌日も採掘作業をしていた。
そんな時だ。
「何だ? 白い光がチカチカするな」
モニターに白い光が見えた。
計器類に反応はなく、見間違いだろうか?
そう思っていると――機体に何か当たった。
気になって外に出て様子を見れば、そこにあったのはペンダントである。
「何だ?」
デブリだったのだろう。
随分と綺麗なペンダントを拾った俺は、得した気分になった。
「採掘作業も悪くないな」
黄金を使っているのもポイントが高い。
ポケットにしまい込み、俺は作業へと戻る。
◇
帝国首都星の大学。
ティアの部屋に集まったのは、大学生活を共に送る同郷の者たちのパーティーだ。
バンフィールド家の領地から留学している大学生たちが集まり、ホームパーティーを楽しんでいる。
ティアは、端末を持って定期連絡を読み、溜息を吐いた。
「どうしたのよ、ティア?」
友人が声をかけてくる。
一緒に地獄を生き抜いた友人だ。
「バンフィールド家の艦隊が、海賊狩りで活躍したそうよ」
海賊は財布を公言するリアムの軍は、定期的に海賊狩りを行っている。
時に周辺領主に頼まれ、出撃することもある。
それを成功させたという連絡だった。
「どこの艦隊?」
「第一艦隊。リアム様から超弩級戦艦をもらったから、張り切っているのね」
高性能な戦艦を手に入れた提督が張り切っている。
それ自体は気持ちも分かるので文句もない。
溜息を吐いた理由は――。
「早く騎士になって――海賊を滅ぼしたいわ」
このパーティーに参加している全員が、あの地獄の日々を経験した者たちだ。
他の海賊に囚われていた人間もいるが、皆が同じ気持ちだった。
友人が笑顔で言う。
「分かる。分かるわよ、ティア! でも、今は騎士資格を取るために頑張りましょう。リアム様がこちらに来る前に、色々と準備も必要だし」
「そうなのよ。分かっているのだけど――この手で海賊共を滅ぼしたいの」
手に入れた新しい体――新しい人生。
全てはリアムのためにある。
それが全員の共通認識だ。
部屋の中、壁やら空中にリアムの姿を映し出した映像が浮かんでいる。
立体映像もいくつも用意され、そんな中で開かれているホームパーティーだった。
◇
レーゼル子爵家。
「狂信者?」
「うん。僕の父さんは、機動騎士で武功を上げて出世したからね。機動騎士乗りの間では、有名人なのさ」
部屋でクルトの話を聞いていると、狂信者の話になった。
憧れの騎士が出世したので、その下で働きたいと仕官してくるようだ。
俺の方は逆に人が集まらなくて困っているけどね。
伯爵家の規模を考えると、まだ人が足りない。
「別に問題ないだろ」
「大問題だよ!」
クルトは、それはもう興奮しながら俺に話を聞かせてくる。
「僕の父さんは、確かに見た目は悪くない。だけど、アイドルじゃないんだよ」
写真を見せてもらえれば、渋い感じの外見は三十代の男性だった。
確かに、アイドルではない。
「それなのに、写真集がいつの間にか発売されたんだ」
「え?」
「書類には父さんのサインもあったから、間違えてサインをしたんだと思う。書類仕事が面倒で、サインを書くだけで中身を見ないことも多かったからね」
重要ではない書類に関しては、中身をほとんど見ないでサインをしたようだ。
何か出費があるようなものでもなく、部下たちも問題ないと言ったからサインをしたら自分の写真集が発売されていた。
普段の生活も録画され、編集された動画も出回り――それを自分の部下たちが買う。
領内でも売れる。
馬鹿に出来ない利益を出してしまい、男爵は引くに引けず次々にそうしたグッズを販売しているようだ。
泣きながら販売していると、クルトが切実に語っていた。
「――僕にもそういう話が来るんだ」
クルトは急に落ち込みはじめた。
「お、おぅ」
お前の場合、美形だから売れるんじゃないか? そう思ったが、言ったらまた怒りそうなので黙っておく。
それにしても、おっさんの海パン姿を買う奴の気が知れない。
――狂信者って怖いな。
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。――リアム様に、もう手遅れですと伝えなければいけないのが、辛いです」
ティア( ゜∀゜)「リアム様のお言葉で、ご飯三杯は食べられます! もしも「ピー」をもらえるなら「ピー!」で「ピー!!!!!!」です!」
ブライアン(´;ω;`)「――辛いです」