僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~


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作:四季の夢
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職場体験!~ステイン編~
第十六話:ヒーロー名と体験先!


――皆さん!これからもよろしくお願いします!
 さぁ!! 俺にペイントボールを投げるんだぁぁ!! 俺も投げる!!!


 工房から戻り、朝礼前に教室に戻れた竜牙。

 クラスは既に体育祭での余波で一杯であり、竜牙の様に声をかけられたのだの、ジロジロ見られただのの話題で持ち切りだった

 

「超声かけられたよ!!」

 

「よくよく考えれば全国中継だもんな!」

 

 嬉し恥ずかしのクラスメイト達。活躍した者もおれば、瀬呂の様に小学生からドンマイコールされた者もいる。

 勿論、竜牙もその当事者。気持ちはちゃんと分かっているのだが、それよりも気になっている事があった。

 

「……耳郎、ちょっと良いか?」

 

「ん?……どうしたの?」

 

 曲を聞いていた耳郎はプラグを外し、竜牙の方を向いた。

 キョトンとした表情から、竜牙の言いたいことは察していない様子。

 

「いや……実は聞きたいが事がある」

 

「珍しいじゃん。何かあった?」

 

 マイペースゆえに相談なんてしないと思われている竜牙だ。耳郎じゃなくとも内容は想像できない。

 しかし、今回の件は耳郎じゃなければならないのだ。

 

「……決勝前の保健室での事だ」

 

「ふ~ん……って、えっ!?」

 

 竜牙の言葉に耳郎は固まる。教室も静かになる。そして皆が耳を澄まして意識を集中する。

 

(こちら芦戸! まさかの事態に応援願う! どうぞ!)

 

(こちら葉隠! このタイミングは予想外! どうぞ!)

 

 恋の匂いを嗅ぎつけるA組の狩人。その名は芦戸・葉隠。更に興味津々の麗日達も参戦。

 男子達も興味無しの爆豪や轟を除けば全員が耳を傾ける。

 思春期の呪い。トラップカード・年頃の呪縛。誰もこの好奇心には抗えないのだ。

 

「ど、どうしたって……言うか、いきなりなに!?」

 

 当事者となれば尚の事。

 竜牙の言葉に耳郎も不意打ち状態。一気に顔の温度が急上昇。

 表情を真っ赤にしながらあたふたと返すのが精一杯。

 しかし竜牙はマイペース。相手の様子は気づかず、そのまま我を貫いてゆく。

 

「……いやただ、あの時の耳郎はいつもと違った。だから何か意味があったんじゃないかと思って」

 

「へ、へぇ……そ、そうなんだ……!――つうか、うちなんて言ったけ……?」

 

「確か……ミッドナイト先生じゃなく……うちじゃ駄――」

 

「ああぁぁぁぁぁぁっ!!!! なんで一言一句覚えてんの!?」

 

 自分で言っておきながら誤魔化し失敗。もう耳郎の顔はプラグまで真っ赤に染まっている。

 

――あの時はどうにかしていた。ミッドナイト先生に雷狼寺を取られると思ってしまいザワついて嫌だった。 

 

 勿論、力になりたかったのが本音。

 しかし疲れた竜牙がミッドナイトに手を握られれば、等と言うのも悪いのだ。

 

――年上か! 胸が良いのか!?

 

 体形に関しては負けているだろう。

 だがそれがどうした。気づけば身体が勝手に動いていただけの事だ。

 男子だからといって思春期全開の竜牙も悪いと判断し、耳郎は何とか落ち着きを取り戻す。

 

(ふぅ……! 落ち着け落ち着け!……雷狼寺はまだ本題を言ってない! こんなうちはロックじゃないじゃん!)

 

 深呼吸で落ち着いた耳郎は女は度胸と気持ちを入れ直し、ロックなメンタルで挑み直そうとした。

 まだ竜牙は本題を言っていない。勝手に自分が自爆しただけ。

 耳郎は平常心となり、自分は余裕だと言わんばかりの態度で挑んだ。

 

「そ、それで……あの時の事がどうしたの?――うちらしく無いから変だった……とか?」

 

 平常心になりながらも後半は自分で言っていて弱音になってしまった。

 しかし、強気で通すことは出来た。これなら対抗できると、耳郎は竜牙をジト目で睨む。

――のだが。

 

「……違う。そうじゃなく、ただいつもと違って……耳郎が()()()()見えたんだ。だから何か別の意図があったんじゃないかって気になった」

 

 恥ずかしそうに、照れ隠しの様に視線を逸らす竜牙。

――そんな彼の言葉を聞いた瞬間、耳郎は“撃沈”する。

 

「可愛――!?」

 

 耳郎の頭部に衝撃が走る。実際は何もぶつかっていないが、それぐらいの衝撃を確かに感じたのだ。

 更に鼓動も『おっ、燃料投下か?』と言わんばかりに加速。

 そのままボンっと爆発したかのようにフラリと脱力し、そのまま机に突っ伏してしまう。――というか倒れたに近い。

 そんな彼女の様子に竜牙も流石に驚く。

 

「耳郎……!?――どうしたんだ?」

 

 何があったんだと近づこうとする竜牙。

――しかし。

 

「か、勘弁してあげてぇ!」

 

「タイムタイム! ロープだよ雷狼寺くん!」

 

「ケロ!――流石に耳郎ちゃんが耐えられないわね……」

 

「ら、雷狼寺さん! 手を握ったり触れるのはまだ早いですわ! そ、そんな破廉恥な事――!」

 

「あわわぁ~! 見てるほうがムズムズするわぁ~!」

 

 竜牙と耳郎の間に入ったのは芦戸率いる女子メンバーだ。

 野次馬上等の彼女達だったが、流石に一直線に本陣を狙い続ける竜牙の言葉攻めに白旗。

 可哀想なレベルになった耳郎への援軍として馳せ参じたのだ。

 

 更に援軍は男子からも。

 

「雷狼寺……今は待ってやれ」

 

 障子が竜牙の肩に優しく手を置き。

 

「がっつくとウェイになっちまぞ!」

 

 上鳴がどや顔でアドバイスし。

 

「雷狼寺ぃ……!! 親友ぅ……エロ本……!!」

 

 峰田が変異する等を起こしながら竜牙を止めた時だった。

 

「おはよう……とっとと席に着け」

 

 ここで担任・相澤登場。

 皆は訓練された兵隊の様に素早く着席。

 耳郎もまだ頬が赤いが、反射で復活する。しかし気になるのか、隣の席の竜牙にさり気なく視線を向け、目が合いそうになると逸らしてしまう。

 そんな自分の様子を自覚し、いよいよ耳郎は気持ちの誤魔化しが出来なくなっている事を理解。

 

(やっぱりうち……雷狼寺が……あぁ……そういう事!?)

 

 悩みし乙女。しかし今は授業中であり、関係なく相澤は話を続けてゆく。

 

「今日のヒーロー情報学はちょっと特殊だ」

 

 相澤のその言葉を聞き、クラスメイト達を緊張が包み込む。

 ヒーロー情報学はその名の通りの授業。ヒーローに関する法律等が主な内容であり、その内容の多さと濃さから苦手とする生徒も多い。

 その授業で特殊と言った以上、テスト等の可能性は高く、全員が息を呑む。

――そして!

 

「コードネーム――つまりは“ヒーロー名”の考案だ」

 

『夢膨らむやつきたぁぁぁぁ!!!』

 

 一発逆転ホームラン。重苦しいつまらない授業から一転。

 無限の可能性を秘めた夢がクラスを包み込み、子供の感情が爆発した。

 

「静かにしろ……!」

 

 だが相澤の言葉で鎮圧され、相澤はヒーロー名考案の訳を説明した。

 

 まず、手っ取り早く言えばプロからの“ドラフト指名”が関係している。

 体育祭の様子を見て既にプロ達から指名があり、それを元にプロの所へ職場体験に行かせるのが学校側の考え。

 

「――と言っても指名が本格化するのは2・3年……つまりは即戦力なってからだ。一年は大体将来への“興味”によるもので、情けない姿を見せれば一方的にキャンセルも珍しくない」

 

――ちなみに、肝心の指名結果はこれだ。

 

 相澤が黒板を操作すると、映像として結果が表示された。

 そこには名前・指名数が表示されており、全員がそれに意識を向けた。

 

――A組・指名件数。

 

 雷狼寺:5163

   轟:4321

  爆豪:2038

  常闇:420

  飯田:305

  上鳴:224

 八百万:108

  切島:98

  麗日:42

  瀬呂:14

 

「例年はもっとバラけるが……今回は突出した連中が多くてな。――3人に偏った」

 

(……5000も指名が)

 

 竜牙は純粋に結果に驚いていた。

 中には有名でないプロからの指名もあるだろうが、それでもその数は認められた証。素直に喜べる結果だ。

 

「やっぱ雷狼寺と轟か。けど納得は出来んだよなぁ……」

 

「つうか2位と3位逆転してるし、結構指名数にも差があるんだな?」

 

 上鳴と切島の会話に他のメンバーも頷く。

 竜牙は仕方ないとしても、轟と爆豪は順位は逆にも関わらず半分以上の差があった。

 これは流石に疑問を感じてしまうだろう。

 

「どうやら雷狼竜化した雷狼寺との戦いが、プロ達の印象に残った様だな……」

 

 データがあるのだろう。資料を怠そうに見ながら相澤が呟いた。

 印象的に言えばやはり雷狼寺VS轟――準決勝が決勝扱いだったようで唯一、一人で挑んだ轟の評価が更に上がった様だ。

 その逆なのが爆豪。竜牙との決勝、表彰式での様子。それらを見たプロ達の評価が轟との差となったようだ。

 

「……くそっ」

 

 面白くなさそうに吐き捨てるのは爆豪。

 それでも2000の指名数はかなりなのだが、上昇志向の強い彼にはつまらない結果でしかなかった様だ。

 

「……やったな雷狼寺。五千超えたぞ?」

 

「……あぁ、実はかなり嬉しい。それだけプロからも俺の個性が受け入れられた証だから」

 

 障子からの労いの言葉を受け、竜牙は相変わらず無表情だが嬉しそうなのは察する事が出来る。

 周りからも竜牙に労いの言葉が掛けられ、竜牙がそれに応える中で相澤は続ける。

 

「まぁつまりは職場体験……プロの仕事を実際に体験させるということだ。それで必要となるのがヒーロー名だが、適当なもん付けちまうと――」

 

――地獄を見ちゃうよ!!

 

「!――ミッドナイト先生……?」

 

 教室に突如として現れたのは18禁ヒーローミッドナイトだ。

 ミッドナイトは颯爽と現れ、竜牙の声が聞こえたのか彼に向かってウィンクをし、竜牙も思わずガッツポーズ。

 

――しかし、それを隣で見ていた耳郎が無表情で障子の複製腕を抓っていた事を竜牙は知らない。

 

「この時に付けた名前が!――そのまま認知されちゃって、プロ名になってる人も多いからね!」

 

「そういう事だ……俺には無理だからその辺はミッドナイトさんに頼んだ」

 

 そう言うと怠そうな相澤は寝袋に入ってしまい、そこからは説明通りミッドナイトが仕切り始める。

 

「さぁ! 早速やるわよ! 名前は自分の未来へのイメージ! 変な名にすれば全て自分に返ってくるから真剣にやりなさい!」

 

 ミッドナイトはクラス全員へ強烈に言い放った。

 名はヒーローの顔だ。その名に恥じない様なヒーローを目指し、時には威厳を、時には親しみを感じさせなければならない。

 

 仮にだが、もし『エンデヴァー』が今と同じ活躍していても、別の名だったら威厳を保ちながらNo.2ヒーローを続けられるだろうか?

 

『マッチヴァー』・『蚊取り閃光丸』――こんな変な名でオールマイトに挑めるだろうか?

 

 印象に残したくもない。そんなCMの商品を誰が買う?

 何も感じない名。それにヴィランを抑止出来るのか?

 

 それ程までに名前は重要だ。

 だからこそミッドナイトも今日は本気。彼女の本領が燃え上がる。

 真剣に悩む空気を教室に作り上げたのだ。

 しかし、そんな中でも竜牙はマイペース。堂々と手を挙げた。

 

「……ミッドナイト先生すみません。質問良いですか?」

 

「えぇ構わないわ! 寧ろ、どんどん来なさい!」

 

 しなさいではなく、来なさいがミッドナイトらしい。 

 竜牙はそのらしさに不思議な感動を抱きながら質問を口にした。

 

「……ヒーロー名を他人に名付けて貰った話を良く聞くんですが、そういうパターンは珍しくないんですか?」

 

「あっ僕も聞いた事あるよ! 中には応募でヒーロー名を決める人もいるよね!」

 

 竜牙の質問にヒーローオタクの緑谷も乗ってきた。

 それを皮切りに他のメンバー達も「確かにそうだ」と納得しだすのだが、ミッドナイトは頷きながら平然と語りだす。

 

「ふふ、確かに珍しいパターンではないわ雷狼寺くん! 業界には自分のヒーロー名に興味ない人もいるのが現実よ!――話題性の為や、自己分析出来ないから周りからヒントを貰うパターンもあるわね!」

 

「……なら参考にミッドナイト先生は、俺のヒーロー名はなんて名付けますか?」

 

「そうねぇ……」

 

 その問いにミッドナイトは妖美な雰囲気で竜牙へと近づく。何故か舌なめずりしながら。

 そんな様子に周りがつい視線が集中する中、竜牙の机に来ると、そのまま腰を下げて竜牙に接近。

 目線的に確かなシルエットの胸が見えてしまう。良い匂いを確かに感じてしまう距離。

 そんな状態に竜牙は硬直。峰田は大興奮。――そして!

 

――ミッドナイト・()()()・ドラゴン……なんてどう?

 

 ミッドナイトはそう竜牙の耳元で呟き、優しく耳に息を吹きかけた。

 

「――!」

 

 瞬間、竜牙は瞬殺!――否、悩殺! そのまま天国へ精神を切り離す。

 

「雷狼寺を悩殺!?」

 

「馬鹿な! あいつは学年1位だぞ……!」

 

 峰田と上鳴が悪乗りする。流石は同族の変態馬鹿二人。

 だが、他の者達は絶句する事態。しかも当のミッドナイトは狂気の笑みを浮かべており、誰かが止めねば本気でヤバい。

 そんな状況下、唯一動いたのは彼女――耳郎だ。

 耳郎はプラグを竜牙へぶっ刺すと、そのまま大音量をぶつける。

 

「があぁぁぁぁぁっ!!?」

 

「ミッドナイト先生!! 授業に戻りましょう!!」

 

 ダメージで叫ぶ竜牙はほっといて、ミッドナイトへ授業再開を呼びかける耳郎。その彼女の言葉にミッドナイトも正気へ戻った。

 

「ハッ!――危なかった……()()()()()()なりそうだったわ。――という訳で今のを参考にしてちょうだい!」

 

『できるかぁぁ!!!』

 

 討伐された竜牙・果てた峰田を除く全員が叫んだ。

 将来、A組全員が18禁ヒーローになるという伝説を作るつもりは誰にもなく、皆は己のヒーロー名考案を真剣に考え始めた。

 

「ば~か……ば~か……!」

 

 ただ一人、耳郎だけは己で討伐した竜牙へ拗ねた様に悪口を言い続けるのだった。

 

▼▼▼

 

――20分後。

 

「そろそろ良いわね!――できた人から発表してね!」

 

『えっ! まさかの発表形式!?』

 

 ミッドナイトの言葉に全員が驚いた。

 自分の胸にしまい、当日に名乗ると思ったがそうではないらしい。

 あくまで授業。そこは評価の為に忘れてはいけない。

 そしてそんな勇気ある第一号。それは青山だった。

 

「フッ! 僕は“輝きヒーロー”――“I can not stop twinkling”さ!」

 

『名じゃね! 短文だろそれ!!?』

 

 第一号で青山がやらかす。キラキラ好きな彼らしいが、名前としてこれは成立するのか?

 これに関して、ミッドナイトの判定がどう下すのか皆は息を呑んで見守る。

 

「……そこはIをとってCan’tに省略しなさい」

 

『ありなのこれ!?』

 

 驚くことに青山のはありらしい。

 先生であるミッドナイトが認めた以上、生徒側に文句は出せず、そっこから一気に評価が始まった。

 

「エイリアンクイーン!」

 

「2のあれ! 目指すのがヒーローじゃないでしょ!? やめときな!」

 

 芦戸の様に却下される者もいれば。

 

「……フロッピー。ずっと考えていたの」

 

「カワイイじゃない! 親しみやすくて良いわ!」

 

 蛙吹の様に一発でOKを貰う者もいる。

 その他には憧れのヒーローをリスペクトする者・自分の名前から取る者・シンプル故に被る者もいた。

 

「爆殺王!!」

 

「そういうのは止めた方が良いわね……」

 

 この様な全員が絶句する様な者もおり、文字通りの個性が出るネーミングばかりだ。

 そして残りが再考の爆豪、そして未提出の緑谷と飯田を残し、とうとう竜牙の番となる。

 

(……俺もずっと前から考えていた)

 

 前でに出てボードを置く竜牙。

 今から発表するヒーロー名。それは考えたというよりも、本能で浮かび続けた名だ。

 雷狼竜――全てを狩りし無双の竜。その名に相応しい名を竜牙はこれ以外に思い浮かべない。

 

――無双・モンスターヒーロー!

 

「――“ジンオウガ”」

 

『!』

 

 その名を聞いた瞬間、クラスの空気が変わる。

 ピリピリした思い空気。それを発したのは竜牙――雷狼竜の瞳となった竜牙だ。

 無意識なのか。それとも、その名を受け入れた雷狼竜の喜びの産声を意味しているのか。

 ただ言えるのは気が早い。既に竜牙だけは“実戦”にいるかの様な空気を纏っている。

 

「ジンオウガ。――刃の王なのか……それとも神から取ったのか分からないけど、良いじゃない!」

 

 ミッドナイトからもOKを貰い、竜牙のヒーロー名は確定した。

 因みに緑谷は“デク”で、飯田は名前の“天哉”で決まり、最後まで残ったのは――

 

「爆殺卿!」

 

 爆豪だった。

 

▼▼▼

 

 ヒーロー名が決まり、次に竜牙達がするのは体験先を決める事だ。

 指名がある者達はそこから。無い者も事前に学園側が話を通し、受け入れ可である事務所から選ぶ事になっている。

 そして先程まで威圧を放っていた竜牙は、血眼になって体験先を探して――

 

「……」

 

――いなかった。机に力尽きた様に倒れており、その目の前には脅威の分厚さを誇るプリントの束。

 流石に五千は多く、竜牙も一人でこの量はさばけなかった。

 

「……雷狼寺、大丈夫?」

 

「生きてるか?」

 

「……あぁ。ただ疲れただけ」

 

 最早、気の毒なレベルの竜牙に、指名がなく受け入れ場所から素早く決めた耳郎と障子。そして緑谷達が集まって声を掛ける。

 

「指名があって羨ましいけど……流石にこの量はやばいね」

 

「確かに一人でこの量に目を通すのはな……」

 

「……大丈夫だ。少しずつ候補を絞っている」

 

 耳郎達にそう言って竜牙は絞ったメモを渡すと、緑谷が代表で受け取った。

 そしてそれを開き、全員が目を通すとその記されたメンバーに驚きを隠せなかった。

 

「リューキュウ!?……それにヨロイムシャ……ギャングオルカ……クラスト……ミルコ……エッジショット……エンデヴァーまで!? 凄いよ雷狼寺くん! 全員が有名なトップヒーローだ!?」

 

「それ以外もガンヘッドやワイルド・ワイルド・プッシーキャッツを筆頭に有名なヒーロー達ばかりじゃん。確かにこれは迷うわ」

 

「どれを選んでも正解だからな……すげぇよ」

 

 緑谷が読み上げるトップヒーロー。それ以外にも有名なヒーローからの指名に耳郎と上鳴達も苦笑しか出ず、その名の面々に竜牙も迷っていた。

 

「個人的に言えばリューキュウの事務所に行ってみたいが、水陸のギャングオルカ。チームは疎か、サイドキックも持たないミルコ。この人達が何を思って俺を指名したのかも気になる。――もしかしたら、俺じゃ考え付かない個性の扱いを教えてくれるかも知れない」

 

「あぁ……確かにそう思うと気になるよな! 俺は武闘派系が良いからすぐに決まったけど、雷狼寺の場合は良い意味で統一してねぇからな」

 

「えぇ……これでは慎重になる理由も分かりますわ」

 

「ケロ……飼育ヒーロー・ハナ。キャロットヒーロー・シイナ……もう何でもありね」

 

 切島・八百万・も一緒に悩んでくれるが、やはり贅沢な悩み程、難しいものはないだろう。

 確実にどこを選んでも学ぶ事ができ、どこを断っても後悔する。

 

「……ここまで悩む事になるなんて」

 

「仕方ないって、手伝ってあげるからがんばろ」

 

「俺達はすぐに決まったからな……」

 

「……俺も良いか? 俺も決まったからな」

 

「あっ! 私も私も!」

 

 耳郎・障子以外にも轟や葉隠も参加し、結局クラスの大半が竜牙の体験先の手伝いをし始めた。

 五千もあるのだ。トップヒーローに隠れて見落とした実力派がいるかもしれない。

 皆がそれぞれ資料を分担する中、竜牙も再び候補選びを始めるのだった。

 

(前途多難……じゃなきゃ良いが)

 

 竜牙の心の呟きを知る者はいなかった。

 

――そしてそれが当たった事にも。

 

 

▼▼▼

 

 

「えぇっ!? ちょっと待ってお父さん! 突然、そんな事言われても!」

 

 とある小学校――その職員室で一人の“女性”は携帯電話を片手に驚いた様子で声をあげていた。

 周りを気にもしない会話。その相手は彼女の父親だ。

 

『もう決めた事だ。受け入れろ……今度、雄英の職場体験がある。その準備もあり、それまでの間にしか時間は作れんのだ』

 

「そうじゃなくて……因みに相手の人って――」

 

『その点は安心しろ。確か15か16……焦凍と同じ年の子だ』

 

「まだ子供じゃない!?」

 

『安心しろ。それぐらいは分かってる……すぐに結婚しろと言っているんじゃない。まずは仲を深めろ。――既に向こうの両親とは話を付けている』

 

「!」

 

 有無を言わさない父の言葉に、女性は何も言えなくなってしまった。

 こうなった父は誰にも止められないのを分かっているからだ。

 

『分かったなら切るぞ?……忘れるな、今週の土曜日だ。ではな――』

 

「あっ――」

 

 女性が何か言おうとしたが、それよりも先に電話は切れてしまった。 

 残された女性はそのまま力なく椅子に腰かけると、額を抑えながら溜息を吐いてしまう。

 

「どうしよう……そんな年下の子と()()()()だなんて」

 

 結婚なんて考えていない中での父からのお見合いの強制。

 しかもまだ結婚できない年齢で、一番下の弟と同じ年なのだから恐れ入る。

 だがそれ以前に不安な言葉が女性の脳裏に過っていた。

 

――個性婚。

 

(まさかね……)

 

 力ない心の声を呟いた女性――『轟 冬美』の表情がその日、晴れることはなかった。

 

 

 

END

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