夢で逢えますように


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作:春川レイ
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竈門炭治郎は気づいた


 

 

胡蝶しのぶは横に座る八神希世花をチラリと見た。ここ最近、彼女の様子がおかしい。あまりしのぶと目を合わせなくなり、じっと何か考え込む事が多くなった。更に、いつもなら授業中、ぐっすり居眠りをしているのに、最近はほとんど眠らない。今も黒板に視線を向け、教師の話をじっと聞いている。その顔はどこかぼんやりとしているようで、何を考えているか分からない。

「八神さん?どうしました?気分が悪いですか?」

授業の後、しのぶが話しかけたら、希世花は顔をそらすようにして

「……別に。大丈夫よ」

と小さな声で答えた。そしてニッコリ笑うと、

「部活、行ってくる。じゃあ、またね」

「あ……」

しのぶが呼び止めようとしたのを無視して教室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

「姉さん、最近あの子、変じゃない?」

自宅でしのぶにそう尋ねられて、カナエは首をかしげた。しのぶの言う“あの子”が誰なのかはすぐに分かった。

「変って?」

「最近ね、なんだかぼんやりしてるのよ。たまに悩んでるような顔してて、宿題も忘れてくるし……」

「まあ、どうしたのかしら?」

カナエが頬に手を当てながら心配そうな表情をする。しのぶが考え込むような顔をしながら言葉を続けた。

「何よりね、授業中の居眠りが減ったの!!おかしくない?前まではしょっちゅう寝てたのに、今はほとんど寝ないで授業を受けてるのよ!」

「授業中に寝ないなんて……!それは確かに変ね。心配だわ」

真剣に話す姉達に対して、カナヲが冷静に

「あのー、そこは安心するところなのでは……」

と呟いたが二人は聞いていなかった。

 

 

 

 

 

「八神さん、最近何かあった?」

「え……?」

華道部の部室にてカナエに突然そう尋ねられ、花器を洗いながら希世花はキョトンとした。カナエが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「最近元気がないようだけど、どうかした?悩みがあるとか……」

「うーん、別に何もないですよ」

さりげなく視線をそらされて、カナエは眉をひそめる。

「…何かあればいつでも相談にのるから、ね?」

少し考えたが、結局カナエは希世花にそれ以上何も言わなかった。これ以上踏み込まれたくなさそうな顔をしていたからだ。希世花は誤魔化すように口を開く。

「……そうですね。それじゃあ、先生のスマホにある私の写真を消してください」

「あ、それは断るわ」

「先生、ほんっとうに困るんですけど……」

「だって~、どの写真もすっごく可愛いのよ?消すなんてもったいないわ……」

「ちょっと待ってください!私の写真って一体何枚あるんですか!?」

希世花が悲鳴を上げて、カナエがフワフワ笑った。

 

 

 

 

 

それから何日か経った昼休み、いつものように希世花が昼食のパンを取り出した時、しのぶが声をかけてきた。

「八神さん、今日は先に食べててください」

いつもなら何も言わずに希世花と向かい合ってお弁当を食べるはずのしのぶがそう言ってきた。

「……どうしたの?」

希世花が尋ねると、しのぶがなぜか言いにくそうに言葉を続けた。

「ちょっと、用事があるので……すぐに戻りますから」

「……?うん。分かった」

しのぶが素早く教室を出ていく。希世花は不思議そうな顔をしてその後ろ姿を見送った。

「……あ、忘れた……」

パンを口にしようとしたその時、飲み物を持ってくるのを忘れたことに気づいた。少し迷ったが、財布を取り出して席を立つ。のんびりと歩いて学校の自販機へ向かい、紙パックのジュースを買った。そのまま歩いて教室に戻ろうとした時、声が聞こえた。

「あいつ、胡蝶さんに告白するんだって?」

その声に思わずそちらへ視線を向けた。数人の男子生徒が集まって話していた。

「今頃告白してるよ。昼休みに呼び出すって言ってたし」

「へー、あいつ勇気あるな」

「胡蝶さん、美人だしな」

顔が凍りつくのを感じた。フラフラと教室に戻り、呆然と椅子に座る。

だからさっきのしのぶは気まずそうに、言いにくそうな顔をしていたのか、と納得した。そのまま隣の机に視線を向ける。きっと今頃告白されているのだろう。荒々しい何かが心を満たした。無意識に唇を固く結んで、拳を握る。

告白してくれた男の子と、付き合うのかな。

「………」

まるでトゲが刺さったような鋭い痛みを感じて、顔が引きつった。無言でパンが入った袋を手に取ると、立ち上がって教室から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

素早く歩いて屋上へと向かう。きっと、あそこなら一人になれる。屋上へと繋がる扉を開けると、既に先客がいたようで誰かの声が聞こえた。しまった、と思い、扉を閉めようとした時、声をかけられた。

「あ、八神先輩!」

「……あ」

名前を呼ばれて扉を閉めるのを止める。視線を向けるとそこにいたのは後輩の竈門炭治郎、我妻善逸、不死川玄弥だった。三人で昼食を食べているらしい。

「先輩もお昼ごはんですか?」

「あ、うん。邪魔してごめんね」

「いやいやいや!邪魔なんてとんでもない!もしよければ、一緒にいかがです?」

善逸の言葉に希世花は少し考えると、

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

その言葉に三人がビックリしたような顔をした。

そんな三人に構わず玄弥の隣に腰を下ろす。玄弥が真っ赤な顔で下を向いたが、気にせずに袋からパンを取り出した。

「あ、あのー、先輩、こちらから誘っておいてなんですけど、しのぶ先輩はいいんですか?」

「……うん。しのぶは、ちょっと用事が、あるみたいで……」

その瞬間、炭治郎の鼻がピクリと動いた。ハッと何かに気づいたような顔をする。希世花はその様子を不思議そうにチラリと見ながら、言葉を続けた。

「そういえば、伊之助さんは?いつも一緒なのに、今日はいないの?」

「あー、あいつなら、また窓ガラスを割って教室に入って来て……。今説教されています」

「………そう。残念だわ。ちょっと聞きたいことがあったのだけど」

「あいつに?何かあったんですか?」

「……ううん。なんでもない。今度会った時にでも声をかけてみる」

善逸と話しながらゆっくりとパンを頬張った。炭治郎が嬉しそうに口を開く。

「先輩、それ、どうですか?新商品なんですけど」

「うん。美味しいわ。カリカリだけど、中はフワフワで、バターの風味、すごいね……」

「ありがとうございます!!」

モソモソと食べながら感想を述べると、炭治郎は輝くような笑顔でお礼を言った。

そのまま後輩達とおしゃべりを続けながら昼食を続けた。玄弥だけはほとんど口を開かず顔を真っ赤にしながらお弁当を食べていた。

2つ目のパンを取り出して、食べようとするが、あまり食べる気にならず、手を下に下ろす。その様子を見て、善逸が口を開いた。

「八神先輩、さっきから思ってたんですけど、もしかして、体調が悪いですか?顔色がよくないですけど……」

「……ううん。悪く、ないわよ」

「え、でもーーーー」

炭治郎が何かを言いかけた時、後ろから声が聞こえた。

「なんで、ここにいるんです?」

振り向くとしのぶが笑顔で立っていた。

明らかに怒った笑顔だ。希世花はうつむいた。

「八神さん、私、すぐに戻るって言いましたよね?なんで黙ってどこかに行くんですか?」

「………」

「こっちは昼食も食べずにあなたを探していたのに。ここでのんびり食べているとはどういうことです?」

「あ、あのー、しのぶさん……」

炭治郎が話しかけたのを、しのぶが視線で止めた。その視線を受けた後輩三人がビクッとした。希世花はボソッと小さな声で答えた。

「……別に。ただの気分転換」

「はあ?なんですか、それ……」

しのぶが何かを言おうとしたが、希世花は勢いよく立ち上がった。

「気分、悪い。早退する」

「は?ちょっ……」

しのぶはその場から去ろうとする希世花の腕を、慌てて掴んだ。希世花はしのぶと一瞬だけ目を合わせ、すぐにそらす。

「……悪いけど、体調悪いの。帰るわね」

そしてしのぶの手から逃れるようにその場から走り去った。

残されたしのぶは呆然と立ちすくんでいた。あからさまに拒絶されて、意味が分からない。その時、炭治郎が声をかけてきた。

「……しのぶさん」

「………」

声をかけられるが、先ほどの希世花の様子が気になって答えられなかった。しかし、

「しのぶさん、ひょっとして、なんですけど、八神先輩、記憶が戻ってるんじゃ……」

「……は?」

炭治郎の言葉に動揺して視線をそちらに向けた。

「お、おい!どういうことだよ、炭治郎!」

善逸と玄弥も驚いた顔をしている。

「善逸は音で分からなかったか?今日の八神先輩、圓城さんだった時と同じ匂いをしてた。特にしのぶさんの名前が出た時」

「えー?そうかぁ?」

善逸は怪訝な顔をする。一方しのぶは真剣な顔で炭治郎に顔を近づけた。

「………炭治郎くん、間違いない、ですか?」

「は、はい!匂いは確かに圓城さんそのものでした!」

「………そう」

しのぶは呟くようにそう言うと、神妙な面持ちで下を向いた。

 

 

 

 

 

 

逃げるように自宅へ帰った希世花は、玄関にうずくまる。

最低だ。しのぶにあんな態度をとるなんて。

頭が痛い。胸から喉にかけて、熱い何かが込み上げてくるような感覚がする。

あまりの苦しさにそのまま適当に着替えるとベッドに横になった。

眠ろう。眠れたら、きっと元通りになってるはず。それで、明日はきちんとしのぶに謝ろう。そう思いながら目を閉じた。

しかし、次の日、ひどい風邪を引いた。全身が熱いが、体温計がないため、どれくらい熱があるのか分からない。頭痛がひどい。なんとか学校へ電話して休むことを伝えて、這うようにキッチンへ向かい、ペットボトルを取り出して水を少しずつ飲む。そのままベッドへ戻って眠りについた。

玄関のチャイムが鳴って、希世花は目を覚ました。さっきよりは熱が下がったようだが、頭痛は続いていて、更にのども痛い。時計を見ると夕方だった。倦怠感でふらつきながらインターホンに出る。

「……はい」

「八神さん?大丈夫ですか?」

その声に目を見開いた。しのぶだ。慌てて言葉を返す。

「……帰って。風邪、うつしちゃうから、」

「八神さーん、とりあえず開けてちょうだい?ね?いい子だから」

カナエの声が聞こえて顔をしかめる。しのぶはともかく、カナエには絶対に逆らえない希世花は、痛む頭を抑えながらマスクを装着し、ドアを開けた。

ドアの向こうでは胡蝶カナエ、しのぶ、栗花落カナヲが立っていた。

「八神さん、大丈夫?熱は何度あるの?」

「病院は行きました?」

「先輩、薬は飲みましたか?」

三人がそれぞれいろいろ聞いてきたが、クラクラして何も答えられない。

「……ただの、風邪。別に病院に行かなくても、寝てたら、治るので……」

やっとのことでそう答えると、しのぶが怒ったような顔をして口を開いた。

「何を言ってるんですか!重症化したり、肺炎だったら大変じゃないですか!」

「とにかく、八神さん、そのままの格好でいいから、下に行くわよ。タクシー待たせてるから。あ、カナヲは買い物をお願い」

カナエが指示するようにそう言って、希世花はぼんやりと首をかしげた。

「タクシー……?どこに……?」

「病院に決まってるじゃないですか!」

しのぶがまた怒ったように言った。あれよあれよと言う間にタクシーに乗せられ、病院に連れていかれた。診察を受け、薬を受けとる。やはりただの風邪だったようで、カナエとしのぶはホッとしていた。

再びタクシーに乗せられ、気がついたら自宅だった。カナヲにベッドに寝かされる。

「先輩、少しおでこ失礼しますね」

カナヲが冷却シートを貼ってくれた。ひんやりとした冷たさが心地いい。ぼんやりとしばらくベッドで横になっていると、今度はしのぶが入ってきた。

「カナヲ、姉さんがお粥作ってるから、手伝ってきてくれる?」

「はい」

「さあ、八神さん。脱いでください」

「………へ」

突然言われたその言葉に呆気に取られる。

「脱ぐ?」

「身体を拭いてあげますから。その後は着がえましょう。」

しのぶがタオルを持ってそう言ってきた。

「い、いい……!自分でやる……」

「一人でやるのはしんどいでしょう?ほら、脱いで」

「あ、……ちょっ……」

倦怠感で体に力が入らず、抵抗するのは不可能だった。結局しのぶにされるがまま体を拭かれる。

「………なんでこんなことに」

打ちのめされたように顔を両手で覆ってベッドに横たわる希世花に、今度はカナエがお盆にのった鍋を差し出した。

「はい、お粥よ。食欲はないかもしれないけど、少しでもおなかに入れた方がいいわ。」

「先輩、水分も摂ってください。アイスもありますよ。あと、ヨーグルトとかゼリーも」

「……ありがとうございます」

胡蝶姉妹に見守られながらお粥を口に入れた。風邪のせいか、よく味が分からない。

「明日は学校が休みでよかったわ。週末はゆっくり休みましょうね」

「薬は必ず飲んでください。あと、暖かくして寝なきゃダメですよ」

「先輩、他に食べたいものはありませんか?買ってきますよ」

お粥を半分ほど食べるのが精一杯で、あまり聞いていなかった。食べ終わった後はしのぶによって薬を口に入れられる。それを無理やりのどへ流し込むと、ゆっくりと意識が遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえる

 

 

『私、待ってるわ』

 

 

大好きな、声

 

 

『あなたを、ずっと、待ってる』 

 

 

彼女が、待ってる

 

 

走って行かなくちゃ

 

 

ねえ

 

 

その声で、もう一度名前を呼んで

 

 

それだけで、きっと、私はーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

不思議な夢だった。いや、本当に夢なのだろうか。目が熱い。涙がこぼれる。切なくて、苦しい。心細くて仕方ない。

 

 

死なないでほしかった

 

 

本当は、引き止めたかった

 

 

一緒にいたかったんだよ

 

 

ずっとそばにいたかった

 

 

大好きなの この世で一番

 

 

 

「しのぶ……しのぶ……」

のどが痛い。自分の声が掠れていた。それでも必死に声を出す。

「はい。ここにいますよ」

温かい手が包み込むように希世花の手を握ってくれた。ゆっくり瞳を開ける。そこにはしのぶがいてくれた。そばに彼女がいることに安心して、また口を開いた。

「……ずっと、待っててくれたのね」

「はい?」

「私、……走ってきたの。今度は、絶対に、……迷わないって、……決めてた」

「八神さん?」

「でも、さびしいの。怖いの。私、本当は弱いのよ……」

「……」

「ずっと、ずっと、そばにいて……しのぶがそばにいてくれないと、私、また泣いちゃうよ…」

その言葉にしのぶがハッとした。

「八神さん!?」

大きく呼びかけるが、希世花は気絶するように再び眠ってしまった。

しのぶは呆然とその場に座り込む。

「菫………?」

そっとその名前を口にするが、希世花は目を覚まさなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………お目覚めですか?」

目を覚ますと、しのぶが微笑みかけてきた。ゆっくりと起き上がりながら口を開く。

「………今、何時?」

「もうお昼前ですよ。体はどうですか?」

「……うん、大丈夫」

まだ少し体はだるいが、スッキリしていた。頭も痛くない。念のためしのぶに体温を測るよう言われ、体温計を渡された。思った通り、平熱になっていた。

「よかった。食欲はありますか?姉さんが食事を用意してくれましたよ」

「うん」

立ち上がり、しのぶに続いてリビングに向かう。

「あれ?先生とカナヲさんは?」

「一度家に帰りました。買い物をしてから、また来るそうですよ。あなたの冷蔵庫、空っぽでしたし、カナヲが買ってきた食材はもう使い切っちゃいましたし」

「……お世話になりました」

会話を交わしながらテーブルの前に座った。カナエが作ってくれたらしい食事をしのぶが用意してくれる。少しずつ食べていると、しのぶがじっとこちらを見つめているのに気づいた。まるで何かに期待するかのような視線だった。

「………?なに?」

しのぶがゆっくりと口を開いた。

「……昨日の、夜中のこと、なんですけど、あなた……」

言いにくそうに言葉を紡ぐしのぶに、希世花はきょとんとした。

「夜中?何かあったの?」

「………は?」

しのぶが呆然とした。

「……覚えて、ないんですか?」

「え……、だって、ずっと寝てたし……」

呆然としていたしのぶの顔が徐々に引きつっていく。顔面には青筋が現れ、希世花はギョッとした。しのぶは青筋を立てたまま無理やり笑顔を作ると、言葉を続けた。

「いえ、何でもありません。期待した私が馬鹿でした」

「え……?なにそれ?何があったの?」

「何でもありません」

「何でもないって……、なんで怒ってるの?私、何かした?」

「何でもありません」

「あの、しのぶ……」

「何でもありません」

「……期待って、何を期待してたの?」

希世花がそう言った時、しのぶが大きな声を出した。

「何なんですか、あなたは!」

「え……?」

荒々しい声に口をポカンと開いた。

「突然こちらを拒絶したと思ったら、今度は期待させるだけ期待させて!そのくせ、全然覚えてない!いつもいつもいつも!いっっっっつも、昔からあなたに振り回されてばかり!いい加減にしてください、いつまでも期待する私が馬鹿みたいじゃないですか!そんなだから、そんなだからーーーー!」

突然の爆発にどうすればいいか分からない。呆気に取られていると、しのぶは言いたいことを言い終わったのか、ハアハアと息切れをしていた。

「……し、しのぶ……?」

「……この間の、屋上で、様子が変でしたけど、何があったんです?」

「えーと……、と、取りあえず、その、ごめんなさい。ひどい態度をとって……」

「謝罪は結構です。理由を言ってください」

「……うー」

言いたくなくて顔をしかめた。しかし、しのぶの気迫がそれを許してくれなかった。渋々口を開く。

「……あの、ね。告白、されたって、聞いて……」

「……?告白?」

「あ、あれ?噂で、聞いたんだけど。男の子が、昼休みにしのぶを呼び出して……」

「………。ああ」

しのぶは思わず声を上げた。そういえばそんな事があった。いろいろあって、正直今の今まですっかり忘れていた。

「それが?」

「つ、付き合うの?」

「いえ。断りました」

「そ、そう」

思わずホッとしそうになって、顔をそらす。しのぶが眉をひそめて口を開いた。

「それが、どうかしたんですか?」

「あ、あのー、う、うまく、言えないんだけど……」

希世花はどう言えばいいか分からず、言葉を濁すように続けた。

「し、しのぶが、誰かと付き合うのは、とっても喜ばしいこと、だって、わ、分かってるんだけど。あ、あのね、なんというか、一緒にいる時間が減るのは嫌、なの。……さ、寂しい。なんか、ね、もし付き合うことになったのなら、純粋に祝福できなさそうで、申し訳ないなって思って……、だから、あの、顔を合わせるのが怖くなっちゃった……ごめんなさい」

思わず泣きそうな顔になった。自分は一体何を言ってるんだろう。言ってることが支離滅裂になっているのが分かって、再び謝った。

「……………なるほど」

気がつくと、しのぶが真顔になってこちらを見つめており、短く呟いた。

恐る恐るその顔を見返すと、今度は突然ニッコリ笑った。

「……まあ、いいです。許します」

「……ありがとう」

今日のしのぶは感情が豊かだ。こんなに怒るのを見たのは初めてで、新たな一面を知った気がした。

「……八神さん」

「うん?」

「あなたは、たまにすごい事を言いますよね」

「ん?」

「大切な言葉はきちんと考えてから発言しないとダメですからね」

「……?」

首をかしげながらしのぶに視線を向けたとき、玄関のチャイムが鳴った。

「あ。きっと姉さんとカナヲです。出ますね」

「……うん」

しのぶの言葉の意味をよく考える前にカナエとカナヲが再びやって来た。希世花は深く考えるのを放棄してしまった。

「良くなったみたいね。よかったわ。でも体調には気をつけてね」

部屋に入ってきたカナエが希世花の顔を見て安心したように笑った。

「はい。本当にお世話になりました。ありがとうございました」

希世花はペコペコと何度も頭を下げた。

その横ではなぜかしのぶがニコニコと機嫌よさそうに笑っている。その様子を見たカナヲは、姉さんと先輩、何かあったのかな?と不思議そうな顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※竈門 炭治郎

久しぶりに会った睡柱が記憶はないし、名前がちがうし、更に匂いが前世と全然ちがうことに一番混乱した。でも毎日パン屋で昼食を買い、店の売り上げに大いに貢献している主人公に大感謝。おすすめしたパンは大体買ってくれるので嬉しい。主人公の匂いが前世と同じ匂いになってきたので、しのぶさんと何かあったんだろうなぁ、と推察している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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