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<稲妻の光さえ届かぬ家の陰では、軒下の苗も、私と同じように沈んでいるようだ>
平安時代に成立した女流日記文学「
古来、雷は稲と交わり実を付けると信じられた。人々はそんな密接なつながりを見いだし、雷を稲の配偶者を意味する「つま」と呼んだ。それが、稲妻の語源だ。「雷が多い年は稲が育つ」という伝承は後世に受け継がれた。
「江戸時代には雷の多い夕立の水は田に入れるべし、と広く知られていました」と龍谷大の玉井
大気中の窒素を養分に合成
本当に、雷は
物質に熱や電気などのエネルギーを加えると、固体から液体、気体となる。やがて物質の原子核のまわりを回る電子が離れて原子はイオンとなり、イオンと電子がバラバラに混在する。これがプラズマだ。非常に高いエネルギーを持つプラズマは様々な化学反応を引き起こし、幅広い用途で産業利用されている。
雷も、自然界のプラズマの一種だ。雲の中で氷の粒がぶつかり合い、摩擦で電気が起きる。上層にはプラスの電気が、下層にはマイナスの電気がたまり、地面はプラスの電気を帯びてくる。そこに向けて下層のマイナスの電気を帯びた電子が一気に放たれる。
静岡県立大の鴨川仁特任教授(大気電気学)によると、電子は空気中の原子から電子をはじき飛ばして進むため、大気にプラズマの道が生まれる。そして地上からの電気と結びついた瞬間に大電流が発生し、非常に高温のプラズマとなるという。
このプラズマが植物の成長に大きな影響を及ぼすとの説がある。大気の大半を占める窒素は、植物の成長に不可欠な養分だが、植物は空気中の窒素を自ら取り込むことはできない。そのため植物が利用しやすい窒素化合物に合成することを「窒素固定」という。自然界では一部の植物と共生する微生物などがこの働きを担うが、雷も窒素固定を起こすとされる。
玉井さんは「プラズマで反応しやすくなった窒素と酸素が結合し、窒素酸化物が生じる。雨に溶ければ、植物の栄養になる硝酸などに変化する」と説明する。しかし、植物の成長をどれだけ促進しているかなどははっきりしておらず、「雷雨にどの程度の栄養が含まれているか調べたい」と話す。
雷を手なずけて人の役に
雷を人が扱えるものにできれば農業に活用できるのではないか――。そんな発想を現実にするような研究が進む。
九州大の
龍谷大の玉井さんも、低温プラズマで窒素を硝酸に変えて肥料にする研究に取り組む。空気と電気から窒素肥料が製造できれば、輸入に頼る肥料の自給率向上につながる。また、肥料の製造に利用される「ハーバー・ボッシュ法」よりも効率的に窒素を活用できるため、環境負荷も少なくできる可能性があるという。
玉井さんは「低温プラズマを活用できれば持続可能な農業につながるかもしれない」と話す。
低温プラズマの農業利用は、国内外で研究が進み、九州大や龍谷大のほか、民間企業も参画する大型研究プロジェクトも立ち上がっている。植物が成長する細かなメカニズムの解明や二酸化炭素を排出しない肥料の製造などに取り組んでいくという。
「プラズマの原理の解明が進めば、人がコントロールすることも不可能ではない。伝承とされてきたことが、やっと目に見える形になり始めている」と古閑さんは語る。
近い将来、豊穣をもたらす低温プラズマが「稲妻」と呼ばれる日が来るかもしれない。(加藤遼也)
多発地域では雷よけ神社も
関東平野の最奥にそびえる山々に向けては夏場には湿った空気が流れ込み、積乱雲(雷雲)が形成される。このため、雷雨が多い地域である北関東では、雷への信仰が広く伝わる。
群馬県板倉町の雷電神社は、関東地方に点在する雷神社の総本宮だ。この神社では、落雷のあった場所の四方に「
人々は、何を願ったのか。夏に雨量の少ない地域では雨乞いや五穀
雷電神社によると、落雷のあった田んぼは、神様の怒りを買ったために、「持ち主の家族が食っていけなくなる」とされるそうだ。そのため、幣束を立て、米や塩、水を供えてお
竹を立てる同様の風習は、栃木や茨城両県にも見られる。柳田国男の「
岩崎教授は「雷は豊穣だけに結びついているわけではなく、畏怖の対象でもあった。『稲妻』という言葉からは、自然現象の良い側面を捉え、うまく付き合おうとした日本人の知恵が浮かび上がる」と語る。
古くからある慣習や信仰、技術などを受け継ぎ、後世に伝えることや、伝えられた事柄は「伝承」と呼ばれる。伝承には、風土や気候、経験などから学んだ多くの教えが詰まっている。現代の科学で解明が進む伝承の一端を紹介し、先人の教えを大切に守ってきた日本人の思いに迫る。