竜牙との一件後、全員が10分で昼食を食べきる共同作業を終えると、次は体育祭らしく全員参加のレクレーションだ。
玉転がし・借り物競争等々の競争種目。予選に落ちてもこれでアピールする事も可能。
熱の入ったプレゼント・マイクの実況と本場アメリカのチアリーダーも呼ばれ、熱狂は下がるどころか寧ろ上がっている。
そして、落ちた者達を筆頭に選手達が再び会場入りした時だった。
少し遅れで入ったA組女子の“恰好”に周りは注目する。
『……何やってんだあいつら?』
「……眼福」
相澤の冷めた言葉を掛けられる中――“チアリーダー”の姿をしたA組女子は肩を落としながら、顔に影を作っていた。
そして、その中でリーダーっぽい八百万は一人、竜牙の下へと来る。――やや表情を引き攣らせながら。
「あ、あの……雷狼寺さん。相澤先生からの言伝で……この姿で女子全員参加の応援合戦と言う御話では……?」
「?……初耳だ。少なくとも俺は知らない」
――瞬間、八百万は固まると同時にすぐに動き出し、峰田と上鳴へ手に持ったボンボンを投げつけた。
「峰田さん!! 上鳴さん!! 騙しましたわね!!」
『イェーイ!』
怒る八百万に対し、当の二人は親指を上げて作戦成功を喜んでいるが、事情を知らない竜牙は二人へ聞こうとした。
「……どういう事だ?」
「へへ、それはな雷狼寺――」
峰田は語る。女子全員チアリーダー作戦の全容を。
時は遡る事、昼をギリギリで食べ終えた食堂。そこに峰田と上鳴はいた。
『お~い! この後は女子全員がチアリーダー姿で応援合戦だってよ!』
『?……そんな話、聞いておりませんが?』
『別に信じなくても良いけどよ。――“雷狼寺”が相澤先生から預かった言伝らしいぜ。まぁ、このままじゃ雷狼寺が相澤先生に怒られちまうけどよ……』
『そ、そんな……ではすぐに衣装を作りませんと!』
これが作戦の全容であった。
チョロイ八百万を騙し、更には先程の盗聴の件での当事者である竜牙の名前も投入。
未だに罪悪感がある八百万が、これで動かない筈がないという二人の高度な作戦だった。
――しかし、闇あるところに光あり。
その作戦の全容に異を唱える者が現れた。A組の“真面目の化身”――飯田だ。
「話は聞いたぞ!――峰田君! 上鳴君! クラスメイトを騙し、あんな格好をさせるに飽き足らず! また雷狼寺君を利用するとは、恥ずかしいと思わないのか! 雷狼寺君も怒って良いんだぞ!」
「だとよ雷狼寺……どう思う?」
飯田の言葉に、峰田はまるで奥の手を残す策略家の様な笑みを浮かべながら、相棒へ向ける様な視線を竜牙へと向ける。
そう、竜牙の視線はチアリーダーの女子に釘付けだった。
「――許す」
「雷狼寺君ッ!?」
飯田、まさかの裏切りにショック。
ハッキリ言ってA組の女子のレベルは高い。そんな彼女達のチアリーダー姿にときめかない男などいない。
「ときめかない男は噓つきだ」
「そうだぜ雷狼寺! 今、良い事言った!」
「あはははは! どうだ見たか飯田! 何とも思わないお前は噓つきだぜぇ!!」
「ば、馬鹿な……馬鹿なぁぁぁぁぁぁ!!!」
「アホだろあいつら!」
峰田達の行動に恥ずかしそうにし、苛つきながら耳郎はボンボンを地面へと叩きつける。
だが、そんな光景にショックを受ける者が一人。
「――えっ」
「えっ……?」
耳郎は気付く。表情は変わっていないが、明らかに雰囲気は悲しそうにしている竜牙が自分を見ている事に。
(えっ……なに? ショックなの?――でも別にうちがやんなくても……って言うか全員の発育良すぎだって!)
耳郎以外のメンバー。八百万は言うまでもなく、麗日・葉隠・芦戸。――そして小柄な蛙吹すら確かな果実を二つ付けているのだ。
そんな中で、自分だけが微妙な膨らみ。ハッキリ言って気にはなる。
しかし、それでも竜牙が見ているのは耳郎だった。
「あぁ……うぅ……!――もう!」
ジッと悲しそうな瞳(耳郎と障子にしか分からない)で見めている竜牙に、とうとう耳郎が折れた。
捨てたボンボンを拾い。顔が熱くなるのを感じながらも、取り敢えずは小さく振ってみた。
「が、がんばれぇ……」
「……!」
あまりにも小さい耳郎の声。だが距離があるにも関わらず、竜牙には聞こえたのだろう。
竜牙は無言で耳郎の下へ歩き出す。
(何でこっち来てんの!? 聞こえないって事!!?)
無言の進軍を行う竜牙に耳郎はビビった。素でビビっていた。
しかし本当はただ恥ずかしいだけでもある。太股が見えるミニスカートにへそ出し。露出が多いのだ。
耳郎はどうしたら良いか分からず、顔をやや下に向けて目を逸らしている間に、竜牙は彼女の目の前まで既に立っていた。
「……」
(なんか言えって!? あれか! うちが言うのを待ってんの!!?)
何故か目の前で自分をガン見している竜牙に、流石の耳郎も流すことは出来なかった。
このままでは、周りの視線も集中してしまうのは時間の問題。
しょうがない。そう思いながら耳郎は再びボンボンを振るう。
「ふぁ、ふぁいとぉ……!」
「!」
手応えはあったのだろうか。その耳郎の応援に竜牙は競技場の方へと向いた。
そして、ただ一言だけ耳郎へと呟く。
「――勝ってくる」
「えっ……?」
それだけ言って竜牙は競技場へ行ってしまった。
残されたのは耳郎と女子達だけだが、当の耳郎は……。
「勝ってくる……って、まぁ雷狼寺らしいか」
どこか晴れやかな表情。恥ずかしさよりも嬉しさが顔に出ている。
不思議と胸の中が温かく、同時にむずがゆい。
耳郎がそんな想いを抱いていると、彼女は不意に“妙な視線”に気付き、そっちを向いてみると……。
「ニヤニヤ……」
めっちゃ良い笑顔の芦戸を筆頭に、顔を赤くしながら見ている八百万達だった。
「憧れてんだから~!」
「きゃー!」
「ちょっ!――そう言うんじゃないから! 違うから!!」
その後、耳郎は数分間ずっと弄られ続けていると、その光景を見ていた峰田が……。
「上鳴、親友でも憎しみって抱くんだってオイラは知ったぜぇ……!」
「分かった!? 分かったから真顔はやめろ!? マジでヤバイ顔してんぞ!?」
凄い形相の峰田を上鳴が止める中、レクレーション前に行われる最終競技の発表が始まろうとしていた。
毎年、その内容こそは変わるが、共通点は“一対一”の競技ということ。
(……今年はなんだろう?)
竜牙は内心で呟きながら、発表までミッドナイトを眺めていると、選手達の目の前に巨大モニターに映るトーナメント表が現れた。
『レクレーション後の最終種目! それはトーナメント形式!!――総勢16名による一対一の本気勝負!!』
「そういう事。因みに16名の選手達はレクレーションの参加は自由になります。温存や息抜きは各々の自由よ!――と言う訳で、それじゃあ早速、くじ引きによる組み合わせを決めちゃうわよ? まずは1位から――」
プレゼント・マイクとミッドナイトの説明が行われ、組み合わせ用のクジが1位の竜牙達――緑谷チームから引かれようとした時だった。
「すいません、俺――辞退します」
ミッドナイトの説明を遮り、最終種目の参加辞退をする者が現れる。――それは“尾白”だった。
プロにも見てもらえるこの最終種目は、謂わば体育祭のメインイベント。
ゆえに、それを辞退しようとする尾白の発言を聞き、クラスの者達は一斉に騒ぎ出した。
「尾白くん! どうして!?」
「せっかくプロに見てもらえんだぜ!?」
緑谷や上鳴が尾白を説得しようとするが、尾白の顔色は悪く、明らかに悩んでいる様子で重い口を開いた。
「俺……実は騎馬戦の事、終盤までボンヤリとしか覚えてないんだ。――多分、“奴”の個性で」
「!――尾白くんと同じ騎馬は確か!」
「……宣戦布告の普通科。――心操 人使か」
緑谷と竜牙の言葉と共に、一斉にA組の視線が普通科――心操へと向けられた。
だが、当の心操はどこ吹く風で顔を逸らしてしまう。
(明らかに身体は鍛えられていない。恐らくは操作系等の特殊な個性か)
心操の肉体は体操着からでも分かる細い身体。鍛えている様子はなく、更に尾白の証言も合わさって、竜牙は彼の個性を推測した。
竜牙が覚えている限り、心操はずっと騎手をしていた筈。
しかし、心操の身体はあの激戦を素の性能で勝ち抜いたとは考えづらく、何よりも尾白の記憶の曖昧さが心操の個性を示していた。
確かに記憶がなく、ただ利用されただけならば自分の力とも思えないだろう。
しかし、気持ちは分かるが、これも大きなチャンスには変わりない。
竜牙は尾白の気持ちを察しながらも、なんとか説得しようとする。
「……良いのか尾白? 理由はどうであれ、ここまで来たのはお前のスペックだ。だから、そこまで深く考えるな」
「そうだよ! 気にし過ぎだよ!」
「私なんて何も出来なかったんだよ!?」
竜牙に続くように葉隠と芦戸も説得に加わるが、尾白は首を縦に振らなかった。
「違うんだ、俺のプライドの問題なんだ。俺が嫌なんだ……こんな訳の分からないまま皆と並ぶなんて俺には出来ない!――後、なんで君達はチアの格好してるの?」
『――グハッ』
さり気ない尾白の言葉が、彼の背後の八百万に突き刺さる。
試合前なのに八百万があぶない。そう判断した竜牙は素早くフォローを入れた。
「……似合うから」
「……ああ、そうなんだ。――まぁ、そういうわけで俺は辞退したい」
「僕も同じ理由で辞退したい。何もしていない者が上がる……それはこの体育祭の趣旨に相反するのではないでしょうか?」
竜牙のフォローを流す尾白に続き、B組の小柄な男子――庄田も辞退を申し出る。
一人ならばまだしも、二人もとなると話はややこしい。
その結果、判断は主審のミッドナイトに委ねられる事になるのだが……。
「そう言う青臭いのは好み! 二人の辞退を認めます!」
『好みで決めおった!!』
「ミッドナイトはこういう話が好きだ」
好みで決めたミッドナイトに選手のツッコミが入るが、彼女の性格を知っている竜牙には想定内。
結果、空いた二名は5位の拳藤チームからになるのだが、その拳藤チームも辞退した事で鉄哲チームから鉄哲・塩崎の二名が最終種目の参加。
これで、ようやくクジによる組み合わせが決まった。
ブロック1
第一試合:緑谷VS心操
第二試合:轟VS瀬呂
第三試合:雷狼寺VS塩崎
第四試合:切島VS鉄哲
ブロック2
第五試合:芦戸VS青山
第六試合:常闇VS八百万
第七試合:飯田VS上鳴
第八試合:麗日VS爆豪
竜牙もモニターを確認すると、自分の最初の相手はB組の実力者である塩崎だった。
雷狼竜に周りが臆する中、最後まで挑んでいた者。
ハッキリ言えば初戦から厳しい相手。竜牙のモニターを見る表情も険しくなる。
「……塩崎。騎馬戦でツル攻撃を仕掛けた実力者か」
「ありがとうございます」
――後ろにいたのか……。
騎馬戦の事を思い出し、思った評価を口にする竜牙の背後から本人登場。
髪が茨の個性を持つB組――塩崎だ。
彼女は雷狼竜状態の竜牙に戦いを挑んだ一人であり、僅かと言えど、その動きを止めた事実を持ち、儚い聖女の様な見た目とは裏腹な猛者だ。
竜牙はそんな彼女と向き合うと、頭を下げて来た向こうに合わせて自分も頭を下げた。
「……全力で相手をします。宜しくお願い致します」
「こちらこそ宜しくお願い致します。先程の騎馬戦……お見事でした」
「いや、あの状態の俺の動きを止めたんだ。君も油断出来る相手じゃない……」
「ありがとうございます」
そう言って何度も綺麗なお辞儀をする塩崎へ竜牙も返し、全力勝負の約束をしながら握手を交わす。
すると、その光景を離れた所で見ていた耳郎が、何故か峰田を殴ったのだが、竜牙はそれを知らない。
そんな中で始まる最終種目。全員が一癖も二癖も実力を持つ者ばかり。
レクレーションを挟むと言えど、竜牙には嵐の前の静けさとしか思えず、そんな心情のままレクレーションの幕が上がった。
▼▼▼
レクレーションが始まり、障子達などの面々は玉転がしで活躍する中、耳郎達はチアでそれを応援。
竜牙も借り物競争に参加し、お題である『美女』を探す事になったが、竜牙は何も持たずにゴール。
そのままゴール地点にいたミッドナイトに『美女』のカードを渡し、ミッドナイトがそのお題だと言うと『雷狼寺君が1位!!』と判断。
しかし、これに同じ参加者のB組――物間が猛抗議。
『ミッドナイト先生は既に30歳なんだよ? それを美女だなんて……A組はなんて可哀想なんだ』
等と言ってしまい、ミッドナイトにしばかれるという騒動が起きた以外は普通に行われた。
そんなこんなで続いて行くレクレーションの合間に――
▼▼▼
竜牙と緑谷は、轟に呼び出されていた。
人通りのない薄暗い通路。そこで轟は緑谷へまずは問いかけた。
「緑谷、お前……オールマイトの“隠し子”かなんかか?」
「……えっ!?」
「……えっ?」
轟の言葉に竜牙もビックリ。確かにオールマイトが理由もなく緑谷と昼食を共にするとも聞いていたが、まさかの真実?に竜牙は驚きを隠せなかった。
「……流石はオールマイト。隠し事もNo.1か。だが俺もファンだ。それを受け入れ――」
「いやいや違うからね雷狼寺くん!!?――そもそもそんなんじゃなくて!! ええっと……何で僕なんかにそんな事を?」
「完全な否定はしねぇんだな……だがそうなると問題はある。お前がNo.1の“何か”を持っているなら俺はお前に勝たなきゃならねぇ……!」
轟の雰囲気が変わった。冷たい圧を放ち、その氷の様に冷たい眼も淀んでいた。
そんな轟の眼を竜牙は知っている。今までずっとそうであった、誰も見ていない轟の瞳だ。
「……緑谷じゃない。お前が見ているのはオールマイトか?」
「そうとも言えるな。――そもそも、俺の親父は“エンデヴァー”だ。知ってるだろ?」
「No.2ヒーローを知らない奴はいないだろ?」
轟の言葉に竜牙も、冷静な態度で言葉を返した。
だが、その言葉の返答は二人にとって予想できない内容となって返ってくる。
「俺はそんなクソ親父を許せねぇんだ……」
轟は語り始めた。
エンデヴァーは破竹の勢いでヒーロー界に名を馳せたが、それはエンデヴァーの極めて高い上昇志向によるものだった事。
だがそれゆえに、ずっとトップに君臨するオールマイトが目障りで仕方なかった事。
しかし、エンデヴァー自身は己ではオールマイトを超えることが出来ない事を悟った事。
結果、エンデヴァーはモラルの欠落した“手段”を取った事。
「――“個性婚”……って知ってるよな? 第二~第三世代間で起きた前時代的発想。己の個性を強化し、後世に残そうとする為だけに配偶者を選ぶ、胸糞悪い社会問題だ。――それをエンデヴァーはやりやがったんだ」
冷たい圧を強めながら轟は続けた。
金と権力で相手の親族を丸め込み、エンデヴァーは轟の母親となる女性を――“個性”を手に入れた事。
そして己の上位互換と呼べる轟をオールマイト以上に育て上げようとしているが、轟自身はそれを否定している事。
――そして轟の記憶の中の母が、いつも泣いていたという事。
『お前の“左”が醜い……!』
そう言って母から煮え湯を浴びせられたという事。
――そして。
「俺がお前等につっかかんのは見返す為だ。あいつの“個性”を使わず……母の力だけでな! それで“奴”を完全否定する!」
そう言い放つ轟。彼の表情は憎しみで満ちていた。
最早、ヒーローだとかそんな事じゃない。誰が相手だろうが、轟が見ているのは“エンデヴァー”だけだった。
(……やっと分かったよ。お前が誰を見ているのか)
竜牙の中で、ずっと気になっていた疑問が一つ解消された。
しかし竜牙にとって、轟への想いはそれだけでしかなかった。――それぐらいしか、彼との付き合いがないからだ。
そして、場が凍る様な冷たい静けさの中で、次に口を開いたのは緑谷だった。
「僕はずっと助けられてきた。……さっきだってそうだった。――誰かに救けられてここにいる」
そう言って自分を見る緑谷の視線。それに気付いた竜牙は照れ臭そうに頬をかく。
「オールマイト……始まりは彼だった。彼の様になりたいから1番になるくらい頑張らなきゃいけない。君の動機に比べたらちっぽけかも知れない。けど――」
――僕だって負けられない!
「僕を助けてくれた人達の為にも!――だから轟くん……君の宣戦布告を今返すよ!」
――僕も君に勝つ!
その言葉を最後に緑谷はその場を後にするが、その直後に離れた場所から尾白の声が聞こえ、そのまま緑谷は彼と何処かへと行ってしまった様だ。
そして、竜牙も続くようにその場を後にしようとした時だった。
「雷狼寺。お前は何の為に戦ってんだ……?」
「……?」
不意に問い掛けられる轟からの問いに、竜牙は理解出来ない様子で足を止めながら轟へ耳を向ける。
「……お前は俺と違う。さっきの話は同情するが、つまりはお前は両親から個性を継いだ訳でもねぇ。個性もさっきの騒動で吹っ切れたんだろ?――だったらなんでお前は戦うんだ? 雷狼竜を解禁した以上、理由はねぇだろ?」
「……理由は一つしかないだろ。“ヒーロー”になる為だ」
竜牙は両親の事を気にしていない。雷狼竜の事も心の鎖であったが、戦う理由ではない。
そもそも雄英を目指した以上、理由は一つしかない筈だ。
――ヒーローになる為だけだ。
「――逆に聞くが轟……お前はなんで雄英に来たのに言わない?なんでヒーローになる為だと言えないんだ?」
「んな事、お前に関係ねぇだろ?」
轟に目に写るはエンデヴァーへの否定のみ。
竜牙への言葉を冷めた瞳で一蹴する轟だったが、そんな彼を竜牙は興味を失くした様に流しながらその場を後にする。
「……あぁ、そうだな。だが、その“一言”が
「なんだと……!――おい待て!」
轟は怒り、竜牙を呼び止めようとするが、竜牙はそれを無視してその場を後にした。
▼▼▼
『遂に始まるぜガチンコ対決!! 頼れんのは己だけだぜぇ!!』
轟との会話後、とうとう始まった最終種目。
竜牙はクラスメイト達と共に客席でスタンバイ。その左右は耳郎と障子のいつもの二人が座っている。
「一回戦は緑谷か」
「相手はあの普通科だけど……緑谷の評価も定まらないし、雷狼寺はどう思ってんの?」
「……普通科の“策”――それ次第で勝敗はすぐに決まる」
――普通科の策……?
竜牙の言葉に耳郎と障子は首を傾げた。
「……心操は身体が細い。純粋な体力勝負は無理であると同時に目立った場面もない。――そして極めつけは尾白の言葉。それから察するに“操作系”の個性だろう」
「……凄いな雷狼寺。その通りだよ」
竜牙の言葉に、少し離れた席の尾白が反応した。
「騎馬戦のメンバー決めの時……俺はあいつに声をかけられた。――覚えているのはそこまでで、気付けば竜になった雷狼寺の姿と試合終了の合図だった。それらを踏まえると、あの心操の言葉に答えただけで操られるんだと思う」
「へぇ~答えただけで操るか……ってヤベェじゃねぇか!?」
「初見殺しにも程があるぞ!?」
尾白の言葉に上鳴と砂藤が驚愕する。
ただ声を掛けられただけでも、大抵の人間は反応してしまう。
――まさに初見殺し。知らなければどうにもならないだろう。
「むぅ……ならば緑谷が危ないぞ?」
「いや、緑谷にその事は話してある。俺の分まで頑張って欲しいからな」
常闇の疑問に、尾白は既に手をうっていた。
だがそれだけで勝敗が決まる訳ではない。
竜牙達に出来ることはただ、緑谷の勝利を信じることだけだった。
▼▼▼
――結果を言えば、緑谷は“勝利”した。
最初は尾白の忠告通りに無視を決め込んだが、心操の尾白への侮辱に反応し“洗脳”されてしまう。
だが場外ギリギリで個性を発動。指を犠牲に我に返り、そのまま心操へと接近し、一気に場外へと投げたのだ。
――因みに、轟と瀬呂の試合は瞬殺で終わった。
轟をテープで場外へと持っていった瀬呂であったが、轟の渾身の氷結攻撃に行動不能にされ、観客席からのドンマイコールを聞きながら敗北してしまった。
そして竜牙はと言うと。
『続いての試合はこいつらだ!!――2位と1位で独壇場! 騎馬戦での竜化は痺れたぜ!!』
――ヒーロー科!! 雷狼寺 竜牙!!
「……やるか」
『騎馬戦でのリベンジガール!! 綺麗な女子にも棘はある!!』
――同じくヒーロー科!! 塩崎 茨!!
「これもまたお導き」
『早速だが――試合スタァァァァァト!!!』
「勝つ」
試合開始の合図と共に竜牙は両手足を雷狼竜へと変化。一気に接近戦を挑んだ。
しかし。
「……貴方の宣誓。素晴らしいものでした。その後の御言葉も。ですが、それゆえに――」
――私も心が燃えております。
「!?」
それはまさに一瞬で現れた。茨の髪であるツル。彼女が祈る様なポーズを取った瞬間、それが一斉に、そして大量に竜牙へと迫り、それはそのまま竜牙を吞み込んだ。
そんな一方的な光景に、プレゼント・マイクは驚くだけだった。
『マ、マジかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?――雷狼寺を瞬殺!?』
『……個性にだって相性はある。無い話じゃない』
教え子だろうが、目の前の現状に相澤は冷静に呟く。
個性はまさに千差万別。故に相性でジャイアントキリングなんて珍しくはない。
スタジアムに突如出来あがった、巨大な繭の様な塊。その中に竜牙がいるであろう衝撃的な光景に、A組も驚きを隠せない。
「おいぃぃぃぃぃ!! 雷狼寺の奴やられちまったぜ!!?」
「落ち着くんだ峰田君!! まだ決まった訳じゃないぞ!!」
「めっちゃ足が震えてんじゃねぇか!? 動揺隠せてねぇぞ!?」
叫ぶ峰田に飯田が止めるが、そんな飯田もめちゃくちゃ震えていた。
切島がツッコミを入れるが、その動揺も分からなくもない。
個性把握テストから始まり、USJ――そして騎馬戦までの竜牙の活躍を知っているからこそ、峰田や飯田の反応は仕方ないと言える。
しかし、動揺しない者達もいた。
耳郎・障子・緑谷・麗日・常闇――そして爆豪だ。
信じている者。直に触れた事でその力を知った者。本能で判断した者。
それぞれが想いを抱く中、実況席で相澤も口を開いた。
『――だが、そう簡単には終わらないだろうな』
『へっ?――どういう事だ?』
『雷狼寺は己の個性で悩んでいたからな。無意識の内にもブレーキを踏んじまうんだ』
――そんな中での騎馬戦での“解禁”だ。
『少なくとも俺から言える事は一つ。吹っ切れた以上、今の雷狼寺は――』
――本当に“強い”だろうな。
相澤が呟いたと同時。それは起こる。
巨大な雷狼竜の腕がツルの繭を真下から破ったのだ。
『雷狼竜になったか――!』
その巨大な腕ゆえに、誰もが竜牙が雷狼竜化したと思った。
――だが。
「強いな塩崎」
真上へ飛び出したのは人の姿の竜牙。
しかし、その右腕はあまりにも巨大だった。
そう、右腕だけ本来の雷狼竜サイズで変化させた姿。
『マジかよぉ!! そんな事も出来んのか!?』
『出来るだろ。出来なきゃ――』
――俺がここで一番強い。
『……あんな事は言えん』
表情は変わらないが、どこか相澤が嬉しそうに見えたのは気のせいではないだろう。
そんな相澤の様子を知ってか知らずか、竜牙の攻撃も派手に行われる。
「やる!」
竜牙は振り下ろす。その巨大な雷狼竜の腕を、爪を塩崎へ。
圧倒的な圧と質量を目の前に迫られた塩崎は、反射的に右へと飛ぶように回避。
「――くっ!」
巨大な衝撃と風圧。そこにあったツルの束も関係なく潰された。
一度でも喰らえばアウト。ならばと、塩崎は再び先程と同じ量のツルを竜牙へと放つ。
「負けるつもりはありません……!」
「お互い様だからここにいる……!」
竜牙は腕を本来のものへと戻す。
そして同時に人の腕の形を保ったまま腕に雷狼竜を纏い、尾を出現させてその尾を引き千切る様に抜いた。
そんな竜牙が握っていたのは一本の“太刀”の様な物。USJで上鳴へ渡した時と同じ方法だ。
「――斬る!」
竜牙が巨大な太刀を振るう。
そうすれば、迫るツルを蹂躙。一気に細かく散ってゆく。
しかし、それでも塩崎も諦めない。何度も何度も竜牙へと攻撃を仕掛けるが、竜牙の両脚は雷狼竜。動きは速く、攻撃の動作も最低限だ。
「“一芸”だけではヒーローは務まらない」
『……フッ』
竜牙のその言葉に相澤は小さく笑った。
その笑顔は、自分の教えが確実に生徒達が学んでいるからだろう。
――そして。
(決める!)
「!」
竜牙はツルを操作する塩崎の一瞬の隙を見抜く。
まるでルートの様に視界で理解でき、竜牙はそのまま太刀を突き出した。
「かはっ!」
それは塩崎の腹部へと直撃。
場外のラインのギリギリにいた事もあり、そのまま塩崎は場外へと放り出された。
「塩崎さん場外!!――よって勝者は雷狼寺くん!」
瞬間――歓声が巻き起こる。
観客が、クラスが竜牙を、そして塩崎を称えているのだ。
(……俺の個性は受け入れられている)
竜牙はどこか心地よさそうに僅かだけ目を閉じ、その歓声を聞き入れると、今度は塩崎の下へと向かう。
そして未だに倒れている塩崎へと手を差し伸べた。
「強かった。ただ純粋に塩崎……お前は強かった」
「……ありがとうございます。――ただ与えられたチャンスを無駄にしてしまいました。――その事が悔やまれます」
「だからこそ“俺達はPlus Ultra”……更に向こうへ行ける」
悔やんでいる塩崎へ、竜牙はそう呟きながら彼女の手を握り、塩崎もまた微笑みながら手を握る。
「……そうですね」
「……あぁ」
――この良き“受難”に感謝。
互いにそう呟き、そんな二人を更に周囲は称えた。
――だが全員がそうではない。
「素晴らしい……素晴らしいぞ!――あれもまた最強の個性だ!」
観客席からエンデヴァーの野心溢れた視線が竜牙を捉えていた。
――似たような視線は、画面の向こう側にもいた。
▼▼▼
場所も分からないどこか。
暗く、モニターの光だけが照らす薄暗い部屋。
そんな場所で“男”は椅子に腰かけながら雄英体育祭を
「いやぁ……久しぶりに
懐かしい声だった。懐かしい遠吠えだった。
十年以上前に聞いたきりの声。そしてその名前――。
「あぁ……思い出せたよ。――雷狼寺 竜牙だ……懐かしい名前だ。久し振りに会いたくなったよ――」
――君と……君に宿る雷狼竜
男は己に刻まれた爪で付けられた様な、巨大な傷を撫でながら静かに、そして楽しそうに笑い続けてゆく。
END