夢で逢えますように


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作:春川レイ
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胡蝶しのぶは激怒した


 

 

「なあ、八神よォ、お前、前世って信じるか?」

突然目の前の人物がそう言ったため、八神希世花は顔を思い切りしかめた。

「……先生」

「ん?」

「そういった宗教の勧誘はお断りいたします」

「ちげェわ!」

不死川実弥は叫んだ。

 

 

 

「……でよォ、鬼殺隊は、犠牲をたくさん出しながらも、鬼舞辻の野郎を皆で倒したんだ。100年ほど前の話になるな。あの頃は忙しかったぜ」

「へぇ……」

希世花はぼんやりとプリントに数字を書き込み、顔を上げた。

「創作ものとしては、かなり面白いです。意外ですね、先生にこんな才能があるなんて」

「……おう」

「鬼殺隊を支える『柱』かぁ。なんか、かっこいいですねぇ」

「そ、そうかァ」

顔をポリポリと掻く不死川に、プリントを渡し、希世花は大きなため息をついた。

「……はぁ~」

「なんだ、そのため息」

「いやぁ、私、花の女子高生なのに、放課後に遊ぶことも出来ず、補習を受けながら数学教師の少年マンガ的壮大ストーリーを聞かされる現状について、憂いを感じていました……」

「補習を受けてるのはテメェが授業中居眠りして小テストが白紙だったからだろうが、ボケェ!」

丸めた教科書でスパァンッ!と頭を叩かれた。希世花は苦笑した。

「すみません。気がついたらグッスリ寝てて…」

「てめェ、本当は全然反省してねェだろ」

不死川がプリントを採点しながら睨んでくる。

「してますよ。私だって本当は寝たくないんです。でも睡魔には勝てないんですよー…」

「本ッ当にいい加減にしろよ。煉獄の爆音授業をBGMに気持ち良く昼寝できる猛者はてめェくらいだ…」

「……煉獄先生、怒ってました?」

「いや、逆に感心してたぜ。『よもやよもやだ!俺の授業で寝るとは、とんでもない度胸だな!』とかいってたな」

「いやぁ、それほどでも…」

「言うまでもないが、褒めてねェからな」

プリントを採点し終わった不死川は、それを希世花に返す。

「ほら、満点だ」

「ありがとうございました」

「おめェもよ、実力はあるんだからもう少し授業は真面目に受けろォ。そのうち伊黒のヤロウから磔にされてペットボトルロケット食らうぞ」

「伊黒先生、そんなこと生徒にするんですか…」

「お前がかろうじて刑を食らっていないのは、成績だけはいいのと、胡蝶が止めているからだ。感謝しろ」

「……あー」

希世花は複雑そうに笑い、不死川から視線をそらした。それを気にも止めずに不死川は立ち上がる。

「そんじゃ、補習は終わりだ。気をつけて帰れ」

「はい。ありがとうございました」

ペコリと頭を下げて希世花は立ち上がり、鞄を持った。素早く移動し、教室のドアを開ける。そのまま出ていこうとしたところで、不死川が再び声をかけてきた。

「八神」

「はい?まだ何か?」

希世花が振り向くと、不死川が静かに問いかけてきた。

「ーーーーお前、本当に思い出さねェのか?」

不死川のその言葉に首をかしげる。

「何か追加の宿題がありましたか?」

「……いや、なんでもねェ」

「……?失礼しました。先生、さようなら」

「おう」

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

教室を出て足早に昇降口へと向かう。靴箱から革靴を取り出して、履いていると声をかけられた。

「あら、八神さん。今から帰るの?」

その声に希世花の顔が大きく引きつった。恐る恐る振り返る。

「……胡蝶、先生」

「八神さん、明日は部活に来れるかしら?最近あんまり参加してないみたいだけど……」

胡蝶カナエが少し首をかしげながら聞いてきた。

「……すみません。えーと、勉強が忙しくて、なかなか時間がなくて……」

希世花はその言葉に言い訳をするようにモゴモゴと返した。希世花は華道部に入っている。というか、転入してから半ば強引に入部させられた。だが、あまり活動はしていない。

「そうなの?アオイやカナヲも寂しがっているし、明日は来れるかしら?」

カナエがそう聞いてきて、希世花は目をそらした。勉強が忙しいのは本当だ。ただ、部活に参加できない一番の理由はーーーー、

「あら、八神さん。補習終わったんですか?」

後ろから聞こえたその声に一気に鳥肌が立った。

「ひぃっ……」

思わず情けない悲鳴が漏れる。そして素早くカナエの背中に隠れた。

「あら、しのぶも今から帰るの?」

「ええ。フェン部も終わったし」

カナエの背中に隠れて必死に気配を消すが、すぐに目の前に綺麗な顔が現れた。クラスメイトであり、カナエの妹でもある胡蝶しのぶだ。

「八神さん、補習、どうでしたか?」

「こ、胡蝶、さん……」

生唾を飲み込んで、少し後ずさりをする。

「思ったよりも、補習が終わるの、早かったですね。もう居眠りはダメですよ」

「………はい」

「それじゃあ、一緒に帰りましょうか」

「え゛っ……」

しのぶの言葉に思わず変な声が出る。

「あら、仲良しねえ」

「姉さんは?まだ帰れないの?」

「仕事が残ってるから、もう少ししたら帰るわ」

「じゃあ、先に帰るわね」

胡蝶姉妹が会話を交わしているうちにこっそりと逃げ出そうとしたが、ガッシリとしのぶに腕を掴まれ逃げられなかった。

「あ、あの、私、寄るところがあるから…!」

「あらあら、じゃあご一緒しますよ。どこにです?」

「いや、胡蝶さんに悪いし、先に帰って……」

「そんなつれないこと言わないでくださいよ。さあ、早く行きましょう」

そのまま希世花はズルズルとしのぶに引きずられるようにして校門へと向かっていった。昇降口でカナエが笑顔で手を振っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八神希世花は胡蝶しのぶが怖い。

最初はなんて綺麗で優しい子なんだろうと思ったものだ。

しかし、今は怖くて怖くて仕方ない。

初めて出会ったのは、今の学校に転校したその日だった。

「……青花女学園から転校してきました、八神希世花です。よろしくお願いいたします」

転校初日、新しいクラスで挨拶をし、ペコリと頭を下げる。新しいクラスメイト達の強い視線を感じた。

「じゃあ、席はあの一番後ろ。胡蝶しのぶさんの隣ね」

担任に示された一番後ろの端っこの席へ向かい、腰を下ろす。右隣から強い視線を感じて、そちらへ顔を向けると、胡蝶と呼ばれた生徒が希世花をじっと見つめていた。わあ、綺麗な子だなぁ、と思いながら、希世花は笑顔で頭を下げた。

「胡蝶、さん?初めまして。よろしくお願いいたしますね」

その言葉に胡蝶しのぶは大きく目を見開くと、同じように笑って

「はい。よろしくお願いします、八神さん」

何故かその口調が強くて、怒っているような印象を受けた。実際顔は笑っているが、目は全然笑っていない。青筋まで浮かんでいる。

え?私、なんか怒らせるようなことした?と考えているうちに授業が始まってしまったため、そちらに意識が向いた。胡蝶しのぶは顔に青筋を浮かべたまま希世花をまだ見つめていた。

最初、胡蝶しのぶはとても優しくて親切だった。学園内を案内してくれたり、授業の進み具合を教えてくれたり、クラスメイトを紹介してくれた。怒ったように感じたのは自分の勘違いだったのだろう、と希世花は安心した。時々しのぶが何かを言いたげに自分のことをじっと見つめてくるのが気になったが、新しい学園生活は順調な滑り出しだった。

それが間違いだったと気づいたのは転校した翌週のことだった。

「八神さん、これ、どうぞ」

「?なあに、これ?」

「私が作った特製ドリンクです。とっても体にいいんですよ。ぜひ飲んでみてください」

「わあ、ありがとう」

しのぶにボトルに入った変な色のドリンクを手渡された。あまり人を疑うことを知らない希世花は喜んでそれを受け取り、すぐにボトルに口をつける。そのドリンクが喉を通った瞬間、この世のものとは思えないその味に目を白黒させた。

「……あ、の、なに、これ……?」

「あら?お口に合わなかったですか?」

「う、ううん!そんなことないわよ!」

しのぶが悲しい瞳をしたため、慌てて首を振った。

「よかった。ぜーんぶ、飲んでくださいね」

「……はい」

しのぶがニッコリ笑い、希世花は顔を引きつらせて頷いた。結局吐きそうになりながらそのドリンクを飲み干した。その夜は自宅で一晩中便座の前に座り込み、トイレとお友だちになった。

その次に渡されたのはクッキーだった。

「これ、どうぞ。家で妹と作ったんです」

「あ、ありがとう……」

しのぶのドリンクが軽いトラウマとなった希世花は顔を真っ青にさせながら受け取った。

「……家に帰ったら、食べるね」

「食べてみてください。今、ここで」

「えっ」

「感想が知りたいんです。さあ、早く」

そう言われて紙袋から恐る恐るクッキーを一つ取り出す。見た目は普通のクッキーだったため、意を決してそれを齧った。その味に一瞬目眩がした。

「……っ、と、とても個性的な味、ね……」

「健康によく効く薬が入っているんですよ。頑張って作ったんです。全部食べてくださいね」

「……」

その言葉に内心泣きそうになりながら、なんとか頑張ってクッキーをたいらげた。結果、体調を崩し、翌日学校を休むことになった。

それ以降も特製のお弁当だったり、ジュースだのケーキだの様々な食べ物をプレゼントされ続けた。そのどれもが変な薬が入っており、凄まじい味だった。

ここまで来ると、ようやく希世花は悟った。

自分は、この胡蝶しのぶというクラスメイトから命を狙われている。薬学研究部に在籍している彼女は何らかの毒か薬を、自分に飲ませようとしている。

なぜそんなに恨まれているのか分からない。分からないが、底知れぬ恐ろしさを感じた。

それからはなるべくしのぶのことを避け始めた。しかし、避けようとすればするほどしのぶはどんどん近づいてくる。

一度しのぶの姉であり、教師でもあるカナエに泣きついて助けを求めたが、

「あらあら、あの子ったら仕方ないわねえ。それよりも八神さん、転校してきてから、部活、入ってないでしょう?華道部に入ってちょうだい。聞くところによると、華道を習っていたことがあるんでしょう?経験者なら、ぜひ入ってほしいの」

などと、誤魔化された挙げ句、強引に華道部に入部させられた。これも失敗だった。華道部としのぶの部活は部室が近いらしく、ますますしのぶとの接点が増えた。しのぶがよく華道部の部室に顔を出すため、希世花は部活を避けるようになった。まあ、カナエが何かを言ってくれたらしく、最近は変な食べ物をプレゼントされることは無くなったが、それでも希世花はしのぶが怖い。何故かいつも距離を詰めてくるし、いつの間にか監視するようにじっと見つめられているのだ。その視線は、まるで肉食獣に睨まれているような恐ろしさがあった。

 

 

 

 

 

チラリと隣を歩くしのぶの横顔を見る。穏やかに笑っているが、その笑顔が怖くて目が合う前にサッとそらした。

「八神さん、どこに寄りたいんですか?」

「……いや、やっぱりこのまま、まっすぐに帰る……」

「あら、もしよければ何か食べにいきませんか?アオイの家の食堂とか……」

「い、いや、宿題もあるし、今日はやめとこうかな……」

しのぶの前で何かを食べるのは、薬を盛られそうで恐ろしい。震えながらそう答えると、しのぶは

「あら、残念」

と、肩をすくめた。

希世花はこっそりとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡蝶しのぶは隣を歩く希世花をこっそりと見つめた。

ずっと、ずっと彼女に逢いたかった。この世界に生まれ変わって、 かつて鬼狩りをしていた頃の仲間達に会った。姉さんやカナヲはもちろん、鬼殺隊の柱や隊員もこの世界に存在していたし、全員記憶もあった。なのに、菫には会えなかった。あの子がずっと願っていた平和で穏やかな世界なのに、肝心のあの子がいない。もしかしたら菫は今世には居ないのかもしれないとまで考えた。しかし、それは覆された。

ある日、姉である胡蝶カナエが真っ青な顔で学校から帰ってきた。フラフラとソファーに座り込み、呆然としている。

「カ、カナエ姉さん?」

「どうしたの?顔が真っ青よ」

カナヲと共に戸惑いながら声をかけると、カナエが口を開いた。

「……いたの」

「何が?」

「いたのよ、菫が……」

その言葉にカナヲは目を見開き、しのぶは息を呑んでカナエの肩を勢いよく掴んだ。

「どこ!どこにいたの!?」

「し、しのぶ、ちょっと落ち着いて……」

「教えて!どこにいたの!?」

詰め寄るようにそう聞くと、カナエは言いにくそうに口を開いた。

「……菫、なんだけど、違うかもしれない」

「?なにそれ、どういうこと!?」

「来週、しのぶのクラスに転校する予定らしくて、挨拶に来たの。……でも、あの子、私に向かって、……“初めまして”って言ったのよ」

「……は?」

「記憶が、ないみたいなの……」

「……はあ?」

しのぶは呆然と口を開いた。全員記憶があるのに、あの子だけそれがない、なんて。

そんな馬鹿な。

「……でも、菫様、なんですよね?」

カナヲの問いかけにカナエが首をかしげた。

「それがね、おかしいのよ。あの子の名前、八神希世花っていうらしいの」

「……え?」

「不思議よね。あの子だけ名前が違うなんて。やっぱり別人なのかしら……」

その言葉にしのぶが微かに目を泳がせた。その様子にカナエが目敏く気づいた。

「……しのぶ、あなた何か知ってるわね?」

「……知らない」

「しのぶ、知ってるわね?」

「……しのぶ姉さん」

「……」

今度はしのぶが姉と妹に詰め寄られる。しばらく粘っていたが、その勢いに負けたしのぶは渋々口を開いた。

「……そもそも、あの子の前世の名前、偽名だもの」

「……は?」

カナエとカナヲが眉をひそめて顔を見合わせた。

「どういうこと?」

「……」

しのぶは言いにくそうにしていたが、圓城菫という名前が戸籍上の名前であり、偽名であることを話す。全てを聞いたカナエはショックを受けたように固まり、カナヲも呆然としていた。

「じゃ、じゃあ、あの子はやっぱり菫なの?それともちがうの?もうわけが分からないわ……」

カナエが混乱したように呟いた。

その次の週、カナエが言った通り、前世の友人はしのぶのクラスに転入してきた。

「……青花女学園から転校してきました、八神希世花です。よろしくお願いいたします」

その顔を見た瞬間、確信した。彼女は間違いなく圓城菫だ。違うのは名前だけで、その顔も、声も、雰囲気も彼女そのものだった。

隣の席に座った彼女をじっと見つめる。しのぶは一縷の望みをかけていた。自分と会ったら、彼女は前世を思い出すかもしれない、と。

しかし、それは大きな間違いだった。

彼女はしのぶに視線を向けると、

「胡蝶、さん?初めまして。よろしくお願いいたしますね」

と笑った。

笑顔でそう挨拶をする彼女。 漸く会えた。再会に心が弾み、歓喜したのはこっちだけ。視線が合って、しのぶのことを認識したのに、彼女は何も思い出さない。その瞳にかつての熱はもうない。他の人間を見る時と同じ瞳。

 

 

『本当はね、一つだけ、叶えたい願いがあるの。もし、もしも、……あなたと、同じ世界に生まれ変わることができたら、その時は………』

 

 

前世の彼女の言葉が心に、響く。

 

 

『その時は、また友達になってくれる?そばにいても、いい?』

 

 

そう願ったのは彼女の方だった。

私は、覚えている。あの時の彼女の言葉を。涙を。

なのに、彼女は全てを忘れた。いともあっさりと。

 

胡蝶しのぶは激怒した。必ず、彼女の記憶を取り戻さねばならぬと決意した。

怒りやら悲しみやらショックやらで脳内がごちゃごちゃになったしのぶの行動は早かった。

まずは在籍している薬学研究部で記憶中枢を刺激する薬を開発し始めた。その薬をジュースやらお菓子やらに混ぜて彼女に摂取させる。残念ながら薬の効果は出なかったうえに、彼女は体調を崩したらしい。そのせいか、しのぶに対して怯えたような様子で避けるようになってしまった。流石にカナエに怒られたので薬に頼るのは中止した。

しかし、胡蝶しのぶは諦めない。

彼女は怯えた様子でしのぶのことを避け始めたが、そんな事に構わず距離を無理矢理縮めていく。

いつか彼女が全てを思い出すように願いを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※胡蝶 しのぶ

やっと再会できた友人にあっさりと「初めまして」と言われて血管がブチ切れた人。

記憶中枢に効果のある薬を開発し、主人公に飲ませようと試行錯誤した結果、怯えられ避けられるようになって、またブチ切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






思い出してほしいしのぶさんと、思い出せない主人公の攻防。
しのぶさんと仲良くさせたかっただけなのに、どうしてこうなったんでしょうね。
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