夢で逢えますように


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作:春川レイ
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時透無一郎は助言した


 

 

「今日はどうしたんです?遅刻なんて……」

職員室から教室に戻り、一息ついた希世花にしのぶが話しかけてきた。

「……寝坊しただけ。なんでもない」

希世花は言いにくそうに視線をそらしながら言う。

「夜遅くまで勉強してたんですか?テスト前とはいえ、きちんと睡眠はとらないといけませんよ」

「大丈夫。次の数学の授業できちんと寝るから」

「……そんなんだから、不死川先生に怒られるんですよ」

「冗談よ。とにかく大丈夫」

希世花は笑い、しのぶは呆れたような顔をした。

 

 

 

 

 

「あれ?八神先輩が食堂にいるなんて珍しいですね」

昼休み、希世花が学食で昼食を食べていると、カナヲとアオイが現れた。一人で黙々とランチを食べている希世花に驚いたように話しかけてくる。

「うん。今日は寝坊して遅刻しちゃって……、パンが買えなかったの」

学食のフライを箸で掴みながら、答える。初めて食堂を利用したが、とても美味しかった。これから時々利用するのもいいかもしれない。ぼんやりそう考えていると、カナヲがキョロキョロと辺りを見回して口を開いた。

「先輩、しのぶ姉さんは、一緒じゃないんですか……?」

「あ、しのぶなら、胡蝶先生に呼ばれたらしくて生物準備室に行ったわ」

「カナエ姉さんに?」

「うん」

希世花の言葉にカナヲが不思議そうな顔をした。

「先輩、ちょうどいいから一緒に食べてもいいですか?」

「うん。私も一人は寂しかったから……」

希世花が前の席を勧めると、カナヲとアオイがそこに座った。

「今日はカナヲさんは部活来れそう?」

「……難しいかもしれないです。バレー部の助っ人を頼まれてて……」

「カナヲも大変ね。テストもあるし、無理しちゃダメよ」

「うん」

三人で昼食を食べながら他愛もない話を続けた。

 

 

 

 

 

 

「……それ、本当に?」

その頃、カナエから呼び出されたしのぶは生物準備室にて、今朝の職員室での出来事を聞かされ目を見開いた。

「ええ。あの子、今度こそ思い出しかけてるかもしれないわ」

「………そう」

しのぶは一言だけ呟くと、大きく息を吐きながら椅子にもたれかかった。複雑な表情で目を閉じる。

「しのぶ、大丈夫?」

カナエは心配そうな表情で妹を見つめる。やがてしのぶは目を開いて、ゆっくりと言葉を絞り出した。

「……姉さん」

「うん?」

「本当に、このまま思い出していいと思う?」

「………」

「ずっと思い出してほしいって、思ってた。私だけが、覚えてて、あの子は全部忘れてしまった、なんて……。認められなかった。早く思い出してほしかったの……」

「………」

「でも、残酷な過去を思い出させるのが、本当にいいことなの、かしら。……それをあの子は望んでいるのかしら……分からないの。あの子はもう、前の彼女じゃない。鬼殺隊員じゃない。睡柱じゃない。一人の、八神希世花という名前の、普通の女の子、なの……」

「……しのぶ」

「……でも、私は、会いたいの。会いたいのよ。菫に会いたい……」

「ええ……。会いたいわね。私もよ」

カナエがそっとしのぶを抱き締める。しのぶはじっと考え込む表情をしており、それ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

放課後、希世花が部活に行くために荷物をまとめているとしのぶが声をかけてきた。

「八神さん、………」

「ん?なあに?」

しのぶはなぜか複雑そうな表情をしていた。まるでどうすればいいか分からず困ってるような、不思議な顔だ。それを見て希世花は首をかしげる。

「どうしたの?」

「………いえ」

しのぶは無理やり笑顔を作り言葉を続けた。

「もしよければ、週末、また一緒に勉強しませんか?」

「勉強?いいわよ」

希世花は笑って頷いた。しのぶも微笑む。

なぜかしのぶのその顔が一瞬泣きそうな表情に見えて、希世花はギクリとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡蝶しのぶは闇の中に一人で立っていた

 

 

ここはどこだろう

 

 

暗くて、寒い

 

 

「姉さん……?カナヲ……?」

 

 

姉や妹を呼ぶが、答える者はいない

 

 

不意に花の香りがした

 

 

誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り向く

 

 

振り向いた先に立っていたのは、長い髪の少女だった

 

 

華やかな花の羽織、黒い隊服、髪には黄色の蝶の飾り

 

 

「………あ」

 

 

その姿を見て駆け出す

 

 

しのぶは思い切り手を伸ばした

 

 

その手が届く寸前、圓城の姿が崩れ始めた

 

 

「え………」

 

 

その身体が、少しずつ花びらとなり、儚く散ってゆく

 

 

「……あ、……待って、待って!ダメ!消えないで!」

 

 

しのぶは叫びながらその花びらを掻き抱いた

 

 

「お願い……!お願いだから……、行かないで!」

 

 

しかし、その姿はすべて花びらとなり消失してしまった

 

 

「………っ、会いたい!会いたいのよ!それだけなの!」

 

 

そして、その名を叫ぶ

 

 

「ーーーー菫!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叫んだ瞬間、しのぶは覚醒した。

「………っ!」

勢いよく起き上がる。呼吸が乱れ、瞳には薄く涙が浮かんでいた。今のが夢だと認識した瞬間、大きなため息をつき、頭を抱えた。

 

 

 

 

 

「あ、いらっしゃーい」

勉強をするためにしのぶが希世花のマンションへ向かうと、希世花はニッコリ笑いながら出迎えてくれた。

「お邪魔します……」

小さな声でそう言いながら足を踏み入れる。

「……しのぶ?どうかしたの?」

希世花がしのぶの顔を見て、不思議そうな顔で尋ねてきた。

「何がです?」

「……なんだか、顔色が悪いけど……気分が悪いの?」

しのぶは無理やり笑顔を作って答える、

「気にしないでください。ちょっと疲れてるだけなので」

夢の内容はさすがに言えなかった。

「本当……?無理しないでね?」

「大丈夫ですから」

しのぶはそう言い切ったが、希世花は心配そうな表情をしていた。

 

 

 

 

 

リビングで教科書やノートを広げながら勉強をする。時折分からないところは教え合いながら、順調に勉強を続けた。ふと、しのぶは教科書に集中する希世花を気づかれないようにじっと見つめた。

どこからどう見ても、圓城菫だ。でも一緒に過ごす内に、前世の彼女と違うところをたくさん見つけた。暇さえあれば寝てしまうところ、気が強そうに見えて本当は臆病な性格、感情豊かでコロコロと変わる表情………、

「………?どうしたの?分からないところが、ある?」

視線を感じたらしく、顔を上げた希世花がしのぶと目を合わせ、そう聞いてきた。しのぶは慌てて口を開いた。

「いえ、ちょっとぼんやりしていました」

ちょうどその時、しのぶのスマホが着信を示した。カナエからの電話だ。

「八神さん、姉さんから電話なのでちょっと出てきますね」

「うん」

リビングから廊下に出て、電話に出る。カナエと少し話してスマホを切り、リビングに戻ると、

「……あら」

クッションにもたれかかるように希世花が眠り込んでいた。すやすやと穏やかな顔で寝ている。

「仕方ないですねぇ……」

起こそうと思い、声をかけようとしたその時だった。

「……」

ふと、目に止まったのは希世花の脚だった。今日はスカートを身に付けているため、白い脚が無防備に晒されている。

「……」

そうだ、としのぶは思う。前世と違うところがもうひとつ。彼女の足。前世では列車の任務で、左足の膝から下を失った。その足を切ったのは他でもないしのぶだった。そうしないと壊死や感染症を起こす危険性があったので、やむを得なかった。彼女は片足を失った事を悲しむどころか、他の人間の命が助かったことを何よりも喜んでーーーー、

しのぶは希世花の左脚に手を伸ばした。そっと触れる。白くて柔らかい、脚だ。ゆっくりと優しく撫でる。膝から指先へ、流れるように。

じっとそれを見つめる。彼女は片足を失っても絶対に戦うことを諦めなかった。いつも前を向いて戦っていた。最後の数ヵ月は義足だった。冷たくて、固い、金属の足ーーーー、

「……何、してるの?」

気がつくと、希世花が目を覚ましていた。自分の脚を撫でているしのぶを見てポカンとしている。

「……」

「……」

「……すみません。なんとなくです」

「な、なんとなく?」

しのぶはすぐに手を離して誤魔化すように笑った。

「さて、勉強の続きをしましょう。テストは再来週ですよ」

「……」

何事もなかったように教科書を開くしのぶを、希世花はしばらく呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが呼んでいる

 

 

行かなくちゃ

 

 

彼女のところへ、走って行かなくちゃ

 

 

足を踏み出そうとしたその時、手を掴まれた

 

 

『行かせないわ』

 

 

手を掴んでいるのは、花の着物を着ている自分自身

 

 

『絶対に、許さない』

 

 

自分自身が手を伸ばし、今度は私の首を絞めてきた

 

 

苦しい

 

 

首を絞めながら、自分自身が言い放つ

 

 

『呪いは解けないわよ。どんなにあなたが望んでも』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッと目を覚ます。思い切り身体を起こした。そっと自分の首に触れる。なんだろう。夢の中でとても苦しかった気がする。

ゆっくりとベッドから立ち上がり、カーテンを開いた。いつもより早い時間に起きたらしく、まだ外は暗い。今日は月曜日だ。少し倦怠感を抱きつつ、朝食の用意を始めた。

 

 

 

 

 

その日の放課後、部活が終わった希世花はしのぶと一緒に帰るため、学園の中庭でしのぶの部活が終わるのを待っていた。いよいよ来週からテストだ。図書室で勉強をしながら待とうと思っていたが、いまいち集中できないため、中庭に出てきた。

「………」

空をぼんやり眺める。

「……なんだっけ。何かを忘れてるはず…………」

小さく呟く。心の引っ掛かりがとれない。モヤモヤとした何かがどんどん蓄積されていく。

「……」

ゆっくりと上に向かって手を伸ばす。伸ばしたその先にはほんのりとオレンジ色に染まりつつある空が広がっていた。

「ーーーーーーねえ」

なんだっけ。思い出さなくちゃ。

「ねえ、ちょっと」

ほら、早く思い出せ。だって……待ってるんだから。

「ねえってば。聞こえてないの?それとも無視してる?」

「……え?」

ようやく声をかけられたことに気づいて、希世花は横に視線を向ける。そこに立っていたのは知らない少年だった。希世花と同じくらいの身長だが、恐らくは年下の少年。長い髪で可愛らしい顔をしていた。学ランを着ているので、多分中等部の生徒だ。あれ、この子、どこかで見たような……。

「……えっと」

「何してるの?」

「……」

突然知らない少年に話しかけられて戸惑ったが、なぜか言葉がスルッと出てきた。

「……大切な、何かを、忘れちゃって……」

「……で?」

「え、えっと、記憶がぼんやりしている、ような気がするの。思い出しそうなんだけど、思い出せなくて。そ、それで、空を見てたの」

脈絡のない事を言ってしまい、思わず苦笑する。なんでこんなこと、今日初めて会った相手に話してるんだろう。そう思っていた時、少年が口を開いた。

「……そういうのは」

「え?」

「きっかけが、大事なんだ」

「……?」

「思いもしない、些細な何かがきっかけで、案外、簡単に取り戻せたりするよ」

そう言うと、少年は希世花に興味を失ったように、フラリとどこかへ行ってしまった。

「……なんだったの、今の?」

戸惑っていると、部活を終わらせたらしいしのぶが希世花の方へ駆け寄ってきた。

「ごめんなさい。待たせちゃって…」

「あ、ううん。大丈夫」

慌てて荷物を手に持ち、しのぶと校門へ向かった。

「時透くんと何をしていたんですか?」

「ときとうくん?」

「え?今、何かを話してましたよね?」

そう言われて、希世花は首をかしげた。

「今の、髪の長い男の子のこと?」

「え、あなた、知らなかったんですか?」

「……うん」

「あの子、有名ですよ。将棋が強くて、テレビに出たりしてて、……双子のお兄さんと一緒にプロになるんじゃないかって言われてる子です」

そう説明されて、希世花は納得したように頷いた。

「ああ、だから、なんか見覚えがあったのね」

「それで、何を話してたんです?」

「うーん、よく分かんない」

「はあ?」

希世花は曖昧に笑って、しのぶは呆れたような声を出した。

「なんか突然話しかけられて……よく分からないうちにどこかに行っちゃった……」

「そもそも、さっきのはお兄さんの有一郎くんの方ですか?それとも弟の無一郎くん?」

「え……、さあ……?初めて話したし、分からないわよ…」

「まあ、そっくりな双子ですしね……」

そうやって話しているうちに、別れ道に差し掛かった。

「またね、しのぶ」

「ええ、また明日」

お互いに挨拶をしながらそれぞれの道を歩いていく。

希世花はのんびりと歩きながら、小さく呟いた。

「……きっかけ、かぁ……」

思いもしない、些細なきっかけ。それが簡単に見つかればいいのに。

そうしたら、きっと全部思い出せるはず。

忘れてしまった、大切な、何かを。

「ま、そんな簡単には無理よね……」

希世花は独り言を小さく呟きながら、マンションに向かって歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーやあ、久しぶりだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、肩をポンと軽く叩かれ、話しかけられた。その声が耳に届いた瞬間、ゾワリ、と全身に鳥肌が立つ。

 

振り向くな

 

誰かが頭の中で叫んだ気がした。しかし、希世花はそれに構わず後ろを向く。

そこに立っていたのは、一人の背の高い男だった。ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべている。変な帽子を被っており、一目で分かるほど高価なスーツを身に付けていた。キラキラと輝く髪は長い。その瞳はまるで虹のように不思議な光を放っていてーーーー、

「……どちら様、ですか?」

久しぶり、と言われたが、見覚えのない男だった。しかし、今度は頭の中で警報音のような音が鳴り響く。

なんだ、これ。この感覚、知ってる。何か、こう、嫌で嫌で、たまらない、この感覚はーーーー、

「あれぇ?なんだ、覚えてないのかい?そんなパターンもあるのか。残念だなぁ」

男は少し驚いたような顔して、そう言った。そして、手に持った扇子を広げて、再びニッコリ笑った。

 

 

「やあやあ、はじめまして。俺の名前は童磨。今度こそ、よろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※時透 無一郎

主人公とは前世でもほとんど関わらなかったし、今世でも興味ない。なんなら名前も覚えてない。中庭で突然話しかけたのは、暇だったのと、主人公が空を眺めてボーッとしている姿が自分と少し似てるなあ、と思ったから。つまりはただの気まぐれ。心の片隅で、早く思い出せたらいいね、と思ったが、すぐに忘れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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