魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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※今回はちょっと長いです。ご了承ください。


第百十九話 若手会議4・会食は会議の後で

 午前9時から始まった会議は午前11時半でお開き。予定通りだ。この後も予定していた通り、若手会議参加者たちで立食形式の会食を行う。まだ会食の方は準備が済んでいないので、それまでしばし休憩となる。

 ちなみに、達也は四葉本家から呼び出しを受けたという事で、そそくさと若手会議を後にしている。和を乱した場から逃げる方便、ではなく、本当に呼び出されたようだ。

 まぁ、誰も達也を止めようとしていないから、良しとしよう。誰も達也をこの場に留めたくないという意味では、良くないかもしれないが。

 それはともかく、だ。

 

「智一さん、少しよろしいですか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 聞き出すならこのタイミングかと、会議室の奥(克人と智一が会議開始前に控えていた一室)に帰っていく智一を、俺は捕まえる。智一があまり取り乱していないところからすると、聞き出される事に当たりが付いているのか、それとも聞き出されるような事はないと思っているのか。

 

「すみません、先にこちらから謝罪を。私の意見が、司波達也殿を随分と不機嫌にさせてしまったようで……」

 

 少し意外な事に、智一から最初に謝罪してきた。申し訳なさそうな顔をしている彼からは、しっかりと謝罪の意が感じられる。どうやら、深雪を槍玉にあげ、達也の機嫌を損ねた事は、本当に申し訳なく思っているようだ。

 

「あれはこちらにも非がありましたので。兄、達也は深雪の事となるとどうしても神経質で怒りっぽくて……。兄には俺の方から、智一さんから謝罪の言葉があった事を伝えますし、少し言い含めておきます」

 

「言い含める必要は……。まぁ、謝罪については十六夜殿からお伝えいただければ。私が直接謝罪に行っても、また怒りを買いかねませんので」

 

 俺が素直に彼の謝罪を受け入れ、同時にこちらの非を認める。そうすると、智一はただ自分の方にのみ非があったと言うように、ひたすら謝罪の意を伝え続けた。

 達也を怒らせるつもりは、彼には一切なかったのだろう。

 

「……お聞きしたいのですが、どうして深雪を推すような意見を?途中言われましたように、真由美さんが広報部の看板でも良かったのではありませんか?」

 

 俺は、智一がわざと怒らせにかかっているもの、少なくとも、四葉家に対する嫌がらせを企てているものと、思っていた。

 だが、ここまで謝ってくる姿には、嫌がらせを企てている者の姿はない。元より、智一は弘一と違って実直な人物であるという印象を、俺はジード捕縛作戦の際に受けている。

 だからどうにも、人物との印象と出した意見に齟齬があるように感じてならない。その齟齬が何由来か、俺は聞き出したいのである。

 

「……実は、父からそうするようにと、指示されていました」

 

 智一のその一言で、全てが腑に落ちる。

 つまり、嫌がらせを企てていたのは弘一の方だったのだ。智一はあくまで、弘一に操られていた、という訳である。

 

「四葉家は表の身分がありません。だから、裏のイメージが強く、後ろ暗い噂が多いです。……父は、これを機に四葉に表の仕事を与えたいと、言っていました。四葉に広報部の看板役を務めてもらえば、四葉の風評は払拭できると」

 

 智一は四葉のイメージを改善したいと、弘一の指示に従ったようだ。それが、弘一の巧妙な策とも知らずに。

 智一は指示に従った結果、そうして引き起こされた事態で、ようやく弘一が嫌がらせを仕掛けていたと察したのだろう。そうと知らずに従った自身の不甲斐なさと、実の父の狸具合に、恥じ入るばかりといった様子だ。

 

「父には私の方から言っておきます、今回は余計なお世話だったと。そも、十六夜殿が『日本若手魔法師の旗手』として奮闘し、四葉の風評払拭に苦慮しておられる様子。私の親切心は、却って邪魔でしたね……」

 

「弘一さんの考えは分からなくもないですし、智一さんの親切心は今回噛み合わなかっただけです。智一さんの想いは、大切に受け取らせてもらいます。……ただ、今後は事前にお話しいただければ、と」

 

 智一は凄く落ち込んでいるので、俺は非難する気も責任追及をする気も失せてしまう。なので、素直に気持ちは受け取りつつ、またこういう失敗をしないように改善点を上げておくに留めた。

 

「そう言っていただければ、有り難いです。……そういえば、父の考え、という点で少し」

 

 何か、情報を渡すような素振りを見せる智一。多少でも役に立つ事で、言葉のみではない謝罪としたいのか。

 

「弘一さんが何か?」

 

「ここのところ、『十六夜君が四葉の次期当主であれば』と、何かにつけて零しています。おそらく、四葉の次期を司波深雪さんではなく、十六夜殿にしたいのかと」

 

「……なるほど」

 

 俺は、少し頭が痛くなった。

 どうやら、弘一が嫌がらせをする理由は、四葉の次期当主にあるようだ。端的に言って、深雪を失脚させる事で、俺を四葉次期当主へと()げ替えたいのだろう。深雪を次期当主へ推した俺にとって、傍迷惑以外の何者でもない。

 

「……智一さん。……俺は四葉家当主になる気はありません。しかし、影響力のある立場に居座るつもりです、と。そう、弘一さんにお伝えください」

 

「承りました。必ず伝えます」

 

 弘一からの嫌がらせを少しでも抑制すべく、俺は智一にそう言伝(ことづて)る。申し訳なさからか、智一は素直に言付(ことづ)かった。

 『それではまた会食の時に』と、俺は彼を見送る。

 

 会議室は俺を除き、すっかり無人になった。

 俺は皆と同じように退室するのではなく、真っすぐとある席へと向かう。

 その席は、烈が座っていた席、彼の退室に合わせて壁際へ寄せられた物だ。

 そう。片付けられていない。会議中ずっと、この室内に置かれたままである。

 俺は、それを少し怪しんでいた。

 

(……あの好々爺のフリした世界最巧の事だから、『順風耳』みたいな魔法を仕掛けてるかと思ったんだが)

 

 すぐ傍まで近付いてみても、魔法の痕跡は感知できない。だから、ただの杞憂、とはならないのが、九島烈の怖いところだ。俺では感知できない魔法を仕掛けている可能性は充分すぎる程ある。

 

「惜しいな、十六夜君。嗅覚の鋭さは十二分(じゅうにぶん)だが、視野が少し狭いのではないかな?」

 

 会議室の入り口から、烈が俺へ声を掛けた。見れば、もの凄く楽しそうな笑みを浮かべている。

 それで、『視野が少し狭い』というヒントを貰ったので、俺は件の椅子をひっくり返した。

 座板の裏、座枠の隅に、小さな機械が取り付けられていた。どう見ても盗聴器である。烈がひっそり取り付けたのだろう。そうして、会議の内容を盗み聞きしていた、という訳だ。

 

「……さすがですね、トリックスター。ヒントを貰わなければ気付けませんでした」

 

「こちらのセリフだよ、十六夜君。ヒント1つで魔法以外を考慮に入れられるのは、さすがの一言だ。出題者としては、揶揄い甲斐がなくてつまらんがね」

 

 『つまらん』と述べながら俺の元へ歩み寄る烈。鼻を鳴らしはするが、その笑みは先程より深くなっている。

 

「しかし、そうかぁ……。君が以前に話してくれた、魔法師の新しい生きる道、土木業、鉄鋼業ではまだ不十分だと、君は考えていたのだな……。いやはや、この老いぼれの凝り固まった価値観では、それらの問題点を考える事もできなかった。全く、君の思慮深さには恐れ入るよ。アイドル・プロデュースを新たな道として挙げる部分も含め、な」

 

 烈はやはり、会議内容を盗み聞きしていたようだ。会議中に俺が出した意見、魔法師アイドル・プロデュースに、自分の中になかったその発想に、烈は感嘆としていた。

 目から鱗が落ちる、というヤツだろう。

 

「意外と乗り気な人が多かったですが、まだまだ実現には遠いでしょう」

 

「そうだろうな。誰にもなかった発想だ。前例がないから下地作りにも時間がかかるだろう。だが、会議でもそうだったように、理解が得られる意見だ。賛同者、協力者もきっと多く得られる。『実現には遠い』と、悲観する事はないよ。十六夜君」

 

「ええ。まずは次の若手会議で改めて、問題点と改善案を話し合いたいと思います。できれば、識者、アイドル・プロデュースに知見がある人をお呼びしたいですが。さすがにそれは後々になりそうですかね」

 

 烈から好評と励ましを貰ったので、俺は計画実現に向けた意思を表明した。識者を呼びたいという、専門家の意見も欲しいとする言葉を付け足しておき、有能さアピールをしておく。

 

「あ、あの!」

 

 また会議の入り口から声を掛けられた。今度は七宝だ。

 

「お話し中、すみません!でも、アイドル・プロデュースに知見がある人を呼びたいと聞いて、力になれるかもと思って……」

 

 どうやら七宝は、俺と烈の会話を聞いてしまったようだ。まぁ、訊かれて困る事ではないから良いが(烈が盗聴していた事実は困るか?)、まさかの助力提案で、俺は驚いている。

 

「君は七宝琢磨君だったか。アイドルの知り合いでも居るのかい?君も中々隅の置けないなぁ」

 

「お、お名前を覚えていただき、光栄です。えーと、アイドルではないんですが、俳優業をしている個人的な知己が居まして……」

 

 烈が揶揄いがてらに下衆な勘繰りをしているのだが、琢磨は緊張しすぎているがために揶揄いを見逃し、真面目な返答だけをしていた。烈はそれにちょっと噴いている。肩透かしに落胆してないようで何よりだ。

 

「俳優、なるほど。じゃあその知己経由で噂を流してみてくれ。四葉十六夜が魔法師をアイドルにしようと計画してるって」

 

 七宝の言う知己が小和村真紀である事は察している。彼女がメディア企業の社長を父に持ち、だからその縁で助力できるだろうという、七宝の考えも含めて。

 よって、まずは噂だけを流すようにだけお願いしておいた。

 

「了解しました。……けど、噂を流すだけで良いんですか?」

 

「計画の有効性にはまだ議論の余地があるし、計画と言うにはまだ細部が甘すぎる。計画を実行するには早すぎるんだ。具体性も前例もない儲け話なんて持っていったところで、何処も取りあってくれない」

 

 七宝本人としては、小和村の方に話を持ち掛けたいようだ。だが、俺はそれを制した。

 今回の議論はまだまだ子供の戯言に過ぎないのだ。そして、理想だけを掲げる子供の戯言に、現実的な利益を追求する大人は付き合ってくれない。

 

「だが、その噂で食いつてくれるなら、少なからず価値は証明される。相手方が金になるかもしれないと、判断してくれた訳だからね。ま、金になる事が、直接的に人種差別撤廃へ繋がる訳でもないが。まずはこの計画未満にどれ程の価値があるか、識者に見てもらわないとね」

 

 戯言が商人のお眼鏡に適うかどうか。それが、魔法師アイドル・プロデュース計画の有効性を測る指標となり得る。

 相手が食いつけば、少なくとも金を稼げるくらいに人の目は集められるだろう、という事。人の目が集まれば、それだけこちらの意見や考えは発信しやすくなる。

 後、アイドルとして単純に売れてくれれば、非魔法師も魔法師を守ろうとする意欲も湧くだろう。可愛い動物を守りたくなるのは、人間の性なのだから。

 

「さ、さすがです、四葉先輩。そこまで深く考えておられたとは……」

 

「功を焦る気持ちは分かるが、拙速となるのは良くないからな。俺たち魔法師の未来にとって重要な事だからこそ、木組みの梯子を掛けるんじゃなく、石段を積み上げていかないと」

 

「『一番の近道は遠回り』、という事ですね」

 

「ま、そういう事だね」

 

 ジョジョラーの疑いがある七宝。彼の理解はニュアンスが少し違う気がするが、彼にとってはそういう理解の方が受け入れやすいのだろう。訂正しなければならない程の間違いをしている訳でもないので、俺はそのまま流しておいた。

 

「後輩の育成にも余念がないようだな、感心感心」

 

 七宝との会話を静聴していた烈。どうやら俺が七宝を教育したものと捉え、感心を言葉にしていた。

 

「育成という程の指導はしておりませんよ」

 

「……根性を叩き直されてと言うか、心を折りに来られたような」

 

 俺は烈の誤解を解きたかったのだが、七宝からすれば誤解でもないようだ。彼としては、俺からの苦言や模擬戦が育成、または教育的指導だった、という事か。

 指導された事は心が折られかけたのも合わせて苦い思い出らしく、七宝の顔には苦みが走っていた。

 

「度々の苦言や模擬戦は、それこそ根性を叩き直しただけさ。それだけで充分だった。あるいは、そこまでする必要があった。どっちと捉えるかは、七宝さんに任せるよ」

 

「……はい。……今後はあのような痴態を曝さぬよう、精進してまいります」

 

 『そこまでする必要があった』という方で捉えたのだろう七宝。彼は俺に深々と頭を下げていた。

 また叩き直す必要はないようなので有り難い。

 

「後輩、そして他二十八家とも仲良くやっていけそうで何よりだ、十六夜君。……さて、私はそろそろお暇しようか」

 

 見るべきモノも聞くべき事も成したと、烈は満足げに、しかし寂しさも滲ませながら、踵を返した。

 

「会食にはご参加されないので?」

 

「……良いのかい?」

 

 何食わぬ顔で会食にも参加するのだろうと、思っていた俺。その思い違いを口から零せば、期待感が隠し切れなかったのか、烈は足を止めて振り向いていた。

 

「老師とお話ができるというのは、我々若手にとって貴重な機会です。仕事ではなく、ただの交流となれば、六塚さんにとってもそうなのではないでしょうか。ですので、お時間がありましたら是非とも参加していただきたいのですが」

 

 俺には、寂しげな老人を追い出すなんて無情はできない。なので、初めから参加を打診するつもりだったように、言葉を取り繕った。

 

「君が良いと言うのであれば是非とも参加させてもらおう。克人君や智一君に何か言われたら、君が許可したと言わせてもらうよ?」

 

 烈は即座に参加する事を決定した。しかもさりげなく俺の言葉を言質にしている。克人や智一に何か言われても居座るつもりだ。

 仕方ないと、俺は苦笑だけを返すのだった。

 

 その後の会食は、表向き和やかに進んだ。

 烈が参加者数名に囲まれながら苦にせず捌き、そして孫に囲まれる祖父のような朗らかな表情をしていた。

 同時に俺も参加者数名に囲まれたので、烈がしている会話を拾う事はできなかった。さすがに、六塚現当主を相手にしながら、また他の二十八家子息令嬢、あるいは当主補佐を捌くとなると、俺に余力はなかったのである。

 俺の方の会話は、本当に単純な興味関心、趣味や特技、九校戦についてなどを聞かれる事がほとんどだったが、いくつか、達也の態度についての苦言を迂遠に呈されてしまった。家の教育が拙かったのだと、一応フォローはしておいてある。実際、教育が拙かったのだろうし。

 

 そんなこんなで、他愛もない歓談を繰り広げ、精神的に疲れる会食を終えるのだった。

 

 

 

 正午から始まった会食は午後2時を持って終了となったが、参加者に引き留められて歓談が続いた事で、俺が自宅に帰る時間は午後5時までズレ込んだ。

 

(若手と言えど、さすが二十八家……。色んな口実で呼び止めて、あまつさえ自分らの息のかかったホテルやらレストランやらに連れてこうとしてくるとは……。おまけに、噂の婚約者候補殿以外に候補者は居るのかとか、妹を候補に上げたい場合はどうすれば良いかとか、そこまでドストレートに言ってきてないが遠回しに迫って来られたし……。まぁ、酸いも甘いも経験済みの20代後半が主な参加者となれば、そういう手練手管も備えた奴らばっかりか……)

 

 人混みが苦手なのに合わせ、腹芸ができる奴に揉まれ、疲れに疲れている俺だった。

 四葉が手配した車で自宅に着いたところだが、今にもベッドに飛び込みたいところだ。

 ただ、そうもいかない事を、玄関で周妃が待っていた時点で察するのである。

 

「お帰りなさいませ、大人(ターレン)。お疲れのところに申し訳ありませんが、真夜様からお電話がありました。できれば帰宅後、すぐに折り返してほしいと」

 

「……俺に直接じゃなくて家に掛けたって事は、腰を落ち着けてしたい話か」

 

 真夜から伝えておきたい事、それも少し耳目を避けたい事があるようだ。周妃から回された伝言でそこまで読み解いた俺は、ヴィジホンの前まで疲れる体を引き摺る。

 どの部屋でも通信回線のセキュリティは変わらないので、玄関から一番近いリビングを通信場所に選んだ。

 周妃から髪を梳かされたり、衣服の埃を掃われたりしてから、俺はようやく電話を掛ける。

 

〈十六夜、帰りが遅いのではないかしら?〉

 

 ワンコールもしない内に応答した真夜の第一声がそれだった。顔には笑顔が張り付けられている。

 何もなければ午後3時には帰宅できる見込みだったのだから、そこから2時間オーバーとなればそうもなるか。

 

「会議の参加者から呼び止められてね、それも複数名に。縁談の話はともかく、食事のお誘いを断るのは面倒だったよ。何処で俺が大食漢だと広まったんだか」

 

 会食の後に食事へ連れて行くのは常識的におかしいのだが、俺が大食漢と知っていて、食べ足りないだろうと誘ってくる者が多数居た、という話。

 俺が大食漢だと知れ渡っている理由は、まぁ、九校戦開催期間でも第一高の食堂でも俺の大食いは見られる事だし、それを見た生徒が広めてしまったのだろう。人の口には戸を立てられない。噂話大好きな少年少女となれば、なおさらこの手の話題に口が軽くなる事だろう。

 別に、俺個人広まっても問題ない情報なので、広まっている事については特に気にしないが。

 

〈縁談……?ちょっとその話を持ち掛けてきた奴の名前、全員言ってもらえるかしら〉

 

 大食漢の話題で隠したつもりだったが、真夜は縁談の事を耳ざとく拾っていた。張り付いた笑顔、その奥の瞳は笑っていない。

 

「参加者の身の安全のために伏せさせてもらうよ。冗談交じりだったから、そう真面目に捉える必要もないだろう?」

 

〈十六夜、汚い大人たちは冗談に見せかけてこっちの言質を取ろうとしてくるものなの。その手の輩を甘やかすと、こっちが甘く見られるわよ?〉

 

「甘く見られた方が接しやすいだろう?四葉直系は接しやすいくらいが丁度良いんだ。孤立すると面倒だからね。『四葉』ならば、なおさらさ。力ある者が孤立すれば、悪として処されかねない」

 

 真夜は俺が周りに無警戒だと勘違いしているのだろう。しかし、逆なのだ。

 俺は周りを警戒しているからこそ、周りを敵にしないよう、ともすれば軽んじられかねない態度を取っていたのである。

 如何に『四葉』が他家から突出した魔法師集団とはいえ、突出しているからこそ孤立すれば危険分子とされかねない。

 そうなれば他家は四葉家打倒に手を取りあい、四葉家VS他家連合の構図を作る。他家全部を相手にするのは、さすがの四葉も多勢に無勢。高い質を持つ少数精鋭も、そこそこの質を持つ物量にはすり潰される。

 達也が居るせいでどうにかなりそうな予感はあるが、どうにかなった後は面倒事が山積みだ。焼き畑農業でもあるまいし、そんな大火事の後が如き焼け野原な未来は回避したい。大火事の予防は初期消火が大切なのである。

 

〈ちゃんと考えがあってのモノだと言うなら良いけど……〉

 

「それよりも。何か話があって家に掛けてきたんだろう?何かあったの?」

 

 考えがあってのモノと理解してくれたので、俺はこの話を引っ張らせず、真夜に先を促した。

 重要な話があるのだから、こんな些事にいつまでも時間を割きたくはない。

 

〈……そうですね。……今回の若手会議について聞きたい事と、聞かせたい事があるの。午前中の会議については達也さんの方から大筋を聞いています。貴方には貴方の所感と、後の会食の顛末について、聞かせてほしいわ〉

 

 真夜は今回の用件を全ておおまかに述べてから、まずは若手会議について聞いてきた。達也から受けた報告を補うため、また、多角的に情報を見定めるため、だろう。

 家に掛けてきただけって、やはり他人に聞かせたくはないが、そこまで急ぎでも重要でもない話ようだ。

 

「深雪が槍玉にあげられて達也が怒った事と、そうして悪くなった雰囲気を俺が直した事は聞いてるのかな?」

 

〈貴方が魔法師をアイドルにするという計画を夢想していた事も聞いています。その計画に賛同者が意外と多かった事も〉

 

「俺個人としては割とアリだと思ってるんだ。あざとくアピールするなら、突き抜けた方が清々しいからね。それに、アイドルなら血生臭い事はない。世間にある魔法師=兵器の印象も薄らぐ。魔法師としての実力はそこまで要らないから、魔法技能を持ってるけど魔法科生未満という人も重用できる。俺がぱっと思い付くだけでこれだけの利益があるんだから、実際は一石何鳥になるんだろうね」

 

〈一見馬鹿馬鹿しい計画なのにとても合理性がある。貴方の発想力にはつくづく驚かされるわ〉

 

「価値観がちょっとズレてるだけさ。俺は他の魔法師と違って、魔法に夢を見てた人間だからね」

 

 烈と似たように、真夜も相変わらず褒めてくれる魔法師アイドル・プロデュース計画。俺からすれば、何故皆思い付かないのかという計画であるが、同時に俺の成り立ちが周りと違う故のモノだと自覚している。

 先天的な魔法師と、後天的な魔法師なら、どうしても考え方がズレてしまうものだ。魔法に対するスタンスが違うのだから。

 前者にとって魔法はただの道具かもしれないが、後者、俺にとって魔法は夢を叶え得る、まさに魔法のアイテムなのである。

 だからこそ、魔法師を夢見せる偶像(アイドル)に仕立て上げる考えなんて、俺のような異常側にしかできないのだろう。

 

〈……十六夜、その認識は改めなさい。貴方の発想が他からズレているのだとしても、他人と違う発想ができるというのは得難い才能なのよ?貴方のそのズレた価値観は、貴方の才能なの。分かってる?〉

 

「もちろん、分かってるとも。他人と違う発想ができるという事は、他人の虚を突けるという事だ。交渉や戦闘において、それは武器になる」

 

〈……ちゃんと分かっているのかしら〉

 

 真夜がしてほしい認識は俺がしている認識と差異があるようで、その事を小さく呟いた。小さい呟きだったので、俺は聞こえなかった事にする。

 

「会議はその案に終始したのも聞いてるだろうから省くとして。俺が聞かせるべきはその後だね。会議終わりに老師が盗聴器を仕掛けていたのに俺が気付いたんだけど―――」

 

〈待って。九島閣下が会議に紛れてて、即座に退室させられた事は聞いているけど。……盗聴器を仕掛けてたの?〉

 

「老師が座ってた椅子にこっそりとね。魔法には警戒してたけど、まさかそんな初歩的な手で来るとは思っていなかったから、出し抜かれたよ。まぁ、どうせ九島蒼司から報告を受けるんだろうから、遅かれ早かれって話だね」

 

〈知られる事は問題ないけど、盗聴器を仕掛けられたのは問題ではないかしら……?〉

 

「勘付いてた俺にだけはあっちから種明かししてくれたし、授業料って事で」

 

〈……〉

 

 色々ツッコみたそうな真夜。でもそうしたら話が長くなるだろうと、眉間を揉んで我慢している。

 

「魔法師をアイドルにする案は、老師にも好感触だったみたい」

 

〈……閣下なら面白がるでしょうね。……3Dアバターを使わないアイドル形態、それが主流だった時代をその目にしてきた方ですから、抵抗感はないでしょうし〉

 

 アイドルのプライバシーを重んじて、昨今は3Dアバターを用いるのが主流であるという話。3Dアバター・アイドルに至るまで、ヴァーチャルリアリティーアバターでのアイドル活動も体験してきた社会は、案外その形態への変更がスムーズにいったそうだ。

 ただ、ごく少数ではあるものの、生身でのアイドル活動も生き残っている。これは、前時代の形態には根強い人気がある事の証明だろう。というのが余談である。

 

「会食の方は特に問題なかったよ。俺が多くの人間に囲まれたっていうのと、達也の態度に苦言を呈されたっていうのくらいだ。達也の態度については、教育が悪かった事にしたよ」

 

〈……間違っていないから何とも言い難いわね〉

 

 真夜は達也の教育に問題があった事を自覚していた。また眉間を揉んでいる。

 

「俺から聞かせられる事はそのくらいかな?」

 

〈持ち掛けられた縁談について追及したいところだけど、まぁ良いでしょう。こちらが聞かせたい話に移りましょう。……巳焼島(みやきじま)を実験施設に改装する予定が立っています〉

 

 縁談についてはどうせはぐらかされると分かっているのだろう。真夜はさっさと聞かせるべき話を切り出す。

 

「……巳焼島って、犯罪魔法師の収監施設だよね?四葉が国防軍から委託されて看守してる」

 

 現在は四葉の私有地であるが、かつての国防軍施設だったし、収監施設があるし、おまけに収監施設に関する業務は委託されているという、四葉個人の持ち物とは断言しづらい島、巳焼島。そんな島を勝手に改装してしまって良いのかという、当たり前の疑問を俺は口にした。

 どうせ国防軍とはもう話が付いているのだろうが、どう話を付けたかは聞いておきたいのだ。

 原作で語られていた気がするが、残念ながらそこら辺の原作知識は相変わらず抜け落ちている。

 

〈表向きは収監施設の機能をまだしばらく維持するけど、後々には解体します。犯罪人の収監施設を民間に任せるのは、軍も疑問に思っていたのでしょうね。快く受け入れてくれたわ〉

 

 真夜の言う通り、相手が『四葉』とはいえ収監施設を民間に任せるのはおかしい。第三次大戦中の人手不足を解消するため、特例として当時の四葉にその仕事を委託し、そのまま契約破棄の機会が得られないために今まで続いていた業務委託だったのだろう。

 そして、今回その機会を得られ、乗っかった訳だ。

 真夜の深い笑みに、国防軍を脅迫した可能性を思わず疑ってしまうが。

 

「それは良かった。しかし、このタイミングで実験施設を新設するって事は、今までの実験施設はもうダメそうなんだね」

 

〈四葉の里にある実験施設は、増設した部分こそ新しめですが、基幹の部分は大戦中の物。さすがに型落ちが酷いし、老朽化してきています。さすがに一新したいのですが、互換性もなければ替えも効かない機器もあるし……〉

 

 壊してしまうには、問題がある機器もあるようだ。だから今ある施設の一新ができず、いっその事別の場所に新しく作ってしまおう、という話か。

 

「新設する実験施設については了解。俺には特に不都合ないし、今さら何か異論を言える段階でもないでしょ」

 

〈そうね。じゃあ、次に移りましょう。……達也さんが編み出した『ゲートキーパー』の改良は津久葉家に任せる事が決まりました〉

 

「達也が『ゲートキーパー』を手放したんだ」

 

〈『ゲートキーパー』は精神干渉系に高い適性を持つ者なら使える、という設計思想だったようです。深雪さんに使わせる予定だったのでしょうね。でも、達也さんは精神干渉系の適性を持っていないから、深雪さんに使わせるところまで持って行けないと判断を降した。だから、家系的に適性が高い傾向にある津久葉家に任せたのでしょう。津久葉家に任せると言い出したのは私だけど、達也さんは渋りませんでしたし〉

 

 達也は『ゲートキーパー』の改良を適任者に任せた、という話。

 達也が『ゲートキーパー』を使えている事自体、達也としては当初の設計思想から外れていたようだ。

 と言っても自身では『エレメンタル・サイト』を使って無理矢理行使しているモノだから、自身ではこれ以上改良が難しい。

 よって、改良を行えそうな津久葉家に任せたのだろう。

 

「その内俺も使えるようになるんだったら、それに越した事はないね。魔法封じなんて切り札は、是非とも欲しいところだよ」

 

〈四葉各家に広めるつもりだった辺り、達也さんや深雪さんには効かないのでしょうけど〉

 

「達也レベルの魔法師を封じられる手段があるなら、それこそ喉から手が出る程欲しいよ」

 

 達也を封じられる魔法はない。そんな揺るがないだろう結論に、俺も真夜も揃って肩をすくめていた。

 『ゲートキーパー』に関する話は、それで終わりである。

 

〈最後は、七草が四葉を槍玉にあげて、四葉対他家の対立を煽ろうとしていた事に関して。他家と対立する事になった場合、四葉の人間として取るべきスタンスと、警戒すべき対象を伝えておくわ〉

 

 深雪を広報部の看板にしようと智一が動いた件について、真夜は七草が対立煽りをしたと、かなり物騒に捉えていたようだ。対立した場合の話を、彼女は持ち出していた。

 その物騒な捉え方をしたまま、周りを敵視して判断を間違えられたら困る。

 なので、対立煽りではない可能性を、俺は提示する。

 

「一応だけど、智一さんには対立を煽ろうとする意志はなかったから、そういう意志を持っているとしたら弘一さんだけだと思うよ。真由美さん曰く、智一さんは弘一さんに結構言いくるめられてしまう人みたいだから。後、智一さん曰く、弘一さんには俺に四葉家当主になってもらいたいらしいんだ。対立煽りと断定するのは、少し危ういと思うよ」

 

〈達也、ひいては深雪の失脚を狙っているって事かしら。何にせよ、嫌がらせをしてきている事は変わりないわ〉

 

「弘一さんと四葉全体での和解は難しいかもしれないけど、弘一さん以外の七草や、他の家とは和解ができるはずだ。俺はそっちを目指したい」

 

 まだまだ弘一への敵意が強いので、俺はそれをどうにか収めに掛かる。

 

〈……私も、無駄に事を荒立てるつもりはないわ。対立を想定した話は、あくまで最悪の想定ですから〉

 

「それなら良いんだ。間違っても、弘一さんを直接討ちに行ったりしないでね」

 

〈十六夜、貴方は私を何だと思っているの?〉

 

 私怨で人殺しをしかねない人物だと俺が思っている。真夜はそう勘違いして、口を尖らせた。

 当然、俺はそんな人物評を真夜に持ってはいない。だが、感情的な面があるので、俺からの言葉は言われても仕方ないモノだと思うが。さすがの俺も、その心の声をストレートに言ったりはしない。

 

「……心配性な母さん?」

 

 なのでこうしてオブラートに包んだ。

 割と、言い得て妙だと、自負している。

 

〈……組織の長であり、貴方を大切に思う人間でもあるのだから、心配性なのは当然でしょう?〉

 

 真夜は、顔を少し赤くしていた。

 その由来は、怒りによる興奮か、あるいは羞恥心か。詳細は彼女のみぞ知る。

 

「それで。スタンスと警戒対象は?」

 

〈……こちらを一方的に利用しようと言うのなら、対立する事になっても無視して構いません。そして、攻撃されたら遠慮なく反撃してください〉

 

 話をさっさと修正された事が気に障ったのか、小さく眉根を歪める真夜。しかし、彼女自身話が逸れていると感じていたようで、不機嫌を口に出さずに、代わりにスタンスについて口に出した。

 対立してしまいそうならそれで構わないし、いずれ分からせる、というのが四葉全体の取るべきスタンスとして決定されている、との事だ。

 これは、俺が進んで他家との交流に動かないと拙いだろうか。今後も『若手会議』には率先して参加し、時と次第によっては達也を除外すべきかもしれない。

 

〈警戒すべきは、十文字家と十山(とおやま)家。そして、九島光宣個人です〉

 

「……どうして十山家?」

 

 真夜が警戒対象として上げた3つ。

 十文字家は『ファランクス』が固いし、頭が固いと言うか国家に忠実な面があるから警戒するのは分かる。考え方で対立する可能性は高いし、敵になったら厄介な相手だ。

 九島家全体ではなく、光宣個人を警戒対象に上げるのは意外だが、実力を考えると驚きはない。ただ、真夜も彼の実力をそこまで高く評価していたのは、少し驚きだ。もしかしたら、彼が特殊な調整体であるという事も知り得ていて、そこも加味しているのかもしれない。

 十山家の名前が上げられた事についてだけは、聞き返す程の驚きがある。俺自身はあまり十山家の事を詳しく知らないが、二十八家内では十文字家の格下である感じが否めない。

 そんな家を、どうして十文字家と並べて警戒しているのか。原作で何かやらかした家だった気がするが、残念ながらその辺りの原作知識は抜け落ちているので、真夜が警戒する理由が分からない。

 

〈政治的・軍事的に高い地位へ就いてはならないという不文律が、二十八家にはあります。これは十師族が政治・軍事から独立している組織であると保証するためです。だから、十山家も国防軍に血族を送り込みながら、高官にはなれていません。しかし、そういう軍内部での高い地位ではなく、独自裁量の権限を手にしています〉

 

「……下士官なのに独自裁量を持ってるって、軍としてどうなんだ」

 

〈私もどうかとは思います。でも、それだけの功績が十山家にはあるのよ。あの家は、代々政治・軍事の高官を守ってきた家だから〉

 

「なるほど。恩を売って自由を買った訳か」

 

 軍には呆れたが、十山家の賢さには感心した。

 地位がある者程面子を大事にする。かつて命を助けられたとなれば、その恩は非常に高値となるだろう。そして、その値は下士官でありながら下手な上官より権限を持てるくらいにまで跳ね上がっている訳だ。

 二十八家の不文律を掻い潜りながら権力を手にしたその手腕には、本当に感心する。

 それを思い付き、実行できた点も感心すべきだろう。

 『十』を冠する家は確かに障壁魔法を得意としている。規模や強度では十文字家が最高だ。十山家は間違いなく十文字家に劣っている。

 だが、都市を守るには不充分でも、人を守るには十二分(じゅうにぶん)。都市をも守れる十文字家と差別化を図り、なおかつ生存戦略を図って、十山家は高官の守護を選んだのだろう。自分たちが持つ実力を正確に見極め、その実力で成せる最高の成果を上げた。

 実に見事であり、だからこそ認識を改めるべきだ。

 

「油断できない相手、という事だね。智謀も、実力も」

 

 俺は、十文字家と同列の警戒対象だと、十山家を認識した。

 

〈『若手会議』には誰も参加させなかったようですし、あそこの思惑は不明瞭です。充分に警戒してね?十六夜。後、言い寄ってくる奴らに対しても〉

 

「分かってるよ、母さん。……聞かせたい事は以上かな?」

 

〈……個人的に聞きたい事と言いたい事がありますが。それはまた今度にしましょう。……疲れているでしょう?今日はゆっくり休みなさい〉

 

「そうさせてもらうよ」

 

 真夜の個人的に聞きたい事と言いたい事については気になったが、疲れているのは確かだ。俺はお言葉に甘え、この通話を終わりにさせてもらう。

 そうして、お互い笑顔で、電話を切るのだった。

 

「さて、読書でも―――」

 

 体と心を休めるため、書斎へと向かおうとした矢先だった。

 インターホンが鳴る。

 

〈十六夜くん、もう帰ってきてる?〉

 

 鳴らした相手は、真由美だった。

 インターホンの画面には真由美本人と泉美、そして、光宣の姿が映されている。

 

「こんばんは、真由美さん。少し前に帰ってきましたが。……どうして光宣さんが?」

 

〈暗に十六夜さんと親交を深めてくるようにと言われていて、そのために『若手会議』の会場にも連れて行ってもらえたんですが。終わった直後がアレだったもので、話しかけづらくて……〉

 

 光宣の言う『アレ』とは、参加者に色々とお誘いをされて囲まれていた事を差しているのだろう。

 実際、あの人垣に割って入るのは胆力が要る。俺がお誘いを全て断っていた事からも、自身のお誘いも断られかねないと、声を掛けづらくなる。その場でお誘いを受けてもらえても、周りと違う対応されている事で悪目立ちしてしまう。

 だから、光宣は結局あの場で声を掛けられなかったのか。

 

〈そんな僕の様子を見かねてか、真由美さんが家に呼んでくれたのです。十六夜さんの代わりにはならないけど、自身らとの親交も価値はあるだろうと。都合が合えば、十六夜さんとも合流できると〉

 

 光宣はそう真由美への感謝を言葉に込めながら、しかし俯いていた。

 それは、真由美の助け舟がなかったら実家に帰りづらかった情けなさか、実家の思惑に俺を付き合わせてしまう事への申し訳なさか、あるいはその両方かもしれない。

 ただ何にせよ、俺は邪険にするつもりは抱かない。

 

「そうか。じゃあ夕食を共にしようじゃないか」

 

〈……良いんですか?〉

 

「老師には良くしてもらっている。これはその恩返しだと思ってくれれば良いよ」

 

〈……良くした分、悪くもしてると思うんですが〉

 

「まぁ、そこはほら。大人の事情って事で」

 

 実家が色々迷惑を掛けたという罪悪感が、光宣にはあるようだ。今さらどの面下げて親交を深めれば良いのか、彼には分からないのかもしれない。

 でも、彼が罪悪感を覚える必要はないのだ。そもそも彼がやった事ではない。それに、お互いに利益があるなら手を組み、害となり得るなら手を上げる、というのが大人の世界だ。損害を与えたなら賠償金を払って、それで手打ちなのである。失った信用まではそうもいかないが。

 

〈光宣くん。十六夜くんがこう言ってくれている事だし、ご厚意に甘えましょう〉

 

〈十六夜さまと食事を共にできる好機です!光宣さんはそんな貴重な機会を感情論で手放すつもりですか?〉

 

〈み、皆さんがそう言うなら……。十六夜さん、ご相伴に与ります〉

 

 真由美たちにと言うか、泉美の勢いに押し切られ、光宣は罪悪感を心の奥に収めた。

 

「今からお店を探すのも面倒だし。どうです?(ウチ)の料理人を試してみるのは」

 

〈そう言えば、周妃さんが料理を作ってくれているのだったかしら。十六夜くんがいつも食べている料理、興味があるわね〉

 

〈未来の旦那様がどんな食の嗜好をしているのか、知っておくべきですからね〉

 

〈その観点は、なくもないけど……。そ、それより香澄ちゃんも呼んでくるわね!〉

 

〈……ツッコミを貰うと身構えていたのですが。……お姉様も、ようやくご自覚を持たれたのですね〉

 

 真由美は羞恥心から逃れようと香澄を呼びに行き、その背中を見送った泉美。何故か感慨深そうなその態度に、俺と光宣は微妙な顔を浮かべている。

 

「まぁ、何はともあれ。2人とも、家に上がってくれ」

 

〈お邪魔します!〉

 

「今鍵開けるからちょっと待ってくれ!」

 

 扉を壊しかねない勢いで(泉美に壊される程低い耐久はしてないが)手を掛けた泉美を必死に制する俺。

 その後幾ばくかして、周妃渾身の中華料理が並べられた卓を、俺は彼彼女らと共に囲むのだった。




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