朝、圓城は調整が終わった義足を久しぶりに身につけた。
「うん。いい感じね。よかったわ、返ってきて…」
「かなり頑丈になりましたよ。それから、これを…」
じいやが差し出したのは新しい羽織だった。前の群青色のマントではなく、白の羽織だった。
「ん?前のは?」
「もうボロボロだったので、また新しい羽織を作り直したんですよ」
「悪かったわね、ありがとう……あら?」
差し出された羽織を広げて、圓城は思わず声を出した。
新しい羽織は、白い生地に鮮やかな紫色のスミレの花が描かれていた。
「……雛菊じゃないのね」
「なんとなく、ですが、今のお嬢様にはこちらの方がお似合いだと思いまして」
「……」
薄く笑って、それを羽織った。
「どうかしら?」
「とてもお似合いですよ」
圓城はその言葉に嬉しそうにクルリとその場で回った。
「……私ね、じいや」
「はい」
「雛菊の花、好きよ。昔から好きだけど、前にしのぶが私みたいな花だって、言ってくれたから、今も大好き」
「……はい」
「でも、スミレの花も好き。……今の、私の名前。大好きな人達が呼んでくれた名前だから。本当の名前じゃないけど、大切な名前なの。……この羽織を作ってくれて、ありがとう、じいや。最後まで、大切にするわね」
圓城が嬉しそうに笑い、じいやも微笑み返した。
本日より柱稽古が始まった。柱稽古はその名の通り、最高階級の柱による稽古のこと。柱より下の階級の隊士は柱を順番に巡っていき、それぞれの稽古を受ける。
圓城は宇髄による基礎体力向上の次、第二の訓練を担当することになっていた。
「はい、皆様、ごきげんよう!早速始めましょう!」
宇髄にしごかれてヘロヘロになっている隊員達がやって来た。圓城はにっこり微笑みながら手を叩く。
「私と手合わせをしましょう。勝っても負けても、私が合格を出せばそこで第二の訓練は終了です。手合わせした上で、皆様の改善点をお伝えしますので、直してくださいねー」
全員に木刀を手渡し、圓城はにっこり笑った。
そして厳しい稽古が始まった。
「……なあ」
「あ?」
「睡柱って、金の力で柱になったから弱いとかほざいたやつ、誰?」
「……さあな」
「なんだよ、アレ。バケモンかよ」
隊員達は頭を抱えた。
十人以上の隊員が圓城に飛びかかっていく。それを次々と涼しい顔で避け続け、更にほぼ全員に木刀で攻撃を加えていた。
「軸、ぶれてる!なに、その攻撃!弱い!」
「遅い遅い遅い!!呼吸が乱れてる!型が不安定過ぎる!」
「踏み込みが浅い!力に頼りすぎるな!」
おしとやかで上品な雰囲気は完全に消滅していた。攻撃を分析しながら、大きな声で改善点を指摘し続けている。しかも、隊員達は何度か休憩を挟んでいるが、圓城は全く休んでいない。長時間隊員達との手合わせを繰り返していた。ちなみに勝っても負けても、と圓城は言っていたが、勝った者は一人もいない。
「柱って、すげぇな」
「全くだ」
「あの方の体力が異常過ぎるんですよ。これでも全力ではありませんしね」
突然じいやが口を挟んできたため、隊員達は不思議そうな顔をした。
「さあ、どうぞ。おにぎりとお茶です」
「あ、ありがとうございます」
じいやは休憩中の隊員達に次々に食事とお茶を配った。
「おかわりもたくさんあるので好きなだけ食べてください。体力をつけないと、死にますからね」
じいやが冗談めかしたようにそう言ったが、隊員達は冗談には聞こえず顔を引きつらせた。
「さあ、次に移りましょう。休憩中の方々、前へ」
「お嬢様、そろそろお嬢様も休憩をとった方がよろしいかと」
「そう?まあ、お腹もすいたから少し休みましょうか」
隊員達はその言葉にホッとしたような顔をした。圓城がじいやが差し出したおにぎりを頬張っていると、隊員の一人が話しかけてきた。
「あのー、睡柱様?」
「はい?」
「合格の方は……」
「うーん、正直全員難しいですわね」
「ええー?」
何人かの隊員が悲鳴を上げて、圓城は苦笑した。
「今のままでは鬼舞辻どころか上弦の鬼と戦っても秒で死にますわよ」
「そんな……」
全員が青い顔をする。圓城は困ったように首をかしげた。
「これでも皆様はだいぶ有利な側なんですよ。今の私に敵わないのは少し残念ですわ」
「有利?」
「はい」
圓城はにっこり笑って自分の羽織を思い切り広げた。隊員達はギョッとする。おびただしい数の短刀が羽織の中に隠れるようにして入っていた。
「これ以外にも隊服の中にたくさん隠していますしね。重しになってるんですよ。だから、さっきまでの動きも全力ではありません」
「………」
「ですから、もっともっと頑張りましょうね!」
圓城が拳をグッと握る。隊員達はますます顔が青くなった。
翌日になるとなんとか合格をもらう隊員が少しずつ出てきた。
「よし、子分!俺がぶっ倒してやる!」
「まあ、伊之助さん、ごきげんよう。楽しみですわ」
久しぶりに会った嘴平伊之助に圓城は楽しそうに笑った。
「クッソォー!!なんだよ、その動き!」
伊之助が刀を振るいながら、飛びかかってくる。それを避けながら、圓城も攻撃を分析しつつ怒鳴った。
「感情で刀を振るわない!力任せにしない!無駄な動きが多い!何よりも、調子に乗って油断するな!」
「うるせぇ!チクショー!!」
いろいろと改善点を伝えるが、あんまり伝わった気がしなかった。長時間手合わせを続け、基本的な攻撃の威力はよかったので迷いつつも合格を伝えると伊之助は両手を上げて次の訓練へ向かっていった。
「うわーーー!!!すいません!すいません!許してください!本当に無理です!!」
「………うーん」
次にやって来た我妻善逸は別の意味で厄介だった。泣き叫びながら圓城の攻撃を避け続け、なかなか攻撃をしてこない。
「うーん、我妻さーん。これでは次の訓練にはいけませんよー。もっと頑張りましょうねー」
バシン、と木刀で強めに打つと善逸はパタリと倒れた。次の瞬間、スッと立ち上がり、構えた。
「……あらあ?」
踏み込みから、一気に攻撃を仕掛けてきた。その速度に圓城の顔が輝く。腰の柄に手を置いた善逸が瞬間移動したようにしか見えない。
「まあまあ、素晴らしいわね」
それを避けながら、圓城は楽しそうに自分も攻撃を繰り返した。
「………ハッ!?禰豆子ちゃんはどこ?俺は誰?」
「はい、お疲れさまでした!次行ってくださーい」
覚醒してポカンとしている善逸に合格を伝える。
「え?圓城さん?何があったんです?合格?なんで?」
「はいはい。いいから。次はもっと大変ですよ。頑張ってくださいね」
戸惑う善逸をさっさと追い出し、圓城は次の隊員と向かい合った。
「カナヲはほぼ完璧。よく見ているわね。でも見すぎに注意して。反応が少し遅れていたわ。もっと速く動けるはずよ。あとさっきの攻撃はもう少し力を抜いて……」
栗花落カナヲはすぐに合格を出した。さすがは蟲柱の継子だ。彼女の攻撃技を目にするのは初めてだったが、誰よりもズバ抜けて強かった。少し改善点を伝えるとカナヲは黙って何度も頷き、次の訓練へ向かっていった。
不死川玄弥は呼吸が使えないらしいとは聞いていたが、それを補うためなのか工夫された戦い方をしていた。
「攻撃だけじゃなく、防御も意識!もっと速く!身体全体を使って!」
数時間ほどで合格を告げると、玄弥は赤い顔をしながらペコリと頭を下げ屋敷から出ていった。
「圓城さん!よろしくお願いします!」
「ごきげんよう、あなたが来るのを楽しみにしていたわ」
竈門炭治郎が元気一杯に圓城邸へやって来た。さっそく手合わせを始める。
「炭治郎、匂いに頼りすぎない!匂うだけじゃなく、もっと見なさい!隙を突くのよ!攻めが甘い!動きが重い、もっと身軽に!」
「はい!」
圓城の容赦ない攻撃にきちんとついてくる。素直な性格なのが最大の長所だ。言われたことをすぐに吸収していく。しばらくすると、動きが格段に良くなってきた。
「はい、お疲れ様でした。次に行ってください」
「え?もういいんですか?」
「ええ。とても素晴らしい動きでしたよ。次はもっと厳しい訓練が待ってるので、頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございました!」
汗を拭いながら圓城が合格を告げると、炭治郎は頭を深く下げ、次の訓練へ向かった。
「……どう?」
「ダメです。全く出ませんでした」
「あー、もう。やっぱり」
夜、圓城は鏡を見ながらため息をついた。柱稽古は、圓城にとって常に痣を出している状態にする目的もあった。心拍と体温を高めようと努めているが、うまくいかない。じいやに稽古中、自分の顔を見てもらい、痣が出てきたら知らせるように頼んでいるが、今まで全く痣は出てこなかった。
「本当に痣なんて出たんですか?信じ難い話ですが……」
「頬から首にかけて、星みたいな痣が出たらしいのよ」
鏡の中の自分をじっと見つめるが、やはり何もなかった。
「まあ、稽古を続けるしかないわね。」
「隊員の皆さん、死にそうな顔をしていましたね」
「これでもだいぶマシになったわ。そもそも、私の稽古なんて軽い方よ。他の柱の稽古はもっと厳しいんだから。できれば私が稽古をつけてもらいたいくらいだわ」
圓城は苦笑しながら、言葉を続けた。
「……きっと、強くなるわ。みんな同じ志を持つ者よ。もっと、もっと、強くなれる。みんな、同じ未来を望んでいるから……。あなたにも迷惑をかけるわね。もう少し付き合ってちょうだいね」
「はい、もちろんでございます」
じいやが微笑む。圓城も笑い返して、自室に戻った。
自室の棚から二枚の手紙を出す。もう一度読み返した。
「………」
全てに目を通した後、同じ棚から、黄色の蝶の髪飾りを取り出す。圓城にとっての大切な宝物。
「……師範」
髪飾りを壊さないようにそっと抱き締める。そしてゆっくりと目を閉じた。