姫騎士
「嫌だね」
黒く染まったゴアズを見下ろしながら、俺は口角を上げて笑みを浮かべていた。
座り込み震えている大男は滑稽だった。
厳つい顔。
無駄に鍛えた筋肉に、いかにも悪い感じの男だ。
こういった男に俺は前世で悩まされてきた。
借金取りの男たちを思い出す。
「頼む! 何でもするから許してくれ!」
周囲の部下たちが銃を構え、そして仲間の死体を運び出していた。
ゴアズへの視線はとても冷たいものになっている。
それはそれとして、俺がゴアズを許せないのにはわけがある。
前世から嫌いなタイプであることも理由の一つだが、こいつは勘違いをしている。
「お前は何か勘違いをしていないか? 何でもするとか、とんでもないお宝を渡すとか言っているが――もう、お前の宝は俺の物だ。そして、お前に出来るのは大人しく俺の手柄になることと、俺が懸賞金を得るために帝国に突き出されることだけだ」
ゴアズが目を見開き驚いている。
「待ってくれ! 俺を生かせば必ず役に立つ。あ、あんたには負けたが、俺の強さを見ただろう? そっちの兵隊が手も足も出なかったんだ。俺は黙ってあんたの下につく。だから、見逃してくれ! 懸賞金以上の財宝を隠し持っているんだ。だから、お願いだ! ここにはない宝も差し出すから!」
出任せだろう。
事実かも知れないが、こいつを突き出さない理由にはならない。
「何だ。まだ隠しているのか。帝国に突き出す際に教えておくから、たっぷり調べられるといい。楽しい拷問が待っているぞ」
「ふ、ふざけるな、この糞ガキがぁぁぁ!」
何を言っても無駄だと思ったのか、ゴアズが片足しかないのに俺に向かってくる。
体から黒い煙を出しながら向かってくる。
そんなゴアズに、俺は刀の切っ先を向けて――。
「いつまでも騒ぐな」
――死なない程度に切り刻み、最後の脚も奪ってやった。
床に滑り込むように倒れ、ゴアズは何が起きたのか分からない。しばらくして、状況が把握できたようで、泣いて命乞いをしてくる。
「助けてください。お願いします。助けて!」
俺は新しく手に入れた刀が、想像以上に使えるので喜んで眺めていた。
すると、部下たちが俺に尋ねてくる。
「リアム様、本当に生かしたまま捕らえるのですか?」
「何か問題でもあるのか?」
「い、いえ、私は部下を大勢こいつに殺されましたので」
なるほど、許せないわけだ。
「殺したら懸賞金の額が下がるんだろ? 確か、生きたまま捕らえる方がいいんだよな?」
そんな風に聞いた覚えがある。
だが、ゴアズは違うらしい。
「いえ、凶悪犯罪者は生死不問です。ゴアズでしたら、殺した記録や頭部さえあれば懸賞金は全額支払われます」
それを聞いて俺は恥ずかしくなった。
「何だ、そうなのか」
ゴアズへと視線を向けると未だに泣いていた。
思い出すのは前世の記憶――誰だ、借金取りにも人情があるなんて妄言を吐いた奴は? あいつら、骨の髄までしゃぶり尽くす勢いだったぞ。
優しさの欠片もなかった。
俺に生命保険に入れとか言っていやがった。
いくら泣こうが喚こうが許されなかった。
人生に絶望したね。
どうして俺がこんな目に遭うのか、って。
ソレが今ではどうだ?
今の俺は奪う立場。
奪われるのは、凶悪犯罪者であるゴアズ――最高じゃないか!
「助けてください。全て話します。だから助け――」
「騒ぐな、うっとうしい」
首を斬って黙らせると、俺はゴアズの体を見て驚く。
黒い皮膚が普通の肌の色に戻っていく。
日焼けをしたような小麦色だった。
「あ、戻った。こいつ、改造人間じゃないのか?」
体を見ても機械化しているとか、そんなことはない。
それであの黒い皮膚とか――この世界は実に不思議がいっぱいだ。
ゴアズの頭部を掴む。
「これで証拠になるんだよな?」
「は、はい!」
部下たちが慌てて返事をすると、回収するために道具を持ってくる。
次々に報告が来ると、船内のほぼ全てを制圧したらしい。
部下が俺に確認してきた内容は、
「リアム様、海賊以外の――捕らわれた者たちが見つかりました」
◇
海賊の一人に案内されてやって来たのは、ゴアズの部屋の近くだった。
海賊船にしては随分としっかりした作りをしていると思っていたら、どこかの国の戦艦を奪って改造していた。
こいつら好き放題にやり過ぎである。
俺は道案内をしている海賊を後ろから蹴飛ばしてやった。
「早くしろよ!」
「は、はい!」
他の海賊から飼育係と呼ばれていた男は、ゴアズに近い存在だった。
背は低く、お腹は出ているのに手足が細い。
不気味な男である。
特別な仕事を任されているらしく、専門的な知識を持っていた。
ゴアズの部屋の近くに案内され、ドアが開くと俺の部下たちが先に入った。
飼育係は何か言っていた。
「あ、あの、あまり装置に触らないで。俺の大事な商売道具なんです」
「商売道具?」
動物を飼うための道具だろうか?
俺は一つ気になることを聞いてみた。
「おい、お前」
「はい?」
「この船で犬を飼っているか?」
男は見ていて不快になる笑みになると、俺に自分をアピールしてきた。
「お貴族様も好きですね。どんな犬にでも改造できますよ。従順なのがいいですか? それとも、本当に犬のようにします?」
何を言っているんだ?
こいつ頭がおかしいのかと思っていると、部屋から部下たち数人が飛び出してきた。
ヘルメットを脱いで吐いていた。
「お前ら、リアム様の前で何て姿をさらすんだ!」
鍛え上げた兵士たちが青い顔をしており、一体何があるのか気になった。
一人の兵士が部屋から出てくると、俺に向かって言うのだ。
「リアム様はお入りにならない方がよろしいと思います」
声に力がない。
「何だ? 気になるから言えよ」
ためらっている部下に代わって説明してくるのは、不気味な飼育係だった。
「ここは私の研究室でもあるんです。普段は団長――ゴアズの趣味を手伝っていましてね。きっと伯爵様には気に入って貰えます」
ヘルメットを脱いだ部下たちが、飼育係を睨み付けていた。
「この外道が!」
そんな部下の言葉に、飼育係はニヤニヤと笑っていた。
「――説明しろ」
俺の命令に、飼育係は嬉々として自分の仕事について語ってくれたよ。
だからさ――気持ち悪くて拳銃で飼育係の頭を撃ち抜いてやった。
やっぱ、賊って害悪だわ。
それ以上に理解できない。
◇
暗い部屋には不気味な道具が壁に掛かっている。
手術台が置かれ、そこに連れて行かれるのを部屋にいる誰もが嫌がる。
この部屋は海賊たちの間で飼育室と呼ばれていた。
飼育係と呼ばれる不気味な男による実験と、ゴアズの一般には理解されない趣味が融合した悪趣味極まりない部屋だ。
この部屋にいるのは――いたのは、いずれも美男美女“だった”者たち。
ゴアズの趣味は、美男美女が醜くなっていく姿を楽しむというものだ。
ついでに拷問も趣味であった。
飼育係は人体の改造を趣味としており、二人が揃ったことで部屋にはかつて美男美女だったものたちが悲惨な姿になっている。
そんな中、特に酷い扱いを受けている女がいた。
名前は【クリスティアナ・レタ・ローズブレイア】――彼女はかつて美しい女性騎士だった。
星間国家の中では小国ではあるが、王族に生まれた姫騎士と呼ばれた存在。
ゴアズに故郷を人質に取られ投降し、今ではゴアズの一番のお気に入りの――玩具だった。
この部屋に連れてこられた誰もが、特殊な立場を持つ人間たち。
歪んだゴアズたちの趣味に苦しめられている人たちだ。
クリスティアナ――ティアは、その部屋でかつての面影はないただの肉塊に成り果てていた。
そんな彼女が船の異変に気が付き、部屋に見知らぬ一団が入ってくると全てを察した。
部屋に入ってきた兵士たちが、目の前に広がる光景を前に吐いている。
震えている兵士もいた。
ティアは一人の兵士に語りかける。
「――ゴアズはどうなりましたか?」
かつての美声は、とても不気味な声になっていた。
兵士が肩を震わせ驚き銃口を向けてくる。
「ひっ!」
「驚かないでください。このような姿になり果てましたが、私は敵ではありません。もう一度尋ねます。ゴアズはどうなりましたか?」
兵士の反応も仕方がないと思っていると、開いたドアの向こうで銃声が聞こえてきた。
部屋にいる仲間たちが、安堵していた。
あぁ、これで自分たちは――ようやく死ねるのだ、と。
一人の騎士が部屋に入ってくる。
小柄でまだ幼い。
成人しているかも怪しい少年は、刀を一本持っていた。
兵士たちの対応から、この少年が上の立場だと察してティアは語りかける。
「ゴアズを捕らえたのですか?」
少年は少し驚いたが、すぐに答えた。
「殺した」
「――そうですか」
部屋の中、仲間たちがうめき声を上げた。
歓喜、感謝、うれし泣き――兵士たちは怯えているが、少年はティアを見ているようだ。
部屋を捜索していた兵士の一人が、端末を持ってくると少年に手渡す。
ティアは本当に心から感謝した。
少年がまるで祈り続けた神の使いに見えていた。
「ようやく終わるのですね。どこのどなたか存じませんが、情けがあるのならどうか――どうか我らをお救いください」
ティアの言う救いとは、少年たちの手によって死ぬことだった。
もはや、今の体では死ぬことも出来ない。
ようやく全てが終わるとティアは思っていた。
「救いだと?」
「はい。我々の姿を見ていただければ理解できると思います。もう、二度と人として生きることはかないません。ならば、皆さんの手によって――」
醜い姿になり果て、元の姿に戻ることも不可能に思っていた。
もう、生きていても意味がない。
ただ、少年は自分たちを殺さないと告げてくる。
「いいだろう、救ってやる。恩は必ず返せよ。誰か、医者を呼んでこいつらを運び出せ」
ティアは目の前の少年が、救うという意味を勘違いしていると思った。
「ま、待って――」
少年はそのまま兵士たちを連れて部屋を出て行く。
残った兵士たちに頼むのだ。
「お願い! 殺して! 殺してください!」
兵士たちが顔を背けていた。
「――リアム様のご命令だ。我々では逆らえん。すまないな」
部屋の中、ティアたちは一気に絶望が襲いかかってくるのだった。
◇
悪趣味な部屋から出た俺は、タブレット端末で変わり果てた連中の元の姿を見ていた。
何が面白いのか、どのような実験をしたとか、改造したとか細かに書かれている。
変わっていく過程を観察しており、飼育日記のようなものもあった。
いずれも美男美女ばかりを集め、醜く変わり果てていく姿を見て楽しんでいたらしい。
「あいつら趣味悪いな」
俺には理解できない趣味だった。
部下が俺に尋ねてきた。
「リアム様、本当に助けるつもりですか?」
医療知識のある部下だったようで、変わり果てた連中の治療方法は限られていると俺に伝えてくる。
「彼らの姿を見る限り、治療方法は肉体を丸ごと再生する治療方法しかありません」
「治るんだろ?」
「それこそ、エリクサーが必要です。希釈して使うでしょうが、どれだけの価値があるかご存じのはずです」
ファンタジー世界でエリクサーと言えば、万能の薬みたいなイメージだ。
この世界にも当然あるが、巨大な帝国でも見つかる数は少ない。
市場に出回れば、それこそとんでもない額での取引がされる。
「買えばいいだろ。俺も欲しかったから、二、三個は欲しいな」
ゴアズから奪ったお宝を売れば、相当な金額になりそうだ。
むしろ、ゴアズは隠し持っているかもしれない。
俺、エリクサーは使うタイプなんだよね。
「い、いや、その――他にも専門の医師が必要です。設備だって安くないと聞いています。それに、あの状態では心のケアも必要です。元の姿を取り戻すには何年もかかりますし――その、治療費はとんでもない金額になるかと」
今回は大儲けできそうなので問題ない。
「助けを求められたから助けるだけだ」
「あの救って欲しいという意味は――」
「知っている」
部下が黙ってしまった。
もう普通の生活は望めない。
ソレも分かっているのだが――端末に書かれたこれまでの経緯を見ていると、理不尽としか言いようがなかった。
前世の俺を――俺以上の苦しみを見ているようで、少しだけ同情した。
捕らえられたほとんどの人たちが、故郷をゴアズによって滅ぼされている。
帰る場所もない人間たちがほとんどだ。
「今の俺は気分が良いからな。たまには善行も悪くない。そうは思わないか?」
部下たちは何と答えたらいいのか分からなそうにしていた。
◇
領地に戻ると歓待を受けた。
領民たちは歓喜し、屋敷で俺を迎えてくれたブライアンなど涙を流していた。
天城は普段通りという感じだ。
ブライアンは、こちらが引くくらい泣いている。
「リアム様――このブライアン、無事に戻られると信じていましたぞ!」
「お、おう、そうか」
天城がそっと耳打ちしてくる。
「心配されていたのは事実ですが、勝つとは考えていませんでしたよ」
「そうなの?」
――心配して泣いてくれるだけいい方だろう。
ブライアンは涙を拭いつつ報告してくるが、何を言っているのか分からないので天城から報告を聞くことにした。
すると――。
「首都星への呼び出し?」
「はい。ゴアズ海賊団を討伐した旦那様に、勲章を授与する話が出ています。ほぼ内定しており、正式な発表は近い内に、とのことです」
案内人が言っていたな。
俺の武功というか功績になる、と。
至れり尽くせりだな。
あの程度の海賊団を滅ぼすだけで、とんでもない額の財宝やら名誉が手に入る。
海賊狩りっておいしいわ。
「それから、ヘンフリー商会と第七兵器工場から連絡がありました。トーマス様は戦利品の買い取りについてのご相談ですね」
「兵器工場は何で連絡してくる?」
残念美人のニアスがいる工場が、どうして俺に連絡してくるのか分からなかった。
理由はすぐに天城が教えてくれる。
「海賊が持つ兵器の中には、他の国家で使用されている物も多いそうです。研究材料になるため、買い取りたいそうです」
「研究熱心とでも思えば良いのかな?」
「それから、希少金属を発見されたので、資材として確保しておきたいと思われます」
ゴアズ海賊団が所持していた貴金属はかなりの量だった。
――黄金は少なかったのであまり嬉しくないけどな。
「トーマスと話をするのが先かな」
「すぐに手配いたします」
優秀な部下がいると本当に楽でいいな。