「やあ、また会ったね」
気がついたら圓城は暗闇の中にいた。ぼんやりとここが夢の中だと理解する。目の前にはいつか見た魘夢の頭がいて、笑って声をかけてきた。
「……また、あなたなの?」
「いやあ、お見事お見事。なかなかの戦いっぷりだったよ」
圓城が睨み付けると、魘夢はニヤニヤと笑った。
「鬼の娘が太陽を克服した。この意味が分かるよね?」
「……」
「大きな戦いが起こるよ。どういう事が分かるかな?」
「……私の死ぬ時期が近いという事よ」
「せいかーい」
魘夢が楽しげに笑いながらクルクルと転がった。
「まあ、君は確実に生き残れないだろうねぇ。だって、弱すぎるもの」
「……」
「怖くないの?君くらいの年の女の子が死を覚悟するって相当の事だと思うけど」
「怖いわけ、ない……」
圓城が冷たい声でそう言うと、魘夢は笑いながら言葉を続けた。
「じゃあ、最後まで全部見せちゃおうかな。特別だよ」
次の瞬間、暗闇から何かが光った。
「あ………」
たくさんの恐ろしい場面が目の前に広がった。
爆発によってお館様とその家族が死んだ。
柱をはじめ、隊員達が必死に鬼と戦っている。しのぶが鬼に吸収されていた。時透が、玄弥が死ぬ光景が見えた。身体は傷であふれ、血だらけだった。眠るように死んでいる悲鳴嶼がいた。泣きながら抱き合っている伊黒と甘露寺が見えた。二人とも傷だらけで絶対に助からないと分かる。分かってしまう。
圓城は延々と続く鬼との戦いと、死の光景を無言で見続けた。
「悲惨だよねぇ。ほんと。これが最期だよ。びっくりした?」
「……」
「ほとんど死んじゃうんだ。生き残れるのはほんの僅か。人間って本当に弱い種族だよね。」
「……」
「ねえ、どんな気持ち?仲間の最期を知って、今、どんな気分?」
沈黙を守る圓城へ魘夢が語りかけてくる。圓城は勢いよく魘夢の方へ顔を向けた。魘夢が驚いたような表情をする。
圓城の顔は笑っていた。輝くような笑顔だった。
「どんな気持ちか、ですって?教えてあげる。嬉しくて、嬉しくて、たまらないわ!鬼舞辻無惨が敗れるのよ!」
圓城が見せられた光景の中には無惨の最期も含まれていた。みんなが一丸となって無惨を追い詰めていた。必死に抵抗しながらも、最後には朽ち果てる姿が見えた。最大の敵を、あいつを、とうとう倒せるのだ。
「……でも、みんな死ぬよ?ほとんど生き残れない。怖いでしょう?」
「鬼殺隊で有る限り、命の保証はない。そんなこと、みんな承知している!生半可な覚悟で鬼殺隊に入る人間はいない!みんなが命を捨ててでも、あいつを、鬼舞辻を倒したいのよ!」
圓城は声をあげて笑った。
「後悔なんてしない!怯みはしない、恐れない!どんなに絶望しても、私達は前に進むんだ!私達の強い思いは繋がっていく!それは、誰にも奪えない、私達の物なの!」
そして、圓城は魘夢の顔を両手でゆっくりと包んだ。微笑んで言葉を続ける。
「……だから、帰ろう」
「へ?」
魘夢が不思議そうな顔をする。
「……あなたは、私が作り出した夢の中の存在。あなたは、私の分身なの。私の、臆病な心、弱さそのものなの。」
圓城は魘夢の額に自分の額をくっつけた。
「ごめんね。みんなを救いたいよね。助けたいよね。でも、私は救世主じゃない。私1人では全てを変えることはできない。私ができることは、みんなを信じること。そして、出来るだけ役に立てるように、戦わなければならないの。」
魘夢の呆けたような顔が見えた。圓城は笑った。
「今までずっと無視してごめんね。もう泣いてもいいよ。私、本当は泣き虫だもの。ごめんね。辛かったよね。ずっと我慢させちゃったね」
魘夢の瞳からジワジワと涙があふれてきた。次の瞬間、魘夢が自分の姿に変貌した。
目の前の自分が泣きじゃくっている。大粒の涙を次々に流し、体を震わせながら口を開く。
「帰りたくない……っ。みんな、死んじゃう、なんて。現実に戻ったら、辛いことばかりよ。夢の中にいたい……っ」
「ダメよ。師範に言われたことを思い出して。鬼によって悲しい思いをする人が出ないように、戦いましょう。例え辛くても、悲しくても、私はまだ戦える。折れてはダメよ、柱ならば」
圓城は泣き続ける自分自身の手を握った。
「大丈夫。ずっと一緒だから。もう知らんぷりはしない。過去も名前も全て捨ててしまったけれど、最後まで心は捨てないわ。全部受け止める。だから、共に戦いましょう。私の命が尽きるその日まで」
そしてその手を引っ張って、歩き出す。遠くで光が見えた。その方向へ向かって二人で足を進めていく。圓城は泣いている自分を引っ張るように導きながら声をかけた。
「ありがとう。正直でいてくれて。--私の代わりに泣いてくれて、ありがとう」
泣いている自分がハッと顔を上げる。圓城は足を踏み出しながら微笑んだ。
「進むのが怖いなら、いつでも手を握るわ。真っ直ぐに前を向きましょう。それだけで、どんなに悲しくても、辛くても、きっと私は戦えるから。最後まで、師範が誇りに思ってくれるような剣士でありたい。そうでしょう?」
自分自身が泣きながらも大きく頷いた。圓城と肩を並べ、共に歩き出す。
そして、周りが光り輝いた。
***
「………」
「あっ!圓城さん、起きたのね!!」
気がつくと、甘露寺が見下ろしていた。圓城は自分がベッドに寝ていることに気づいた。
「待ってて!しのぶちゃんを呼んでくるから!」
バタバタと甘露寺がこの場から去る足音が聞こえた。圓城はゆっくりと起き上がり周りを見渡す。思った通り、蝶屋敷だった。自分の身体にはたくさんの包帯が巻かれており、点滴までしている。
圓城は起き上がったまま、目を閉じて、今見た夢の事を考えた。しっかりと記憶に残っている。
もうすぐ大きな戦いが始まる。
たくさんの人が死ぬ----。
「………そうね。怖いわよね」
自分が死ぬ覚悟はとっくの昔にできている。でも、夢の中でたくさんの隊員が死ぬ姿は、やはり辛く恐ろしい光景だった。
ダメ。恐れてはいけない。私達は鬼舞辻を倒すのだ。例えどんなに苦しくても、絶望しても、最後に笑うのは私達なんだ!
それでも---、
「ああ、やっと起きたんですね、圓城さん」
その時、しのぶがやって来た。
「圓城さん、大丈夫ですか?三日間意識が戻らなかったんですよ」
しのぶがベッドのそばの椅子に座り、圓城の顔を覗き込む。
「最近本当によく怪我をしますねぇ。今、痛いところはありますか?」
圓城はしのぶの方を向いて、その目をまっすぐに見つめた。何も言わないまま、黙って見つめた。しのぶが首をかしげる。
「圓城さん?どうしました?」
「…………………しのぶ」
圓城が突然小さな声で名前で呼んだため、しのぶは驚いたような表情をした。
「はい?」
圓城はゆっくりと震えるように口を開いた。
「………あの、……今、少し……少しだけで、いいから………、て、手を、…………握っても………、いい?」
か細い声で懇願されるようにそう言われ、しのぶはきょとんとする。そして、数秒後、黙って手を差し出した。
圓城はゆっくりとその小さな手を握る。ぬくもりを求めるように少しだけ力をこめた。しのぶの手も包み込むように握り返してくれる。懐かしい温かさだった。
しのぶが存在していることを実感して、圓城はゆっくりと息を吐いた。そして目を閉じる。
「……菫、どうしたの?」
圓城の様子を見たしのぶが、昔のように名前を呼んで問いかけてきた。圓城は震える声で答える。
「……なんでも、ない……、なんでも……」
「何でもなくないわ。話して」
圓城は目を開いて、微かに笑った。
「………本当に、なんでもない。ただ、……うれしいの。しのぶがここにいることが……」
「……ずっと、ここにいるわ。どこにも行かない」
圓城は今にも泣きそうな表情をして言葉を続けた。
「……ごめんね。迷惑ばかりかけて。私のこと、許してくれないって、……分かってるけど。……顔も見たくないって、分かってるけど。それでも、…私は折れたくないの。鬼殺隊で、戦いたいの…」
しのぶがほんの少しだけ目を見開く。そして口を開いた。
「それで?私に言うべきことがあるでしょう?」
言うべきこと?ああ、そうか。ずっと言えていなかった言葉がある。私が戦いで死ぬ前に、しのぶに言わなければいけない。四年前にとうとう言えなかった言葉を--、
「……ごめんなさい。師範を、カナエ様を救えなくて、ごめんなさい」
圓城の言葉に、しのぶが息を呑んだ。
「……は?」
「私、……あの日……、師範を、す、救えなかった。ま、間に合わなかった。救えなくて、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
四年前に、しのぶに言えずにいた言葉がどんどん出てくる。そして、圓城はカナエが死んでから初めて涙を流した。ポロポロと雨のように大粒の涙を流し続ける。
「ま、間に合ってたら、た、戦えたかもしれない。せめて、盾に、なれたかもしれない。そしたら、きっと師範は、死なずにすんだのに」
「……っ、ち、ちがう。菫、ちがうわ。私は……、そういう事が聞きたいんじゃなくて………っ、」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
何度も謝りながら涙を流し続ける圓城を、しのぶがギュッと抱き締めてきた。
「菫、あなたのせいじゃない。あなたを責めたことなんて、ないわ。だからもう、謝るのはやめて」
「………っ、」
「姉さんだって、そんなこと思ってないはずよ。あなたはよく知ってるでしょう?」
しのぶの言葉に、嗚咽しか出てこない。
「………っ、ふ……う……うぅ」
「ずっと、そんなふうに思っていたの?自分を責めないで……」
抱き締められたぬくもりが身体に満ちていく。瞳から零れた涙が頬を流れしのぶの羽織を濡らしていく。
ああ、私は、ようやく、心を解放できる。もう、あの幸せな時間は永遠に戻って来ないけれど、それでも、伝えなければ。
あの人の微笑みが、優しい声が、撫でてくれる温かい手が、自分にとって、かけがいのない記憶で、宝物だったこと。
永遠に大切で、愛おしい時間だったこと。
私は、あの日々を忘れることはない。私の一生で最も幸せだった思い出を。
私は死ぬまで忘れない。
「生きていてほしかった……っ、師範のこと、大好きだったの……本当に……、」
「……うん」
「……毎日、願わない日はない。あの頃に戻りたいって……っ、師範と、しのぶのそばにいた時間が、私にとって一番、幸せな、思い出なの……、」
「うん。幸せだったね。本当に」
「……寂しい、寂しいの。……逢いたいよぉ……っ、」
「うん。私もよ。ずっと、ずっと思ってる。早く姉さんのところに行きたい……っ」
その声が震えていて、しのぶも泣いているのが分かった。圓城は自分もしのぶの背中に手を回しながら泣き続ける。
二人は決別してから四年を経て、初めて寄り添って悲しみを分かち合った。