夢を見た。
とても幸せな夢。
×××と×××が二人並んで幸せそうに笑ってる。
×××が何かを言って、×××が怒った。でもすぐに笑いだす。
大好きな、二人の笑顔。
遠くから見てるだけで、とても幸せ。
あまりの多幸感にうっとりしていると、二人がこちらを向いた。揃って近づいてくる。
×××が頭を撫でてくれた。
×××が手を握ってくれた。
その温かさが愛しくて、涙があふれた。
***
少女は涙を流しながら目を覚ました。ベッドの上でぼんやりとする。
とても幸せな夢を見た。昔から、よく見る夢。泣きたいほどに、幸せな夢。この夢を見るだけで、いつも泣いてしまう。
悲しい夢なんかじゃない。幸せに満ちた、温かい夢。なのに、目を覚ますと、いつも泣いてしまう。
なんでだろう?
「ちょっとー!そろそろ起きなさーい!ごはん出来たわよ!」
母親の声が聞こえて、顔をしかめる。ゆっくりと起き上がり、時計に視線を向けた。そして大きく目を見開く。
「うっそ……」
勢いよく立ち上がり、慌ててパジャマを脱いだ。準備しておいた制服に袖を通す。リボンを結びながら、部屋から飛び出した。
「もう、お母さん、もっと早く起こしてよ!」
「えー?まだ間に合うでしょ?」
母親はのほほんと言葉を返してきた。テーブルの上に用意されていた朝食をかきこみながら、言葉を返す。
「今日が転入初日だから、早く行こうと思ってたの!!」
「あらあら」
母親が困ったように頬に手を当てた。
「ねえ、お母さん、やっぱり一緒に行きましょうか?初日なんだし……」
「え、いいよ。別に。一人で大丈夫」
牛乳をコップに注ぎながら首を振った。
「悪いわね、お父さんの転勤で、学校も変わっちゃって……」
「もう、何度それ言うの。本当に大丈夫だから。なんかすごく雰囲気の良さそうな学校だったし」
一度転入手続きのために訪れた学校は女子校で、明るい雰囲気だった。母親がにっこり笑う。
「鶺鴒女学院の制服、似合ってるわねぇ」
「えへへ、そうかな?」
少女はその言葉に思わず笑ったが、こんなことをしている場合ではない、と気づいて素早く牛乳を飲み干し、身を整えるために洗面所へと向かう。
リビングのテレビでは、ニュースが流れていた。
『創業100年を越える企業【ENJYO】が、新しくアパレルブランドを立ち上げました。スミレの花と蝶のロゴが特徴的で、最新トレンドからベーシックなものまで、小物なども取り揃えており……』
「あら、可愛い」
ニュースをのんびりと見ている母親の横を、少女は鞄を持ちながら勢いよく通りすぎて、玄関から飛び出す。
「行ってきまーす!」
「はい、行ってらっしゃい」
母親が笑顔でその後ろ姿を見送った。テレビはそのままニュースを流し続ける。
『次のニュースです。日本最高齢記録が更新されました。取材に応じてくださったのは、最高齢を記録した、産屋敷さんで……』
澄みきった青空が広がっている。いい天気だ。少女は走る。転入初日はできるだけ余裕をもって早めに学校に行くつもりだったのに。まあ、遅刻はしないだろうが。周りでは少女と同じような学生やサラリーマン達が足早に歩いていた。
角を曲がった時、ドン、と誰かとぶつかった。同じ年くらいの少年だ。
「あっ、ごめんなさい!」
「いえ……」
一瞬だけ、その少年と目が合う。少年は何故か驚いたような顔をしたが、少女は気づかずに、謝りながら頭を下げると足早に去っていった。
「………」
走り去る少女の後ろ姿を見つめて、少年は首をかしげた。
「カナタ、どうしたの?」
少し離れた所を弟と歩いていた、髪の長い少女が声をかける。カナタと呼ばれた少年は首をかしげながら言葉を返した。
「……なんでも、ないよ。燈子」
少女は走り続けた。学校まで、もう少し。その途中で、何人かの同じ制服を着た少女達が登校しているのを見かけた。
急に不安と緊張に襲われる。
新しい学校で、友達、できるかなぁ。
その時、後ろから声が聞こえた。
「あっ、ちょっと、ハンカチ、落としましたよ!」
その声に反応して、立ち止まり、後ろを振り向く。そして、目を見開いた。
同じ鶺鴒女学院の制服を着た少女が二人、そこにいた。リボンを髪に着けた、姉妹らしい、二人の少女。紫色のリボンを着けた子が、ハンカチを手に取って、こちらへと差し出している。
その姉妹を見た瞬間、奇妙な感覚に襲われた。なんだろう、これは。
ーーーーもう一度、待ってて
あれ?
ーーーー死んでも忘れない
なに、これ?
ーーーーこの世で一番、大好き
『大好きよ』
『忘れないでね。私の思いを』
『私、待ってるわ。あなたを、ずっと、待ってる』
脳裏で声が響いた。懐かしい、声。心が揺さぶられる。
この気持ちはなんだろう。
あの、泣きたいほどに幸せな夢を、見た時みたい。
自分で自分がよく分からない。
でも、たった一つだけ、分かる。
すごく、幸せなの。
二人の少女もこちらを見つめてくる。不思議そうな表情で、二人揃って首をかしげている。
その姿を見て、胸がいっぱいになる。幸せで心が満ちているはずなのにーーーー、
何故か涙があふれそうになった。
***
道端にスミレの花が咲いている。その花に誘われるように蝶がとまった。
少女達を祝福するように、スミレの花がフワリと揺れると、蝶は青い空へと飛んでいった。