少女はマンションのベランダからぼんやりとその景色を眺めた。高いビルや家がごちゃごちゃと並んでいる。
上を見上げると、抜けるような青色の空が広がっていた。不意に少女は空へ向かって手を伸ばす。まるでその青空を掴もうとするように、遠くへ遠くへと手を伸ばした。そして、そんな自分の行動に首をかしげて、腕を下ろした。
少女は、セーラー服を身に付け、自宅であるマンションから出て、ゆっくり歩き出した。少女は、最近まで有名なお嬢様学校に通っていた。しかし、ある事情で来週から他の学校に転校することになった。お嬢様学校の制服であるこのセーラー服を着るのも、今日が最後になるだろう。もう少ししたら、転入する学校の制服が届く予定だ。今日はその学校に挨拶と転入の手続きをしに行くことになっていた。
やがて、来週転入する予定の学校に到着した。正門には「キメツ学園」と書かれている。しばらくその広大な学舎をじっと見つめて、やがて何かを決心したような顔をすると、その建物に足を踏み入れる。
スリッパを履いて、少し歩くと、すぐに職員室を見つけた。少し躊躇った後に、扉をノックしてガラリと開ける。職員室にいた教師達が一斉にこちらへ視線を向けた。その視線を受け止め口を開く。
「失礼します。突然すみません、私、来週転入する予定のーーー」
入り口でそう言った時だった。
「………菫!」
教師と思われる、頭の両サイドに蝶の髪飾りを着けた綺麗な女性が駆け寄るように近づいてきて、少女に抱きついてきた。少女は突然の出来事に戸惑い、狼狽して身体が固まった。
「菫!よかった、ずっと会いたかったの……っ、」
女性が感極まったように言葉を続ける。一瞬呆気にとられた少女は我に返ると慌てて女性から身体を離した。そして口を開く。
「あの、……人違い、です」
「……は?」
女性がポカンと口を開けた。
「……菫?なに言って……」
「いえ、あの、私、菫という名前ではありません」
女性だけでなく、周囲の教師達が訝しげな顔をした。少女は彼らに向かって頭を深く下げた。
「初めまして。来週、この学校に転入予定の、八神希世花と申します。本日は手続きと挨拶に伺いました。よろしくお願いいたします。」
そう言って頭を上げると、目の前の女性が呆然と口を開け、固まっているのが見えた。
※八神 希世花
前世は睡柱・圓城菫。キメツ学園世界で、なぜか前世の本名で生まれてしまった。前世の記憶は一切ない。記憶がないのと名前が違うということで、キメツ学園に転校してきてから、前世の関係者達を大いに混乱させた。
実家は資産家で、お嬢様育ちだが、いろいろあって現在はマンションに独り暮らし。
前世の睡眠不足を解消するかのごとくよく寝る。成績はいいが、授業中の居眠りの常習犯で、ある意味学園の問題児。
部活は胡蝶カナエによって強引に華道部に入部させられた。
特技はダーツ。