Hickey超訳・古事記《上つ巻》⬇️
Hickey超訳・古事記
《中つ巻》
もくじ⬇️
【伊久米伊理毘古伊佐知命】
(イクメイリビコイサチノミコト)
《垂仁天皇》
〜后妃と御子〜
伊久米伊理毘古伊佐知命は
(イクメイリビコイサチノミコト)
師木に玉垣宮(たまがきのみや)をおいたんだわ‼️
これは今の奈良県桜井市纒向の辺りな☝️😊
ん❓って事は纏向遺跡は『卑弥呼の宮殿』じゃなく
垂仁天皇の宮の跡の可能性あるのか❓🤔
でも時代が合わないよなぁ🤔
纏向遺跡の主は誰だったんだ〜😫 気になる😫
二人の皇后と五人の妃を娶り十三人の皇子と
三人の皇女をもうけたんだがね☝️😊
この段は垂仁天皇の系譜が書かれとる例のアレ❗️
アレだよアレ❗️いわゆるひとつの帝紀パターン😅
【御名】
伊久米伊理毘古伊佐知命
(イクメイリビコイサチノミコト)
【父・母】
《父》崇神天皇
《母》御真津比売命(ミマキヒメノミコト)
前に出てきたオオビコの娘さんだがね☝️😊
【兄妹】
Hickey超訳・古事記 ・18の
崇神天皇の御子を参照してちょ⬇️
【后妃】
佐波遅比売命(サハジヒメノミコト)
またの名を
沙本毘売命(サホビメノミコト)
この人は
沙本毘古王(サホビコノミコ)の妹さんだがね☝️😊
氷羽州比売命(ヒバスヒメノミコト)
この人は
旦波比古多多須美知宇斯王の娘さんだわ☝️😊
(タニハヒノヒコタタスミチノウシノミコ)
沼羽田之入毘売命(ヌバタノイリビメノミコト)
この人は上の氷羽州比売命の妹だがね☝️😅
阿耶美能伊理毘売命
(アザミノイリビメノミコト)
この人は上の
氷羽州比売命や沼羽田之入毘売命の妹だて☝️😊
迦具夜比売命(カグヤヒメノミコト)
大筒木垂根王(オオツツキタリネノミコト)とこの娘さん😊
刈羽田刀弁(カリハタトベ)
弟刈羽田刀弁(オトカリハタトベ)
この二人は山代の大国之淵の娘さんだがね☝️😊
(オオクニノフチ)
【皇子女】
《サハジヒメノミコトとの御子》
品牟都和気命
(ホムツワケノミコト・本牟智和気命)
《ヒバスヒメノミコトとの御子》
印色入日子命(イニシキイリヒコノミコト)
大帯日子淤斯呂和気命
(オオタラシヒコノミコト)
このオオタラシヒコノミコトは
後の景行天皇(けいこうてんのう)な☝️😊
大中津日子命(オオナカツヒコノミコト)
倭比売命(ヤマトヒメノミコト)
若木入日子命(ワカキイリヒコノミコト)
《ヌバタノイリビメとの御子》
沼帯別命(ヌタラシワケノミコト)
伊賀帯日子命(イガタラシヒコノミコト)
《アザミノイリビメとの御子》
伊許婆夜和気命(イコバヤワケノミコト)
阿耶美都比売命(アザミツヒメノミコト)
《カグヤヒメノミコトとの御子》
袁那弁王(オザベノミコ)
《カリハタトベとの御子》
落別王(オチワケミコ)
五十日帯日子王(イカタラシヒコノミコ)
伊登志別王(イトシワケノミコ)
《オトカリハタトベとの御子》
石衝別王 (イワツクワケノミコ)
石衝毘売命(イワツクビメノミコト)
またの名を
布多遅能伊理毘売命(フタジノイリビメノミコト)
【宮の所在地】
師木の玉垣宮(しきのたまかきのみや)
【崩御の年齢】
百五十三歳⁉️😳
マジか⁉️😳
【御陵】
菅原の御立野(みたちの)の中
今の奈良県奈良市尼辻西町辺りだわ☝️😊
【その他の記述】
御子達の中で
大帯日子淤斯呂和気命が
(オオタラシヒコノミコト)
第十二代天皇・景行天皇になるんだがね☝️😊
御身(みみ)の丈は一丈二寸…
身長が約190㎝だとさ⁉️😳
御脛(みすね)の長さは四尺一寸…
えっ⁉️😳脛だけで約74㎝⁉️😳脚長ぁ⁉️😳
次に
印色入日子命(イニシキイリヒコノミコト)は
血沼池(ちぬいけ)を作り
また狭山池(さやまのいけ)を作り
また日下(くさか)の
高津池(たかつのいけ)を作ったんだわ⁉️
池作りマニアか❓😅💦土木マニア皇子か⁉️😳
また鳥取の河上宮(ととりのかわかみのみや)で
太刀1000本作らせてソレを
石上神宮(いそのかみのかみのみや)に納め
その宮で河上部(かわかみべ)を定めたんだわ☝️😊
次に
大中津日子命(オオナカツヒコノミコト)は
山辺之別(やまのへのわけ)
三枝之別(さきさくのわけ)
稲木之別(いなきのわけ)
阿太之別(あだのわけ)
尾張国の三野別(みののわけ)
吉備の石无別(いわなしのわけ)
許呂母之別(ころものわけ)
高巣鹿之別(たかすかのわけ)
飛鳥君(あすかのきみ)
牟礼之別(むれのわけ)らの祖なんだわ☝️😊
次に
倭比売命(ヤマトヒメノミコト)は
伊勢大神宮(いせのおおかみのみや)を
拝み祀ったんだて🙏
伊勢斎宮さんって事だな🤔
次に
伊許婆夜和気王(イコバヤワケノミコト)は
沙本(さほ)の
穴太部之別(あなほべのわけ)の祖❓☝️😊
この沙本って言葉は覚えておいて😊
ちなみに沙本は地名☝️😊
この後の章ですぐ出てくるでよ☝️😊
次に
阿耶美都比売命(アザミツヒメノミコト)は
稲瀬毘古王(イナセビコノミコ)に嫁いだんだわ😊
次に
落別王(オチワケノミコ)は
小月之山君(おつきのやまのきみ)
三河之衣君(みかわのころものきみ)の祖だて☝️😊
次に
五十日帯日子王(イカタラシヒコノミコ)は
春日山君(かすがのやまのきみ)
高志池君(こしのいけのきみ)
春日部君(かすがべのきみ)の祖だがね☝️😊
次に
伊登志和気王(イトシワケノミコ)は
子がおらせんかったため子代(こしろ)として
伊登志部(いとしべ)を定めたんだわ☝️😊
子代は名を後世に伝えるために置かれた部民の事😊
次に
石衝別王(イワツナキワケノミコ)は
羽咋君(はくいのきみ)
三尾君(みおのきみ)の祖だて☝️😊
次に
石衝毘売命(イワツクビメノミコト)は
(イワツクビメノミコト)
倭建命(ヤマトタケルノミコト)の后になるんだわ😳
~沙本毘古と沙本毘売~
(サホビコとサホビメ)
垂仁天皇が第九代天皇・開化天皇の孫にあたる
沙本毘売命(サホビメノミコト)を
后にした時の話…
サホビメノミコトの兄である
沙本毘古王(サホビコノミコト)は
妹のサホビメノミコトに
『おみゃさんは夫と兄である俺と
どちらが愛しいと思っとんだて❓🤔』
そう聞いたんだわな😳
何だよコイツ…やぶからスティックに😒
妹のサホビメノミコトは
『そんなのアンタに決まっとるがね!』
そう答えたんだわ⁉️😳
えっ⁉️ マジ⁉️😨💦 禁断の恋❓😳 マジ😨💦
それを聞いたサホビコノミコトは
謀(はかりごと)をし妹のサホビメノミコトに
『おみゃさんが本当に俺を
愛おしく思っとるなら
二人で天下を治めまい!』
そう言って
何度も繰り返し鍛えた鋭利で紐の付いた小刀を
妹のサボヒメノミコトに手渡して
『この小刀でよスメラミコト(天皇)が
寝とるとこを刺してきやあせ!』
そう命じるたんだわ⁉️😳💦
この謀を知らない垂仁天皇は
サホビメノミコトの膝を枕にしウトウトし
休んでいたんだて‼️
サホビメノミコトは小刀で
垂仁天皇の首を刺そうとして三度も小刀を
振り上げたんだが哀しいと気持ちを抑えきれせんで
どうしても刺すことがでけかったんだわ‥
やがて涙があふれてきてまって‥😭
その涙が天皇の頬を濡らしたんだて‼️
垂仁天皇は驚き目を覚ましてまって
サホビメノミコトに
『朕は不思議な夢をみってまった‥
沙本の方から大雨が近づいきてよ〜
急に朕の顔を濡らしたんだわ〜!
ほんで錦色の小さなスネークが
クルクル首に巻きついてきたんだわ🐍
この夢は何の兆しなんだろうか?🤔』
そう言ったんだわ‼️
それを聞いてサホビメノミコトは
もう隠すことでけせんがやと観念して
崇神天皇に全てをカミングアウトしたんだわ‼️
『兄のサボビコノミコトが私に
《夫と兄どちらが愛しいんだて?》
そう聞いてきたんだがね😭
面と向かって言われてまったもんだで
私は気後れしてまってついつい
《お兄さまを愛おしく思っとる》と‥
すると兄は私に
《俺を愛おしく思っとるなら
二人で一緒に天下を治めまい!》
そう言ってこの小刀を私に手渡したんだわ!
ほんだで私はこの紐の付いた小刀で
おみゃさんの首を刺したろうとして
三度この小刀を振り上げたんだわ‥
でも‥どら悲しい気持ちになってまって‥
小刀を振りおろすことできなんだ😭
その時に涙が溢れ出てきってまって
おみゃさんの顔に溢れ落ちてまった‥
ほんだもんだできっと
おみゃさんが見た夢はこれのお告げなんだて!』
どら長い説明を聞いとった垂仁天皇は
『朕は危うく騙されるとこだったがや😳』
そう言ってダークサイドに堕ちてまった
サホビコノミコトを討伐するための
軍勢を集めたんだわ‼️
この時…サホビコノミコトは
稲城(いなぎ)を作り迎え撃つ準備をしとったんだわ😳
この朝敵め💢朝日新聞やNHK並みの朝敵め😒💢
おみゃあのような奴は天誅下したらなかん😒💢
そんな中…
妹のサホビメノミコトは兄を可哀想に思い
垂仁天皇の宮の裏門から逃げ出して
サホビコノミコトの立て籠もっとる
稲城に行ってまうんたわ⁉️😳
この時サホビメノミコトは腹に
子を身ごもっとったんだわ⁉️😳
垂仁天皇はサホビメノミコトが
身ごもっとった事や三年の間
サホビメノミコトを愛でてきた事などを
忍びなく思ってまって稲城に周りを囲んだのに
すぐに攻めなんだんだわ‥‥
しのごのしとるうちにサホビメノミコトが
身ごもっとった御子が生まれてまったもんだで
サホビメノミコトは御子を稲城の外に置き
『もしこの御子をスメラミコトの御子と
思うんなら引き取りに来てちょうだゃあ!』
そう言うんだわ😳
崇神天皇は
『おみゃさんの兄は憎んどるけどよ〜
おみゃさんを愛する心は変わらせんがや!』
そう言って何とかサホビメノミコトを
取り戻したゃあ気持ちでいっぱいだったんだわ‼️
垂仁天皇は兵の中から力が強く機敏な者達を選び
『御子を引き取る時に
母親も奪ってきやあせ!
髪でも手でもええで
掴んで引っ張り出さなかんぞ!』
そう命じたんだわ‼️
要するサホビメノミコト奪還特殊部隊だな🤔
サホビメノミコトは垂仁天皇の
考え分かっとたもんだで髪を剃り…
剃った髪で頭を覆い…玉の緒を腐らせそれを
三重に手に巻き酒で衣服を腐らせそれを身にまとい
御子を抱いて稲城の外に出たんだわ⁉️
そこへ兵士が来て御子を引き取り‥‥
サホビメノミコトを捕まえようとした…が…
しかし…髪を掴めば髪はずり落ち…😨
手を取れば玉の緒が切れ…😳
服をつかめばたちまちその服は破れ…😱
兵士達は御子を連れ戻せたが結局のところ
サホビメノミコトを連れ帰ることは
出来なんだんだわ😰💦
兵士達は垂仁天皇の陣に戻り
『髪は自ら落ちてまうし‥衣服は簡単に破れ
手をとれば巻いた玉の緒がちぎれ‥
御子は奪還できたけど
母親を奪還する事はできなんだ🙏』
そう報告したんだわ‼️
垂仁天皇はソレを悔い恨み😒
玉を作った人達も恨み😒
その人者達の土地を全て取り上げてまったんだわ😳
ほんだで諺で
「地得ぬ(土地を持たない)玉作り」
(ところをえぬたまつくり)
そう言うんだわ‼️
垂仁天皇はサホビメノミコトに
『子の名は母が名づけもんだがね!
この御子の名前は何にすればええんだて?』
そう問うとサホビメノミコトは
『稲城を焼くときになって
火の中で生まれた子だで
本牟智和気命(ホムチワケノミコト)
そう名付ける事にしよみゃあ!』
そう言ったんだわ‼️
「ほ」には「火」の意味があるでな🤔
続けて垂仁天皇は
『どうやって育てたらええんだて?』
そう問うとサホビメノミコトは
『子に乳を与える乳母!
子に湯を浴びせる大湯坐(おおゆえ)と
若湯坐を定めて育てちょうだゃあ!』
そう答えたんだわ‼️
湯坐は赤ちゃんの入浴係❗️大が正で若は副ね☝️😊
さらに垂仁天皇は
『おみゃあが結び固めた瑞(みず)の
小佩(おひも)は誰が解くんだ?』
そう問うとこれにサホビメノミコトは
『旦波比古多多須美知宇斯王の娘の
(タニハノヒコタタスミチノウシノミコ)
兄比売(エヒメ)と弟比売(オトヒメ)の
二人の女王(ひめみこ)は
清き心の人たちだで
彼女たちを使うべきだがね!』
そう言ったんだわ‼️
そしてついに垂仁天皇は総攻撃を決意‼️
サホビコノミコトと
サホビメノミコトは
自害してまうんだわ‥‥‥