リアム
二度目の人生を確かに得た。
新しい名前は【リアム・セラ・バンフィールド】――鏡を見ると、黒髪で紫色の瞳を持つ幼子の姿がある。
年齢は五歳。
部屋の中で遊んでいると、前世の記憶を思い出した。
周囲に散乱する玩具は数多く、色んな種類が揃っている。
「――広い部屋だな」
権力者、貴族の家に生まれるようにすると案内人は言っていた。
約束を守ったらしい。
俺の記憶の中には、確かに貴族の家に生まれたとある。
バンフィールド伯爵家。
星間国家アルグランド帝国――アルバレイト王朝。
そんな帝国で、銀河一つを支配する伯爵家に跡取りとして生まれた。
未来の領主様というわけだ。
いや、一つの銀河を支配する王になれる存在だ。
「約束を守ったのか」
口元に笑みが浮かぶ。
どういうつもりで転生させたのか知らないが、よりにもよって俺なんかをよく転生させたものだ。
善人である事を期待したのなら、目論見が外れたというしかないだろう。
何しろ、俺は善人など目指さない。
将来は立派な悪徳領主を目指すのだから。
しかし問題もある。悪い領主はいったい何をすればいいのだろうか?
時代劇では領民を虐げていた気がするから、そうすればいいのだろうか?
他にイメージとしては――酒、女、博打だろうか?
「とりあえず、
悪徳領主のイメージなどあまりない。
悪い政治家を真似て、税金の無駄遣いや賄賂を受け取るとか?
とにかく、好きなように生きていけば良いのだ。
「楽しくなってきたじゃないか。――ん?」
頭の上に何か落ちてきた。
それは手紙だ。
丁寧に封がされており、開けてみると案内人からの手紙が入っていた。
「どうして姿を見せないんだ?」
そんな疑問の答えが手紙に書かれていた。
それは、俺が無事に転生した事へのお祝いの言葉だった。
同時に、自分は少しばかり忙しく様子を見守れないと書かれていた。
だが、俺が困らないようにサポートをすると書かれている。
それから、俺を支える存在が側に来る、と書かれていた。
「サポート?」
首をかしげていると、部屋に使用人を連れた両親が入ってきた。
クリフ・セラ・バンフィールド。
ダーシー・セラ・バンフィールド。
二人は笑顔で俺の前にやってくると、ガラスの板のような物を差し出してくる。
ガラスの板に浮かび上がるのは書類だ。
そこに書かれていたのは、爵位や領地、その他の権利を俺に譲渡するものだった。
――いきなり子供に全てを譲り渡す?
「父上、これは?」
両親とあまり接した記憶はない。
今更新しい両親とか困る。
呼び慣れない父上と言い、相手の顔色をうかがうと説明が始まった。だが、その説明は実に突飛だ。
「リアム、五歳の誕生日おめでとう。私からのプレゼントは、バンフィールド家の全てだ」
全て。
爵位も領地も、その他の利権も五歳の子供に譲ると言い出した。
狂っているのか?
そう思ったが、同時に先程まで手に持っていた手紙を思い出した。
いつの間にか手の中から消えていたが、サポートとはこういうことだったのか、と。
そして、母であるダーシーがカタログを見せてきた。
「私からのプレゼントはこっちよ。貴方の世話をするメイドロボを買ってあげるわ。さぁ、好きに選んでご覧なさい」
ダーシーが見せてきたのは、メイドというか人に似せて作られたロボットだった。
まるで人間にしか見えないロボット。アンドロイド?
そのカタログを受け取り開くと、周囲に映像が映し出される。
空中に映し出された画像や動画、立体映像などが未来的に感じられた。
「こ、これは?」
ダーシーが笑顔で使い方を説明してくれた。
「自分でどんなメイドが良いか選ぶのよ。可愛く仕上げてあげなさい」
ゲームのキャラメイク感覚で、ロボットを依頼するらしい。
俺が選んでいく。
下に数字が表示されているが、俺が金を払うわけではないのでいくら高くてもいいと思って最高スペックを選んでいく。
顔立ちは――和風美人にした。
黒髪のロングをポニーテールにまとめ、前髪は右側が長く左側は後ろへと流し――スタイルは巨乳を選んだ。
文字が読めて意味も理解できるのだが、普通に性欲を処理する機能がついていた。
俺は目を見開く。
クリフがからかってくる。
「俺の子だけはある。良い趣味をしているじゃないか」
「あら、子供だから胸が好きなのでは?」
大人な機能のついたロボットを買おうとしている子供を前に、両親が揃って微笑んでみている。
ハッキリ言ってしまえば異常な光景だ。
後ろに控えている年寄りながら、背筋の伸びた執事のブライアンの視線が複雑そうな感情を示している。
悲しそうにも、困惑しているようにも見えた。
やはり異常に見えるのか?
だが、これでハッキリした。
――案内人が言っていたサポートなのだろう。
邪魔な両親を排除し、俺の理想とする女性を側に置くという心配りだ。
生身の女は信用できない。
だから、メイドロボットは実に気の利いた贈り物だと思った。
何しろ俺を裏切る心配がない。
とにかく、最高スペックで仕上げるように選んでいく。
最終確認をすると、クラシカルな格好のメイド服を着用させる。
ミニスカートはやり過ぎだ。
スカートの丈が膝上か膝下で悩んだが、最終的に膝下にしておいた。
ダーシーが喜んでいるのが、何とも微妙だった。
お前の息子、性欲処理付きで趣味全開のメイドを買ったところなんだが?
「あら、可愛いわ。リアムの世話はこのロボットに任せれば安心ね」
両親の態度に違和感があった。
俺は二人を見上げて問う。
「どこかに出かけられるのですか?」
クリフが顎を撫でていた。
「帝国本星――首都星に屋敷を買った。俺たちはそこに移住する。お前は領主として立派に領地を守りなさい」
地位やら領地などを引き継ぐという電子書類にもサインさせられた。
ダーシーがもう一つの電子書類を見せてくる。
「さぁ、リアム。こちらにもサインをして」
それは、首都星での生活費を毎年仕送りするという書類だった。
俺に全てを譲って都会暮らし、か。
――本当に哀れな両親だ。
お前たちの子である俺は転生者で、中身はオッサンだと知らないのが滑稽だった。
案内人が何をしたか知らないが、そんな俺に地位も財産も奪われてしまう男女。
これを哀れと言わずして何と言う?
今更両親として見ることは出来ないが、こんな哀れな二人にはせめて仕送りしてやってもいいだろう。
「はい!」
顔が笑顔になってしまう。
この何も知らない両親から、全てを奪ってやった。
俺は電子書類にサインをしながら、これからの人生に期待をするのだった。
◇
数日後。
リアムの両親は、護衛に守られながら領内の宇宙港に来ていた。
特別に用意されたシャトルに乗り込むが、二人は離れて座っている。
豪華な内装がされたシャトルで宇宙まで行けば、そこからは宇宙船で帝国の首都星を目指すのだ。
そこは辺境の伯爵家とは比べるのもおこがましい発展を遂げている。
クリフが電子新聞を読みながら、ダーシーに対して忌々しそうに口を開いた。
互いに目を合わせていない。
「人形をプレゼントとは、母親としての自覚がないのか?」
対して、ダーシーは紅茶を飲んでいた。
二人の間に愛などない。
貴族として政略結婚をしただけの関係だ。
「私の遺伝子を受け継ぐだけの子供よ。お腹を痛めて産んだならまだしも、あの程度の容姿では愛着もわかないわ」
リアムは二人の遺伝子によって生まれた。
それだけの存在だった。
クリフが新聞をテーブルの上に置くと、今度はダーシーが言うのだ。
「それより、五歳の子供に全てを押しつけて良かったの?」
「ならお前は残るか?」
「冗談じゃないわ」
ダーシーが紅茶を一口飲んでから答えた。
「将来的に自由になれると知らなかったら、貴方となんて結婚したくなかったわ。でも、流石に何も知らない子供を騙したから気が重いのよ。人形を側に置いたのは、せめてもの情けかしらね?」
クリフが笑っていた。
「人形を側に置く貴族など、ただの笑いものだろうに」
「裏切らないし、その点では信用できるわ。あの子に何かあれば、私たちはここに戻ってこないといけないのよ。それを分かっているの?」
「それは勘弁して欲しいな」
ダーシーが心配そうにしている。
「本当に五歳の子供に爵位を押しつけても問題ないのかしら? あとで文句を言われないでしょうね?」
クリフは酒に手を伸ばした。
全てから解放され、今はとても気分が良かったのか笑顔である。
「前例もある。宮廷の許可も出ているからな。同じ事をやっている連中も多いから心配ないさ。今の時代、誰が領主をやっても同じだ。あんな辺境の領地なんか、誰も欲しくないけどな」
五歳児に地位も財産も押しつけるのを、帝国が認めている。
これには理由もある。
「帝国も辺境のことにあまり関わりたくないのさ。ちゃんと管理者がいて、義務を果たしていれば問題ないと思っているからな」
星間国家であるために、統治が非常に大変だった。
しかも帝国は、その成り立ちから統治にあまり人工知能を使わない。
かつて人類は、自ら作り出した人工知能に支配されていた。
それをよしとせず、立ち上がったのが帝国を作り上げた人々だったのだ。
そのため、人工知能を搭載した人形――メイドロボのような存在を、貴族たちはあまり快く思わない。
必要なら利用するが、それは最低限が望ましいというのが貴族社会の風潮だった。
ダーシーが出発したシャトルの窓から地上を見下ろした。
バンフィールド家の所有する惑星。
活気もなければ、発展具合も最低限。
おまけに、莫大な借金まで抱えている。
「いずれ領地のことを知れば、リアムは怒るでしょうね」
クリフは強い酒を飲み、顔が少し赤くなっている。
「俺のように自分の子に領地を押しつけ首都星に逃げてくるさ」
貰っても嬉しくない領地。
それがバンフィールド伯爵家の領地だった。
◇
バンフィールド家の屋敷。
五歳にして伯爵で、銀河一つを支配した男になってしまった。
「まさに権力者だな。いや、王か?」
帝国には、バンフィールド家のような伯爵家はいくつも存在するらしい。
だが、領地にいれば俺が王様だ。
絶対的な権力者である。
執務室の大きすぎる椅子に座る俺に、ブライアンが報告を持ってくる。
「リアム様、メイドロボが到着いたしました」
「そうか。連れてこい」
「はい。――入りなさい」
執務室のドアが開き、そこから入ってくるのは立体映像で見たメイドロボだった。
動きに不自然さがない。
いかにもロボットです、と主張するものがなかった。
俺の目の前に来ると、カーテシー。スカートをつまみ上げてお辞儀をしてきた。
「はじめてお目にかかります。旦那様の天城にございます」
名前は和名にした。【天城】と名付けている。
理由は特にない。
ブライアンは平然としている。
「今日から旦那様のお側でお世話をさせようと思います。ただし、一週間に一度は、メンテを受ける必要があるそうです」
「メンテ?」
俺が天城を見ると、挨拶が終わって背筋を伸ばして立っていた。
「定期メンテでございます。二時間程度で終了します」
「意外だな。もっと動くと思っていたのに」
俺が不満そうにすると、ブライアンが説明してくれた。
「メンテと言ってもボディのチェックです。ボディの洗浄なども行うそうですよ。本格的な故障があれば、メーカーでの修理が必要ですね」
一週間で二時間休めば問題なく動くと思えば凄いのか?
それはそうと、俺は天城に向かって両手を伸ばした。
天城は近付くと、俺の小さな体を優しく持ち上げて抱き上げる。
胸を触ってみると、小さい手では掴みきれない大きな胸だった。
「柔らかいな。男が理想とする柔らかさだ」
柔らかすぎず、張りもあって実に素晴らしい胸を持っていた。
ブライアンが戸惑っている。
「リアム様、そのようなことを人前でされてはいけません」
長くバンフィールド家に仕えているブライアンは、先々代より前から屋敷を取り仕切っていると聞いた。
執事がいないと屋敷の維持が出来ないらしく、簡単にクビにできない人材である。
だが、主人は俺だ。
取り繕うのも馬鹿らしいし、俺は子供らしさを捨てた。
「何をしようと俺の勝手だ。それより、領内の状況を報告しろ」
ブライアンが自分のブレスレットに触れると、周囲に映像が浮かび上がった。
それらは領地の状態を数値やらグラフで表している。
地図なども表示されているが――。
「――分からないな」
ブライアンも「そうでしょうね」という、少し残念そうな雰囲気を出していた。だが、顔には一切出さない。
だが、弱ったぞ。
何をすればいいのか全く分からない。
困っていると、俺を抱きかかえ胸を揉まれている天城が口を開く。
「私には統治補佐の機能があります。よろしければ、旦那様の仕事のサポートを行いますが?」
「本当か? だが、俺は何も分からないぞ」
「教育カプセルに入るのをお勧めします。その間、領内の管理を代行することも可能です」
それを聞いてブライアンが慌てて俺に忠告してくる。
「リアム様、なりません! 人工知能に管理をさせるのは、帝国では悪とされています。許されるのはサポートまでとなっております」
だが、天城は反論する。
「帝国にそのような規定はありません。あくまでも、そうすることが望ましいとされているだけです。ですが、ここは旦那様の指示に従いましょう」
教育カプセルとは、便利な装置だ。
液体の入ったカプセルに入ると、肉体強化などをしてくれつつ知識を頭の中に入れてくれる。
小学校程の知識なら、カプセルに半年も入っていれば十分とされていた。
問題は、知識を叩き込み、肉体を強化しても、外に出て実際に勉強やら運動をしないと身につかないことか?
それでも、普通に勉強するよりは何倍も効率が良いと聞く。
しかし、数字やらグラフを見ても、これがいったい何を示しているのか分からない。
――現代知識を活かして内政チートは出来ないな。
「ブライアン、カプセルの用意をしろ。天城、俺がカプセルに入っている間は、領内を任せるぞ」
「リアム様!」
ブライアンが怒鳴ってくるが、天城は「お任せください」と言うだけだ。
俺の命令以外は聞かないらしい。
何て素晴らしいんだ。
俺はブライアンを説得する。
「ブライアン、聞け。何も知らない俺が、領内のことに口を出す方が怖いだろ?」
「そ、それはそうですが――」
「少しの間だけだ。分かったら準備をしろ」
そもそも、任せられるなら任せていい。
人工知能だから駄目と言うが、俺には関係ないな。
それにしても弱ったな。
領民から搾り取るにしても、勉強が必要なんて思わなかった。
ただ、しばらくは大人しくしておこう。
俺の体はまだ子供。
いずれ領民を虐げ、税を搾り取るにしても子供では頼りないのだから。
天城の胸を揉みながら、俺はそんなことを考えていた。