童磨の頚を斬った瞬間、圓城は呟くように言い放った。
「……見くびるな、人間の力をーーーー!……侮るな、人の思いをーーーー!」
次の瞬間、全身に冷気を感じて目を閉じた。身体の大部分が凍りついている。勢いよくその場に倒れた。
「………う………あ………、」
呻き声が喉を掠れて漏れた。目を開けたはずなのに、何も見えない。さっきまであんなに身体が熱かったのに、今は寒くて寒くてたまらない。
心臓がどくんどくんと早鐘を打つ。必死に呼吸を続けるが、うまくできない。
どうなった?あの、鬼は、本当に死んだ?分からない。とにかく、現状を、確認しないと。ああ、立ち上がらなければ。必死に足を動かそうとするのに、動けない。それどころか呼吸をするのも苦しい。
また口から血が流れてくるのを感じる。胸が痛かったはずなのに、何も感じない。ただ、苦しくて、必死に小さく呼吸を繰り返す。
「………どう……なって、……」
必死に声をあげると、また呼吸が苦しくなった。
「菫様………、菫様ーーーー!!」
「おい、子分、しっかりしろ!」
どこかでカナヲと伊之助の声が聞こえた。手は動かせるようだったので、必死に左手を伸ばす。その手を誰かが握ってくれた。柔らかくて温かい手。きっとカナヲの手だ。声を絞り出す。
「……あ、いつ……死ん、……だ……?」
「はい……!はい、死にました……消滅、しました!!」
「よくやった、子分!!」
その言葉にホッと息をついた。そして心の中で叫ぶ。
しのぶ
やったよ
二人で倒したのよ
やっぱり、あなたはすごい
アイツを毒で倒したのよ
痛かったね
つらかったね
でも、あなたが倒したの
ありがとう、しのぶ
「子分、子分!!しっかりしろ!呼吸しろ!」
「菫様……!大丈夫ですから、すぐに、手当てをーー」
その言葉に圓城はカナヲの手を少しだけ強く握って止めた。
「……やめな、……さい……、も……いい……から……、それより……も、……カナ……カナヲ」
よかった。まだ声が出ることに、感謝して微笑む。言葉が出せる。それで十分だ。
次は、私が思いを繋げる。
「……カナヲ」
もう何も見えない。それでもカナヲがいる方向へと顔を向ける。
「……あなた、の姉さん、達が……死んだ……のは……私のせいです」
カナヲが息を呑んだのが分かった。
「……ごめんね、……っ、だけど」
また血が出てきた。それでも言葉を続ける。
「……しのぶ、が、……自分、自身…を、毒に……して、……あの…鬼を、弱ら、せ、……私が、その、……頚を、斬る……ことに、なって……た、……私、は……しのぶ、を……止めな……かった、ごめ、ごめ……んね」
喉がヒュウヒュウと鳴った。寒い。あまりの寒さに声が震えた。
「菫様!」
カナヲが叫んで手を強く握ってくれた。
「……許さ、……ないで、ね。一生、……恨みな、さい……、だけど、……」
伝えなければ、これだけは、絶対に。
「カナヲ……よく聞いて。絶対に忘れないで……」
ゆっくりと言葉を絞り出す。
「……しのぶ、は……願って…た、……あなた、や、他の子達、に……明るい、……未来、……を、歩んで……ほしい、と……」
「菫様!もう、もういいです!お願いだから、呼吸をして!」
「……あなた、は、あいつ、とはちが、う。だって、……ほら……大きな、声、で……叫べ、……ている。心の、奥で、……感情、が……燃えて……いる」
そうだ。
あんな生きている価値のない、空っぽの鬼とは違う。
違うよ、カナヲ。
全然、違う。
「愛される、ため……に、……幸せに……なる、……ために、生まれ、て……き……た……」
ゴボっと、また口から出血した。必死に血を口から吐き出す。
もう一つ。もう一つだけ。伝えなければ。
「……たん、じろ……」
「た、炭治郎?」
突然圓城から飛び出した名前にカナヲが戸惑ったのが分かったが、構わず続けた。
「た、……助けて、……あげ、…て……、炭治郎を……あの、子は、……き、ぼう……」
最後まで言葉を続けられず、唇を噛み締める。大丈夫。伝えたいことは、不完全だけど、なんとか伝えられた。思いは、きっと繋がる。
カナヲ、大丈夫。あなたは繋げることができる。
あなたは胡蝶カナエと胡蝶しのぶの最愛の妹なのだから。
しのぶ自慢の継子なのだから。
呼吸が徐々に弱くなっていく。寒さで唇が震えた。頭の中が溶けていくような感覚がする。
ああ、でも。
小さく笑った。
うん。悪くない最期だ。
仇を討って、誰かに看取られるなんて、私にしては贅沢な最期だ。
大好きな青空の下で死ねないのは、少し残念。
でも、睡柱・圓城菫らしい最期だ、と思う。
ねえ、ねえ、聞いて。
私は、私らしく生き抜いたよ。
その時、不意にあることに気づいて、圓城は笑った。
そうだ。
私、やっと、ぐっすり眠れるんだわ。
そう考えると、死に対して楽しみさえ覚える。
大丈夫。何も怖くない。
とっくの昔に準備して、覚悟を決めていたからね。
ああ、でもーーーー
しのぶ
もう一度、逢いたい
突然そんな感情が湧き出てきて驚いた。そしてぼんやりと考える。
死んだら逢えるのかな。
でも、私は地獄に行きそうだから、逢えないかも。
ああ、悔しいな。
もう一度だけでいいから、笑顔が見たかった。
その声で名前を呼んで欲しかった。
名前を呼ばれるだけで、嬉しくて、
本当に、嬉しくて、
自分の物じゃない、この名前が大好きになったのよ。
逢いたい
逢いたいよ
さよならも、言えなかった。
ああ、だけど、生まれ変わったら、また友達になってくれるって、言ってくれた。
嬉しかったなぁ。
しのぶ
待ってて。
もう一度、待ってて
私、また、走って行くから。
必ず、行くから
お願い、待ってて
次の瞬間、確かに、感じた。
誰かが、頬を撫でてくれた。カナヲじゃない。知ってる。覚えてる。忘れるわけない。この、この温かい感触はーーーー、
瞳から涙がこぼれる。最後の力を振り絞って声を出す。
「……ああ」
あまりの幸せに、顔が綻んだ。
「ーーーーそこにいてくれたのね、……しのぶ」
ありがとう
ありがとう、しのぶ
また、逢おうね
そして、花が咲いたように笑いながら、圓城菫はその生命を終えた。
「子分……」
伊之助が呆けたように声を出す。カナヲは涙を流しながら、たった今、息を引き取った睡柱の目を閉じさせた。
「……おやすみなさい、菫様」
鴉の声が響き渡る。
「撃破!!撃破!!胡蝶シノブ・圓城菫ノ両名ニヨリ上弦ノ弐、撃破!!」
その声に、竈門炭治郎と冨岡義勇は顔を上げた。
「カアアーー!!死亡!圓城菫、死亡!!上弦ノ弐ヲ打倒シ、死亡!!」
その言葉に二人とも大きく目を見開いた。
「……しのぶさん……圓城さん」
炭治郎の瞳から涙がこぼれた。