夢で逢えますように


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作:春川レイ
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“圓城菫”は目を覚ました


 

希世花はそっと目を開いた。

「……あれ?」

紫色の花弁が目の前でふわりと揺れる。

これは、何?

不思議に思いながら、ゆっくりと起き上がった。そして周囲を見渡す。

「ここは……」

美しい場所だった。果てしなく広がる大地には紫色の可愛らしい花が咲いている。スミレの花だ。上を見ると、抜けるような青い空があった。

「………」

愛らしい花が咲き誇る大地をゆっくりと見回す。

 

 

これは、夢だ。夢の中だ。

 

 

なぜかすぐに分かった。透き通ったような美しい風景、静かな空間だった。フワフワとした感覚に包まれる。気持ちいい。まるで別世界に来たみたい。

その時、誰かに呼ばれたような気がして、希世花は後ろを振り向いた。そして、目を見開く。遠く離れた場所に、誰かが立っていた。

「……あれ、は……、」

よく知っている後ろ姿だった。長い黒髪、頭の両サイドに付けられた蝶の髪飾りーーーー、

フラフラしながらもゆっくり立ち上がる。その人のいる方へと向かって、勢いよく地面を蹴り、思いきり走り出した。美しい景色が瞬く間に流れていく。その人に近づき、口を開いた。

 

 

「ーーーー胡蝶、先生」

 

 

声をかけた瞬間、彼女が振り向く。そして、希世花はギョッとして足を止めた。

後ろ姿は胡蝶カナエそっくりだが、その顔は紛れもなく自分自身だった。真っ直ぐな長い黒髪、不思議な黒い服を着て、華やかな羽織を身にまとっている。よく見ると、蝶の髪飾りもカナエの物ではない。鮮やかな黄色の蝶だった。

 

 

一目見て、分かった。

 

 

彼女は、私がずっと探していた最後の一欠片だ。

 

 

希世花と彼女は真正面から向かい合い、しばし見つめ合う。そして、彼女はその瞳から静かに涙を流した。雨のような大粒の涙だ。希世花がその様子に戸惑っていると、彼女は微笑みながら口を開いた。

『……ごきげんよう。あなたに逢うことができて、とても嬉しいわ』

涙を流しながらも、嬉しそうに笑った。

「……どうして、泣いてるの?」

希世花が震える声でそう尋ねると、彼女は涙を拭いながら答えた。

『………ああ、私ったら、また泣いちゃったわ。ダメねぇ……、泣き虫はどうしても治らないみたい……』

彼女が、また涙をこぼす。

『……幸せ、なの』

花が咲いたように笑って、言葉を続けた。

『幸福で満たされているから、泣いているのよ……』

希世花は首をかしげた。

「幸せ?」

『ええ……』

彼女が胸に手を当てて、大きく頷いた。

『とても、幸せよ。……願いが叶ったから』

「願い?」

『ええ。私のたった一つの願い』

「……何を願ったの?」

『あら?あなたは、もう分かってるはずだわ』

彼女が希世花の手を握った。温かい手だった。びっくりして思わず身体が震える。彼女はそれを気にしていないように、言葉を続けた。

『今も、昔も、私の願いはたった一つ。その願いのためならば、私は命さえも惜しくはない……、何度でも立ち上がり、前に進んで、戦えるの……たとえこの身が朽ち果てようとも……』

彼女が、そっと目を閉じて、希世花の額に自分の額をくっつけた。

『私は、私達は、大切な人に再び巡り会うために、長い長い旅をしてきた。走って、走って、走り続けて、たくさん遠回りをしてしまったけど、ようやく、たどり着いたわ』

「……しのぶ」

希世花はそっと、その名前を呟いた。彼女が小さく頷く。

『ええ…。この世で一番大好き。私の、全て』

彼女が、微笑みながら言葉を続ける。

『偽りだらけの人生だった。全てを捨てて、それでも生きてきた。心だけは、捨ててない。この、気持ちだけは絶対に変わらない。しのぶの事が、大好き。ずっと、ずっと、しのぶだけよ……』

その想いを唇にのせて、彼女は囁く。

『その瞳に私が映らなくても、そばにいることが許されなくても、嫌われたとしても、想う気持ちは止められなかった……。今も、そして、これからも……特別で、一番大好きなの……』

目を開いて、フワリと笑う彼女は、その微笑みまでカナエに似ているような気がして、希世花は息を呑んだ。

『しのぶに名前を呼ばれるだけで、私は、幸せだった。私という存在を、肯定してくれたのは彼女だから。名前を呼ばれるとね、……心が溶けてしまいそうなくらい、胸がいっぱいになって、嬉しいの。自分が見ている世界が、輝いて見える……。この気持ちは、私の中で永遠よ。ずっと、ずっと、続いているの……』

「………帰ろう」

希世花は小さな声を出した。

「帰ろう。しのぶが、待ってる」

彼女の手を強く握り、口を開く。

「ずっと、ずっと、あなたを待ってる……!」

彼女が悲しそうに目を伏せて、首を横に振った。

『ダメなの』

希世花は呆然として声を出した。

「どうして……っ!?」

『……』

彼女がそっと手を離した。そして、今度は両手で希世花の顔を包む。

『……私が、帰ったら、あなたが消えてしまう』

「……?」

その言葉に眉をひそめた。

『……私は、あなたの、心の化身……あなたの失った記憶そのもの。あなたはもう“八神希世花”という新しい人間として、生まれ変わった。私が、無理に介入する事で、あなたの意識が、存在が、……消失してしまう。それだけは、ダメよ』

そっと、希世花の頬を撫でた。

『私は、かつて、自分の心を殺してしまった。必死の叫びを無視して、目を背けて、……挙げ句の果てに、その心を……この手で斬ってしまった。自分の人生を、後悔したことはない。……でも、自分自身を殺してしまったことだけは、後悔してるの。あんなことを、するんじゃなかった。決して、殺してはいけなかった……』

雛菊の着物を着た自分自身が脳裏に浮かんだ。

『もう、自分の心を、殺したくないの。あなたは、あなたよ。他の何者でもない。八神希世花という一人の人間なの。だから、私は、一緒には行かない。ここに、残るわ』

その時、遠くから光が見えた。視界が塞がるほどの、美しく輝く光だ。

『さあ、帰り道は、あそこよ。あそこに向かって、まっすぐ進んで』

希世花から手を離した彼女は、光の方を指差し、微笑む。

『あなたの、旅はこれからも続くわ。あなたの人生は、あなたのもの。慌てず、ゆっくり前に進んで……』

希世花の後ろに回った彼女が、そっと背中を押す。

『私の代わりに、しのぶを支えてあげて。あなたなら、大丈夫。今度こそ、手を離しては、ダメよ』

そして、囁くように声を出した。

『しのぶのこと、お願いね』

希世花は光の方へ向かって、足を踏み出す。地面を踏みしめるように、ゆっくりと一歩進んだ。

そしてーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嘘だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

希世花は足を止めて小さく呟いた。

『え?』

彼女がキョトンとした顔で首をかしげる。

「絶対に、ちがう……っ、」

希世花は再び呟いて、拳をギュッと握った。

「………っ、嘘つき。あなたは、嘘つきだ!!」

彼女の方を振り向いて、希世花は叫ぶ。

「全部、全部嘘よ!!何よ、その顔!私はそんな風に笑わない!!それは、胡蝶先生の真似をしてるだけでしょう!!そんなの、ちがう!!それは私じゃない!!」

彼女が唖然として、目を見開いた。

「それに、まだ本当の意味で、あなたの願いは叶ってない!!あなたの願いは、あなたなしでは叶わない!!本当は、分かっているんでしょう!!」

彼女の身体が震え始める。希世花は睨みながら近づいた。

「本当は、逢いたいくせに!!」

一歩、足を踏み出す。

「そばにいたいくせに!!」

彼女に近づく。

「狂おしいほど、しのぶに逢いたいくせに!!そばにいたいくせに!!物わかりのいい顔を装って、嘯くな!!」

彼女は希世花の言葉に絶句した後、今度はまた泣き出しそうな顔をした。

希世花は彼女の手首を強く掴んだ。

「一緒に、行くわよ」

彼女がハッとしてその手を見つめる。

「あなたが、何と言おうとも、一緒に、帰るの。しのぶが、あなたを待ってる」

『で、でも……、そうすると、あなたが……』

「消えない」

希世花はキッパリとそう言い放ち、彼女を正面から見据えた。

「絶対に、消えない。あなたが、そうであるように、私だってしのぶの事が好きなの」

『……』

「自分だけがしのぶのことを、好きだと思ってた?そうだとしたら、大きな勘違いよ!私の、思いはあなたと同じくらい、強いの。決して、消えたりしない。私の存在は、そんな事で消えるほど、弱くはない!!」

希世花は彼女の腕を引っ張り、足を踏み出した。

「……きっと、そんなに、複雑な問題じゃない」

希世花は自分に言い聞かせるように小さな声を出した。

「何も、特別なことなんて、ない。私達の思いは、同じ。私はあなたで、あなたは私。全てが、私自身よ。そして、私達の思いは共通している。ただ、しのぶが好きだって、だけ。そばにいたいだけ。それだけで、いいのよ」

伊之助の言葉を思い出して、思わず笑ってしまった。

「ーーしのぶと一緒に過ごす時間が好きなの」

歩きながら、希世花は言葉を続けた。

「しのぶと見る景色が好き。一緒に食べるご飯が好き。綺麗な声が好き。優しい眼差しが好き。握ってくれる手の温かさが好き」

ゆっくりと、その想いを紡ぐ。

「しっかり者で、強いところが、好き。優しくて、包容力があるところが好き。意地っ張りなところが好き。素直じゃないところが好き。でも、一番、一番、大好きなのはーーーー」

『笑顔よ』

希世花が続けようとしていた言葉を、彼女が囁くように言った。足を進めながら振り向くと、彼女がまた涙をこぼして笑っていた。

『……しのぶの、笑顔が大好きなの。カナエ様と二人で笑っているだけで、私は、……』

それ以上言葉が続かない様子で、彼女は顔をクシャリと歪めた。

『……本当に、大丈夫だと思う?あなたは、消えたり、しない?』

「消えない」

希世花はもう一度、はっきりそう言った。なぜか、その確信があった。

「だって、私の思いは私だけのものだもの。これは永遠で、絶対に誰にも奪えない。たとえ、自分自身にさえも!」

 

ーー待ってるわ

 

どこからか、声が聞こえた気がした。大好きな、声が。

 

ーーあなたを、ずっと、待ってる

 

 

 

うん。待ってて。

 

 

また走って、あなたに逢いに行くから。

 

 

 

 

怖さと期待で胸が苦しい。ああ、でも大丈夫。

私は、もう、一人じゃない。

目が熱い。いつの間にか、希世花も泣いていた。これは、何のための涙だろう。自分で、自分がよく分からない。もう自分の感情が、よく分からない。

その時、後ろの彼女が小さな声を出した。

『……あは、私ったら、馬鹿ね』

「うん?」

希世花は彼女の方へ顔を向ける。彼女は涙を拭いながら、微笑んだ。

『忘れていたわ。やっぱり私はダメな柱ね……』

「何を、忘れてたの?」

彼女は希世花の問いに応えた。

『人の、強い思いと希望は、誰にも奪えないってこと。それは、絶対に消えたりしない、不滅だってこと。師範にもお館様にも言われたのに、私、忘れてたわ……』

「……うん」

『……ありがとう。そして、ごめんなさい。嘘をついて。あなたの言うとおりよ。本当は、私は、本当は、ーーーー』

 

 

『しのぶに、逢いたい!』

 

 

彼女がそう叫ぶように言った瞬間、希世花は駆け出した。彼女の手を引きながら、思い切り足を動かす。強い光がどんどん近づく。彼女もまた、希世花と並んで走っていた。

 

ーー菫

 

声が。

また、大好きな声が聞こえた。その声が、その名前が、耳に届いた瞬間、心が震えた。胸が詰まったように苦しい。しかし、あまりの喜びに涙が流れ続ける。

 

ああ、そうだ。

 

希世花は心の中で呟く。胸が熱くなって、苦しい。感情が、心が、いっぱいになる。

そうだ。そうだった。ずっと、名前を呼ばれたかったの。

あなただけに、呼ばれたかった。

 

 

 

ねえ、しのぶ

 

 

まだ、待っててくれてる?

 

 

全てを忘れた私を、あなたはまだ、待っててくれてる?

 

 

ごめんね。こんなに遅くなって。

 

 

今度こそ絶対に迷わない。あなたのもとへ、もう一度、走っていくから。

 

 

だから、お願い

 

 

しのぶ

 

 

……ああ、ちがう。そうじゃない。

 

 

そうじゃなくて、

 

 

しのぶ、私ね、

 

 

私、本当は、自分の事なんて、どうでもいいの

 

 

私、本当はね

 

 

私の、本当の、願いはーーーー、

 

 

 

 

 

 

希世花は微笑んだ。やがて、涙も止まる。ひたすら足を進めて、ようやく光の近くへとたどり着いた。隣の彼女はまだ泣いていた。一度足を止め、口を開く。

「ーーーー私達の命は、続いていく。絶対に、終わったりしない。消えたりもしない。一緒に前に進もう。夢はもうおしまい。そろそろ起きなくちゃ。私達は生きているのだから」

彼女が静かに頷いた。共にゆっくりと光の方へ一歩踏み出す。

「ねえ」

声をかけると、彼女が視線を向けてきた。希世花は彼女に笑いかける。

「もうすぐ、逢えるね」

そう言うと、彼女もまた微笑んだ。

そして、二人は光の中へと足を進め、やがて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると、見慣れた天井が見えた。ぼんやりと天井を見つめ、やがてゆっくりと起き上がる。

「………」

大きく一度深呼吸をして、自分の手を見つめた。そして、ゆっくりとベッドから降りようとして、床に足を着け、立ち上がった。

その瞬間、バランスを崩し、倒れこんだ。衝撃に驚き、少し遅れて身体に痛みが走る。

「痛い……」

思わず声を出すと、その声も掠れており、びっくりした。

あまりの倦怠感で身体に力が入らない。頭と、腰を痛みが襲い、クラクラした。

必死に床を這いながら、洗面所にたどり着いた。洗面台に手をかけ、ゆっくりと立ち上がる。身体中の痛みに思わず悲鳴をあげそうになりながら、鏡の中の自分と視線を合わせた。

鏡に自分自身が映る。髪はボサボサでひどい顔色だった。鏡の中の、真っ黒な瞳と目が合った。ゆっくりと口を開く。

「……おかえり、なさい」

自分の、掠れた小さな声が耳に届いた。その姿をじっと見つめ、やがて鏡に向かって手を伸ばす。そっと鏡の中の自分を撫でた。

そして、薄く笑って、再び囁いた。

「…………ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡蝶しのぶは暗い顔で一人下校していた。スマホを鞄から取り出し、チラリと見る。そして、大きなため息をついた。

テストが終わってから、希世花が学校に来なくなった。教師の元へは、しばらく休むとの連絡があったらしい。しのぶは何度もスマホで電話をしたが、希世花は電話に出ることはなかった。あちらからも全然連絡が来ない。カナエやカナヲも心配していた。

何かあったのかもしれない。また、体調を崩しているのかも。しのぶは不安で押し潰されそうになりながら、希世花のマンションに向かって足を進めた。最後に会った時の、希世花の暗い瞳が脳裏をよぎる。多分自分とは会ってくれないだろうな、と予想していた。でも、ただ無事を確認するだけでいい。とにかくマンションに行かなければーーーー、

「やあ、しのぶちゃん。久しぶり」

その声が耳に届いた瞬間、全身が震えた。勢いよく振り向くと、この世で、最も憎い者がそこに立っていた。

「お前ーーーー!」

「会いたかったよ、しのぶちゃん」

怒りで目の前が真っ赤になる。憤怒と殺気、憎しみで身体が熱い。その微笑みに吐き気を覚え、鋭い目で見返した。

童磨はそんなしのぶの様子をにこやかに見つめながら口を開いた。

「そんなに怖い顔をしないでおくれよ。相変わらずだねぇ」

「なんで、お前がーー!」

「もちろん、人間に生まれ変わったのさ。ずーっと、しのぶちゃんに会いたかったよ」

「……っ」

猛毒を盛られたかのように、心が殺気だつ。ピキピキと血管が浮きだつのを感じた。

殺したい殺したい殺したい。

この男を、今すぐにここでーーー!

しかし、この男を殺したら、殺人犯として捕まるのはしのぶだ。そもそも、今のしのぶは日輪刀どころか、何の武器も持っていない。しのぶは必死に殺気を圧し殺しながら、身体を震わせ、声を出した。

「……っ、私に、関わるな。二度と、私の前に、姿を現さないで!」

「おお、怖い怖い」

楽しそうに扇子を広げてそう言う童磨を、しのぶは無視して、素早くその場から去ろうとした。しかし、

「希世花ちゃんと同じくらい怖い顔をするねぇ……」

童磨の言葉に、足をピタリと止めた。息を呑み、振り返る。

「なんで、……あの子を」

「うーん?」

「お、まえ、あの子に、会ったの……?」

「うん。何度かデートしたよ。まあ、カフェでお茶したくらいだけどね」

その言葉に唖然とした後、再び怒りが激しい波のように心に広がった。

「……何、したの」

「うん?」

「お前、あの子に何をしたの!?」

「何もしてないよ。ただ、仲良く話しただけさ」

曖昧なその言葉に、しのぶは唇を強く噛んで、童磨を睨んだ。その様子に童磨はますます楽しそうに笑いながら口を開く。

「どんな風に仲良くしたか、知りたいかい?」

「……っ」

「じゃあ、俺と食事に行こうぜ。ずっとしのぶちゃんとデートしたかったんだ」

「……なんで、私がお前なんかと……っ」

「希世花ちゃんと俺が、どんな話をしたか、知りたくないのかい?」

その言葉に、しのぶは鋭い瞳で童磨を睨んだ。

「さあ、行こうよ、しのぶちゃん。いいレストランを予約したんだ。きっと気に入るぜ」

ニコニコ笑いながら、童磨はしのぶに向かって、手を伸ばした。その手を避けようとして、しのぶは身を引くが、それに構わず童磨は笑いながらしのぶに近づく。

そして童磨の手がしのぶに触れる直前、誰かが、その手を横から掴んだ。

「……あなたの、デートのお相手は、私よ」

横を向いて、しのぶは目を見開いた。

「八神、さん……」

八神希世花が童磨の手を掴み、そこに立っていた。まるで全力疾走した後のように、激しい息づかいをしており、いつも整っている真っ直ぐな髪も乱れていた。その瞳は童磨をまっすぐに睨んでいる。

「あれ?希世花ちゃん?なんでここにいるんだい?」

童磨が驚いたように口を開いた。

「……童磨、デートを、しましょう。あなたと、お話がしたいの」

童磨の問いに応えず、希世花はそう言う。その言葉にしのぶは唖然として口を開いた。

「なっ……、八神さん!?何を……」

希世花はチラリとしのぶに視線を向けるが、すぐに逸らした。

「……しのぶは、帰って」

「は?なんで……」

「いいから。とにかく、ここにいない方がいい。早く、帰って」

なぜか希世花はしのぶと視線を合わせようとしない。そして、童磨の手を掴むと、無理やり引っ張って去っていった。

「ええー?どうしたんだい、希世花ちゃん。今日はなんだか大胆で強引だねぇ」

童磨のすっとぼけたような声が響いた。しのぶはしばらく呆然としていたが、我に返ると、慌てて二人を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「希世花ちゃん、久しぶりだね。最近見かけなくなったなーと思ってたんだよ。何度か学校の周りを探してみたんだけど、見つからないし。学校に行ってなかったのかい?体調でも悪かった?」

「………」

希世花はベラベラと話し続ける童磨に構わず、無言でその腕を引っ張り歩き続けた。やがて、童磨と何度か訪れたカフェにたどり着く。

「え?希世花ちゃん、ここが気に入ったのかい?もしよければ、俺が予約したレストランに行こうよ。しのぶちゃんも誘ってさあ……」

「うるさい」

ベラベラと喋る童磨に一言だけ言い放ち、カフェへ足を踏み入れた。店内は都合のいいことに、他の客はいなかった。

無表情で童磨と向かい合ってテーブルにつく。注文を済ませると、すぐに二人の前に飲み物が運ばれてきた。童磨はにこやかに笑って口を開いた。

「希世花ちゃん、突然どうしたんだい?まさか、君からデートに誘われるなんて……、驚いたけど、すごく嬉しいよ」

「………」

希世花は何も応えずに、テーブルの上のコーヒーを見つめながら静かに座っていた。喋り続けていた童磨は首をかしげる。

「希世花ちゃん?どうかしたのかい?なんだか、今日はいつもとちがうね。なんだろう……。なんか、前に会った時とは、雰囲気が……」

その言葉を聞いて、希世花はフッと薄く笑った。ゆっくりと目を閉じる。すぐに目を開いて、童磨をまっすぐに見据えた。

「ーーあなた、相変わらずね。せっかく生まれ変わったのに、何も変わっていない。空っぽのまま、のうのうと馬鹿みたいに生きてる……」

それを聞いた童磨が目を見開く。そして、口元を隠すように扇子を開いた。

「ーーーー君、希世花ちゃんじゃあ、ないね?」

目を細めながら言葉を続ける。

「君は、かつて、俺を殺した可愛い女の子だね?」

圓城菫は、何も答えず優雅に微笑んだ。

「なあんだ、結局記憶を取り戻しちゃったのかぁ。あれほど苦しんで、葛藤してたのに。なんだか、呆気なかったねぇ」

「………」

圓城はゆっくりとコーヒーカップを口元へ運ぶ。独特のほろ苦い香りが広がった。

コーヒーでのどを潤すと、目を伏せて口を開いた。

「……さっきの、言葉は訂正しなさい」

「うん?」

圓城の言葉に童磨が不思議そうな顔をした。

「あなたを殺したのは、しのぶの毒よ。私は手助けをしただけ………。あなたは、私ではなく、しのぶに倒されたの」

そう言うと、童磨はますます不思議そうな顔をした。

「うーん。……俺ねぇ、ずっと不思議に思ってるんだ。前世から、ずっと疑問が解けないんだよね。あのさ、なんで君やしのぶちゃんは、あんなにも命懸けで俺を殺そうとしたの?」

「………」

圓城は無言で童磨を見返した。

「しのぶちゃんはお姉さんの仇を取るため。それで、君はしのぶちゃんの仇を取るため、なのかな?よく知らないけど。でもさ、俺が強いから彼女達は負けたんだよ?普通に自然の摂理で、弱肉強食ってだけでしょ?なんであんなに怒ったの?弱い弱い君達が、なんであんなにも必死になって俺を殺したのかなあって、ずっと不思議に思ってるんだ……」

童磨は再び微笑んだ。

「ねえねえ、希世花ちゃん、教えておくれよ。あ、今は希世花ちゃんじゃないんだっけ?」

圓城はまたコーヒーを一口飲み、口を開いた。

「どこまでも馬鹿で愚かな、鬼ね……。可哀想……」

「うん?」

「本当に……心から、気の毒だと、思うわ。結局、何も、分からなかったのね。ううん、何にも持てなかったのね。致命的なまでに、感情が、欠落している……あなたの存在は、どこまでも、不完全で、未熟なんだわ」

「………」

「ここで、私が何を答えても、あなたは、何も理解しないでしょう。何も分からない………永遠に。欠けた感情は、一生、埋まらないのよ……」

「…そういえば、君、俺を殺す時も、そんなこと言ってたね」

童磨が思い出したように言った。

「しのぶちゃんの妹の、……あれ?名前はなんだったかな……まあ、いいや。しのぶちゃんの妹にもそう言われたな。感情が理解できないから、空っぽだって……滑稽で馬鹿みたいだって……」

「あなたは、一生そのままでしょうね。何にも理解できず、誰とも繋がりを持てず、ずっと、ずっとひとりぼっちなのよ」

圓城は哀れみの宿った瞳で童磨を見た。

「可哀想に」

その言葉に童磨が笑い声をあげた。

「あはははは、ちがうよ、希世花ちゃん。俺ね、実は、死んでから一つだけ感情を知ることができたんだ!」

「………」

「それはね、恋だよ!俺は、しのぶちゃんに恋をしたんだ。死んでから初めて知ったよ。恋ってすごいねえ……びっくりしたよ。心臓が脈打って、胸がいっぱいになって……自分の中に、こんな感情が生まれるなんて本当に驚いたんだ」

「………」

「希世花ちゃんも、しのぶちゃんのこと、好きだろう?もちろん、恋愛的な意味で。隠したって無駄だぜ。君を見てたら、すぐに分かったよ。俺達、ライバルだね」

「……気色悪い」

ボソリと呟いた言葉は童磨には聞こえていないようだった。恍惚とした表情で何か語り続けている。

「……ああ、本当に、あなたをこの場で殺したい」

「うん?」

静かに囁くと、童磨は言葉をピタリと止めて首をかしげた。

「何度も何度も殺したい。一度だけなんて不十分よ。この手でまた地獄に送りたい……」

「へえぇ。じゃあ、殺しなよ。俺は構わないぜ」

童磨はニヤリと笑って圓城を見返した。

「……」

「ほら、どうしたんだい?殺れるものなら殺りなよ。今すぐに」

「……殺さない」

圓城の静かな言葉に、童磨はますます楽しそうに笑った。

「やっぱりねぇ。希世花ちゃんは殺らないと思ったよ。君はそんなことをするほど馬鹿じゃないよね」

「……いいえ。私が殺さないのは、あなたを苦しめるため」

「うん?」

圓城はテーブルに身を乗りだし、不思議そうな顔をした童磨の襟元を強く掴んだ。

「あなた、本当は羨ましいんじゃない?……豊かな心や感情が溢れている人間が。本当はずっとずっと焦がれているのよ……ずっと、ずっと、失くした心を、欠けた感情を探し求めてる。あなた自身が、救われたいと、思っている。あなたは私達を弱いと言ったけれど、本当に弱いのは……あなたの心だわ」

「……」

「しのぶへの恋心だってあなたの幻想なんじゃない?恋したふりをして、自分に感情があるって、思い込みたいだけ。……そんなの、ただの悪足掻きよ。本当に、憐れな鬼……いえ、憐れな男ね……お気の毒に……」

「……」

「同情するわ、本当に……。けれど、同じくらい、あなたのことが、憎い。憎くて憎くて、何度殺しても足りないくらい。……この憎悪は、私の中で一生消えないでしょう。だけど、殺さない。……きっと、何にも得られないこの世界は、あなたにとっての、地獄……」

「……」

襟元を掴んだまま、顔を近づけ、その虹色の瞳を見つめながら言い放った。

「そのまま、……何も理解できず、誰とも繋がることなく、ひとりぼっちで、惨めに生きていきなさい。その命の、灯火が消えるその日まで」

「……ああ」

童磨は何かを理解したような顔をした。

「……ああ、そうか。やっと分かったよ。うん、そうか……これかぁ……」

「何が?」

「俺はしのぶちゃんに恋をしてドキドキしたけどね……君を見てると、なんか、なんというか、こう……すごく不快で、ムカムカするんだ……」

 

 

「君のことは、なんか、……嫌い、だなぁ……」

 

 

「……あら、一つは理解できたのね。おめでとう」

圓城は微笑むと襟元から手を離した。

「ーー二度と私の視界に入らないで。もちろんしのぶにも近づかないで」

「ええ?それは約束できないなぁ。俺はしのぶちゃんと仲良くしたいんだ。それにーー」

「あなた、詐欺師なんですってね」

圓城がそう言うと、童磨の言葉が止まった。

「調べたわよ。複数の事件に関与してる疑いがあるけれど、証拠不十分で不起訴ですってね。テレビでも取り上げられて、ずいぶんと有名人らしいじゃない?」

「……それが、どうかしたのかい?」

「今から警察に行きましょうか?ご存知の通り、私、今は未成年で高校生よ。ちなみに家はちょっとした会社を経営してて、親族は社会的地位が高い人達ばかり……警察に、生徒手帳を奪われて無理矢理デートさせられたって訴えましょうか?警察が、胡散臭い詐欺師と、それなりに家柄のいい女子高生のどちらを信用するかは、明白よね。きっと警察は喜んで、被害にあった可哀想な女子高生の話を聞いてくれると思うわ。第二の人生を、ブタ箱で過ごすのもきっと楽しいわよ」

「……あーあ。やっぱり俺、君のことは嫌いだなぁ……」

童磨はため息をついて、ポケットから生徒手帳を取り出した。そのまま放り投げるようにテーブルに置く。

「残念だよ。君とも仲良くしたかったのに」

圓城は素早く生徒手帳を自分のポケットに仕舞い、テーブルにコーヒー代を置くと素早くその場から去っていった。

残された童磨はしばらくの間、じっと何かを考えるような顔でテーブルの上の現金を見つめる。そしてニヤリと笑った。

「馬鹿な希世花ちゃん。俺は諦めるなんて一言も言ってないのに」

そして、椅子から立ち上がると会計を済ませ、カフェの外に出た。のんびりと歩きながらこれからの事を考える。

「どうにかして、希世花ちゃんの隙をついてしのぶちゃんと接触したいなぁ。希世花ちゃんの弱みって何かないかなぁ……」

その時、目の前を綺麗な女性が横切る。その姿が目に留まり、童磨は笑った。そうだ。しのぶちゃんと接触する前に、一仕事するのも悪くない。

そして童磨は、ニコニコと微笑みながら、そのピンクと緑のグラデーションの髪の女性に声をかけるために近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圓城はできるだけ速く走ってカフェから離れる。かなり距離を置き、人通りのない道で立ち止まると、一度後ろを振り向いた。童磨が追いかけてこなかったのを確認し、ホッと息をついてその場にしゃがみこむ。

「……最悪、あいつ……何よ、恋って………」

小さな声で呟いた。

「……やっぱり殺しとけば、よかった……」

そう漏らした時、突然声が聞こえた。

「ーーーー八神さん!!」

その声に顔を上げた瞬間、衝撃が襲う。気がついたら息が止まるほど強く抱き締められていた。見慣れた蝶の髪飾りが目の前に現れて、目を見開く。

「よかった……、無事で……っ」

しのぶが息を切らしながら、安心したようにますます強く抱き締める。圓城がどう反応すればいいか分からず戸惑っているうちに、しのぶは体を離して、今度は肩を強く掴んだ。

「八神さん、大丈夫でしたか!?あいつに何かされましたか!?」

その問いに答えず、圓城はしのぶから視線を外す。

「……帰らなかったのね。帰ってと、言ったじゃない」

「………っ、あなたを置いて帰れるわけないでしょう!あんなやつと、どこに行ってたんです!?追いかけたのに、途中で見失って……、必死で探したんですよ!」

「……ああ、……うん。大丈夫。何にも、なかったから……」

「嘘。何があったんです?答えなさい!!」

「何でもない。……それより、」

圓城はそっと肩からしのぶの手を離した。そして一度だけしのぶの顔を見ると、着ているパーカーのフードを深く被る。

「八神さん!!何でもないわけないでしょう!!あいつと何を……」

「しのぶ。あなたと話がしたい」

しのぶの視線から逃げるように、うつむいて言った。しのぶが戸惑っているのが分かった。

「八神さん?」

「話を、しましょう……しのぶ。大事な、話があるの」

少しの沈黙の後、しのぶが口を開いた。

「……ええ。私も、あなたと、話したいと、思っていました。場所を変えましょうか。どこに行きます?」

しのぶの言葉に、うつむいたまま、微かに微笑んだ。

「どこでも。あなたと二人きりになれるところなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※“圓城 菫”

主人公の心の化身の一人であり、前世の記憶そのもの。かつて、自分の心の一部を殺してしまった事をずっと後悔していた。

彼女の願いはたった一つ。その願いを叶えるためならば、命さえも惜しくない。全てを捨ててでも、必ず叶えてみせましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





この後、単行本通り、童磨はピンクと緑のグラデーションの髪の女の子に話しかけたあと、行方不明に。一体何があったんですかね?
キメツ学園ルートもそろそろ終わりに近づいています。もしよければ最後までお付き合いください。




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