講演 1

新型コロナウイルス感染症への日本の対応と
今後のパンデミック対策上の課題

国立国際医療研究センター 国際感染症センター長
大曲 貴夫先生

「平時の備え」
何が足りなかったのか


人口当たりのコロナ感染者数・死亡者数は、日本は世界の中でも非常に低い水準でした。実際、海外の研究者らからも「日本は的確にコロナに対応した」という評価を受けています。ただ、皆さんの記憶にも刻まれているように、この感染症は、国民の生命・健康への脅威であり、社会活動に大きな影響を与える、まさに国家の危機でした。このようなパンデミックに対しては、「国家の危機管理」という位置付けで対応する必要があると思います。

では、今後の感染症対策に生かすために、日本のコロナ対応における課題を三つの観点から考えてみましょう。

第一の課題は、「平時の備え」です。検査や医療提供、ワクチン接種については、より柔軟かつ強固な体制の構築が必要でしたし、国と都道府県等との連携も不十分でした。感染症の専門人材の不足、医薬品の研究開発に対する投資の少なさも課題です。また、政府の行動計画については、その浸透や実践的な訓練が十分ではなかったという反省もあります。デジタル化の遅れも露呈しました。それによって保健所や医療機関等では情報の収集・分析などに時間と人手を取られ、さらなる業務の圧迫につながりました。

これらの反省点を踏まえ、いま、感染症指定医療機関を中心とした初期対応の体制づくりや、全国に感染が拡大した場合の一般の医療機関等を含めた体制の整備などが進められているところです。

「変化への対応」
「情報発信」にも課題


第二の課題は、「変化する状況へのより適切な対応」です。感染拡大の波は何度も押し寄せましたが、その都度変わっていく状況に対し、適切なタイミングで柔軟な対応ができたとはいえませんでした。情報の収集・分析、判断、実行という一連の流れが整備されていなかったことは、その一因でしょう。更に、対策を切り替える際に国民の理解をどう得るか、長期化した場合に社会経済活動とのバランスをいかにして取るかなど、これまで十分に検討されてこなかった課題も浮かび上がりました。

第三の課題は、「正確な情報発信と共有」です。私は、適切な情報提供こそが、人々の行動を適切な方向に変え得るものであり、国の感染症対策の成功を左右する重要なポイントだと思っています。しかし今回、情報発信や共有の方法については、そもそも事前の準備ができていませんでした。更に、新しい感染症の場合、エビデンスが時に不十分であっても対策に踏み切る必要があるという点も、国民の皆さんに理解して頂くための努力が必要だと思っています。

また、情報の負の側面として、医療従事者らへの差別・偏見、感染者やその家族などに対する誹謗(ひぼう)中傷などの問題が起こりました。これは私の知る限り日本特有の課題であり、非常に強い問題意識を持っています。それから、感染症やワクチンに関する誤情報やフェイクニュースがSNS等によって拡散され、正確な情報と誤った情報が混在してしまうという事態も起こりました。

科学的知見を提供する、
新たな専門家組織も


こうした様々な反省点を踏まえ、政府でもすでにいくつもの対策が進められています。その一つが、指揮命令系統の見直しです。2023年9月、感染症対応の一元的な司令塔として「内閣感染症危機管理統括庁」が、そして感染症に関わる行政全般を担う部門として、厚生労働省に「感染症対策部」がそれぞれ設置されました。

また、この統括庁や厚労省に対して質の高い科学的知見を提供するために、新たな専門家組織「国立健康危機管理研究機構」が創設されます。これは、国立感染症研究所と私が所属している国立国際医療研究センターを統合してつくられる組織で、情報分析・研究のみならず、有事の際の危機対応や医療提供、人材育成、国際協力の推進までを一体的・包括的に担う組織とするべく、準備が進められているところです。

おおまがり・のりお/佐賀医科大学(現・佐賀大学)医学部卒業。聖路加国際病院、静岡県立静岡がんセンター感染症科部長等を経て、2012年から現職。国立国際医療研究センター病院 副院長(感染症・危機管理担当)を併任。

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講演 2

日本の新型コロナ対応と
英・独・仏との比較

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