夢で逢えますように


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作:春川レイ
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勝利の微笑み




※二話連続で更新します。









 

 

 

 

「……っ!」

圓城は浮遊感に混乱しながらも、まずは体勢を変えた。目に入った襖を思い切り蹴って、飛び込むように着地する。衝撃に顔をしかめながら、周囲に素早く視線を走らせる。目の前には廊下が広がっていて、自分以外の人間はいない。

とにかく誰かと合流して鬼舞辻のところに行かなければ…、いや、できればしのぶと合流して…、などと考えながら足を踏み出そうとしたその時だった。

「………!」

廊下の奥から、二体の異形の鬼が姿を現した。一気にこちらに近づいてくる。

「睡の呼吸 肆ノ型 微睡み子守唄」

一気に刀を振り下ろすと簡単に頚が斬れた。鬼が消滅していくのを確認してから、走り出す。

 

 

しのぶーーーー、どこにいるの?

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

胡蝶しのぶはその鬼を見た瞬間、身体中の血が沸騰するかのような感覚を覚えた。

「やあやあ、初めまして。俺の名前は童磨」

血のような真っ赤な帽子と服、縦縞の袴を着た白橡色の長髪の鬼。その瞳には『上弦』『弐』と刻まれている。

「た…たす、け、助けて…!」

童磨の傍で倒れていた女性が、怯えた表情でしのぶに手を伸ばし、助けを求めた。しのぶは素早く移動し、女性を抱えて童磨から距離を置く。

「大丈夫ですか?」

しのぶは一度、女性を安心させるように穏やかな笑みを浮かべた。だが、女性は苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。そして次の瞬間、女性の身体は細切れになってしまった。その場に真っ赤な血が広がる。

「あ、大丈夫!そこにそのまま置いといて!後でちゃんと喰べるから」

陽気な声が響いて、しのぶはゆっくりと童磨の方を振り向いた。

童磨の手には一対の扇が握られており、それを楽しげに振り回しながら言葉を続けた。

「俺は『万世極楽教』の教祖なんだ。信者の皆と幸せになるのが俺の務め、その子も残さず綺麗に喰べるよ」

激しい怒りが全身に広がりゆくのを感じながら、それでも冷静に言葉を返す。

「・・・皆の幸せ?何を呆けたことを。この人は嫌がって助けを求めていた」

「だから救ってあげただろ?」

童磨は、死んだ女性を見ながら穏やかに笑った。

「その子はもう苦しくないし、辛くもないし、怯えることもない。誰もが皆、死ぬのを怖がるから、だから俺が喰べてあげてる。俺と共に生きていくんだ。永遠の時を。」

童磨を鋭い目で見据えながら、しのぶはゆっくりと立ち上がった。

「俺は信者たちの想いを、血を、肉をしっかりと受け止めて救済し、高みへ導いている」

自分の胸に手を当てて、童磨が語る。顔を怒りと憎しみで歪ませながら、しのぶは口を開いた。

「正気とは思えませんね。貴方、頭大丈夫ですか?本当に吐き気がする・・・」

童磨は「え~?」と、キョトンとした表情をする。

「初対面なのに随分刺々しいなぁ・・・あっ、そうか」

そして、優しく微笑みながらしのぶに語りかけた。

「何かつらいことがあったんだね…、聞いてあげよう。話してごらん?」

「つらいもなにもあるものか…!」

怒りに震えながら声をあげた。羽織を掴んで見せつけるように示す。

「私の姉を殺したのはお前だな…この羽織に見覚えはないか?」

「ん?」

童磨は不思議そうに首をかしげ、やがて「ああ!」と頷いた。

「花の呼吸を使ってた女の子かな?」

その言葉に刀を握る手に力がこもった。

「優しくて可愛い子だったなぁ。邪魔が入って喰べ損ねた子だよ、覚えてる。ちゃんと喰べてあげたかっ」

「た」、と童磨の言葉最後まで続かなかった。しのぶが一気に刀を突き刺してきたからだ。

「蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き」

日輪刀が童磨の目を襲う。

「おっと!凄い突きだね。手で止められなかった」

童磨は楽しそうに笑うと扇を構えた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

異空間を圓城は走り続けた。障子戸やら襖から異形の鬼が何体も姿を現す。攻撃を避け、斬り、そして走り続ける。

「しのぶ……!」

恐らく他の柱や隊員達も、この空間に引き込まれてしまっているだろうが、誰にも会わなかった。

必死に目を凝らし、耳をすませながら、しのぶの姿を探す。

『第一の条件として、私は、鬼に喰われて死ななければなりません』

いつかのしのぶの言葉が頭に響く。

「……クソっ!」

また目の前に鬼が現れて、思わず罵倒しながら一気に斬った。しのぶは自分の身体を使って鬼を殺そうとしている。命をかけて、あの鬼を弱らせる。だから、私が必ず、とどめを刺さなければならない。分かってる。覚悟はもう、できている。

でも心のどこかで、自分はその戦いを拒否している。その証拠にしのぶの顔を思い浮かべるだけで、胸が痛くなり、涙が滲んできた。

「……迷うな……迷ってはいけない……折れるな……柱ならば!」

自分に言い聞かせるように叫んだ。また鬼を斬る。

「繋ぐ……私は、繋ぐんだ……!」

思いを、繋げ。

例え、大切な人の命が散ろうとも。

そして、圓城は襖を勢いよく開けて、また走り出した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

童磨へと毒を五回打ち込むが、全て分解された。そして今、しのぶは童磨に斬られ、床に膝をつけている。大量に出血し、自分の手にも血が滴り落ちる。その真っ赤な血を見つめながら、思った。

 

なんでかなぁ。

なんで私の手はこんなに小さいのかなぁ。

なんでもっと身長が伸びなかったのかなぁ。

 

私は鬼の頚を斬れない。だからこそ、毒を打ち込んで殺すしかないのに、それなのに、あの鬼にはもうその毒も効かない。

どれだけ鬼が憎くても、刀を振って戦う力がない。もっと私の背が高くて、もっと力があれば、ちゃんと戦えたかもしれないのに。毒が効かないならば、今の私にできることはーーーー、

『私が、あの鬼を、この手で殺す。私が、あの鬼を……必ず、地獄へ、……っ』

あの時の、あの子の言葉が頭の中で響いた。

「……すみれ」

思わず囁くようにその名前を呼ぶ。でも、その場に彼女はいない。自分の無力さに涙が出そうになる。

 

 

 

『しっかりしなさい。泣くことは許しません』

 

 

 

その時、頭上から声が聞こえた。

よく知っている、大好きな、懐かしい声。

 

 

姉さん

 

 

 

 

『立ちなさい』

 

 

 

姉さん

立てない。

失血で肺がざっくり斬られている。

息もできないの。

 

 

 

『関係ありません。立ちなさい。蟲柱・胡蝶しのぶ』

 

 

 

優しい声、でも厳しい言葉。

 

 

『倒すと決めたなら倒しなさい。勝つと決めたのなら勝ちなさい。どんな犠牲を払っても勝つ。私とも、あの子とも約束したんでしょう。』

 

 

 

そう。菫と約束した。

『約束するわ。あなたの覚悟を絶対に、無駄にはしない。必ず、絶対に……、』

また、心に、小さな灯火がともる。温かい。

菫に思いを繋ぐと約束した。だから、諦めるわけにはいかない。菫は必ず繋いでくれる。だって、柱なのだから。

ひとりぼっちになっても、片足を失っても、崖から落ちて死にかけても、痣が出て長く生きられないと分かっても、折れなかった彼女。

そうだ。

菫のように戦えなくても、力が弱くても、私もまた柱だ。だから、折れてはいけない。弱気になるな!戦いを捨ててはいけない!

 

 

 

『しのぶならちゃんとやれる。頑張って……』

 

 

 

ええ。私はやるわ、姉さん。

まだ、戦える。

絶対に折れない。

 

 

 

そしてしのぶはゆっくりと、立ち上がった。

「え、立つの?立っちゃうの?えー?」

童磨が、呟いているのが聞こえた。

「君、ホントに人間?」

凄まじい胸の痛みにゴホッと咳き込むと、また口から血が飛び出した。喉がゴロゴロと悲鳴をあげる。それでも刀を構えた。

絶対に殺す。

狙うは急所である頸。

にこやかに笑う童磨を見据えて、痛みに堪えながらゆっくりと呼吸を整える。

「蟲の呼吸 蜈蚣の舞 百足蛇腹」

最後の力を振り絞って、床を蹴る。四方八方にうねって距離を詰める。そして低い位置から一気に頸目掛けて刀で突いた。童磨が天井へめり込む。 

 

 

できる、できないじゃない。

やらなきゃいけないの。

 

 

そうでしょ?姉さん

 

 

そして、支えるものがないしのぶの体は落下していく。次の瞬間、童磨の気持ち悪い笑顔が目に飛び込んできた。顔が歪む。

ほんと、頭にくる。ふざけるな、馬鹿。なんで毒効かないのよ、コイツ。

馬鹿野郎。

床に落ちる直前、氷の触手がしのぶの身体に巻き付いてくる。そしてそのまま童磨の元へと運ばれた。童磨は天井にめり込んだまま、腕を広げてしのぶを抱き締めてきた。

「えらい!頑張ったね!俺は感動したよ!こんな弱い女の子がここまでやれるなんてーー」

あまりの不快感に吐きそうになる。憎悪と怒りで胸が苦しい。

「姉さんより才もないのに、よく鬼狩りをやってこれたよ。今まで死ななかったことが奇跡だ!全部全部無駄だというのにやり抜く愚かさ、これが人間の儚さ、人間の素晴らしさなんだよ!」

童磨の腕に力が籠っていく。しのぶを殺すために。

 

 

やっぱり、私だけじゃ敵わなかった。

姉さん

やっぱりダメだった。

毒を使うことでしか戦えない私では、この童磨には勝てなかった。

 

 

菫。

 

 

 

今どこにいるの?私、ダメだったの。

もうすぐ死ぬわ。

ねえ、どこにいるの?

 

 

 

「君は俺が喰うに相応しい人だ。永遠を共に生きよう!言い残すことはあるかい?聞いてあげる!」

童磨が力を込めているのを感じた。身体から骨が軋む音が聞こえてくる。

 

 

 

そしてーーーー、

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

あまりの空間の複雑さに圓城は舌打ちをする。鬼が出現する度にひたすら刀で斬り、もはや消滅を確認もせずに進み続ける。今、重要なのはこんな雑魚鬼じゃない。頭の中で声が響いた。

『菫、私、待ってるわ』

うん。待ってて。

『あなたを、ずっと、待ってる。だから、大丈夫よ。自分を信じて』

そうだ。自分を信じろ。走れ、走れ、走れ!しのぶが、待っててくれるのだからーー、

迷うな!!

廊下を走り、階段を上り、再び廊下を駆け抜ける。やがて、蓮の花が浮いた溜池を見つけた。その近くにある扉を開けて、部屋の中へと飛び込む。そして同時に天井を見上げる。

そこにはしのぶがいた。

「……っ!!」

天井にめり込んでいる鬼に抱き締められている。何度も夢に見た光景。来て欲しくなかった、恐ろしい未来。

「しのぶ……!」

圓城は叫んで、動いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

そして、自分の名前を呼ぶ声が耳に届き、胡蝶しのぶは、微笑んだ。勝利を確信して。

ほら、やっぱり来てくれた。思ってた通り。

菫が来てくれた。

あの子は必ず、この鬼を斬るだろう。

だって、約束したから。

絶対に諦めないと言ったから。

菫は思いを繋ぐだろう。

泣き虫だけど、とびっきり強いあの子は絶対に諦めない。

託した思いは、必ず繋いでくれる。

そうでしょう?菫。

 

 

カナヲまでもが駆け付けてくれたらしく、叫び声が聞こえた。

カナヲ、あなたの歩む未来が優しいものでありますように。

光輝く世界を私の代わりに生きてほしい。

大丈夫。あなたはもう、自分の意思で前に進める。

 

 

だから、菫。あとはお願いね。

私が必ず、コイツを地獄に連れていくから。

菫、菫、菫

私は信じてる

 

 

しのぶは残り少ない力で指先を動かした。そして笑いながら口を開く。

 

 

 

「地獄に堕ちろ」

 

 

 

そして、全身の骨が砕けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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