夢で逢えますように


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作:春川レイ
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胡蝶カナエは首をかしげた


 

「あ、不死川くん、お疲れ様ー。」

『おう』

「それで、どうだった?あの子のこと。探ってくれたんでしょ?」

『ああ。ダメだな、ありゃ。全然思い出さねェ』

「やっぱり?」

『鬼殺隊やら柱やら話してみたが、創作ものとしてはかなり面白いですね、とか言いやがった。ダイレクトに前世って信じるか?って聞いてみたら、変な宗教やってるんじゃねェかって誤解された』

「あらあら、困ったわね~」

『別によォ、無理して思い出させる必要はねぇだろ?』

「まあ、そうなんだけど、しのぶが怒っちゃってて……」

『あー……、お前の妹と継子って前世でも今世でもややこしいっつーか、拗らせまくりだなァ……』

「うふふ。そこが可愛いんだけどね~」

『はあ……』

「でも最近はしのぶを怖がって部活にも来てくれなくなっちゃったのよ。困ったわ…」

『そりゃ、お前の妹が全般的に悪い』

「しのぶも一生懸命なのよ……最近は少し落ち着いてきたけどね……」

『ところでよォ』

「なあに?」

『教え子に変な宗教やってんじゃねェかと疑われ、ドン引きされた俺のメンタルケアはしてくれねェのかィ?』

「うふふ。今度焼き肉おごるから」

そして胡蝶カナエはスマホを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八神希世花は独り暮らしだ。そうなった経緯はいろいろと長いので省くが、独り暮らしならば、当然家事全般する必要がある。

学校に通いながら家事をするのはなかなか大変ではあるが、その中でも苦労しているのが料理だ。希世花の料理スキルは決して高くない。特に早起きして、お弁当を作るのはかなりきつい。そもそも希世花は朝が苦手だ。お弁当を作る時間があるのならば、一秒でも長く寝ていたい。独り暮らし当初は頑張っていたが、早起きするのが厳しくなってきたため、最近はお弁当作りを完全に諦めた。なので、

「……」

『かまどベーカリー』と書かれた看板をチラリと見てから、そのパン屋の扉を開いた。チリン、と鈴のような音がする。

「あら、いらっしゃいませー」

もうすっかり顔馴染みになった、パン屋の奥さんにペコリと挨拶をすると、トングとトレイを手に取った。今日は午後に体育の授業があるから、なるべく腹持ちのいいパンを選ばねばーー、

「あ!えん……、じゃなかった、八神先輩、おはようございます!」

「……おはよ」

「いつもありがとうございます!!」

店の奥から、大量の焼きたてパンを手に顔を出したのは、このパン屋の息子であり後輩でもある竈門炭治郎だった。ニコニコ笑いながら、すっかり常連になった希世花に話しかけてくる。

「今日のオススメは塩パンです!ほら、焼きたてなんですよ!」

「……じゃあ、ひとつ」

「ありがとうございます!あとは、このサンドイッチも美味しいですよ!」

「……ひとつ」

「ありがとうございます!」

輝くような炭治郎の笑顔を眩しく思いながら、勧められたパンを次々にトングで掴む。

「あ、そうだ!八神先輩、昨日しのぶ先輩と一緒に帰ってましたね」

その言葉に顔が凍りついた。

「すごく仲良しですね~。よかった!」

炭治郎が嬉しそうに笑う。なぜ自分としのぶが仲がいいと炭治郎が喜んでいるのかよく分からず、首をかしげた。

「うーん、仲良し、ね……」

「?どうしました?」

「……ううん。なんでもない」

まさか、しのぶに命を狙われてる、とは言えなくて神妙な顔で会計を済ませる。

そうか。傍から見たら自分達は仲のいい友人に見えてるのか。

そう考えるとなんだかムズムズしてくすぐったい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

歴史の授業が終わった後、希世花はたくさんのノートを抱えながら職員室へ向かい、扉をノックした。ガラリと扉を開けて足を踏み入れる。

「失礼します」

チラリとカナエの机の方を見たが、今は不在のようだ。ホッとしながら歴史教師の煉獄の元へ向かう。

「煉獄先生、これ、クラスの課題ノートです」

「む!助かった!すまんな、八神!」

「いえいえ、いつも先生の授業で寝てるのでこれくらいは…」

「相も変わらず、立派な爆睡っぷりだったな!」

「……すみません」

「まさか騎馬戦の最中にも寝るとは!よもやよもやだ!」

まさか私も歴史の授業で騎馬戦するとは思わなかったですよ、と心の中で言いながら、煉獄に課題ノートを手渡した。

「八神、寝不足か?夜更かしは体に悪いぞ!」

「いえ、夜もきちんと寝ているんですが……、なぜか昔から常時寝不足のような状態なんですよね……」

苦笑しながらそう言った希世花に、煉獄の近くにいた美術教師の宇髄が話しかけてきた。

「よう、八神」

「あ、こんにちは、宇髄先生」

「さっきよ、ちょうど胡蝶姉とお前の話をしてたんだわ」

「……私、ですか?」

「お前さ、部活、ほとんど参加していないんだって?胡蝶姉が困ってたぞ」

その言葉に希世花は気まずそうに宇髄から目をそらした。

「あー、勉強が忙しくて……」

「まあ、大方胡蝶妹を怖がって部室に近寄れないんだろうけどよ」

バレてる、と思いながら苦笑した。

「それはいかんな、八神!学生たるもの学業が本分だが、部活動も大事だ!」

煉獄が口を挟んできた。

「……えーと、はい。……分かりました。今日は、行きます……」

「そんなド派手に嫌そうな顔で言うなよ……。参加するのがきついなら、辞めるって選択肢もあるぞ?まあ、胡蝶姉は悲しむだろうが……」

その言葉に希世花はうつむいた。

「………辞められません」

「あ?なんで?」

「……なぜか、胡蝶先生には逆らえないんです」

「?」

煉獄と宇髄が不思議そうな表情で顔を見合わせる。希世花は誤魔化すかのように早口で言葉を続けた。

「いや、私にもよく分からないんですけど、胡蝶先生には歯向かえないというか抵抗できないというか、………なぜか困った顔をされるとNOが言えなくなるんですよ……。何度か部活を辞めようと思って、胡蝶先生に言おうとしたんですけど、全然ダメで……。結局いつも流されるように胡蝶先生の言葉に従ってしまうんです……。不思議ですよね。私、反抗期の時は親に逆らい続けて喧嘩ばっかりだったのに、胡蝶先生にだけは逆らえないんです……」

「……」

「……」

「あれ?どうしました?」

気がつけば、目の前の煉獄と宇髄が奇妙な視線を希世花に向けていた。

「いや、なんでもねぇ。とにかく、無茶しない程度に頑張れ」

「うむ!困ったことがあれば相談に乗るぞ!」

「あはは、……ありがとうございます。それじゃあ、失礼しました」

力なく笑うと希世花は職員室から出ていった。

残された煉獄と宇髄は顔を見合わせた。

「……あいつ、ド派手にすげえな。記憶をなくしていても、前世の師範に従順で忠実じゃねえか」

「うむ!骨の髄まで胡蝶の継子だな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、胡蝶しのぶは廊下で立ち止まり、キョロキョロと辺りを見渡した。

「あれ?しのぶ先輩、どうしたんですか?」

「あ、アオイ。八神さん見ませんでした?」

しのぶに尋ねられたアオイは首を軽くかしげた。

「さあ……、見てませんね。いなくなったんですか?」

「ええ。一緒にお弁当を食べましょうって誘ったんですけど、逃げられちゃって……」

悔しそうにしているしのぶに、アオイは苦笑しながら口を開いた。

「一階では見ていないので、いないと思いますよ」

「そう……。見かけたら教えてくださいね」

そう言ってしのぶは小走りで去っていった。

「……八神先輩、これでいいですか?」

「助かった。アオイさん、あなたは救世主よ」

アオイが廊下の窓から下を覗き込むと、窓の下の壁にへばりついている希世花の姿があった。

「私もしのぶ先輩に嘘をつくのは心苦しいんですが……。もう諦めたらどうです?」

「私に死ねと?」

「いや、別にしのぶ先輩は八神先輩を殺そうなんて考えてませんよ……」

「とにかく、ありがとう。今度何かおごるね」

アオイの視線から逃げるように希世花はその場から去っていった。残されたアオイは困ったようにため息をついた。

 

 

 

 

 

「さて、どこで食べようかな」

朝に購入したパンを手に校内をウロウロする。うっかりしのぶと会ったら大変なことになるので、用心しながら、落ち着いて昼食を取れる場所を探す。

「こっちの階段は……」

人気のない階段の方へ向かうと、絶賛ぼっち飯中の体育教師、冨岡と目が合った。菓子パンらしきものをモソモソ食べている。

「……」

「……」

希世花は何も見なかったことにして、その場を去った。

「……もう、ここでいいか」

結局は屋上に腰を下ろし、ビニール袋からパンを取り出す。幸運なことに、屋上には現在誰もいない。落ち着いて食事ができそうだ。

「……」

炭治郎に勧められたサンドイッチを口に入れながら、ぼんやりと物思いにふける。午後の授業は体育なので居眠りの心配はない。問題は今日参加する予定の華道部だ。久しぶりに活動するのでなんだか行きにくい。胡蝶先生は喜ぶだろうが……。

「……あー、昼寝したい」

上を見上げたら透き通るような青い空が広がっていた。このままここで全てを忘れて昼寝をしたら、どんなに気持ちいいだろう。紙パックのコーヒー牛乳をストローで吸いながら右手を空に伸ばす。そのまま空が掴めそうだった。

ぼんやりと考えているうちに、強烈な眠気が目蓋を襲った。「ダメだ」と思いながらも睡魔には勝てずに目を閉じる。そのまま幸せな微睡みへ落ちていった。

 

 

 

 

誰かに頬を撫でられた。温かい手。その手が今度は額を撫でる。

幸せ。

思わず微笑みながら枕に抱きついた。あれ?いつもの抱き枕とは違う感触。

「あらあら、困りましたね」

その声に眉をひそめる。枕が喋った?

あれ?

カッと目を開くと目の前には胸があった。柔らかい。

「?」

恐る恐る視線を上げると胡蝶しのぶと目が合った。しのぶがニッコリ微笑む。

「八神さん、お目覚めですか?」

その言葉にようやく完全に覚醒し、現実をはっきり認識する。

自分は寝ぼけてしのぶに抱きついている。

「ア゛ーーーーっ!!!」

学校中に希世花の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

胡蝶カナエは生物準備室にて、次の授業の準備をしていた。授業の後は部活もあるのでその準備もしなければならない。今日は久しぶりにあの子も部活に参加するようだし、楽しみだ。無意識に鼻歌を口ずさみながら資料をめくっていると、突然奇妙な悲鳴が聞こえた。

「ア゛ーーーーっ!!!」

聞き覚えのあるその悲鳴にカナエは首をかしげた。

「しのぶったら今度は何をやらかしたのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※胡蝶 カナエ

前世の継子が年齢はおろか名前まで偽っていたと知り、ガチでショックを受けた人。

その後は気持ちを切り変えて継子をベタベタに可愛がろうとするが、教師として贔屓はダメよね、と葛藤中。妹と継子の攻防を遠くから優しく見守るのが最近の楽しみ。妹の行動が行き過ぎたら流石に止める良心は持ち合わせている。なお、継子を強引に華道部に入れたことは後悔していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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