新聞記者として働き、違和感を覚えながらも男社会に溶け込もうと努力してきた日々。でも、それは本当に正しいことだったのだろうか?
現場取材やこれまでの体験などで感じたことを、「ジェンダー」というフィルターを通して綴っていく本連載。読むことで、皆さんの心の中にもある“モヤモヤ”が少しでも晴れていってくれることを願っています。
【第5回】「水着撮影会」問題を自分事として考える
水着のサイズを定義するわけ
三角ビキニと呼ばれる水着がある。ブラジャーの部分が三角形になっているアレ。その三角形の底辺と高さが10センチ以上あれば、日本女性の乳房はだいたい隠れるらしい。
こんな数字を出してきたのは、「埼玉県公園緑地協会」。埼玉県から県営公園の管理運営を委託されている公益財団法人だ。おかたい組織が、なぜこんな計算を?
その疑問に答えるには、「水着撮影会」から説明する必要がある。モデルやアイドルの水着姿を、一般の人がお金を支払って撮影するイベントだ。
これが、埼玉に3カ所ある県営プールで頻繁に行われている。その数なんと、2018~22年までの5年間で約120回! 遊泳のオフシーズン(冬はモデルが寒すぎるので春と秋のみ)に、毎週末のように開かれている。ついには、撮影会を愛好する人たちの間で「聖地」と呼ばれ始めた。
三角ビキニのサイズ計算をしたのは、協会が「ガイドライン」をつくる必要に迫られたからだ。水着撮影会に県営プールを貸し出す立場として、「ポルノ」撮影会にならないように……。
県営公園のプールで起きたある騒動
2023年初夏、そのきっかけとなった騒動が起きた。
子ども連れで公園を訪れた一般の利用者から、協会に「水着撮影会の様子が見えている。県営公園にふさわしくない」という声が寄せられた。さらに「中学生や高校生のモデルが出ている」「過激な水着やポーズの写真がネットに出回っている」という抗議が来た。
協会は事実関係を調べた。その結果、県の都市公園条例でふさわしくないと定めた「公共の福祉を阻害するおそれがあるもの」と判断。6月、その月に開催予定だったすべての撮影会を中止するよう、主催する6団体に要請を出した。
その理由は、協会のサイトに列挙されている。
「未成年の参加は児童ポルノ法や青少年育成条例に触れる恐れがある」
「過去にも苦情や意見」
「社会のジェンダー意識の変化がある」
「近隣の他県や民間のプールではほとんど実施されていない」……。
ところがその後、事態は急転する。6団体のうち4団体については中止要請を撤回したのだ。かじを切ったのは埼玉県の大野元裕知事。中止要請の3日後、自身のXにメッセージを投稿した。手続きに問題があったので、中止要請は不適正だとして協会を「指導した」という。
手続きの問題とは何か。協会は、撮影会にプールを貸し出す際にルールを定めていたが、それがあったのは3カ所のうち1カ所だけ。残る2カ所はルールがないため、そもそも「違反」にできないという理屈だった。知事は直後の記者会見で、今後の「撮影会のあり方」について、有識者の検討会をつくるよう協会に求めた。
グラビアアイドルが語る、撮影会の現状
騒動が報じられると、世間では賛否両論が巻き起こった。
東京・渋谷では「好きな仕事を奪わないで」とタレントの女性が呼びかけ、中止に反対する抗議パレードが開かれた。その一部始終を撮影した動画がネットに出ていたので、視聴してみた。すると、先頭にモデルの女性が数人いるだけ。行列で練り歩いていたのはほぼ男性だった。モデルではない男性が「仕事を奪われる」と主張するのがナゾだった。
業界の内情を少しでも知りたくて、グラビアアイドルとして成人前から活躍する女性に話を聞かせてもらった。まず、渋谷のパレードについてはこう言って苦笑した。「おじさんだらけで、すっごく違和感がありましたね」。そしてこんな話をしてくれた。
「撮影会は毎日、ものすごい数が開催されてるって知ってますか?」
会場は、民間のスタジオなどが多いという。
「だからもし埼玉で開催されなくなったとしても、正直そんなにダメージじゃない。仕事を奪われるとまでは感じない。テレビに出演するタレントになるのが目標なので、撮影会はその手段。どんな場所でも開催する権利があるとまで主張する気はないですね」
撮影会が時に過激になるのは、客の要求がエスカレートするせい? それも聞いてみた。
「嫌なことは嫌といえるモデルは多い。でも新人や未成年でなかなか断れない子もいる」
モデル自ら過激な露出やポーズを取ることも。「注目を集めて、集客するためだと思う」
「表現の自由」「営業の自由」も当然あるが…
それにしても、水着かどうかを問わず、一般人が若い女性を撮影する「撮影会」というイベントがこんなにあるなんて、衝撃だった。
試しに、ネットで水着撮影会を主催する業者のサイトを検索してみた。スタジオで1対1の個人撮影会は「コサツ」。参加費は1万2千円と安くない。「マイクロ、ランジェリー、Tバック」はプラス3千円。なるほど、露出が多くなるほど値段が上がるのか。所属モデルの画像は、どの女の子も肌を露出して、扇情的にこちらを見つめてくる。
埼玉の県営プールで撮影された写真もたくさん出てきた。プロフィールが14歳の女の子がお尻を突き出したり、大きく開脚したり。お化粧ばっちりだけど顔立ちが幼くて、痛ましかった。ヌードに近い「着エロ」写真も。モデルが水着の股間の部分を、指でずらした写真は、思わず画像を拡大して目をこらしてしまった。きれいに脱毛しているけど、割れ目がかろうじて隠れているだけだ。
どう見ても性的な画像だった。
もちろん水着姿の女性を撮影するのはモデルや参加者の「表現の自由」だし、撮影会を主催する業者の「営業の自由」だってある。民間のスタジオなどで開かれる撮影会を中止させる権利は誰にもない。問題は、県営プールという場所でやるべきことなのかどうかという点にある。
水着撮影会で得られる収入の大きさ
実は、首都圏のプールでは埼玉県以外、水着撮影会はほとんど実施されていない。埼玉が「聖地」と言われるゆえんはここにある。
千葉県は「水着撮影会で許可した事例はありません」。神奈川県の辻堂海浜公園は「2020年9月より前は年1〜2件あったが、その後は申請がない」。東京都は撮影会に適した都立の屋外プールが存在しなかった。千葉市の稲毛海浜公園では昨年1回だけ開催した。今年も1回予定しているが「あくまで公園の魅力向上の一環」で、業者も限定しているという。どの自治体でも、担当者に埼玉の開催頻度について伝えると、「えーっ」と驚きの声が返ってきた。
特に各自治体の担当者が「そんなに……!」と絶句したのは、収益の大きさ。埼玉の協会によると、水着撮影会の収入は毎年1千万円~2千万円に上る。指定管理者になるためには5年に1度、コンペがある。自主事業で収益を上げることは「県の指定を勝ち取るためのアピールポイントになる」(担当者)という。借りる側と貸す側が、ウインウインの関係でやってきたことがなんとなく伝わってきた。
民間のプールはどうなのか。西武園ゆうえんちの回答に納得した。「水着撮影会にかかわらず、当園の世界観を壊したくないので数年前から撮影会には場所貸しはしていない」
世界観とあいまいな表現を使っているが、要は家族連れが眉をひそめるイベントに使われたくないというところだろう。
この現状は、撮影会の主催者側ももちろん把握している。ある業者はこう言った。「東京のプールで水着撮影会をするのが難しくなった。埼玉は都内から交通の便もいいし、利用料金も手ごろ。口コミで集まっているのでは」
ブルーシートで覆い隠すことは可能なのか
当たり前のことを言うと、県営公園は県民の福祉のために税金を投じてつくられた施設。だからこそ一般の利用者から見えないよう、ブルーシートなどで覆うことも貸し出し許可条件のひとつとなっている。でも、そんなことができるのか。県営プールの一つ「しらこばと水上公園」(埼玉県越谷市)に行ってみた。田畑の中に広大な敷地が広がり、複数のプールにウォータースライダーまである。シートですべて隠すには無理がある。
そもそも「人目から隠さなければいけないイベント」ってどうなのか。もし水着撮影会が路上や普通の公園で実施されていたら、ギョッとするだろう。プールサイドだから水着OKというのは、ただの言い訳に思える。プールには水もないのに。
こんな状況でも、埼玉県では水着撮影会を中止する気はさらさらないようだ。
騒動の後も、3カ所の埼玉県営プールでは「暫定ルール」で撮影会が開催され続けた。
協会は「目立った違反、トラブルはなかった」という。ネット記事に「協会に確認してNGではないとされた写真」というのが載っていた。制服に似せた水着でポーズするモデル。セーラー服のブラウスをまくり上げてブラジャーを見せ、スカートの奥にパンツがのぞいている……と思いきや、下着ではなく白いビキニ水着の上下ということらしい。なんだか狐につままれたような気持ち。
協会が作成したガイドラインの中身
そして、新たな許可条件が3月に策定され、撮影会の主催者向けガイドラインができた。
策定に先立って実施されたパブリックコメントでは、1位が「性を商品化しており、わいせつ性が高く、公序良俗に反するため認められない」(226件中31件)、2位が「県営公園で開催する必要はない」(同26件)と、撮影会自体への反対が多かったのだが。
許可条件で特色といえるのは、18歳未満の出演や参加を禁じたことくらいだ。そして、税金と膨大な手間をかけてできあがったガイドラインが、冒頭の「三角ビキニは10センチ以上」。平均的なバストサイズの根拠は、素人の職員が「大手下着メーカーの調査をネットで調べて参考にした」そうだ。ほかにもびっくり表現が目に飛び込む。たとえば「下乳、横乳が大幅にはみ出るものは不可」。「したちち」とは水着からはみ出す乳房の下部、「よこちち」は脇の部分を指す俗称なのは知っているが、お役所の書類でこの類の言葉を大まじめに使うのを初めて見た。
さらに、水着のボトムも細かいルールがある。股上が浅すぎて「お尻の割れ目が見える」のはダメで、Tバックと呼ばれるお尻が大きく露出したものはOK。どちらが「エロ」なのか考えてみたけれど、本気で分からない。バカバカしすぎる。「こんなこと考えてるヒマがあったら、ほかでやってもらえばいいんじゃないの……」という言葉しか出てこない。
未成年を守ることの重要性
水着撮影会は、私の目には「性の商品化」に見える。「そうではない」という人もいる。その感覚の違いが、今回の騒動の「賛否両論」なのだと思う。
特に判断力が発達していない未成年のモデルは、「性の搾取」と切り離せない。親が管理するアカウントで「ジュニアアイドル」として売り出す女児の画像を見るとつらい。不特定多数の成人男性に性的な視線を向けられている。デジタルタトゥーの問題を引き合いに出すまでもない。
公営施設で開催するということは、行政がそのイベントに「お墨付き」を与えるということだ。
未成年も出演していた水着撮影会の写真について、埼玉県知事は記者会見で「確認していないし、今後もするつもりはない」と断言した。「子どもを守るつもりはない」という宣言に聞こえた。公共施設の貸し出しに一定の制限を設けることは「行政の裁量権」の範疇だと、複数の法律家は指摘する。だが知事は、開催の是非について「県ではなく協会が判断するものだ」と何度も繰り返したのが印象的だった。判断を指定管理業者に丸投げしている。指導監督するはずの県の責任はどこへやら、だ。
水着の仕事は「want」なのか、「have to」なのか
元グラビアアイドルだったアクティビストの石川優実さんは、今回の騒動を受けて「自分は水着にならないと価値がないと思っている女の子へ」という文章をネットで公開した。
かつて、「脱がなければ仕事をもらえない」と思い詰めたという石川さん。グラビアアイドルの女性たちに、水着の仕事は「want(したい)」ですか、「have to(するしかない)」ですか、と問いかける。「当たり前のものを当たり前じゃないかもしれない、と考えるのは確かに難しい。でも、自分の中に少しの痛みや違和感があるのなら、それを深く深く考えることはきっと有用だ」と。
「男性を水着にして鑑賞物として一方的に楽しむ、消費するという男性差別的な文化は存在しない」という彼女の言葉が突き刺さる。
このメッセージは、女の子だけに向けられたものじゃない。
ほんとうは私たち全員が考えなきゃいけないことだ。
出田阿生(いでた・あお)
新聞記者。1974年東京生まれ。小学校時代は長崎の漁村でも暮らす。愛知、埼玉県の地方支局を経て、東京で司法担当、多様なニュースを特集する「こちら特報部」という面や文化面を担当し、現在は再び埼玉で勤務中。「立派なおじさん記者」を目指した己の愚行に気づき、ここ10年はジェンダー問題が日々の関心事に。「不惑」の年代で惑いまくりつつ(おそらく死ぬまで)、いっそ面白がるしかないと開き直りました。
連載一覧
- 第1回 立派な「男」になろうとしていた私
- 第2回 被害者の声を聞く…それはフラワーデモから始まった
- 第3回 家父長制クソ食らえ
- 第4回 祖母の死とケア労働
- 第5回 「水着撮影会」問題を自分事として考える
(イラスト 安里貴志)