ハニートラップ
案内人は考えた。
リアムの感謝の気持ちで気分が悪い中、どうすればリアムが自分を恨み、憎み、嫌悪するのかを真剣に考えたのだ。
――理由は、想像以上にリアムの感謝が気持ち悪いから。
もはや、体をむしばむような勢いだ。
「ふむ、やはり不幸になって貰うのが一番ですね。ですが、周りにいるのは年老いた執事と人形だけ。これでは、精神的なダメージを与えられない。人間の女がいれば、前世のトラウマを刺激できたというのに」
部下に問題を起こさせようとも考えたが、手頃な悪さをしそうな官僚がほとんど処刑されておりそれも難しかった。
あまり手を出しすぎては面白みに欠けてしまう。
案内人としては、きっかけだけを与えたい。その後は、本人の浅はかさやら無能さで駄目になっていくところが見たいのだ。
一から十まで手を出すというのは、好みではなかった。
悩ましいところだ。
「もっと美女を侍らせ、やりたい放題していると思ったのに意外と真面目ですね」
悪徳領主を目指していたはずなのに、やっているのは普通の統治だった。
こいつ目的を忘れたんじゃないのか?
そんな事を思いつつリアムを監視していた。
リアムが執務室で一人になったとことで、背伸びをはじめてニヤニヤし始める。
「おや?」
考えていることを読むと、どうやらリアムなりに悪徳領主というものにこだわりがあるらしい。
リアムの心の声が聞こえてくる。
(領内も発展してきて、領民たちにも余裕が出てきたな。やっぱり、搾り取るにはその前にしっかり豊かにしないと駄目だよね。搾りかすなんかに興味ないし)
案内人は嬉しそうに頷いていた。
「なるほど。私と同じように上げてから落とすのですね。その考え、嫌いじゃありませんよ。そうなると、これからに期待が出来ますね」
リアムはニヤニヤしながら色々と考えていた。
(まずは美女をかき集めてみるか? 領内の人口からすれば、絶世の美女の一人や二人くらいいるだろうし)
無理矢理連れてきて、などと考えているリアムに案内人は興奮する。
「いいですね。実に素晴らしい。俗物で矮小で、器の小ささが透けて見えますね。無理矢理でも、金で買うにしても、結局最後は心まで手に入らなかった、なんてパターンが最高でしょうか? いや――いっそ、愛を確かめ合ったところで男を用意して寝取らせましょう。きっとリアムさんは大喜びしてくれますよ」
楽しそうにする案内人だったが、執務室に天城が入ってきた。
リアムの思考は天城の報告に切り替わる。
舌打ちし、話を聞く案内人。
『――軍から人材の受け入れ?』
『はい。予備役、退役間近の軍人を受け入れて欲しいとのことです。軍からの払い下げを購入したいと連絡したら、人員もどうか、と』
案内人は顎に手を当てて頷いていた。
「ふむ、軍からすれば面倒な人材を減らしたいということなのでしょうか?」
どうやら、帝国は辺境に左遷させたい軍人たちがいるようだ。
軍は予備役やら色々と面倒な連中を領主に押しつけたいのだろう。
リアムが嫌そうな顔をしていた。
『どうせ、役に立たない連中が送られてくるんだろ?』
『ですが、帝国の正規軍です。彼らの多くは士官学校を卒業した者たちで、しっかりと教育と訓練を受けています。実戦経験もありますし、当家の私設艦隊を強化する意味合いでも必要な人材たちかと』
言われて、リアムが渋々受け入れを許可する。
それを聞いて、案内人は口を歪めて笑いはじめた。
「将来への布石としましょう。悪徳領主を許さぬ、真面目な軍人たちを集めて将来反乱の芽にするのも一興。実に楽しくなりそうですね」
反乱しなくても、リアムを苦しめてくれればソレでいい。
これから悪徳領主として暴虐の限りを尽くそうとしているリアムだ。
きっと真面目な軍人たちは反発する。
領民たちが立ち上がる際には、一緒になってリアムを吊し上げてくれるかも知れない。
「それでは早速、そのような真面目な軍人たちが集まるようにしましょうか」
指を鳴らすと、案内人の体から黒い煙が発生して周囲に溶けて消えて行く。
そのまま帽子を押さえた案内人は、異世界を渡るドアを開けた。
「それにしても、感謝など反吐が出ますね。ここにいるのも気分が悪い。私はしばらく余所にいくとしましょう。リアムさん、次に来るときまでには、少しは私を楽しませてくださいね」
リアムからの感謝の気持ちが忌まわしいため、しばらく時間を空けることにした。
そのまま案内人はこの世界から去って行く。
◇
それは四十代も半ばに差し掛かった頃だ。
前世ならもう老後を考えていてもおかしくない時期か? 早いか?
だが、この世界ではようやく成人するね、って時期だよ。
俺の方は普通だ。
普通に生活し、普通に仕事をし、普通に勉強とか体を鍛えている。
理由?
悪を成すための準備期間のようなものだ。
というか、生活に困らないのでこのままでも十分な気がしてきた。
執務室で仕事を終えると、天城が俺に報告をしてくる。
「――旦那様、第七兵器工場の【ニアス・カーリン】技術中尉が面会を求めております。アヴィドの状態を確認したいそうです」
「ニアスが?」
いい胸を持つインテリの技術中尉さんか。
「わざわざあの人が様子を見に来たのか?」
「アヴィドの確認は口実でしょう。本命は、第七兵器工場の兵器購入と思われます」
帝国は大雑把なところがある。
統治している規模が大きすぎて、些細なこと――そう判断する範囲が広すぎるのだ。
帝国が管理している兵器工場から、領主貴族が兵器を購入できるのもソレだ。
普通は買わせないとか、条件を付けるとか色々とするはずだ。
だが、その条件も緩い。
むしろ、兵器工場から販売のために人を寄越してくる。
「こっちの財政状況なら買えると判断したか? でも、新造戦艦とか高いんだよね」
中古車を買うか、新車を買うか――そんな感覚に近い。
現在、バンフィールド伯爵家が使用している艦艇の多くは、一世代前、もしくは現在の主力機となっている。主力機も、価格を抑えるために最低スペックみたいなやつだ。
それでも十分に使えているし、俺としては文句もなかった。
「俺に売るより、帝国軍に売ればいいだろうに」
「第七兵器工場は、技術力は高いがデザイン性に問題があるそうです。価格も性能に合わせて高く設定されていますね。帝国内では微妙な評判です。逆に、第三兵器工場はバランスの良い性能と、デザイン性も高く人気となっております」
そうなの? 俺にはあまり関係ないからどうでもいいけど。
面会すると返事をして、俺は応接間へと向かうことにした。
◇
応接間に到着するとニアスが既に待っていた。
今日は作業着ではなくスカート姿の軍服だった。
――スカートの丈が短い気がする。
俺の視線の先に気が付いたのか、天城がボソリと「あの制服は、帝国軍では規定違反ですね」と呟いていた。
ソファーに座るとその意味が分かった。
随分と気合の入った下着を穿いていたのだ。
挨拶を済ませると、ニアスが俺に世間話を振ってくる。
「随分と大きくなられましたね。見違えましたよ、伯爵」
「それはどうも。それより、本題は?」
褒めているのだろうが、そんなに大きくなった気がしない。
彼女なりのリップサービスか?
「はい。アヴィドの状態を確認しようと思いやってきました。あの子がどうなったか知りたい技術者も多いので――」
俺は太股の隙間――スカートの中をチラチラ見ながら、
「そっちじゃないだろ。売りたい物があるんじゃないのか?」
以前より領地が発展しており税収も増えている。
ソレを知って、色んな連中がやってくるようになった。
ニアスも同類だ。
真剣な顔付きになるニアスが、タブレット端末のような物を操作すると俺の周囲に立体映像が浮かび上がった。
「第七兵器工場が建造する戦艦、または兵器の購入をお願いしにまいりました」
周囲に浮かぶ戦艦の立体映像の数々は、縮小されているが迫力があった。
お値段がとんでもない金額になっている。
やっぱり新車――じゃなかった、新品は高いな。
「うちで使っている艦艇よりも値が張るな」
「艦艇にもグレードがありますからね。必要最低限の性能だけを備えた物とは違い、やはりお値段も高くなりますよ」
新品一隻で、グレードが落ちた中古品が三隻から五隻は買えそうだ。
別に買う必要は感じられなかった。
天城が映像を確認しながら、
「帝国の兵器工場から商品を購入する際には、税金もかかったはずです。税込み価格ではありませんね」
俺がニアスを見れば、視線をそらして困ったように笑っていた。
「で、ですが、それだけの性能を保証します! 最新式は改良も進み、様々な面で優秀になっていますよ。たとえばこの巡洋艦! これまでよりも機動騎士を運用できる数が増えているんです。それに戦艦としての性能も――」
要するに、従来型の最新バージョンを作ったから売りに来たようだ。
確かに性能は素晴らしい――が。
「帝国軍に買って貰えば?」
「――トライアルに負けて採用されませんでした」
星間国家って大雑把だから、艦隊ごとにどこの工場からどんな艦艇を買うか決めているらしい。
トライアルなどしょっちゅうしている。
だが、トライアルの全てに負け、第七兵器工場の戦艦は採用されなかった。
天城が冷静に、
「それは、性能以外に問題があるのでは?」
ニアスが泣きそうになっている。
「生産性も整備性もうちが優秀だったんです! それなのに、従来よりも小さくなっているとか、デザインが気に入らないとか――内装が安っぽいと言われて」
貴族は確かに外見と内装を重視する。
軍の上層部には平民もいるが、貴族の方が圧倒的に多い。
採用する際に、デザイン重視――というか、そこまで大きく性能が違わなければ、気に入った方を選択する。
俺も同じ立場なら、安くてデザインの良い方を選ぶな。
だって、性能にそこまでの差がない。
時々、デザインのみを重視する貴族や性能のみを追い求める連中もいなくはない。いなくはない、が――。
もう少し性能が高ければ、性能を重視して選んだかも知れない。
「ど、どうでしょうか、伯爵? 二百隻。いえ、百隻でもいいんです! ローンでも構いませんから、購入を検討していただけないでしょうか!」
第七兵器工場も、ここまでトライアルに負け続けると思っていなかったのか必死らしい。
「天城、他の工場の戦艦を見られるか?」
「ご用意いたします」
天城の周囲に、他の兵器工場の戦艦などが縮小された立体映像で表示される。
他の工場で建造された艦艇などを見ると、第七兵器工場の艦艇はなんというか兵器! という感じの無骨さがあった。
ただ、その無骨さもね――駄目な感じの無骨さっていうの? 俺は好きになれないよ。
基本構造を同じにしている他の兵器工場の艦艇は、デザインが洗練されている。
思ったね。
これは負けるわ。
確かに性能は良いのだが、もう少し何とかしろよって思うね。
比べて見ると、特に第三兵器工場の戦艦とか凄くかっこいいです。
「天城、これよくない? 俺の乗艦にしようぜ」
「旦那様、旗艦クラスの戦艦を購入するには、帝国の許可が必要です。バンフィールド家では許可が下りないかと」
二千メートルを超える旗艦クラスの戦艦は買えないらしい。
一千メートルより小さい戦艦から選ぶしかない。
「そっか」
買えない理由――うちは帝国に払うべき税金は最近まで滞納していた。
俺の代でようやく支払いはじめたのだが、帝国からの対応は冷たいね。
許可を貰おうとしても、その前に滞納分の税金を払えと言われそうだ。
「なら、こいつで我慢するか。今あるのよりかっこいいし」
少し小さいが、八百メートル級を指さして購入を決めた。
「では連絡を取りますね」
ニアスの前でそんな話をしていると、俺たちの会話を遮るように声を張り上げてくる。
「待ってください! 本当に困っているんです!」
俺は溜息を吐く。
「だってデザインが」
「性能の方が大事じゃないですか!」
「能力がそこまで変わらないなら、デザインで選ぶしかないだろ。内装も安っぽいというか、ここまで配慮しないと悪意を感じるぞ」
もう、無駄を省き過ぎて――酷い。
「整備性が段違いですから!」
食い下がるニアスが、いそいそと上着を脱いだ。
白いシャツの下に透けて見える下着は、随分頑張っている気がする。
勝負下着という奴だろうか?
わざとらしくニアスが両手で胸を寄せている。
――前世、妻のタンスの引き出しに見慣れない派手な下着が増えてきたことを思い出した。
俺が肩を落とすと、ニアスが涙目になっている。
「なんでガッカリしているんですか! あんなに私の胸を見ていたのに!」
「うん、そうだね。でも、今は気分じゃないから」
夜の生活を断られているのに、増えていく派手というか面積の小さな下着の数々。
――浮気を疑いだしたきっかけだった。
シャツの胸元を開き、ニアスがなれないポーズをしながら甘えてくる。
本人も恥ずかしいのか耳まで真っ赤になっていた。
「は、伯爵様、ニアスは戦艦を買って欲しいのぉ~」
ぎこちない笑みに、ポーズもなれないのか何か違うように見えた。
普段はこんなことを絶対にしない仕事の出来るクール系美女が、おねだりをしてくるというシチュエーションには心に来るものがある。
――見ていて可哀想になってくる。
「分かった。買ってやるから。二百隻だったか?」
「出来れば三百隻でお願いします!」
さっきより数が増えているじゃないか!
こいつ、
色仕掛けは下手くそなのにね。
「天城買えそうか?」
確認すると、天城はすぐに計算したのだろう。
「購入予定の艦艇の数を減らせば可能です。長期的に見れば、無駄にはなりませんから購入しても問題ないかと」
ニアスに視線を戻すと、手を組んでとても嬉しそうにしていた。
「分かった。買ってやるから、とにかくデザインを何とかしろ。外観は張りぼてでも良いからカバーを付けるとか、色々とあるだろうが。金はかかっても良いから、内装もどうにかしろ。安っぽすぎるんだよ」
仕事の話になると、ニアスが胸元を押さえて眼鏡を指先で少し押し上げて位置を正していた。
「デザインに意味なんてありませんよ」
「最低限の見た目は気にしろよ。だからトライアルで負けるんだよ」
トライアルで負け続けたことを思い出したのだろう。肩を落とすニアスが、乗り上げたテーブルの上で膝を抱えていた。
下着が見えているのだが、いいのだろうか? というか、テーブルの上に座るなよ。
天城が俺を見る。
「仕事以外は残念な方のようですね」
美人なのにね。残念美人という奴だ。
最終的に細かい部分は天城に任せ、商談を終えた俺は疲れた顔で応接間を出て行くのだった。
◇
ブライアンは屋敷の廊下を歩いていた。
すると、何やら通信をしているのか会話が聞こえてくる。
(あれはお客人のニアス様では?)
失礼と思ったが、コソコソと隠れるように通信をしているニアスに警戒する。
聞き耳を立てると、
「どうよ。三百隻も売れたわ」
相手はどうやら、第七兵器工場の後輩らしい。
『でも、デザインの変更指示付きですよね? 上は怒りますよ』
「仕方ないじゃない。そうしないと買ってくれないのよ!」
呆れている後輩の声。
『それより、堅物の先輩が色仕掛けで商談をまとめたのが信じられないですね。手を出されたんですか?』
「そ、そこまではしていないわ。で、でも、伯爵は私に夢中よ。きょ、今日も舐め回すような視線で見られたわ」
『本当ですか?』
「――た、たぶん。きっと。見ていたかな、って」
『むしろ、玉の輿を狙えば良かったのに』
「そ、そこまではしないわよ。そうしなくても、私の魅力で商談をまとめたんだからもっと敬いなさい!」
『でも、三百隻ですよね? その倍は売って貰わないと』
「私だって頑張ったのよ!」
微妙な雰囲気を出しているが、ブライアンは思うのだった。
(リアム様が下手なハニートラップに引っかかった!)
色仕掛けで戦艦を購入してしまったリアムに不安を覚えるブライアンだった。