修行開始
修行のために領地を出る日が来た。
宇宙港に用意されたのは、六百メートルを超える弩級戦艦と呼ばれる宇宙戦艦だ。
俺はそれを見て――不満に思うのだった。
「いや、ここは旗艦クラスの超弩級戦艦を出せよ」
一千メートルを超える旗艦クラスは、とにかく大きいから目立つ。
せっかく三隻も購入したのに、使わないのでは意味がない。
そんな俺の意見を、天城が却下するのだった。
「クルーの訓練が終わっていません。また、レーゼル子爵家の持つ宇宙港の規模ですと、弩級戦艦が相応しいと判断しました。そもそも、これ以上の艦艇を出してしまえば、威嚇になってしまいますよ」
俺の出発にあわせて用意された艦隊は、三百隻だった。
伯爵家として、これでいいのかと思ってしまうが――世話になる家に、大艦隊を向けるなど好まれる行動ではないそうだ。
「俺の実力を見せるために、もっと数を増やしてもいいだろうに」
「お世話になる家を刺激しないでください。――旦那様、そろそろ時間です」
周囲は見送りに来た人間であふれている。
役人、軍人、屋敷の使用人――そして、ブライアンが引くほど泣いていた。
「リアム様、ご立派になられました」
こいつはすぐに感動して泣いているが、他家で三年を過ごすだけだ。
俺個人から言わせてもらえれば、その程度で人として成長するのか疑わしい。
何しろ、接待を受けるだけだからな。
「ブライアンは放置するとして」
「リアム様!」
ブライアンが俺の名を叫ぶが、無視をして天城に言う。
「――後は任せるぞ」
天城は笑顔を俺に向けてくる。
「かしこまりました」
◇
レーゼル子爵家の屋敷。
使用人たちが整列する中、迎え入れられたのは――ピータック伯爵家のペーターだ。
ピンク色の髪を派手にセットし、小麦色の肌には化粧をしている。
とても大貴族の跡取りには見えない。
体は細く、あまり鍛えているようにも見えなかった。
「へ~、ここが子爵の屋敷? 結構いいところじゃん」
間延びした口調に加え、ランドルフへの言葉遣いはまるで友人を相手にしているようだ。
そのことに怒りを覚えるランドルフだったが、
(多少馬鹿でも、今後の付き合いを考えれば悪くない。レーゼル家のために利用できるからな)
内心を隠し、笑顔で受け答えをする。
「気に入ってもらえたようで嬉しいよ。今日は君のためにパーティーを開くから、それまでは旅の疲れもあるだろうから休むといい」
「話が分かるね。なら、さっさと部屋に案内してよ」
ランドルフは、ペーターの態度を咎めなかった。
理由は、彼の実家が積み上げたと思っている贈り物の山を思い出していたからだ。
この程度の態度など、問題にならないくらいの量を受け取っている。
「それはそうと、明日からは私の娘に色々と案内をさせようと考えている」
娘に案内をさせる――その意味は、ペーターに嫁がせようというものだ。
ペーター本人の才覚やら資質に見るべきところはなくても、ピータック伯爵家とは縁を結びたい。
そのため、娘を嫁がせることに決めた。
修業先として貴族の子弟を受け入れるメリットに、子供の婚約者を探すというものもある。
送り出してくる家も、縁を結びたいと考えている場合が多い。
そのため、結婚に関してはスムーズに話がまとまる利点があった。
ペーターは、この話を聞いて――。
「子爵の娘さん? 美人?」
――あまり理解していなかった。
だが、ランドルフは笑って許す。
(この程度の男なら、娘でも簡単に操れるだろうな)
本人は最低だが、伯爵家との縁は欲しい。
そう思うランドルフだった。
◇
レーゼル子爵家の屋敷も広かった。
俺の屋敷という名の何か、とは違って少し狭いが、それでも十分に大きな屋敷だ。
宇宙港に到着すると、他の貴族の子弟と一緒に屋敷まで来た。
案内をするのは、子爵家の陪臣騎士だ。
相応の地位を持っているとは思うが、帝国騎士ではない。
「今日から君たちはここで生活する」
案内されたのは、二人部屋。
全員が「あり得ない」などと言っているが、騎士は聞く耳を持たない。
「君たちはお客様ではない。ここに修行に来たのだ。当家の方針には従ってもらう」
割と綺麗な部屋だが、貴族の子弟には不満なのだろう。
俺?
――前世で死んだ時に住んでいた部屋は、これ以上に酷かったから何とも思わないね。
それより、接待されると思っていたら、かなり本気の修行のようだ。
騎士が声を張り上げる。
「荷物を置いたら、着替えてグラウンドに出なさい。駆け足!」
荷物を置くために部屋に入ると、俺と同室になったのは【クルト・セラ・エクスナー】という男爵家出身の男だ。
――ふ、勝ったな。俺は伯爵家出身だから、こいつよりも偉い。
そんなことを考えていると、騎士が叫ぶ。
「さっさとせんか!」
一人の子弟が言い返していた。
「陪臣騎士が偉そうにするなよ。僕は伯爵家の次男で――」
「それがどうした! ここはレーゼル子爵家だ。お前の実家は関係ない!」
抵抗した子弟が張り倒され、それを見た他の子供らが急にキビキビと動き出す。
当然――俺も慌てて着替え、グラウンドへと向かった。
「実家で気の抜けたような生活をしていた貴様らを、この私が鍛え直してやる!」
騎士が張り切っている。
――接待云々という話は、レーゼル子爵家にはないらしい。
「くそっ、予定と違うじゃないか」
文句を口にすると、同室の男がすまし顔をしていた。
ショートヘアーの癖のある金髪。
紫色の瞳など、特徴はあるが――それ以上に美形だった。
この程度、何の問題もないという顔をしている。
――何か腹が立つ。
騎士が屋敷の外――俺たちの宿舎となった建物の庭は、グラウンドになっておりすぐに走らされる。
「まずは走り込みだ。これから、毎朝のように鍛えてやる!」
天城――そしてブライアン、お前らはどうしてここを修業先に選んだ?
想像していた修行生活とは違い、俺は初日からくじけそうになった。
◇
貴族の子弟を受け入れて、一週間が過ぎた。
ランドルフは、教育係である騎士たちを集め、今年預かった子弟たちの評価を聞く。
評価が低いのは――ペーターだった。
「ランドルフ様からも注意をしてください。授業中に居眠りをするのは諦めましたが、部屋に女性を招き入れて朝まで騒ぐなど信じられません」
ペーターは、一部の今後付き合いたいと考えている子弟たちとまとめ、子爵家の教育を施していた。
リアムたちとは別での教育となる。
「そうだな。言っておこう」
ただ、馬鹿の方が御しやすいとも考えていたので、何とも思わなかった。
ランドルフは、ペーター個人に期待などしていなかった。
「それから、受け入れた他の子弟たちは?」
リアムたちを指導する騎士が言う。
「初日にガツンと言ってやったので、大人しいものです。家ごとの教育のバラツキはありますが、一年もすれば本格的な教育が出来ます」
ランドルフは頷く。
「気になる子はいたか?」
「やはり、エクスナー家のクルトですね。本人の才覚や資質はかなりのものです。あとは、バンフィールド家のリアムです。こいつは面白いですよ」
ランドルフが呟く。
「バンフィールド家、か――」
ランドルフが思い出すのは、バンフィールド家が子爵家に来た時のことだ。
三千隻という艦隊を送りつけて来るのも非常識だが、その補給やら整備を子爵家に負担しろと言ってきた図々しい家だ。
艦艇の質も酷く、私設軍の軍人たちの練度も低い。
見るべきところなど少しもなかった。
(対して、ピータック伯爵家はどうだ。最新鋭と思われる艦艇に、あの練度。やはり、付き合うならピータック家だな)
ピータック家の方は、三百隻という艦隊だった。
だが、ペーターを送り届けると、補給と整備のための費用を支払い素早く領地に戻っていた。
対応も素晴らしかったと報告を受けており、感心したものだ。
貴族たちの私設軍だが、中には海賊かと思うような酷い連中も多い。
そんな中で、正規軍に劣らない質と練度を持つピータック家に、ランドルフは感心した。
そして、よくレーゼル家に子弟を預けてくれたと思うのだった。
「――そうか、二人とも厳しく教育しなさい」
「はい!」
その他大勢を指導する騎士に、ランドルフはあまり期待していない。
大事なのはペーターの方だからだ。
――ちなみに、三百隻の艦隊の方がバンフィールド家なのだが、子爵家はピータック家と勘違いしていた。
◇
修業先に来て三ヶ月が過ぎた頃だ。
「あれ? 結構楽だな」
毎朝、朝早くから運動、授業、その後に使用人の仕事をして――という生活をしていた。
だが、気が付いてしまった。
――凄く楽だった。
執務室で電子書類の処理をしなくてもいいし、面倒な客人の対応は皆無だ。
運動も凄く楽だったね。
一閃流の鍛錬の方は、もっときつかった。
朝の運動が終わり、食堂で朝食を食べている俺は先輩たちと話をする。
三年の修行期間。
先に子爵家で世話になっている貴族の子弟もいて、先輩後輩の関係が出来ていた。
「聞いたか? お金持ちの連中は、今日もパーティーだってよ」
「三年目の連中は、その準備だろ」
「給仕もするってさ」
一年目は雑用で、二年目から本格的な教育が始まる。
三年目になると、子爵家で開かれるパーティーなどにも参加するようになる。
もっとも、参加すると言っても招待客じゃないけどね。
「リアム、お前の同室の奴がいるぞ」
言われて食堂の隅を見れば、クルトの奴が一人で食事をしていた。
――あの、俺は他の連中とは違うという態度が気に入らない。
「あいつとはあまり喋りませんね」
そう言うと、先輩たちが話を再開する。
「男爵家の跡取りだったか? まぁ、それはいいとして――」
「お前ら、そろそろ本格的に厳しくなるから気を付けろよ」
「仕事の方も忙しくなるからな」
先輩たちも苦労したのだろう。
クルトの奴は、食事を済ませるとさっさと食堂を出ていく。
◇
グラウンド。
指導する騎士が、いつものように声を張り上げる。
こいつは体育会系なので、とにかく無駄に熱い。
「これから二人一組で試合を行う。好きな得物を使え!」
貴族として、武芸の心得も必要だ。
そのため、何かしら一つくらい得意な得物をみんな持っていた。
当然――俺は刀を――木刀を選んだ。
俺と試合をするのは、クルトだった。
手にした木刀は、諸刃の西洋剣を模したもの。
構える姿は堂々としていた。
クルトが俺を見る。
「――僕は手加減が下手なんだ。先に謝っておくよ」
その言葉に、俺は――。
「てめぇ、誰を見下していやがる。俺は一閃流の免許皆伝だぞ」
クルトは首をかしげる。
「一閃流? 聞いたことないな。マイナー流派かな?」
右手に持った木刀を握りしめる。
騎士が合図を出すと、グランドのあちらこちらで貴族の子弟たちが試合を開始した。
その様子を騎士が見守る中、俺はクルトを叩きのめそうとするのだが――。
「――っ!」
――こいつ、俺の一撃を受け止めやがった。
踏み込んで一瞬で気絶させてやろうと思った俺の一撃を受け止め、そして互いに距離を取る。
くそっ! 下手に本気を出して斬りかかれば、ミンチが出来てしまう。
だが、加減をして勝てるような奴でもない。
クルトは剣を八相に構え、黙って俺を見ていた。
――こいつ、強いぞ。
◇
――クルトは内心で焦っていた。
(こいつ――強い)
リアムと向き合い、そして確信した。
多少強いだろうとは予想していたが、自分の想像を超えていたのだ。
(マイナー剣術だと侮っていたけど、さっきの一撃は何だ? 他流派に似たものがあった気はするが――)
クルト・セラ・エクスナーは、エクスナー家の嫡男だ。
成り上がりと言われるエクスナー家だが、その当主である男爵は――剣豪と呼ばれる程に強い騎士だった。
騎士という身分で、たった一機の機動騎士で成り上がった強者である。
当然、クルトにも幼い頃から厳しく鍛えてきた。
戦場で生き残れるように、とだ。
有名剣術の免許皆伝を持ち、子爵家に修行に出されたクルトは――この温い環境に飽き飽きしていた。
これが修行なのかと半ば呆れ、日々を過ごしていた。
だが――。
「――マイナー剣術と侮っていたようだ」
リアムが答えた。
「一閃流だ。覚えておけ」
「あぁ、二度と忘れないよ」
――笑みが浮かぶ。
リアムの構えを見て、クルトは汗が噴き出てきた。
(下手に動けば一撃でやられる)
心臓がバクバクと音を立てていた。
まるで、格上との試合をするような緊張を感じている自分に気が付く。
リアムの僅かな動きも見逃さないように、瞬きすら出来ない。
(どこに打ち込む? 駄目だ――剣が届くイメージがわかない)
二人はそのまま構えたまま動けずにいた。
リアムも
すると――。
「お前らサボるな!」
指導をする騎士に、二人とも拳骨をもらうのだった。
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。リアム様のために用意した品が、全て他人の手柄になっていて辛いです。というか、どういうこと! ちゃんと確認してよ! レーゼル家の馬鹿!」