恋愛は謎解きのあとで 作:滉大
今日も今日とて早坂愛と讃岐光谷は、主人である四宮かぐやの唐突な呼び出しを受けていた。
普段と違っていたのは、かぐやの自室ではなく厨房に呼び出された点。
かぐやは特注であろう巨大な冷蔵庫を背にしていた。早坂と讃岐は、かぐやの前に並んで立っている。
「これを明日の放課後に、生徒会室まで運んでちょうだい」
かぐやは厨房の巨大な冷蔵庫を開いて、自分の腰くらいの箱を指した。
「運ぶのは生徒会に人が集まる前でなければダメよ。溶けるから注意するのと、崩れやすいから慎重に。あと怪しまれないようにしなさい」
「注文が多い」
たまらず早坂が割って入った。
「何が入っておられるのでございますか?」
「ふふっ、秘密よ」
かぐやは笑って答える。
明らかに様子がおかしい。会った時からおかしいとは感じていたが、話す事で違和感はより明確となった。
今のかぐやの状態を漫画的に表すなら頭に花が咲いているだろうし、小説的な表現であれば『彼女は春の陽気に頭をやられたような、のほほんとした様子だった』と一文添えられるのは免れない。
早坂は目の前にある巨大な箱に目を向ける。白い長方形の箱は赤いリボンで、如何にもプレゼントです、という風に包装されていた。誰に渡すつもりなのかは容易に想像がついた。明日は9月9日。白銀御行の誕生日なのだ。
「お願いね」とだけ言い残してかぐやは厨房を去った。頭を下げて主を見送り、「後はお願いね」と片手を上げて厨房を出ようとする同僚の手を捻って止めた。
「イテテテ。捻る必要あった?」
あった。
手首をさすりながら恨みがましい視線を寄越す讃岐を無視して言った。
「出ていく必要はありませんよ。これをどう搬入するか、計画を立てるので」
「ムリでしょ」
にべもない返事だ。気持ちは分かるが、これも立派な仕事……いや、立派ではないかもしれないが、仕事だ。はいそうですか、とはいかない。
「主人のワガママを叶えるのも私達の役目です」
「じゃあどうする? 生徒会室の棚を、冷蔵庫にでも作り替えるかい?」
「今からでは間に合いません」
讃岐の冗談には取り合わずに考える。
かぐやの要望は、
・生徒会役員が現れる前に生徒会室へ運び込む。
・中に入っているものが溶けないようにする。
・中に入っているものが崩れないようにする。
・怪しまれないように運ぶ。
讃岐がムリと放り投げるのも分かる。
かぐやの無茶振りには慣れている。ゆえに、早坂は理解していた。無理だと嘆く時間が無駄でしかないと。
早坂は黙ってひとつひとつ検討した。
生徒会役員が来る前に生徒会室に運び込むのは、難しいことではない。早坂が生徒会室に生徒会役員が来ないよう誘導している間に、讃岐が運び込めばいい。
溶けないようにするのは、入っているものによる。まさか氷像ではあるまいが。中身を確認するのが一番だが、主人が秘密というからには確認できない。
崩れないようには、慎重に運べばいいだけだ。問題は次の要求にある。
これだけ大きな箱を、放課後の学校で怪しまれず運ぶのは困難だ。ましてや崩れないよう慎重にとなれば難度は跳ね上がる。それでなくとも様々な要求を突きつけられているのだ。さて、どうしたものか。
隣の讃岐が退屈そうに欠伸をした。
「案はないんですか?」と聞こうとして、やめた。ふと思い浮かんだ質問をする。
「貴方も白銀会長にプレゼントするんですか?」
「貴方もって、白銀君へのプレゼントで確定なの? これ」
讃岐は白い箱を指差した。
かぐやの様子からして、白銀へのプレゼントなのは間違いない。かぐやがアホになるのは、大抵白銀が関わっている。そう伝えたら、讃岐は「君が言うなら、そうなんだろうね」と納得した。
「白銀君とは友人といって差し支えない間柄だけれど、誕生日に凝った物を送り合うほど深い仲ではないね。せいぜいジュース奢るくらいだ」
早坂は讃岐と白銀が、いつ知り合い、どう友人になったのかを知らない。だから讃岐がそう言うのであれば、そうなのか、と頷く他ない。
思い返せば、讃岐は交友関係こそ広いが、誰かと特別仲良くしているのを見たことがない。
「深い仲の人はいないんですか?」
「おや、気になるのかな?」
揶揄うような笑みを浮かべる讃岐には、冷たい視線を浴びせておく。
「微塵も気になりませんね」
「冗談だから拗ねないでよ。淡交を好むタイプでね、浅いくらいが丁度いいんだよ」
話が逸れてしまった。何の話をしていたんだったか、と早坂は考えて、どうやって箱を運ぶかだと思い出す。
「そもそも、こんな箱持ってたら、どうしたって怪しまれるよ」
アイデアは出さない癖に、文句を出すのは得意なのだ。讃岐が愚痴る。
普段なら真面目に考えろと注意するのだが、讃岐の言葉で早坂の脳内にあるアイデアが浮かんだ。
箱を持っていて怪しまれるのなら、怪しまれない物を持てばいい。
「箱を偽装するのはどうでしょう」
「何に?」
「生徒会室にある棚にです。1日くらいなら、入れ替わっていても気付かないでしょう」
「達見だね。だけど、生徒会室にあるのと同じ棚を、明日までに準備するのは無理じゃないかな」
讃岐はかぐやのワガママを甘くみている。いつなんどきどんな無茶を言い出すか分からない。それに備えて色々と用意はしてある。
早坂は讃岐を屋敷の一室に案内した。広い室内には、家具から何に使うか分からないバカでかい壺と、様々な物が雑然と並んでいる。掃除はしているので物自体には埃一つない。
早坂と讃岐の前には、身長より高くシンプルなデザインの両開きの棚。
「感心するべきかな。それとも呆れた方がいい?」
「ご自由に。私は呆れますが」
「そうだよねぇ」
目の前には生徒会室に置かれている棚と全く同じ棚があった。それだけでなく、机、ソファ、照明と室内には生徒会室にあるのと同じものが揃っていた。
「これに入れて運べば怪しまれません」
「箱のまま運ぶよりは、ね」
崩れないよう移動させるには、移動用のキャスターでも使えばいいだろう。溶けないようにするには……保冷剤を大量に詰めておこう。
「棚に入れるだけじゃあ心許ないね」
讃岐の指摘で、早坂の思考は断ち切られた。
確かに棚を運ぶだけでも怪しまれるだろうが、他に良い方法が浮かばないので仕方ない。
案を出そうともしなかった奴に、ケチをつけられるのはあまり愉快ではない。怒るとまではいかないけれど、次の自分の言葉にはトゲがあったかも知れない。
「他に怪しまれないようにする方法がありますか?」
「やらないよりはマシって程度だけどね。演劇部に衣装を借りよう」
「棚を運んでいて、不自然でない衣装でも?」
「そんな都合のいい衣装はないよ。演劇部の衣装なのが重要なのさ。ただの生徒が棚を運んでいたら不自然だけど、演劇部が運べば劇の小道具だ」
確かに。でも衣装を着ていたからといって、必ずしも「あれは演劇部だ」と思う人ばかりではない。だから、「やらないよりはマシ」と讃岐は前置きしたのだ。
これでかぐやの要求は全てクリアできる。
讃岐が口元に手を当てて、またあくびをした。
「作戦は決まったね。僕はもう寝るよ」
腕を掴んで部屋を出て行こうとする讃岐を止める。
「なんで帰ろうとしてるんですか?」
「? まだ何か?」
早坂は棚を指差す。
「棚を事前に体育倉庫に隠しておきます。ここから運ぶわけにはいきません」
「えぇー、今から?」
「今から」
9月なので暑さも和らいできた。何が入っているのか不明ではあるが、ドライアイスを一緒に入れておけば溶けないだろう。
深夜、早坂と讃岐は学園に忍び込み、白い箱とドライアイスを入れた棚を体育倉庫に隠した。体育倉庫の鍵は讃岐が手際よくピッキングで解錠した。
「泥棒でもやってたんですか」
「何度も侵入してる君に言われたくはないね」
倉庫の端にひっそりと設置する。仮に体育倉庫に入った人がいたとしても、目には付かない。移動用のキャスターも近くに置いておいた。
長居は無用だ。体育倉庫の鍵を掛け直して、早坂達は早々に退散した。
翌日、6限目の授業が終わり、ホームルームが始まるまで5分の休憩時間がある。
休憩時間を有効活用すべく、早坂と讃岐は人気のない廊下に集合した。
昨夜遅くまで仕事をしていたとは思えないくらい、讃岐の瞳は溌剌としている。理由は単純。授業中に寝ていたからだ。
「計画の確認をします。貴方は演劇部に衣装を取りに行って、着替えた後に棚を運ぶ。棚を運び終わるまでの間、私は生徒会役員の足止め」
「そんなところだね。僕の方は万事任せてよ」
ドンと、讃岐が胸を叩く。
残念なことに、讃岐は無根拠で無責任にドンドンドン胸を叩く。ゴリラのドラミングの方がまだ考えて行われている。なので、あまり当てにはならない。失敗する事も視野に入れておく。
表情に出したつもりはなかったが、讃岐は半眼になっていた。
「何だい? 信用できないかな」
「私の口からそんな酷いことは言えません」
「……なるほど、君の気持ちは十分に理解できたよ」
言葉にしなくても意思疎通ができるのは良いことだ。
讃岐は憮然としていたが、スマホを取り出し時間を確して、
「そろそろ教室に戻ろうか」
と提案した。
「そうですね。……手抜かりのないように」
「大丈夫だって」
そう言って軽い足取りで教室に戻る。
早坂はその後姿に、不安を覚えずにはいられなかった。推理をしている時はそうでもなく、むしろ頼もしいくらいなのだが。
こればっかりは実績の差という他ない。
放課を告げるチャイムを聞きながら、早坂はかぐやを除く生徒会役員達の動向を予測した。
生徒会長の白銀御行。今日は会議が入っていたので、当分生徒会室には来ない。
藤原千花には昼休みそれとなく探りを入れた。TG部に行くと言っていたが、彼女の行動は予測不可能。用心するに越したことはない。
石上優は……まあ、恐らくなんの予定もないだろうから生徒会に来るだろう。
目下警戒すべきは石上だけとなる。直接1年の教室に行こうかとも考えたが、藤原の行動が予測できない以上、生徒会室で待ち伏せするのが賢明と思い直す。
讃岐も行動を開始したようで、教室から姿が消えていた。続くように早坂も、教師が消えてにわかに騒がしくなってきた教室を出た。
『緊急事態発生、役割の変更を求む。演劇部には話を通してある』
1階の渡り廊下に差し掛かったところで、スマホにメッセージが届いた。相手は見なくても分かる。讃岐光谷だ。
やっぱりという呆れ。サボっているのではあるまいかという疑念。役割を変るだけでいいのかという心配。様々な感情が早坂の胸中を駆け巡って足を止めた。
結局、早坂が出した答えはこうだった。
「はぁ、演劇部ですか……」
部室の場所は知っている。早坂は足早に歩き出した。
「役目を遂行できない」ではなく「役割を変われ」と讃岐はメッセージで伝えた。ならば、生徒会役員の足止めはできる状況にあるのだろう。
讃岐光谷がいくらサボタージュの化身でも、任せろとまで言って請け負った仕事をあっさり放棄するほど無責任ではないと、早坂は信頼していたのだった。
校舎の3階には、普段使わない教室が連なっている。それらの多くは、文化系部活の部室として提供される。
演劇部もその例に漏れない。早坂は部室の前に立った。
他のクラスの教室に入りづらいのは、形成されたコミュニティに入っていく自分が、異物のように感じるからではないだろうか。ここは自分の居場所ではないと、はっきり示されているような気がする。自分が所属していない部の部室に入る時も、その感覚は変わらない。
もっとも、何度も何度も学校に不法侵入を繰り返している早坂は、そんな繊細さをとうの昔に捨てていた。作り物の笑顔を貼り付けて、扉をスライドさせる。
「すみませーん」
教室の1番前の机で眼鏡をかけた男子生徒が、文庫本を読んでいた。他に部員の姿はない。教室の後ろにはダンボールがいくつかあった。衣装が入っているのだろう。
男子生徒は本から顔を上げて、無愛想に視線を早坂に向けた。
「君が讃岐の言ってた代理人?」
「そうそう。なんか衣装取ってこい、って頼まれてー」
用意していたのだろう。男子生徒は隣の机にある紙袋を取って、早坂に手渡した。
「ありがとー」
「いいけど、いつもの鹿撃ち帽とインバネスコートはいらないのか?」
「いつもそんなの借りてるんだ……」
教室に他の部員の気配がないのが気になって、早坂は男子生徒に聞いた。
「部員は君だけ?」
「今日は部活休みでね。俺は讃岐に頼まれたから居ただけ」
図々しい男で申し訳ない。讃岐の代わりにすまなそうな顔をする。
「気にしなくていい。あいつには脚本のアドバイスを貰ってるからな」
「脚本……?」
「そ、俺は脚本をよく任せられるんだけど、自分の目だけじゃ不安だ。他の奴に読んで貰おうにも、知り合いは漫画ばっかで、長い文章をろくに読んだ経験がない」
讃岐は大層な読書家で、別邸に越してきた時も荷物の殆どが本だった。とはいっても、
「……でもあいつ、読んでるジャンルが偏ってない? 脚本のアドバイスとかできるの?」
「いや、全然」男子生徒は迷いなく首を振った。
これには早坂の方が面食らった。じゃあなんでアドバイスを乞うのか。
「あいつはすぐ人を殺したがるからな。この前なんか、恋愛モノの脚本を作ってたのに、アドバイスを聞いてたら、三角関係の末にドロドロ愛憎サスペンスに仕上がった」
「あれはあれで良かったけど」と苦虫を噛み潰したような表情。
男子生徒は苦り切った顔のまま、だけどと付け加えた。
「重箱の隅をつつくというか、話の矛盾点を見つけるのが得意だからな。そこだけは助かってる。ストーリーに整合性が取れる」
讃岐らしい頼られ方だ。早坂は納得した。
「それより、早く行かなくていいのか?」
時間を確認すると、入ってから5分が経とうとしていた。長居しすぎたようだ。
早坂はもう一度、演劇部の男子生徒に礼を言い、教室を後にした。
袋から取り出したのは紺のつなぎと、同じ色の帽子だった。この衣装をどんな演目で使ったのか、興味をそそられた。
サイズが大きめだったので制服の上から着込み、目深に帽子を被る。長身の讃岐に合わせたサイズなので大分裾が余った。
棚の方は準備が完了済み。ドライアイスが取り除ぞかれた棚は、キャスターの上に乗っている。
人通りの少ない道を選んだとはいえ、何人かの生徒とすれ違った。
すれ違った人々はもれなく、物珍しそうな視線を早坂に向けるだけで、声をかけたりはしなかった。衣装は演劇部だというアピールにはならなかったが、学校に出入りする業者と勘違いさせる効果はあったようだ。
「待ってください!」
棚を押して運んでいた早坂に、とある人物が待ったをかけた。
栗色のおさげに、低い身長。腕には風紀委員の腕章を着けている。
「今日こそは見逃しませんよ!」
伊井野ミコは、絶対に逃すまいという決意を小さい体にみなぎらせながら、早坂の前に立ちはだかった。
伊井野の背後には石上優がいた。縄に繋がれた状態で。
この場を切り抜ける言葉より、まず疑問が先に出た。
「会計君はなにしてんの?」
「売られました」
誰に、とは聞かない。石上と交友のある人物で、平然と人を売るのは1人しかいないからだ。
石上には気の毒だが、早坂としてはこういう足止めの方法もあるのか、と感心した。
「そんなことより先輩。これは明らかな校則違反です!」
「あー、この棚は──」
「なんですかその服装は!」
そっちですか。
客観的に見て、運んでいる棚の方が明らかに怪しいと思うのは、自分が棚の中身を知っているから、というだけではない筈だ。側から見たって怪しいに決まっている。
にも関わらず、伊井野は真っ先に服装について指摘した。
普段から制服を着崩しているからだろうけれど、自分は伊井野に、学校につなぎで来てもおかしくない人物だと認識されているのでは? と危惧した。
なにはともあれ、棚を無視してくれるなら都合がいい。少し校則の穴をつくのは控えた方がいいかもしれない、という思考を一旦端に追いやる。
「ん、このつなぎ? これ演劇部の衣装なんだよねー。助っ人頼まれて」
「い、衣装?」
伊井野は早坂の反論にたじろいた。石上がこれみよがしにため息を吐く。
「理由もなくつなぎ着るわけないだろ。考えたら分かると思うけどね」
「うるさい。石上は黙ってて」
石上を黙らせた伊井野は棚に目を向けた。
「それも演劇で使うんですか?」
「そうだよー」
それが何か、という意味を込めて笑みを深める。
伊井野はじいっと棚を見つめていた。時間にして数秒だったのだろうが、早坂には長く感じた。
「分かりました。引き止めてすみませんでした」
「じゃ、お仕事頑張ってね〜」
ひらひら手を振って、早坂は伊井野と石上を見送った。
生徒会室までもう少し、というところで厄介な相手に捕まった。
「なにしてるんですか? 早坂さん」
嫌な予感を抱えながら振り返ると、藤原千花が花のような笑顔を咲かせていた。
「書記ちゃん……部活じゃないの?」
「はい。今から行きますよ」
藤原はじろじろと早坂の格好を見た。
「もしかして演劇部の助っ人ですか?」
「そだよー。よくわかったね」
「前に私も助っ人したんですよ!」
「……もしかしてサスペンスホラーの?」
「そうです! かぐやさんに何回も殺されちゃいました」
えへへと藤原は笑う。
リハーサルでという意味だろうか。劇中に何回も殺されたのなら、ジャンルが変わってきそうだ。どちらにせよ、笑顔に似合うセリフではない。
…………本当にそうならないのを願うばかりだ。
「そういえばさっき──」
さて困った。早坂は押している棚の表面を撫でた。
藤原のエピソードトークを聴き流しながら、頭を回転させる。
足止めにも限度がある。もたもたしてはいられない。しかし、藤原の話を聞きながら移動しては、生徒会室に行こうとしているのがバレる。棚が生徒会の備品だと分かれば、藤原は好奇心に任せて棚を開ける可能性が高い。
といって、話を最後まで聞いていては、リスクが高まる。話を遮るのが1番手っ取り早いが、どうしても不自然さが残る。
考えた結果、早坂はポケットに手を入れ、スマホの電源ボタンを押した。
そもそも足止めは自分の役目ではないのだ。
ポケットに入れたまま、トークアプリを起動してメッセージを送信。
藤原のスマホに着信が入ったのは、それから15秒程経ってからだった。
「光谷くんですか? 電話なんて珍しいですね。えっ!? ……はい……ふむ、ふむ。分かりました。すぐに行きます。待っててください! 絶対ですよ! 絶対ですからね!」
フリですか。
何度も何度も念を押す姿からは、相手への信頼のなさが伺えた。
讃岐と藤原はあまり仲が良くないのかもしれない。早坂は認識を改めた。
「すみません、早坂さん。金の卵を産む鶏を捕まえたらしいので、行ってきます! ではでは!」
手を振りながら、藤原は廊下を爆走した。
廊下を走ってはいけません。さっきの風紀委員と出くわさなければいいのだが。
藤原が去った廊下で早坂はひとり呟いた。
「……嘘が雑すぎる」
これで飛んで行くのだから、やはり讃岐と藤原は仲が良いのかもしれない。
多少のアクシデントと遭遇を乗り越えて、早坂は生徒会室の棚を交換し終えた。
元から生徒会室にあった棚は、近くの教室に放り込んでおいた。数時間後にはまた取り替えるのだから問題ないだろう。
つなぎを脱いで制服姿に戻った早坂は、生徒会室に引き返す。生徒会室への一本道となる廊下に差し掛かったとき、背後から声がかかった。
「やあ、上手くいったみたいだね。助かったよ」
讃岐は能天気な顔に、ほんの少し申し訳なさそうな色を滲ませていた。
「金の卵はどうしたんですか?」
「テニス部に丁重に返却したよ」
なんて適当な。テニスボールはどう見ても金色ではない。
早坂に追いついた讃岐は、ゆるゆるかぶりを振った。
「やれやれ。社交界のマナーには、儀礼的無関心の追加が急務だね。なにもすれ違っただけで、話しかけてくることないだろうに」
「なにがあったんですか」
「新聞部に記事のレイアウトがどうのと意見を求められて、石上君と伊井野さんのケンカに巻き込まれ、龍珠さんに因縁をつけられ、白銀君と立ち話をした」
新聞部ではなくマスメディア部。面倒なので訂正はしない。
「広く浅い交友関係が幸いしましたね」
思うに、讃岐の言う「広く浅い」は、確かに深くはないのだろうが、本人が自認するほど浅くはないのだ。少なくとも、割とどうでもいい話を聞かせるのに丁度良い相手、くらいの深度はある。
深くはないが浅くもない、といったところか。無論、早坂とて例外ではない。
「間違ってるよ。正確には災いした、だ」
讃岐はくたびれた顔をして肩を落とした。
もっとも、本人に自覚はないようだけれど。他人への感心が薄いのも困り物ではある。
生徒会室に入った早坂と讃岐を、主であるかぐやが出迎えた。相変わらず頭に花の咲いたような表情だ。
普段白銀が使っている机には、早坂が運び込んだ白い箱が置かれている。
「無事運べたようね」
「はい。ところで、本当に何が入っているんですか?」
どっしりと机の上に鎮座する箱。白銀へのプレゼントなのは分かるが、なにせこのサイズだ。中に何が入っているのか想像もできなかったし、自分ならこんなサイズのプレゼントはしない。
「あなた達には特別に見せてあげるわ」
「光栄でございます」
讃岐の返事に気をよくしたかぐやは、リボンを解いて箱に手をかけた。ゆっくり慎重に箱の側面を持って上にあげる。
かぐやは蓋を横に置く。かぐやの立ち位置と被って、中身がなんなのかはまだ分からない。
かぐやが横に移動して、
デーーン
と姿をあらわにした箱の中身。
それは巨大な誕生日ケーキだった。
下から大、中、小3つのホールケーキが積み重なっており、全てのケーキに宝石のように赤く輝く苺がたくさん乗っている。
苺も買い付けから行って、糖度17でうんぬんと、嬉しそうに語るかぐやの声は耳に届かない。
最上段のケーキには『ハッピーバースデイ白銀』と記されたホワイトチョコ。チョコの両脇には1と7の形をしたロウソク。
「このスポンジにも秘密があって……」
まだなにか言ってる。
自分から聞いておいてなんだが、このケーキの存在を秘密にして欲しかった。
ケーキを目の当たりにした早坂の率直な感想は、
重い。超引く。超恥ずかしい。
となる。
讃岐は珍しく状況を飲み込めていないようで、ポカンとしている。讃岐は恋愛が絡んだときのかぐやのポンコツ具合を知らないのだ。
「お嬢様、どなたかここで披露宴でも行うのですか?」
「いきなりなにを言っているの。まあ、貴方が意味不明な発言をするのは、今に始まったことじゃないけど」
「さして的外れな発言をしたつもりはございませんが……」
私の主人はもう駄目かもしれない。
嘆息する早坂と唖然とする讃岐。
かぐやはさも不思議そうに首を傾げて尋ねた。
「どうかしたの2人とも?」
こっちのセリフだ。
「いえ、かぐや様がそれでいいなら、私は特に口出しをしませんが……」
「何よ歯切れが悪いわね〜。あっ、男性の意見も聞くべきよね。貴方はどう思うかしら?」
「どう思うか、ですか」
迷いの表情を見せる讃岐を安心させるように、かぐやは力強く言った。
「ええ、率直な意見を聞きたいわ」
「よろしいのですか、お嬢様、思ったことを申し上げて」
問いながらも、讃岐の目はかぐやではなく、判断を仰ぐように早坂へ向いている。
今日ばかりは止めない。むしろやってしまえ。大きく頷き後押しした。
「では、率直に意見を述べさせていただきます」
宣言した従者は、深々と一礼して、主人を真っ直ぐに見つめる。
そして率直な意見をストレートな言葉で伝えた。
「失礼ながら、お嬢様はアホでいらっしゃいますか?」
拙作をお読みいただきありがとうございます。
感想、評価、お気に入り登録、誤字報告などいつも励みになっております。
今回謎解きしませんでしたが、今後もこのような回を2、3話に1回くらい挟もうかと思っております。理由としては、不甲斐ないことですが、トリックを考えるのに時間がかかるからですね……。
謎解き回だけでいい、という意見があれば受け付ける所存。なんとか頭を絞り尽くします。
今年の投稿はこれで最後となります。
少し、というか大分早いですが、皆さん良いお年を。
クリスマス? 私は仏教徒ですので。