二章プロローグ
完結していましたが、連載を再開しました。
何も考えずに気軽に書ける作品っていいよね。
世の中というのは間違っている――よく聞く台詞だ。
だが、俺【リアム・セラ・バンフィールド】から言わせてもらえば、間違っているのは世の中ではなく本人だ。
過去――前世、俺は一般的に見れば善良で真面目な人間だっただろう。
だが、それに何の価値もないと理解したのは、妻に騙され、借金取りに追い詰められ、体を壊した後だった。
死ぬ間際に俺は悟ったのだ。
間違っていたのは世の中ではなく、自分自身だと。
だから、第二の人生は自分のために――そして、どこまでも欲望を満たすために生きると決めた。
案内人――俺に第二の人生を与えてくれた恩人が転生させてくれたのは、剣と魔法のファンタジー世界ではなく少し不思議な世界だ。
魔法もあるが、科学もある。
人々は宇宙へと進出し、宇宙戦艦や人型兵器が存在する世界だ。
そこで俺は、バンフィールド伯爵家の当主として生きている。
アルグランド帝国という国家に所属し、惑星一つを領地に持つ伯爵家――勝ち組だ。
圧倒的勝ち組に生まれ、俺は第二の人生を正しく生きている。
世の中は間違っていない。
間違っていたのは自分自身。
そして、今の俺は惑星の支配者。
善良など意味がないと気が付いた悪徳領主様だ。
俺は俺のために生きる。
この世を満喫し、悪徳領主として正しく生きるのが第二の人生の目標である。
◇
成人式が終わった。
ようやく終わった。
期間にして一ヶ月間――ず~っと、成人式関連の式典やらパーティーを行っていた。
無駄な時間を過ごしたと思うが、この世界では人の寿命が長い。
十三歳前後の外見である俺も、五十歳という年齢だ。
五十歳で成人し、まともに大人と見られるのは百歳からというぶっ飛んだ世界だ。
ただ、人生を長く楽しめるという意味でなら嬉しい話でもある。
「この後の予定は何だったかな?」
執務室で呟けば、俺の忠実な家臣たちが答えてくれる。
まずはメイドロボの【天城】だ。
綺麗な黒髪を後ろでまとめ、クラシカルなメイド服に身を包んだ彼女はとても優秀なメイドである。
まるで生身のような体と、人間を超えた情報処理能力を持っている。
俺の世話から領地の世話までこなすスーパーメイドだ。
そして何よりも!
――生身の女じゃないのがいい。
前世で元妻に裏切られてから、どうにも俺は生身の女を信用できなかった。
「帝国幼年学校への入学を前に、他家へと修行に出ることになりますね」
「幼年学校か――面倒だな」
帝国貴族には義務がある。
その一つが修行だ。
まず、貴族の子供は修行として他家に預けられる。
そこで厳しく育ててもらうのだが、その期間は決まっていない。
今の主流は、幼年学校へ入学する前に他家で教育を受けるというものだ。
執事の【ブライアン・ボーモント】が、付け加えてくる。
「幼年学校への入学は、リアム様が六十歳になってからとなります。それまでに他家で修行をするのが慣例ですね」
グレーの髪をしっかり整え、髭を生やした老人だ。
背筋が伸びて、ビシッとしたスーツ姿である。
「俺を受け入れてくれる貴族はいるのか?」
バンフィールド伯爵家は、俺が当主になるまで色々と酷い家だった。
おかげでまともな貴族と付き合いがない。
俺を受け入れてくれる家はあるのだろうか? と、素朴な疑問があった。
そんな俺の質問に、ブライアンは安心させようとしたのか柔らかい口調で答える。
「ご安心ください。修業先となる家を既に天城殿といくつか選んでございます。多少、資金や物資を必要としますが、修業先として人気の高い家ばかりです」
俺のような成人した貴族の子たちを受け入れ、見返りとして大金やら資源を要求するようだ。
――商売かな?
「儲けてそうだな。俺もやってみたい」
すると天城が、メイドロボらしくお世辞抜きで答えてくる。
「当家の信用、実績、そして評判からいって難しいと思われます」
ブライアンが慌てていた。
「し、しかし、周辺の小領主たちからは、是非とも子供たちを預けたいと申し出が来ておりますよ」
そんなフォローも、天城は興味がなかったようだ。
淡々と事実だけを告げてくる。
「騎士爵、準男爵家の小領主と、男爵家以上の貴族を比べても意味がありません。旦那様のお言葉からすれば、男爵家以上の子弟を受け入れて儲けを出すという意味ではありませんか?」
――天城でなかったら、許せなかったと思う。
俺はお世辞が大好きだ。
俺を褒め称える奴は優遇する。
忠言? 俺は悪徳領主を目指しているので、悪いが無視させてもらおう。
「つまり、バンフィールド家は大事な子供を預けるための信用がないということか」
「はい」
「――腹の立つ話だな。金なら出すから、その辺りにも力を入れろ」
色々とあって、俺は金には困っていない。
ならば、見栄をはるために金を使うべきである。
俺の個人的な見栄のために、税金を使えるとは素晴らしい話だな!
「それでしたら、知り合いに優秀なメイドがいます。以前は帝国でメイドをしており、それなりの地位にまで上り詰めた女性です。教育係として雇ってみるのはいかがでしょう?」
「採用だ」
ブライアンが知り合いを紹介してきた。
それくらいなら何の問題もないな。
天城の方は、
「受け入れるとなると、教育のために必要な施設を用意するべきですね。施設ばかりではなく、人材もかき集める必要があります。また、文化的な面での投資が必要となります」
天城が試算した必要な予算を確認すると、俺は目を見開く。
とんでもない金額だったので、すぐに自分の小遣いを確認した。
俺の小遣い? 領地からの税収に決まっている。
「ゼロがいっぱいで分からない。足りるのか?」
「足ります。というか、余裕です」
即答されて安心した俺は、予算を用意することを決めた。
将来的に、貴族の子弟が俺の屋敷に修行しに来る。
威張り散らせると思うと、何とも気分がいいな。
「すぐに実行だ」
ブライアンが涙を拭っている。
「当家もついにそういった方面に力を――リアム様、このブライアンは嬉しいですぞ」
――こいつはいつも俺のことを勘違いしているな。
面白いから放置しておこう。
「もっと褒めていいぞ。さて、それよりも俺の修業先だ。出来れば、楽が出来そうな家がいいな。ちゃんと選べよ」
天城が頷く。
「はい。大事な修業先ですので、しっかりとリサーチします」
これで修業先の問題も解決だな。
◇
リアムに【案内人】と呼ばれる男がいた。
目元を隠すようにかぶるシルクハットに燕尾服――旅行鞄を持った男は、超常的な力を持っていた存在だ。
だが、今は――リアムの感謝する気持ちに苦しめられ、以前ほどの力を発揮できないほどに弱っていた。
リアムたちの会話を、執務室の隣の部屋で壁に耳を当て聞いていた。
「――聞いたぞ。これはチャンスだ」
リアムが恩人だと思っているこの男だが、実は人の不幸を喜ぶような存在だ。
負の感情を期待して、リアムをこの世界に転生させた。
なのに、どこを間違ったのか――リアムは成功し続け、案内人に感謝し続けている。
そのおかげで気分が悪い。
力も随分と弱くなり、世界を渡り歩くことも不可能になっている。
だから、力を取り戻すため――リアムに復讐するために、なりふり構わず動いていた。
リアムを不幸にして、負の感情をいただくまで案内人の復讐は終わらない。
ただ――。
「チャンスが来たのは分かったが、今の私では無理が出来ない。くそ――リアム、お前のせいでどうして私がこんな惨めな思いをしなくてはならないのだ」
――力が弱まり、たいしたことが出来なくなっていた。
それでも、案内人は諦めない。
「何か方法はあるはずだ。必ず復讐してやるからな――リアム!」
復讐に燃える案内人は、壁に耳を当ててリアムたちの会話を聞いていた。
そんな案内人を、物陰からうかがっているのは――白く小さな光だった。
その光はふわふわと浮きながら、案内人を見張っていた。
◇
――面倒な客人が来た。
いや、客というか、俺も世話になっている帝国兵器工場の人間だ。
帝国にはいくつもの兵器工場が存在している。
一つ一つの規模も大きく、その人物は七番目の兵器工場に所属していた。
帝国の兵器工場は、工場ごとに特色が強い。
第七兵器工場は、特に個性が出ている工場の一つだ。
見た目よりも性能を追い求める傾向が強く、貴族たちにあまり人気がない工場である。
ただし、性能はいい。
「リアム様、【ニアス・カーリン】がおすすめ商品をご紹介いたします!」
黒髪インテリ風の眼鏡美人が、俺の前で立体映像を用意して商品の説明をしていた。
帝国の宰相から、超弩級戦艦――旗艦クラスの戦艦を買ってもいいというお許しが出たので、早速売りつけに来たのだろう。
立体映像を見ながら、俺は思った。
「性能はいいけど、デザインが残念だな」
「これでもデザインにも力を入れたんです!」
「力を入れてこれっていうのが酷いな。やり直し」
何としても売りたいニアスは、上着の胸元を緩めた。
俺に色仕掛けをしてくるのだが――シャツから見える下着が派手だった。
「は、伯爵様に、戦艦を買って欲しいなぁ~」
精一杯頑張っているのは悪徳領主としてポイントが高い。
だが、こいつは相変わらず残念な娘だな。
俺、派手な下着って駄目なんだよね。
元妻との思い出で、見慣れない派手な下着が離婚前に増えていた。
今思い出してもげんなりする。
「お前は相変わらず残念だな」
「ここまでしたのに!」
ニアスが泣き出してしまう。
「買ってくださいよ。私、絶対に売ってきます、って言ってしまったんです。上司に怒られるんですよ。査定に響くんです!」
査定に響くとか――前世の俺だったら胸に突き刺さるような言葉である。
「分かった。戦艦を買ってやるから、今日はもう帰れ」
「酷いじゃないですか! もう、私に飽きてしまったんですね」
「言いがかりは止めろ!」
悪いことをして責められるならまだしも、やってないことまで責められる理由はないぞ。
「超弩級を買ってもらわないと困るんですよ!」
「いや、だって――」
言い淀んでいると、部屋にもう一人の軍人が入ってくる。
階級は技術中尉と低いのだが、若くて有能な軍人だった。
黄色の髪は、軽くウェーブしている。
背中に届く長さで、優しそうな垂れ目で瞳は緑色。
名前は【ユリーシア・モリシル】。
第三兵器工場に所属しており、俺に旗艦を売りに来た人物だ。
「そこまでにされたらどうですか、大尉殿」
昇進して技術大尉になったニアスは、ユリーシアを睨む。
そして、階級章やらワッペンの所属を見て固まっていた。
「第三兵器工場? 伯爵、どういうことですか!」
「いや、なんで驚くんだよ。第三兵器工場で超弩級戦艦を買ったんだよ」
性能、デザインなどのバランスが良く、人気が高いのも頷けた。
他にも色々と買ったね。
ニアスが酷く落ち込む。
「そんなの酷いですよ」
「――お前は本当に残念な女だな」
ユリーシアが髪を指で耳の後ろに持っていきながら、
「伯爵、今回はお買い上げありがとうございました。今後とも良い関係でありたいですね」
色気を振りまいているユリーシアに、俺は鼻の下を伸ばしそうになった。
そうだ、これだ。
残念な感じじゃないのがいい。
「また買ってやるから、次からもお前が担当しろ」
「専属ですか? 嬉しく思います」
にこやかに会話を進めていると、ニアスが恨めしそうに俺を見ている。
「――まったく。分かったから泣くなよ。一隻は買ってやるから」
「なら、ついでに戦艦も三隻お願いします」
この女――ぐいぐい来るな。
ユリーシアも呆れているじゃないか。
契約書にサインをすると、ニアスが笑顔になっていた。
その豹変振りにユリーシアは言葉もないらしい。
――第七兵器工場は大丈夫なのだろうか?
◇
――しまった。
よく考えたら、俺はこれから修行期間に入る。
どんなに頑張っても、しばらくは領地に戻ってこられなかった。
戻ってきたとしても、それは休暇で短期間だけ。
旗艦クラスの戦艦を購入したとしても、何十年と遊ばせておくことになる。
そんなの無駄でしかない。
ついつい、色仕掛けにはまって購入してしまった。
「そもそも三隻もいらなかったな」
一隻あれば十分だった。
悩んでいると、天城が俺に提案してくる。
「旦那様が使用される頃には、これらの兵器は世代が交代している可能性がありますね。もしくは、もっと高性能なものが出ている可能性が高いです」
「その時に買えば良かったな」
「はい。次からは気を付けてください。ただ、購入したなら使えばいいのです。当家の私設軍で使用しましょう」
「使わないのも勿体ないし、ならそれでいいか」
あ~あ、無駄な買い物をしたな。
ブライアン(´;ω;`)「辛いです。リアム様が色仕掛けにホイホイ引っかかって辛いです」