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俺は星間国家の悪徳領主! 作者:三嶋 与夢
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悪徳商人

 越後屋、そちも悪よのぉ~。


 こんな台詞を知っている人は多いのではないだろうか?


 悪徳商人と言えば前世では越後屋のイメージだ。


 越後屋さんも迷惑な話だろう。


 それはともかくとして、だ。


 悪徳領主として振る舞う前に、俺の越後屋――じゃなかった。


 うちの御用商人を紹介しよう。


 髭を生やした小太りの、いかにも悪徳商人という外見の男は【トーマス・ヘンフリー】だ。


 ボロボロだった領地が整備され、開発が進み、発展すると商売がしたいとやって来た。


 ここでいう商人とは交易商だ。しかも、惑星間の、だ。


 宇宙に進出したこの世界で御用商人という存在は必要ないと思われた――が、ハッキリ言って必要だ。


 彼らは惑星間を飛び回る。帝国内だけではなく、他の星間国家にも行き来して商品の売り買いを行うのだ。


 とんでもなく遠い惑星から、珍しい資源やら商品を持って来て俺の領地で売ると思って欲しい。


 その逆もあるが、領内で商売をしている企業とは別枠だ。


 当家の御用商人。


 つまり、俺というかバンフィールド家が認めた、俺の領地で特別な商人だ。


 応接間でローテーブルを挟み向かい合って座っていると、俺はトーマスに要求する。


「山吹色のお菓子は持ってきたんだろうな?」


 汗を拭うトーマスが、俺に金の延べ棒が入った箱を差し出してくるのだった。


「もちろんでございます。お納めください、伯爵様」


 受け取った俺は、そのズッシリとした重みに笑みがこぼれる。


「越後屋、そちも悪よのぉ!」


「いえ、伯爵様、当家はヘンフリー商会と何度も申し上げております」


 いつもの挨拶は終わるとして、俺に相応しい悪徳商人だ。


 俺を儲けさせてくれる悪い商人がトーマスだ。


 賄賂を受け取った俺は、ホクホク顔で話を聞く。


「それで今回はどうした?」


「実は取引で危険な宙域を通らなければならず、伯爵様の持っている艦隊を貸して欲しいのです。護衛として百隻を希望いたします」


 護衛として軍事力を貸して欲しいそうだ。


 きっと建前で、俺の軍事力を利用してどんな悪巧みを考えているのか――。


 だが、俺が儲かるなら貸し出してもいいと思っている。


「そんなに危ないところに行くのか?」


「目的地は危なくないのですが、その中継地点に海賊共の拠点が多いのです。一日に二度も三度も襲撃されたという商人も少なくありません」


 宇宙海賊って面倒なんだよね。


 あいつらもピンキリだ。


 本当に数世代前の兵器を持ち出して粋がっている奴らもいれば、軍隊から逃亡した訓練を受けて軍の兵器を持つ奴らもいる。


 そういう奴らは、傭兵稼業もやっていて戦闘経験が豊富である。


 非常に厄介だ。


 俺の後ろに控えている天城に視線を向けると、言いたいことを察したようだ。


「三ヶ月程度で終わるのなら、すぐにでも百隻ご用意できます。それ以上の期間ですと、準備が必要になりますね」


 俺は頷いてトーマスに笑みを向けた。


「貸してやろう。だが、分かっているよな――トーマス?」


 トーマスは安堵するが、俺の意味ありげな笑みに少し困惑していた。


「わ、分かっておりますがその――いえ、次回も山吹色のお菓子をご用意いたします」


「それも重要だが、大事なのは別だ。――儲かるんだろうな?」


 俺が儲からなければ、兵力を貸し出す意味がない。


「も、もちろんでございます!」


「いいだろう! 天城、すぐに手配しろ」


「承知いたしました」


 精々、御用商人として俺を儲けさせてくれよ、越後屋――いや、ヘンフリー商会。



 トーマスが使用している大型の輸送船は、宇宙港に停泊していた。


 地上から宇宙へと上がったトーマスは、無重力空間の通路を進み自分の船に乗り込むところだ。


 手荷物を持ち、周囲には部下や護衛の姿がある。


 通路から見える形の惑星を見ながら、部下が口を開くのだった。


「バンフィールド家の領地は随分と発展しましたね。あの若様――いえ、伯爵様はあの年齢でよくここまで立て直せましたよ」


 トーマスも商売をする中で、何度もバンフィールド家の領地に立ち寄っていた。


 お世辞にも素晴らしい領地などとは言えなかったが、ここ数十年で急成長している惑星であるのは間違いない。


「今まで見てきた貴族とは少し違うな。異質な存在だが――あの方は名君だよ」


 山吹色のお菓子を要求するリアムを名君扱いするトーマスだった。


 周囲もソレを否定しない。


 ただ、部下は首をかしげている。


「でも、どうして黄金を要求するんでしょうね? 伯爵の領地では、特別不足している資源ではありませんよね?」


 トーマスも困っていた。


「そうなんだよね。なんで黄金なんだろうね。いや、いいんだよ。でも、こちらとしてはちょっと申し訳ないというか――少し前に、ミスリルとか魔力を持つ宝石とか、色々と献上したのに不満そうだったからさ。黄金が一番らしい」


「分からない人ですね」


 リアムが黄金を要求する理由は、黄金が高価だと思い込んでいるからだ。


 黄金がどうして変わらぬ価値を持つのか? それは、地球では量が決まっていたからだ。


 この世界でも高価であるのだが、この世界――惑星によっては黄金だって大量に発見されているし、黄金よりも貴重で高価な金属が存在していた。


 ミスリルなどその典型だ。


 聖なる力を宿した銀――贈り物には喜ばれるし、黄金よりも総量が少ないとされ価値のある金属とされている。


「慎ましい方なんだろう」


 バンフィールド家の御用商人として得られる利益に対して、普段差し出している賄賂など本当に僅かな金額でしかなかった。


 雀の涙――誤差の範囲内だった。


 通路を抜けると、自分の船へと到着した。


「それにしても、便利になったものだな」


 トーマスは振り返って宇宙港を見る。


 新たに建造された宇宙港は、設備やら施設が充実しており商人にはありがたい。


「得られた税のほとんどを投資していると聞いてはいたが、当たり前のことを当たり前のようにする。それがあの年齢で出来るとは、やはりただ者ではないのだろうね。これで、バンフィールド家に莫大な借金がなければ、どれだけの領地になっていたことか」


 トーマスは残念そうに言葉を漏らすと、部下に視線を向けるのだった。


「今回の取引は、いつも以上に危険だがバンフィールド家にはとても重要な取引になる。普段稼がせてもらっているんだ。我々も御用商人として伯爵様に貢献しようじゃないか」


 実は今回の取引は、バンフィールド家にとって重要な取引だった。


 トーマスたちにとってはあまり無理する必要もないが、リアムに貢献するためにどうしても必要な商売だった。


 ――トーマスは悪徳商人ではなかった。



 未来の予想図というのは、大抵外れるものである。


 前世の頃、俺の子供時代には未来では普通に車が空を飛んでいる未来予想図があった。


 だが、大人になったら、空を飛ぶ車はあっても一般的ではなかった。


 星間国家が存在しているというのに、高層ビル――高級ホテルから見える景色は前世で見た景色と大差がない。


 いや、前世の大都会の方が発展しているようにすら見える。


 高層ビルは存在するも、密集などしていない。


 自然豊かと言えば聞こえはいいが、手付かずの土地が多い。


「俺の領地ってまだ発展しないな」


 愚痴をこぼしていると、近くにいた天城が俺に訂正してくる。


「旦那様が爵位と領地を引き継いだ時と比べると、数字上では大きな成長を遂げていますよ。実際に見違えるほど発展しているかと」


「数字上は、だろ? それに、俺が理想とする光景とは違うんだよ。ファッションも何か違うし、女を屋敷に連れ込もうとか思わないわけよ」


 たまに領内を歩いてナンパでもしようと思うのだが、ファッションがね――駄目なんだ。


 最近になって女性もお金を使うようにはなったよ。


 着飾って買い物を楽しむ女性たち。


 でも、違うんだ。


 ほら、現代で言えば昭和のファッションを見て興奮できるかってことだよ。


 俺は清楚な感じが好きなのに、みんなギャルとかゴスロリみたいな格好をしているとか――とにかく、好みじゃないから手を出す気がしない!


「もっと発展させないと駄目だな」


「ファッションなどを学ばせるのも良いかも知れませんね。旦那様好みの、という前提がついてしまいますが」


 そもそもこの世界は、惑星ごとに文化が違ったりする。


 帝国という大きなくくりの中、共通点もあるが違いもある。


 中には俺の理想とする惑星もあるだろうが、首をかしげたくなるファッションも沢山あるんだよ。


「よし、ファッションデザイナーとか、とにかくそういう奴を連れてくるか。エステとか、そっち系にも投資してさ! そうしないと食指が動かないぞ」


 俺の領地の海水浴場――流行っている水着は全身タイツのようなタイプだった。


 ふざけるな、いい加減にしろ! そんなの絶対に認めないぞ。


「モデルも連れてこよう。綺麗な人を見れば、絶対影響されるだろ。有名人とかバンバン呼ぼう!」


 色々と新しいことに手を出そうと話をしていると、天城が難しい顔をしていた。


 メイドロボットも表情豊かだな。


「そうなりますと、やはり借金が問題ですね。発展したことで税収は増えましたが、同時に返済額も増やしていますので」


 バンフィールド家が抱える莫大な借金。


 これがあるために、どうにもやりたいことがやれない状況らしい。


 窓の外を眺めていると、宇宙戦艦が空を飛んでいた。


 未来的な光景はこれくらいだろうか?


 確かに五歳の頃と違って発展しているが、俺から見ると寂しい光景だった。



 異世界のドアが開いた。


 この世界に戻ってきた案内人は、現状を確認すると――虫唾が走った。


「――こいつ何もしてないじゃないか」


 酒池肉林を目指すのかと思えば、酒にも女にも手を出していなかった。


 酒は肉体的な年齢を考慮している。


 女は女性不信と、領民に手を出す前に趣味が違うという理由で、だ。


 気が付けば、普通に領主として真面目に仕事をしているだけだった。


「ガッカリですね。期待していたのに、裏切られた気分ですよ。悪徳領主を目指しているのに、どうして名君扱いを受けているのか」


 あと、前世の感覚が残っているために、小さな贅沢でも豪遊している気分になっているのがいただけない。


 本人、割と満足しているために心に余裕があった。


 その心の余裕が、案内人への感謝の気持ちになっている。


 更に忌々しいことに、領民からリアムが感謝されている。


 それも案内人には気持ち悪かった。


 胃もたれ、頭痛、吐き気、目眩――我慢できる程度だが、忌々しいことに変わりはない。


 別に感謝していても良かった。


 いずれ、谷底へと叩き落とす勢いで落ちぶれさせ、地獄を見せてやるつもりだから。


 しかし、これではどう考えても案内人が考えている未来にならない。


 放置すると、本当に名君としてリアムの人生が終わってしまいそうだった。


「期待外れでしたね。幸せを感じていても、実は水面下で――という状況なら楽しめたのに」


 悪徳領主であるリアムに対して、領民が不満を募らせる。


 軍人たちが反乱を企てる。


 集めた美女たちが、リアムに殺意を抱く――そんな光景が見たかった。


 なのに、慎ましく生きているために領民からは名君と思われている。


 軍人たちも「あの領主様のためだったら」とか思っている。


 そもそも、美女が周りにいないので人間関係をこじらせて、前世の苦痛を思い出させるのも不可能だ。


 こいつ、本当に悪徳領主を目指しているのか?


 案内人は期待外れのリアムを切り捨てることにした。


「せめて最期は、築き上げた領地ごと焼き払ってあげましょう。そうですね――手頃な宇宙海賊たちがいますね」


 苛立っている案内人の体から黒い煙が吹き出し、周囲に溶けて消えて行く。


 そして忌々しそうに言うのだ。


「最後くらいは、私を楽しませて欲しいものですね。それまで、ここでゆっくりと見物させて貰いましょうか」



 バンフィールド家から遠く離れた惑星。


 その惑星に打ち込まれるミサイルが、次々に大爆発を起こしていた。


 焼き払われた地上。


 美しい惑星が見るも無惨な状況になるのを、笑ってみている海賊がいた。


 三万隻を超える海賊船――海賊団を率いる男の名前は【ゴアズ】だ。


 スキンヘッドの頭には傷があり、黒い髭を生やした粗暴そうな男だ。


 筋肉が膨れ上がった巨漢。


 ゴアズは口を大きく開けて笑っていた。


 左手には酒瓶を持ち、多くの命が消える瞬間を見ながら酒を飲んでいた。


「この瞬間はいつもたまんねーな、おい!」


 笑っているゴアズを恐れる部下の海賊たち。


 一人が意見する。


「団長、ここまでする必要はなかったのでは?」


 すると、ゴアズは大きな手を部下の頭の上に置いた。


 周囲の海賊たちは目を背ける者もいるが、中には「あいつ馬鹿だな」と呆れている者もいる。


「誰が俺様に意見しろと言った? 俺の楽しみを邪魔すんじゃない」


「だ、団長、まっ――!」


 そのまま握力だけで部下の頭部を握りつぶす。


 側に控えていた部下が、ゴアズの手を綺麗に洗浄する。


 部下たちが遺体を運びはじめ、掃除に取りかかるとゴアズは海賊船のモニターで自分が滅ぼした惑星を見ていた。


 綺麗になった右手を置くのは、大事にしている黄金の箱だった。


 模様やら紋章が入っているその箱を、いつも肌身離さず持っている。


 普段は特別なホルスターに入れて持ち歩いているほどだ。


 右手で何度も撫でていた。


「今回も楽な仕事だったな」


 一つの惑星と、そこに生きる多くの命を奪ってこの言葉だ。


 この男がいかに極悪非道か分かるというものだ。


 ゴアズは個人でも懸賞金がかけられており、その額はとんでもない金額だった。


 ゴアズと、ゴアズ海賊団を倒せば、一生遊んでも使い切れない金額が手に入る。


 それだけ危険とされる男だった。


 副官である男がゴアズに声をかける。


「今回も大量でしたね。それはそうと、あのお気に入りの女はどうされますか? 代わりを手に入れられましたし、捨てますか?」


 ゴアズはニヤリと笑みを浮かべる。


 黄ばんだ歯がとても汚かった。


「そうだな。随分と遊んだから、そろそろ新しい玩具で楽しむとするか。あいつは長く楽しめたな」


 副官も下卑た笑みを浮かべていた。


「団長の玩具になって、よく自我を保てたものですよ。それより、次はどうします? どこかで休暇でも?」


 ゴアズもそれで良いかと思った直後、何やら黒煙が見えた。


 目をこすると見えなくなったので気のせいと思いながらも、急に閃いてしまう。


「いや――待て」


「団長?」


「そう言えば、最近粋がっているガキがいるらしいな。バンフィールドとか言ったか? 名君らしいじゃないか。田舎で頑張っている、ってな」


 副官もその噂を思い出した。


「最近よく耳にしますね。では、次の獲物はバンフィールドですか?」


 ゴアズにとって貴族など恐れることはなかった。


 何しろ、ゴアズにはとんでもないお宝があるのだから。


「人が大事に築き上げたものっていうのは、壊し甲斐があるだろう? それに、簡単に終わってつまらなかったところだ」


 副官が頷く。


「では、次の獲物は――バンフィールドということで」


 ゴアズが舌なめずりをした。


「粋がったガキを徹底的に痛めつけてやる」


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