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俺は星間国家の悪徳領主! 作者:三嶋 与夢
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アヴィド

 三十も半ばに差し掛かった頃だ。


 曾爺さんが使っていた機動騎士を修理に出したのだが、無事に戻ってきた。


 両肩に大きなシールドを補助アームが持っているのが特徴で、それ以外は騎士のような鎧を着用した人型兵器だった。


 人型兵器など無駄の極みと思っていたが、この世界の人間からすれば人型の方が動かしやすいそうだ。


 ファンタジー世界って凄いな。


 そんなアヴィドは屋敷の庭に立っているのだが、見上げると迫力があった。


「凄いじゃないか」


 満足している俺の横に立つのは、アルグランド帝国の第七兵器工場に勤める技術士官だった。


 軍人でもあるため、作業着に階級章がついている。


 技術中尉は、黒髪が肩に届く程度のおかっぱで眼鏡をかけていた。


 インテリ風の女性で、仕事が出来る感じの美女である。


 名前は聞いていない。


「気に入っていただけたのなら嬉しい限りです。それにしても、この機体を整備することになるとは思いませんでした」


「この機体を知っているのか?」


「うちが製造した機体ですからね。資料庫にはこれと同じ機体が存在していますよ。熟練の技術者たちが、懐かしむように整備していましたよ」


 今では使われていない大型機。


 だが、大は小を兼ねるというから問題ないな。


 技術中尉が心配している。


「ですが、よろしかったのですか? アシストを外していますから、操縦に関してはかなり難しくなっていますよ」


 自動車で言えばオートマとマニュアルの違いだろうか?


 一緒にいた師匠が腕を組みながら笑っていた。


「この程度、リアム殿なら簡単に乗りこなせるでしょう。心配には及びません。それより、お名前を聞いてもよろしいか? 少し機体について説明を受けたいので、拙者の部屋で話でも――」


「マニュアルを用意しているので問題ありませんよ。それに、操縦するのは伯爵様ですからね。説明するなら、伯爵様に直接する方がいいでしょう」


 技術中尉は師匠の好みだったらしい。


 だが、笑顔で師匠の誘いを断っている。


 肩を落とす師匠を見た。


 これは悪徳領主として、師匠の相手をさせるべきだろうか?


 いや、しかし――相手は帝国の軍人でもある。


 手を出すには少しためらわれる相手だ。


「さぁ、コックピットに入りましょうか、伯爵様」


「あ、あぁ」


 技術中尉に案内され、コックピットへと向かう。



 コックピット内は狭いとも言えなかった。


「結構広いな。いや、広すぎないか?」


「空間魔法を使用したコックピットになります。ゆったりとくつろげるために、シートも最高級品をご用意いたしました。アシスト機能はありませんが、それ以外は最上位モデルとなっていますよ」


 座ってみるとシートはふかふかしていた。


 体を包み込むように支えるような感覚――と、思っていたら包み込んでいた。


 操縦桿も自動で俺の手の位置へとやってくる。


「色も黒で格好いいし、気に入ったぞ」


「男性は黒が好きですよね。黒い機体は多いですよ」


 貴族の多くが機動騎士を持っている。


 理由は騎士としての象徴だからだ。


 単純に人型兵器が貴族に大人気というのもある。


 見栄えが良いからな。わざわざ屋敷に飾っている貴族もいるくらいだ。


 着飾った機動騎士を使っている貴族は多いそうだ。


「ただ、機体にこれだけのお金をかけて整備する方は少ないですよ」


「そうか? みんなゴテゴテ飾り付けているって聞くぞ」


 教えてくれたのは師匠だ。


 だから、どれだけ金をかけても良いと言っていた。


「中身は量産機を改良しただけ、という機体が多いですからね。予算が潤沢だったので、うちの技術者たちが悪乗りしてしまいましたよ。さぁ、エンジンを始動してみてください」


 スイッチ一つでエンジンがかかると、俺の体をスキャンしはじめた。


 パイロットを認識し、俺以外には操縦できないように設定される。


「これで操縦者を伯爵に固定しました。この子は伯爵にしか動かせません。専用機ですね」


「専用機って響きは嬉しいな」


 操縦桿を握って動かすと、周囲に見えていた景色が一変した。


 軽くコックピット内が揺れる。


「あ、あれ?」


 気が付けば、アヴィドは倒れていた。


 技術中尉が「やっぱり」という顔をしていた。


「この子はオートバランサーなどのアシスト機能を全てカットしています。操縦方法も難しいですが、その分だけ使いこなせば自分の体のように動かせますよ」


 操縦難易度がとにかく高い。


 俺は師匠が言っていたことを察した。


「なるほど、これを使いこなせれば一流への道も開けるか」


「いえ、この子を扱えればパイロットとしては一流です」


 技術中尉が俺の操縦桿を握った手の上に、自分の手を置いた。


 女性の優しい匂いや暖かさを感じる。


 ――少しは、女性不信も治りつつある。


 だが、まだどこかで不安だった。


「この子は直接操縦とイメージが重要です。魔力による操作も、常に気をつけてください。さぁ、ゆっくりと操縦桿を動かしましょう」


 ゆっくりとアヴィドが立ち上がる。


 立たせるだけで非常に神経を使う。


 少しでもミスをするとすぐに転ぶような機体だった。


 技術中尉がアヴィドの説明をしてくるので、聞きながら意識を集中する。


「この子は頑丈ですが、加えてパワーもあります。並大抵の機体では勝負にもなりませんが、それ以上に扱いが難しいと覚えていてください」


 俺に体を寄せてくる技術中尉。


「それからここは――」


 体も鍛えているのか引き締まっており、つくべきところにちゃんと肉もある。


 胸や尻は膨らみ、お腹が引き締まっていてスタイルが良かった。


 操縦しながら意識は胸に向かっていた。


 その時、俺の意識やら魔力を感知したアヴィドは――勝手に両手を動かしはじめる。いや、俺の意識を感知して動いてしまった。


 技術中尉がその動きに気が付き、俺からそっと距離を取ると胸元を両手で隠した。


「ち、違うぞ!」


「一度休憩しましょう。あら? 通信が切れていますね。設定のミスでしょうか?」



 アヴィドから離れて様子を見ていたブライアンは、尊敬するリアムの曾祖父【アリスター】の機動騎士が蘇って感動していた。


 姿形は変わっても、面影が残っている。


 だが、その尊敬するアリスターの機体であるアヴィドが、とても卑猥な手の動きをしているのが気になった。


「――リアム様、いったい何をなさっているのですか」


 分かっている。


 分かっていた。


 派遣された技術中尉が美人であり、コックピット内で二人きり。


 普段、天城に手を出しまくっているリアムなら、もしかして手を出すのではないか? そんな不安を抱いていた。


 だが、生身の女性に手を出してこなかったリアムだ。


 もしかしたら、人形にしか興奮しないのではないかと不安に思っていた。


 生身の女性にも興味が出たと思えば嬉しくもあるし、跡継ぎの問題も解消できそうなので安堵できる。


 だが、機動騎士が胸を揉んでいるような仕草をしているのはいただけない。


 憧れていたアリスターの愛機が、情けない動きをしていると思うと泣けてくるブライアンだった。


 アヴィドの手の動きは、とても細かくパイロットの指の動きを再現している。


 まるで、そこに胸があるかのように揉んでいた。


 せめて電源を切ってからやれよ! そう思うブライアンだが、いつ倒れてもおかしくないアヴィドに近付けずに離れて様子をうかがうしか出来ない。


 おまけに通信も切れていた。


 先程から、安士が額に青筋を浮かべている。


「あのガキ、中尉さんの胸を揉んでいるな。柔らかいのか? そんなに柔らかいのか!?」


 指先が何かを摘まむような動きを見せると、安士は限界に来たのかリアムに何度も通信を送るのだった。


「リアム殿、すぐに降りなさい。コックピット内で羨ましい――けしからんことをしてはいけません。すぐに降りなさい。リアム殿? 聞いているのかね、リアム殿!」


 リアムの前では取り繕うが、いないと態度が悪くなる男だった。


 ブライアンもこの男を信用していない。


(何でこんな男に学んで、リアム様は結果を出すのだろうか?)


 結果を出しているために追い出すことも出来ないし、リアムに報告しても師匠である安士を尊敬しているために聞く耳を持たない。


 大きな被害もないし、リアムが結果を出しているのでブライアンも黙っている。


 個人的には、アリスターの愛機を蘇らせるように天城に言ってくれたので恩も感じていた。


 あのままでは、効率を優先する天城は絶対にアヴィドを修理しなかったはずだ。


 安士が叫んでいる。


「降りて来いよ、糞ガキ!」


 すると、天城が安士を睨む。


 安士はソレに気が付き謝罪するのだった。


「おっと、失礼。つい興奮してしまいました」


 冷や汗を流し、人形の天城に媚びへつらっている姿を見せている。


 ――本当にこいつが剣や武芸の達人なのだろうか?


 ブライアンは不思議で仕方なかった。



(野郎、絶対に許さねー)


 インテリ風美人の技術中尉に手を出した弟子に対して、安士は激怒していた。


 だが、本気で怒ってリアムが手を出してきたら怖いので、修行を厳しくすることで仕返しをもくろむ。


 器の小さな男――それが安士だ。


「リアム殿、震えてきていますよ」


「き、気をつけます」


 不安定な丸太の上に立たせ、目隠しをして、更にはとても重い材質で作らせた刀を持たせている。


 綱渡りやら、その他にも色々と大道芸を仕込むようなこともしている。


 全ては、自分の好みの女性に手を出したから。


「不安定な場所で刀を振れなくてどうします。さぁ、最初からやり直しです」


 汗が噴き出ているリアムは、随分と疲労している様子だった。


 しかし、ギリギリを見極め、限界までいじめ――鍛えようと思っていた。


「これが終われば操縦訓練です。休む暇などありませんよ」


「分かりました、師匠!」


 聞き分けは良いが、自分が狙った女に手を出したリアムだ。


 それが許せない。


(こうなればかなり難しいことを要求してやる。お前でも絶対に出来ないことを次々にさせて、プライドをへし折ってやる。自信を喪失しろ、小僧!)


 一ヶ月ほど滞在した技術中尉は、整備指導やら機体の説明を終えると戻った。


 いずれまた来るらしいが、今度こそ名前と連絡先を手に入れようと思う安士だった。


「脚が震えていますね。鍛え方が足りませんね」


「き、鍛え直します」


「当然です。今日からは更に厳しくいきますよ」


 個人的な恨みで修行を厳しくする安士だった。



 異世界のドアをくぐり、やって来たのは案内人だった。


 そこは屋敷の屋根の上である。


 そこから遠くを見る案内人は、楽しそうにしていた。


「さて、リアムさんはどうなっているでしょうか? おや? 領内が随分と発展していますね」


 思ったよりもうまくやっているらしい。


 それはそれで、今後叩き落とす際の楽しみにもなる。


 今はあまり気にしていなかった。


「領内は随分と活気に満ちていますね。さて、それよりもあの詐欺師はうまくやっているでしょうか?」


 詐欺師であることがリアムに見破られて斬られても、そのままうまく騙せていても問題ない。


 どちらに転んでも案内人は楽しめる。


 案内人が楽しそうにリアムを探していると、丁度屋敷の庭にいた。


 自分の周囲に丸太を並べているが、どれも刀の刃が届く距離にはない。


「おや、修行中でしたか? さて、どの程度の腕前になったのか楽しみですね」


 井の中の蛙ではないが、詐欺師に剣術を学びお遊び程度の腕前であると思っていた。


 騎士としては通用しないレベル。


 それに満足していてくれれば、案内人も実に楽しい。


 この世界、個人の強さに大きく開きがある。


 幼い頃から定期的に教育カプセルに入った人間と、一度や二度しか入ったことがなく教育を受けられなかった人間とでは大きな差がある。


 極端に言えば、才能があっても生まれが悪ければ大成しない世界だ。


 しっかり教育を受けた者――貴族や騎士は、強くて当たり前の世界。


 銃を持った兵士に剣で勝つくらいには、騎士とは特別な存在だった。


 リアムが刀の鍔を左手の親指で押し上げ、そして放すとパチンという音が聞こえる。


 案内人は驚いていた。


「――え?」


 直後、周囲に置かれた丸太は神速の剣で斬られてパタパタと地面に落ちていく。


 その切り口は実に綺麗だった。


「――え? え!?」


 案内人も驚いていた。


 放置していたこの三十年の間に、リアムはとても強くなっていたのだ。


 リアムを見ていた人形、そして執事が拍手をしている。


「お見事です、旦那様」


「このブライアン、感動しましたぞ」


 信じられない光景だった。


 いくら魔法があって、肉体的にも優れているからとあそこまで強くなれるのは一握り程度の人間だけだ。


 リアムは天城から受け取ったタオルで汗を拭いつつ、不満そうにしていた。


「これでは師匠の剣には届かない。もっと教えて欲しかったのに、師匠が急に免許皆伝を与えて出て行ってしまうし残念だよ」


 案内人は思った。


(あの男、一体何をした? どうしてこんなことになっている?)


 慌てて周囲に映像を用意して確認すると、どこかの惑星に逃げた安士が酒を飲んでいた。


 飲み屋のカウンターなのか、女性が側にいて接待をしている。


『――何なのあいつ? 意味分かんない』


『安士さん、またお弟子さんの話?』


 安士は愚痴をこぼしていた。


『俺なんて剣士として二流以下。三流、四流なんだよ。なのに、あいつと来たらこっちが思いつきで言ったことも実行してさ。気が付けば十年で俺を超えて、二十年目で一流一歩手前だよ』


 女性が可笑しいのか笑っていた。


『それで最後の十年で、一流の剣士にしたんだっけ? 安士さんの冗談、面白いわね』


 女性は信じていなかった。


 だが、安士は強く否定している。


『冗談じゃないんだよ! あのガキ、最後の方では領地に立派な道場を作るからそこで剣を教えないかと言ってきたんだ。俺は――怖くなって逃げたよ。あいつおかしいよ。剣を抜かずに敵を斬るとか頭おかしいよ』


 自分が見せた大道芸を、剣術として完全再現して見せた。


 そんなリアムが信じられないらしい。


 案内人は映像を消すと、額に手を当てて悩むのだった。


 ――頭痛がする。


 その原因はリアムだった。


 リアムの感謝の気持ちが伝わってくる。


 聞こえてくるリアムの声は――。


(それにしても俺は運が良いな。無名ながらに素晴らしい師に剣を学べたし、領内も荒れた状態からここまで発展してきた。最初は騙されたと思ったが――やっぱりあの案内人は本物だな。凄い奴だ)


 ――伝わってくる感謝。


 それが案内人にはとても不愉快だった。


 負の感情は大好物だが、こうした感謝やら好意に対しては吐き気がする。


 リアムの感謝の気持ちが強すぎて、案内人にとっては嬉しくない状況になっていた。


「ちょっと色々と考える必要がありますね」


 このままでは気分が悪い案内人は、リアムに負の感情を抱かせるために仕込みをすることにした。


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