夢で逢えますように


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作:春川レイ
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冨岡義勇は屈した


 

 

「眩しい……」

希世花は自宅のベランダに出ると、空に手をかざして、顔をしかめた。朝早いのにも関わらず、今日は一段と日差しが強い。じりじりと刺激するような光が降り注いでいる。その光に少しうんざりしながら、部屋へ戻り、いつもは下ろしている長い髪をシュシュで左肩に垂らすように緩くまとめる。そして学校へ行くために、制服を身につけ、鞄を手に持ち、玄関へ向かった。革靴を履いた後、少し考え、

「……これ、使おうかな」

小さく呟き、日傘を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……暑い」

しのぶは日差しの強さに少しうんざりしながら登校していた。ちなみに今日、カナヲは日直の仕事があり、カナエの方は授業の準備があるため、先に学校に行ってしまった。珍しく一人での登校だ。気温の高さにげんなりしながら通学路を歩く。ふと、前方に視線を向け、そこに見たものに驚き、目を見開いた。

そこにいたのは、八神希世花だった。横断歩道の前で、佇んでいる。

いつもは下ろしている長い黒髪を、左肩に垂らすように緩く結んでいた。いつもとちがうのはそれだけではない。レースのついた華やかな日傘を差している。まっすぐに前を見て、信号が青になるのを、静かに待っていた。

その姿を見た瞬間、しのぶの脳裏に過去の記憶が甦った。

 

 

 

 

 

柱合会議でいつも日傘を差しながら優雅に佇んでいた彼女。空色と雛菊の羽織、白いリボンとスミレの髪飾り、左肩で結ばれている長い黒髪。誰とも関わろうともせずに、いつも隅っこで、一人静かにお館様が来るのを待っていた、過去の彼女。しのぶと目が合うと、いつもよそよそしげに、しかし上品に笑いながら、口を開いた。

 

 

 

 

 

『あら、ごきげんよう、蟲柱サマ』

 

 

 

 

 

「あ、おはよう、胡蝶さん」

ハッと気がつくと、いつの間にか希世花がこちらに気づいて近づいてきた。日傘を手に、笑いながら話しかけてくる。

「今日は暑いわねぇ」

「………」

「胡蝶、さん?どうかしたの?」

挨拶に何も答えず、じっと自分を見つめてくるしのぶを不思議に思ったのか、希世花が首をかしげていた。

「あ、いえ、なんでもありませんよ。おはようございます」

しのぶは慌てて誤魔化すように笑った。

そんなしのぶを見て、希世花は眉をひそめる。

今のしのぶの、瞳。ショッピングモールの時に見たのと同じ瞳だった。その瞳は、確かに自分を映しているのに、そのはずなのに。

 

 

 

 

 

しのぶは、希世花を見ていない。自分ではない誰かを見ている。

 

 

 

 

 

一体、誰を見ているのだろう。

 

 

 

 

 

「……素敵な日傘、ですね」

しのぶがなぜか懐かしそうな表情をして希世花の持つ日傘を見て言った。その様子を不思議に思いながら希世花は答える。

「あ、ありがとう。日差しがあんまり強いから、持ってきちゃった」

「本当に、今日は一段と暑いですね」

「もうすぐ夏だしねー。日焼けが心配だわ」

二人でゆっくりと学校へ歩みを進める。

しのぶは隣を歩く希世花をチラリと見た。女子高生が日傘を差して登校しているなんて、違和感を覚えそうな光景なのに、希世花がそうしていると全くそんな感じはしない。それどころか異様に似合っている。あの時のような、よそよそしい笑顔じゃない。フワリと微笑みながら穏やかな顔で歩くその姿は、前世と同じく、優美だった。その姿を見ることができたのが嬉しくて、そして懐かしくて、思わず頬が緩む。

最近、希世花としのぶは少しずつ言葉を交わすようになり、ずいぶん親しくなってきた。しのぶと目が合っても希世花は悲鳴をあげなくなったし、逃げ出したりもしない。最近はしのぶの前でもよく笑うようになったし、打ち解けて話せるようになってきた、と思う。

しかし、希世花は前世の記憶を全く思い出さない。何度かほのめかしてみたが、不思議そうな顔をされただけだった。

しのぶは微笑みを消して目を伏せる。そして、

『……失った記憶を取り戻すことを、八神が望んでいるとは、限らん』

悲鳴嶼の言葉を思い出して、唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

校門の前では風紀委員が服装チェックをしていた。

「………あのー、八神先輩?」

「はい、なんですか?」

「その日傘は……」

「今日は日差しが強いので持ってきました。日焼け予防です」

「……えーと」

「校則には日傘禁止とは書かれてないですよね?」

風紀委員の我妻善逸がものすごく何か言いたげな顔をしたが、結局校則には日傘禁止とは書かれていないということを強調し、そのまま校門を通った。

その姿を校門の近くにいた体育教師の冨岡が見ていた。顔には出さなかったが、冨岡もまた、しのぶと同じように希世花の姿を見て固まっていた。

記憶がないというのに、日傘を差した希世花の姿が、あまりにも前世の彼女と同じだったからだ。

横を通りすぎる希世花をじっと見つめる。冨岡と目が合うと、彼女はニッコリ微笑み会釈した。

ハッと我に返った冨岡は慌てて希世花の肩を掴んで止めた。

「八神。確かに校則には書いてないが、流石にその日傘は……」

その時、希世花の向こう側にいたしのぶが殺気を放ちながら冨岡を睨んできた。笑っているのに、その顔には青筋が浮かんでいる。その手を離せと言わんばかりに希世花の肩を掴む冨岡の手を見てきた。その顔を見た善逸が「ヒェッ……」と小さく悲鳴をあげる。冨岡もその雰囲気に圧倒されて思わず口を閉じた。

「………」

しのぶの殺気に気づかず、急に言葉を止めた冨岡を、希世花が不思議そうに見てきた。

「あの、冨岡先生?」

「………」

そして、親から苦情が来るほど生徒に厳しいと有名な冨岡は、

「……いや、なんでもない」

しのぶの殺気にあっさり屈した。希世花の肩から手を離す。

「よかったですね、八神さん。日傘を許してくれるなんて、冨岡先生、優しいですね」

しのぶが殺気を消してニッコリ微笑み、希世花も

「本当ね。冨岡先生、ありがとうございます」

と嬉しそうに笑った。冨岡はもう何も言わずにその場から逃げた。

 

 

 

 

 

二人の後ろ姿を見ながら善逸は冨岡に声をかけた。

「先生、あの日傘、本当によかったんですか?」

「お前は早く髪を染めろ!!」

「だから、地毛ですってば!!」

善逸の悲鳴がその場に響いた。

 

 

 

 

 

お昼休み、教室でしのぶと向かい合いながら希世花はパンを取り出した。

「八神さん、またパンですか?」

「うん。お弁当作るのめんどくさくて……」

「いつもそれじゃあ、体に悪いですよ」

「朝弱いから、早起きしてお弁当作るのは厳しいの」

他愛もない言葉を交わしながらパンを頬張る。今日は炭治郎オススメのクロワッサンだ。

「胡蝶さんのお弁当、美味しそうね」

「姉さんが作ってくれたんです」

「先生が?いいなぁ」

「もしよければ少し食べます?」

「いいの?」

パッと希世花の顔が輝いた。しのぶが笑いながらお弁当に入っていた肉団子を箸で掴み、こちらに差し出してきた。

「はい、あーん」

反射的に口を開いた。その口に肉団子が入ってくる。希世花はそれをモグモグと咀嚼し、頬を緩めた。

「美味しいですか?」

「うん!」

しのぶがますますニッコリ笑った。

「じゃあ、この卵焼きも食べますか?」

「いいの?」

「ええ。この生姜の佃煮も美味しいですよ」

「先生、本当に料理上手なのねぇ」

「はい、あーん」

「あーん」

しのぶが次々とおかずを分けてくれる。希世花もお返しに自分のパンをいくつかしのぶに差し出したが、いつもよりお腹いっぱいになってしまった。

人間は満腹になると眠くなる。そして当然、その日の午後は、

「胡蝶!!てめェの隣で幸せそうに寝ているそこの居眠り女を起こせやァ!!」

数学の授業でスヤスヤと眠る希世花に激怒し、不死川が怒鳴った。

 

 

 

 

 

不死川に散々怒られ、もちろんその日の放課後はいつも通り補習で残された。不死川に睨まれながら補習を終わらせて、部活終わりに待っていてくれたしのぶと共に帰路につく。

「ひどい目にあった……」

「居眠りするあなたが悪いです。よくもまあ、不死川先生の授業であんなに眠れますねぇ」

「うーん……」

希世花は首をかしげながら言葉を続けた。

「……昔からね、いっつも睡眠不足なの。前の学校でもよく居眠りして怒られていたわ。どんなに寝ても寝ても、足りないの。不思議よね」

「……そうですか」

しのぶはどう答えればいいか分からず苦笑いした。前世の彼女はどんなにしのぶが注意しても怒っても眠ろうとしなかった。暇さえあれば寝てしまう現在の彼女と大違いだ。そこにほんの少し寂しさを感じながら、しのぶは口を開いた。

「八神さん、今度の日曜、お暇ですか?」

「日曜日?特に予定はないけど……」

「じゃあ、遊びに行きませんか?」

「え、胡蝶さんと?二人で?」

「いえ、実は友人にあなたの話をしたら、ぜひ会いたいと言ってまして……」

「胡蝶さんの、お友だち?」

「はい。うちの学校の卒業生の方なんですけど……」

「なんで私に会いたいの?」

「……とにかく、遊びませんか?楽しいですよ、きっと」

「う、うん。分かった」

なんとなくしのぶの勢いに圧倒されて、希世花は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※冨岡 義勇

顔には出さなかったが、主人公の記憶がないのと名前が違うのにやっぱり混乱した体育教師。しのぶの殺気に怯んで主人公の日傘を没収できなかった。その後、職員室にて「……胡蝶妹(の目、あの目は確実に)……()る気だった」とこぼし、カナエが首をかしげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次回は甘露寺さんとのお出かけ回。











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