夢で逢えますように


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作:春川レイ
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想いは、不滅


 

 

「うめぇー!」

「それはよかった。好きなだけ食べてね」

目の前で大盛りの天ぷらを頬張る伊之助に向かって、希世花は微笑んだ。

放課後、希世花はアオイの食堂へとやって来た。一緒に来ているのは後輩の炭治郎、善逸、伊之助の仲良し三人組だ。

後輩達と食堂に来た目的は、伊之助へのお礼のためだった。希世花の記憶が戻るきっかけになったのは、伊之助の言葉があったからだ。何かお礼をしたいと申し出た希世花に伊之助は、

「死ぬほど天ぷらが食いてぇ」

と言った。伊之助の要望を叶えるため、希世花はさっそくアオイに頼み込み、とにかく天ぷらをたくさん作ってもらった。

凄まじい勢いで大量の天ぷらにかぶりつく伊之助を微笑ましく眺めながら、アオイへ話しかける。

「ごめんね、アオイ。作るの大変だったでしょう?」

「いえいえ、事前にご予約いただいたんで!」

快くそう言ってくれたアオイに感謝しながら、希世花は自分が注文したコーヒーをゆっくりと飲んだ。伊之助を眺めているだけでお腹いっぱいになりそうだ。

「あの、本当にごちそうになっちゃっていいんですか?」

「俺達、何もしてませんけど……」

伊之助の左右に座る炭治郎と善逸が居心地の悪そうな顔をして希世花に話しかけた。二人の前にも美味しそうな料理が並んでいる。伊之助と一緒にいた二人も希世花が連れてきたのだ。希世花は手をヒラヒラと振りながら笑った。

「いいのいいの。好きなだけ、食べて」

「で、でも、こんなにたくさんなんて、――あの、お金とか」

心配そうな炭治郎に希世花は苦笑した。

「大丈夫。私ね、お金は持ってるから――。たまには、先輩面させてちょうだい」

元々希世花は資産家である両親から十分すぎるほどの生活費とおこづかいをもらっている。後輩三人の食事代くらいは余裕だ。

炭治郎と善逸は戸惑ったような顔をしていたが、希世花が安心させるように微笑むと、やっと食事を始めた。

三人ともいい食べっぷりだ。

「そういえば、しのぶさんはどうしたんですか?八神先輩といつも一緒なのに――」

炭治郎の質問に苦笑しながら答える。

「今日はフェンシング部で後輩の指導をしてるんですって。だから久しぶりに、帰りは別々なの」

希世花がそう説明していると、お茶を運んできたアオイが口を挟んだ。

「とかいいつつ、どうせこの後、しのぶ先輩は八神先輩の家に突撃してそのまま泊まりますよ」

その言葉に思わず声を出して笑う。

「あははは!よく分かったわね。アオイ」

「まあ……だって、しのぶ先輩と八神先輩、最近本当にベッタリですもん」

その言葉に希世花はコーヒーを一口飲んで、また微笑んだ。

「可愛いでしょう?ずっと、ずーっと、一人で頑張らせちゃったからね……。しばらくは、しのぶが望むことなら、何でもするつもり」

「何でも、ですか……」

「ええ。しのぶはそれでとても嬉しそうだし、……それに、甘えるしのぶを見ることができて私も満足」

楽しそうにそう話す希世花に、善逸が鰻丼を食べながら眉をひそめた。

「あ、甘えるしのぶ先輩……?想像できない……」

「とっても、とっても、可愛いのよ。具体的に言うとね――」

希世花が言葉を続けようとした瞬間、衝撃が頭を襲った。スパアァンッ!と変な音がする。

「イテッ!」

「何を変なこと話そうとしてるの!」

噂をすればなんとやら、そこにいたのはしのぶだった。手には丸めた教科書らしき物を持っている。どうやら、その教科書で勢いよく希世花の頭を叩いたらしい。しのぶの顔は真っ赤になっていた。

「あれ、しのぶ?部活は?」

「終わらせたわ。あなたが私を置いて、男の子達とご飯を食べに行ったって、親切な方が教えてくれてね」

しのぶはジットリと希世花を睨みながら、隣に腰を下ろした。希世花は戸惑いながら口を開く。

「え、怒ってるの?」

「怒ってない」

「怒ってるじゃない」

「怒ってない!」

どう見ても怒っていた。

「それで、なんで炭治郎くん達とここへ?」

しのぶが後輩三人組に視線を向けて不思議そうに尋ねてくる。お礼のためにご馳走をしている事を話すと、しのぶは納得したように何度か頷いた。

「そういうことね……、私ったら、てっきり……」

「てっきり?」

「なんでもない」

そっぽを向いたしのぶの背中を、希世花は悪戯っぽく笑いながら人差し指でつんつんと突っついた。

「ねえ、てっきり、どう思ったの?」

「……」

「ねえねえ、しのぶ、私が男の子と食事をするのが嫌?寂しかったの?ねえ、しのぶ」

「知らない」

不貞腐れたような顔のしのぶを見て、希世花は楽しそうに笑った。

「……俺達、何を見せられてるんだろう」

「いいじゃないか。仲良しなのはいいことだ」

目の前の炭治郎と善逸がコソコソ話している声が聞こえた。希世花はそんな会話を気にも留めずにしのぶにメニューを手渡した。

「しのぶも何か食べる?」

「そうね。軽く何か食べようかしら。あなたはコーヒーだけ?」

「今日は久しぶりに家で夕食を作ろうかと思って」

「あら、珍しい。じゃあ、私も手伝うから、帰りにスーパーに寄って帰りましょう。何を作るの?」

「えっと……」

希世花が答えようとしたその時、

「少年少女達!珍しい組み合わせだな!!」

爆音ボイスが響いた。

しのぶと同時にパッと振り返る。そこにいたのは歴史教師の煉獄杏寿郎、そして、

「こんにちは。奇遇ですね」

その弟の千寿郎だった。同じ顔が二人並び、揃ってにこやかに立っている。

「煉獄先生、千寿郎くん!偶然ですね」

炭治郎がそう言うと、煉獄が大きく頷く。

「うむ!千寿郎と夕食を食べようと思ってな!竈門少年達も夕食か!」

「はい!」

会話を交わしながら煉獄兄弟は隣のテーブルへと座った。

「八神!今日の授業では昼寝しなかったな!!よもやよもやだ!感心したぞ!」

「あ、ど、どうも……」

声をかけてくる煉獄にペコリと頭を下げると、隣でしのぶが呆れたように

「授業中に昼寝しないのは当たり前ですよ……」

と呟き、希世花は吹き出した。

やがて、アオイが煉獄兄弟が注文した定食を運んできた。

「うまい!うまい!うまい!」

「おいしいですね」

煉獄は大声を出しながら勢いよくご飯を頬張り、千寿郎の方はニコニコしながら食べていた。

相変わらず声が大きくて、感情表現が豊かな人だなぁ……と希世花が思っていると、突然煉獄がこちらを向いた。

「そうだ!少年少女達、今週末は暇か!?」

「週末?」

「もしよければうちに来ないか!!我が家で流しそうめんをするんだ!!」

「流しそうめん?」

希世花が驚いて聞き返すと、煉獄は大きく頷いた。

「うむ!夏が来ることだし、教師の間で本格的に流しそうめんをやってみないかという話になってな!!宇髄や甘露寺と共に竹で作ってみたんだ!!」

「す、すごいですね…」

戸惑いながら希世花がそう言い、隣のしのぶは呆れたような声を出した。

「蜜璃さんはともかく、煉獄先生と宇髄先生は暇なんですか?」

それに構わず煉獄が大声で話を続ける。

「そういうわけで、今週末に我が家で本格的に流しそうめんを行う!!そうめんだけではなく、他にもいろいろと料理を用意するつもりだ!!宇髄や甘露寺はもちろん、伊黒や不死川も来るぞ!!君達もどうだ!」

「行きます!」

「俺達も行きます!!」

希世花と炭治郎が揃って目を輝かせながら即答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外だったわ」

夜、当然のように希世花のマンションに泊まったしのぶは、自宅から運んできた自分の布団に横たわりながらそう呟いた。

「何が?」

ベッドに潜りこんだ希世花が不思議そうに聞き返す。

「……いえ、あなたは、あんまり人と関わるの好きじゃなさそうだから、煉獄先生の誘いを断るのかなって思ったの」

「嫌いじゃないわよ。むしろ、にぎやかなのは好き」

「え?そうなの?」

しのぶが驚いたような顔をする。

「そんなに意外?」

「だって、……昔は、私や姉さんや蝶屋敷の子達はともかく、他人とはいつも一歩引いてるっていうか、……避けてるような感じだったから」

その言葉に希世花は少し頬を膨らませた。

「それは、ほら、私が道楽で鬼殺隊に入ったとか、お金の力で柱になったとか噂されてたから。おかげで、見事に周りから遠巻きにされていたわ」

「あー、そういえばそうだったわね…」

昔の事を思い出し、しのぶは苦笑する。

「ま、好都合だったんだけどね」

希世花がポツリと呟くと、しのぶは首をかしげた。

「好都合?」

「……いつも死と隣り合わせだったから……。誰かと仲良くなっても、すぐに去ってしまうかもしれない。……自分が死ぬことに対しては、覚悟してたけど……大切な人を失う、ことに対しては、どんなに回数を重ねても、……慣れるなんて無理よ……」

「……」

「ひとりぼっちは、つらいの。……でも、大好きな人が去ってしまうのは、もっとつらくて、悲しい。心が崩壊しそうなほどに。……だから、そんな気持ちになるくらいなら……最初からひとりきりでいい、と思ったのよ」

「……今は違うでしょう?」

しのぶの静かな囁きに希世花は目を見開き、そっと微笑んだ。

「……さあ、もう寝ましょう。明日も早いんだから」

質問には答えずに、毛布を頭まで被る。そんな希世花を見てしのぶはゆっくり立ち上がると、ベッドに入ってきた。無理やり希世花の隣に横たわる。

「わっ、しのぶ、何してるの」

「今日はこっちで寝る」

「ちょっと、それじゃあ、布団を用意した意味ないじゃない!」

「おやすみ」

「しのぶ!」

希世花は言葉を続けようとしたが、しのぶがギュッと強く抱き締めてきたため、それ以上続けられなかった。

「……まあいいか。おやすみ、しのぶ」

しのぶの腕の中で諦めたように笑い、希世花は瞳を閉じる。そんな希世花を強く抱き締めながら、しのぶは何かを考えるような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい……」

「本当にね」

日曜日、しのぶやカナエ、カナヲと共に煉獄家を訪れた。広い家には、希世花が予想したよりも多くの人が集まっていた。

炭治郎、善逸、伊之助、玄弥やアオイはもちろん、教師達、禰豆子や時透兄弟などの中学生組も来ている。中には希世花の知らない人物もいるが、そのほとんどが前世からの関係者達のようだ。校務員の鱗滝まで来ているのにはビックリした。

「あっ、希世花ちゃーん!」

人数の多さに戸惑っていると、突然誰かに抱きつかれた。甘露寺だ。

「会えて嬉しいわ!!記憶が戻ったんですってね!!私のこと、分かる?」

「分かりますわよ……恋柱サマ」

希世花がそう言うと、甘露寺がキャーっと悲鳴を上げた。

「そうよ、そうなの!甘露寺蜜璃よ!!圓城さん、また会えて本当に、本当に嬉しいわ!!」

「……私も、嬉しいです」

希世花も少し胸を詰まらせながらそう言ったとき、やんわりとしのぶが甘露寺の体を希世花から離した。

「蜜璃さん、ちょっと落ち着いて……」

「あ、そうよね。私ったら」

甘露寺が少し笑って希世花としのぶの手をギュッと握った。

「こっちへ来て。たっくさん美味しいもの用意したの。今日は楽しみましょう!」

その言葉通り、家の中や庭にはたくさんの料理が用意されており、希世花は顔を輝かせた。

誰かが持ってきたらしい料理がたくさん並んでいる。庭では流しそうめんが行われており、炭治郎達がワイワイと騒いでいた。更には、宇髄と学園の食堂で働く宇髄の嫁達がバーベキューを用意していた。

しのぶと顔を見合せる。そして同時に笑いながら希世花としのぶは、そのにぎやかな宴会に加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よもやよもや!楽しんでもらえたようで何よりだ!!」

「本当にな、ド派手だしな」

「お腹もいっぱいだわ~」

夜は更けてきたが、宴会はまだ続いている。学生組は誰かが持ってきたらしい花火を始め、キャーキャーと騒いでいた。縁側ではその光景を教師組が眺めていた。宇髄は酒を片手に笑い、煉獄とカナエもニコニコと学生達を見守っている。

「甘露寺、花火はしなくてもいいのか?」

「ええ。それよりも伊黒さんともっとお話がしたくて」

「そ、そうか」

伊黒が照れたようにモジモジしており、甘露寺が少し顔を赤くして微笑んだ。

「南無……。たまにはこういうのも悪くないな」

「冨岡!てめェはさっきから鮭大根ばっか食ってんじゃねェ!!栄養が偏るだろうが!!」

「……」

悲鳴嶼が穏やかに微笑み、冨岡はずっと鮭大根を無言で食べ続け、不死川が呆れたように怒っていた。

教師達はそれぞれに会話を交わしながら、笑顔で学生達を見守った。

「――先生方」

その時、後ろから声をかけられる。

希世花がお盆を手に、彼らに近づいてきた。

「おう、八神。どうした?」

「煉獄先生のお母様と作ったんです。もしよければどうぞ」

あっさりとしたおつまみの入った皿を差し出すと、宇髄がすぐに受け取った。

「悪いな、八神。そうだ、お前も呑めよ」

「いや、私未成年ですから」

「そんな地味なこと言うな。少しくらいいいじゃねえか」

「悲鳴嶼せんせーい、不良教師がここにいまーす」

「宇髄」

「あ、冗談です、冗談」

悲鳴嶼の怖い声に、慌てて宇髄が誤魔化すように笑う。

希世花も呆れたように笑いながら、縁側に座った。

「八神。お前はあそこに加わらなくていいのか?」

不死川が学生組を指しながらそう尋ね、希世花は苦笑した。

「さすがに疲れちゃって……少しだけ休んでから、行きます」

「おっ、それならよ、八神。お前にちょっと聞きたいことがあったんだわ」

宇髄が希世花の方に身を乗り出してきた。

「……なんですか?」

「お前さ、胡蝶妹とどこまで進んでんの?」

その言葉にカナエの眉がピクリと動き、甘露寺がキャッと短く叫びながらこちらへ視線を向けてきた。希世花は無言で宇髄から視線をそらした。

「……」

「最近のお前ら、いつもどこでもいちゃついてるしよ。胡蝶はお前の家にちょくちょく泊まっているらしいじゃねえか。ド派手な関係だな!」

「キャーっ!もしかしてとは思ってたけど、やっぱりそうなの?希世花ちゃんとしのぶちゃんが?」

甘露寺のテンションの高い声に必死にため息をはきそうになるのを堪える。

「それで?どこまで進んでんの?」

「……八神さん、それは私も知りたいわ」

カナエの言葉に、一瞬ビクリと肩を震わせたが、顔を引きつらせながらやっとの事で答えた。

「……答える義務はありません」

「おーいおい、そんな地味なこというなよ。これでも俺は心配してるんだ。安心しろ。とやかくいうつもりはねえよ。どうせ毎晩一緒に寝て……」

「悲鳴嶼先生」

希世花が助けを求めるように悲鳴嶼に声をかけ、悲鳴嶼も宇髄の方へ怖い顔を向けた。

「宇髄も甘露寺もその辺にしておけェ」

不死川までもがそう口を出し、詮索するのを諦めたらしい宇髄と甘露寺が不満そうな顔をした。カナエの方は複雑そうに頬に手を当てている。しかし、再び宇髄が口を開いた。

「そんじゃあ、八神、別の質問をするわ」

「……なんですか?」

警戒するような視線を向ける希世花に宇髄は言葉を続けた。

「お前、前世の事、どこまで思い出したんだ?」

「……」

その質問に希世花は目を見開く。他の教師達もこちらに視線を向けてきたのを感じた。

「胡蝶妹の話によると、今のお前と前世のお前、二人が混じり合って、お前自身もかなり混乱してるらしいじゃねえか」

「……まあ、そう、ですね」

「そろそろ、落ち着いたか?どこまで思い出したんだ?」

「……」

一度だけ、瞳を閉じる。

ゆっくりと目を開き、微笑んだ。雰囲気が一瞬でガラリと変わる。優雅な微笑みを顔に浮かべたまま、圓城菫は口を開いた。

「……全部ですわ。幼い時の事も、鬼殺隊でのことも、そして、自分の最期も……」

「……圓城。自分の……最期も思い出したのか」

悲鳴嶼の言葉に頷いた。

「もちろん。最期は……上弦の弐と戦って……、失血死……いや、凍死?……死因は、正直自分でもよく分かりませんが、……鮮明に覚えていますわ」

「ああ、そういえば、お前が上弦の弐を倒したって聞いた時、正直ぶったまげたわ」

宇髄が思い出したように声を出した。

「まさか、お前が頚を斬るとはなぁ……派手に驚いたぜ」

「違います。私は倒していません」

圓城がキッパリそう言い、周囲の人間が訝しげな顔をした。

「――あれを、倒したのは蟲柱・胡蝶しのぶです。私は最後の手助けをしただけ。上弦の鬼を倒したのは、紛れもなく、彼女です」

圓城はまっすぐにしのぶを見つめた。しのぶはカナヲやアオイと何か楽しそうに話しているが、時折こちらを気にするようにチラチラと視線を向けている。

「しのぶが、毒で鬼を倒しました。だから、違いますよ。私は倒していません」

「……それでも、頚を斬ったのはお前だ」

珍しく冨岡が声をかけてきた。それに驚きながら、圓城は苦笑する。

「約束していましたから。――あの鬼を、二人で倒そうって」

「……菫」

カナエの声が聞こえた。それに構わず圓城は下を向いて言葉を続けた。

「これでも、柱でしたから。折れるつもりはありませんでしたよ。……それでも、私の命ひとつ捨てただけじゃあ、足りない。全然足りなかった……それなら、最後は、せめて最後だけは、……二人で戦おうって……しのぶと約束しました。二人で想いを繋ごうって……彼女の死と引き換えに、私は、最後の、その一瞬だけ、ようやく強い刃に成り得ました」

「……止めようとは、思わなかったのか、胡蝶を」

伊黒の問いかけに、ゆっくりと顔を上げて優雅に微笑んだ。

「ええ。しのぶの大きな覚悟を、誰よりも知っていました。どんな思いで生きてきたかも。そんな彼女の戦いを、私が否定なんてできませんよ。彼女は鬼を滅ぼすために、命を、心を、未来までも毒に沈めました。そして、……私に託してくれたんです。……結果的にはとても満足ですよ。心から願ったとおりに、あの鬼を倒せましたから……弱い柱でしたが、最後の最後でようやく鬼殺隊に貢献できました……」

圓城がそう言ってまたうつむいた時だった。

「―――圓城」

悲鳴嶼が声をかけてきた。突然呼びかけられ、圓城は顔を上げる。

「はい?」

「こちらへ来なさい」

「……?」

指示されるようにそう言われ首をかしげたが、言われた通りに立ち上がり悲鳴嶼の方へ近づく。

「……なんでしょうか?」

近づきながら、そう言った時、ゆっくりと悲鳴嶼が腰を上げた。圓城と向かい合うようにその場に立つ。

「……?」

圓城がキョトンとしたその瞬間、悲鳴嶼が大きな手を圓城に伸ばしてきた。そのまま圓城の頭を強く撫でる。

「よくやった」

「……はい?」

突然の悲鳴嶼の行動が理解できず、思わず変な声が漏れる。

「友の死を受け入れるのは辛かっただろう。苦しかっただろう。それでも、お前は決して諦めず、折れなかった……お前の命を懸けた戦いが、我らの勝利へと繋がったのだ。よくぞやり遂げてくれた」

「……」

唐突なその言葉にポカンと口を開ける。

「諦めずに、死をも覚悟して、戦い抜いた。お前としのぶ、……二人が肩を並べて鬼を倒したんだな。完璧な任務の遂行だった。」

悲鳴嶼が微笑んだ。

「お前は誇り高き強い柱だ。睡柱・圓城菫。心から……感謝する。本当に、よくやった」

圓城はポカンとしていたが、やがてほんの少しだけ微笑んだ。

「……あは、やだな、今、そんな事言われる、なんて、……そんな、わ、私……」

ふと周囲を見渡すと、宇髄や煉獄、カナエが笑っていた。甘露寺も顔を輝かせ、伊黒は肩をすくめている。冨岡は何度も無言で頷き、不死川もニヤリと笑っていた。

「……わ、私は……」

我慢できずに涙がこぼれる。そしてそのまま、

「うっ……うぅっ……ふ……ひっく……」

声を出して泣きじゃくった。止めなければ、と思うのに止まらない。涙がどんどん溢れてくる。

「ちょっと!何を泣かせてるんですか!!」

その時しのぶの声が聞こえた。どうやら突然泣き出した圓城の姿を見て、慌ててこちらにやって来たらしい。

「おーおー、八神、お前のモンペがやって来たぞ」

「何をしたんです!!こんなに泣くなんて……!冨岡先生、あなたですか!?また失礼な事を言ったんですか!?」

「……」

冨岡が無言で心外!と言わんばかりの表情をする。それに構わず、圓城はしのぶに抱きついた。

「え、ちょっと、希世花?どうしたの?何をされたの?」

「あらあら、菫ったら。嬉しかったのねぇ~」

「嬉しかった?どういうこと、姉さん?何があったの?」

慌てるしのぶの腕の中で、圓城はひたすら泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?八神先輩、寝ちゃったんですか?」

数分後、泣き疲れた希世花はそのまま眠ってしまった。現在、縁側に座るしのぶに膝枕をしてもらいながら、スヤスヤと寝ている。その顔には涙の跡があった。

近づいてきたアオイとカナヲに、しのぶは人差し指を口元に当てて、しーっと小声を出す。

「疲れたみたい。もう少し寝かせておくわ」

「しのぶ姉さん。膝枕、代わりましょうか?」

「ダメよ、カナヲ。これは私の仕事だから」

残念そうな顔をするカナヲに笑いながら、しのぶは希世花の顔を撫でた。

「どんな夢を見てるのかしら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

希世花がふと目を開くと、そこには見覚えのある顔が二人、並ぶように立っていた。

一人は雛菊模様の華やかな着物を着ている“八神希世花”、もう一人は鬼殺隊の隊服を身につけ黄色の蝶の髪飾りを付けた“圓城菫”だ。

ぼんやりとここが夢の中だ、と認識する。

“八神希世花”が拗ねたような顔をして腕を組んだ。

『結局、“めでたしめでたし”ってこと?』

“圓城菫”が楽しそうに笑う。

『ふふふ、いいじゃない。とても嬉しいわ。だって、こんなにも幸せなんだもの』

希世花も一緒に微笑み、左手で“八神希世花”の手を、右手で“圓城菫”の手を握った。

「ずっと、一緒に生きていこう」

そのまま強く握りしめる。もう離さないと言うように、強く。

「私達は、永遠が何か、もう分かってる。それは……人の想いよ。誰にも奪うことはできない。そして、もう、決して手放さないわ……。夢だって私達だけのもの。……みんなで一緒に生きていこう」

“八神希世花”がため息をついた。

『仕方ないわね。最後まで付き合ってあげる』

“圓城菫”が微笑んだ。

『……あなたと夢で逢えて、本当によかった』

二人が強く手を握り返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドン、という衝撃音が響き、希世花は目を覚ました。

「あら、ようやく起きたのね」

膝枕をしてくれているらしいしのぶが顔を覗きこんでくる。

「おはよう、ねぼすけさん」

「……今の音、何?」

「宇髄先生が打ち上げ花火を用意してたのよ。ほら、見て。とても綺麗よ」

その言葉にゆっくりと起き上がり、縁側に座り込みながら空を見上げる。見事な花火が空に広がっていた。

「綺麗ね……」

花火に見とれながらポツリと呟く。そんな希世花の顔を見つめながらしのぶが首をかしげた。

「……なんだかすごく嬉しそうね。何かいい夢でも見ていたの?」

しのぶの問いかけに、希世花は笑った。

「うん。……とっても幸せな夢」

「どんな夢?」

「秘密」

「なによ、それ」

しのぶが唇を尖らせる。それに構わず希世花はしのぶの手を握った。指を絡め合う。

「ねえ、しのぶ」

「なに?」

「昔、私は、しのぶの想いを繋ぐために戦ったわ」

「……うん?」

「だけどね、今、私はね」

希世花はそっとしのぶの耳に唇を寄せ、言葉を紡いだ。

「共に同じ時間を生きられるのならば、……私は――、しのぶ、あなたとずっと繋がっていたい」

「……」

「あなたの笑顔をずっと隣で見ていたい。……また離ればなれになったとしても、私、きっとまたしのぶを探すわ。そしてどんなに傷ついても、絶対に走って、またあなたの隣に行くの」

「……また忘れたら、その時は?」

その言葉に苦笑しながらしのぶの額に自分の額をコツンと当てた。

「忘れたとしても、私の気持ちは永遠よ。絶対になくなったりしない。しのぶだって知ってるはずよ。人の想いは、不滅。だから、大丈夫。絶対に、――心は、決して離れない」

「……」

「好きよ、しのぶ。この世界で一番、愛してる」

しのぶが目を見開き、希世花の手を握りながら口を開いた。

「……希世花、……っ、菫、私も――」

その時、今までで一番強く大きいドンっ!という花火の音が響いた。その衝撃音に、しのぶの声がかき消される。

「―――ごめんなさい。聞こえなかった。今、なんて、言ったの?」

花火が消えてから、希世花がしのぶにそう尋ねると、しのぶは少しだけ言葉に詰まったように無言になる。しかし、すぐに笑いだした。

「あはははは!もう、肝心なところで――、本当に、タイミング悪すぎ――」

「しのぶ?」

「ふふふふ、まあ、いいじゃない」

「いいって……気になるわよ。なんて、言ったの?」

「教えない」

「しのぶ、教えてよ!」

「っていうか、あなた、本当はなんとなく分かってるんじゃない?私がなんて言ったのか」

しのぶのその言葉に希世花は顔を赤くした。

「だって―――、だって、ずるい!!」

「ずるいってなによ」

「私は、ちゃんと言葉に出して伝えたのに!」

希世花が怒ったようにそう言うと、しのぶはますます楽しそうに笑った。

「じゃあ、こっち来て」

「……なんで?」

「いいから」

しのぶが立ち上がり、希世花の腕を引っ張る。そのまま二人は、コッソリと誰もいない物影へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生組が花火を見ながらワイワイと騒いでいる。そんな中、

「……」

「カナヲ?どうしたんだ?トイレに行ってたんじゃないのか?何かあったのか?」

トイレに行ったカナヲが、なぜか顔を真っ赤にして戻ってきた。その姿を見て炭治郎が不思議そうな顔で尋ねる。カナヲはパクパクと何度も口を開いては閉じ、ようやく声を出した。

「……っ、い、今、……しのぶ、ねえさ………、キ……キ………………っ、先輩と………キ………キ………、……………………っ」

炭治郎は首をかしげる。カナヲの最後の言葉は消え入るように小さくなり、なんと言ったのか聞き取れなかった。

「……?なんだ?しのぶさんがどうかしたのか?」

「………なんでもない」

何かを目撃したらしいカナヲは湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしたまま、結局それ以上何も言わずに黙りこんでしまった。その姿を、不思議そうな顔をした炭治郎がいつまでも見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく最後の後日談を書くことができました。キメツ学園編はこれで終了です。読んでいただき、本当にありがとうございました。
日常ものを書くのは初めてでした。書いている間は本当に楽しかったのですが、もし不快にさせてしまった方がいたら申し訳ありません。
これで最後にするつもりでしたが、本編軸の甘露寺さん視点の話を書いてしまいました。ちょっと忙しくてまだ完成はしていないんですが、今月中に小話として投稿したいなと考えています。もしよければ読んでいただけたら嬉しいです。


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