「なん、なんだ、あれ……?」
玄弥が圓城の顔に出現した痣を見て、思わず声をあげる。それに構わず圓城は動き、また炭治郎も飛び上がった。刀を思い切り振るう。
「睡の呼吸 参ノ型 睡魔の嘆き」
強く振り下ろすが、ほぼ同時に竜の口から雷と恐ろしい音が飛び出した。
「……っ!」
耳が痛い。クラクラする。それでも圓城は刀を振るい続けた。いつもより腕も足も速く動かせている気がする。そうだ。もっと、もっと、集中しなくては。早く本体を斬らなければ。呼吸をしろ。心拍数を上げろ。まだまだ、私は動けるぞ!圓城は思わず笑った。なぜだろう。物凄く身体が軽くなった気がする。
必死に攻撃を避けながら隙を探った。
「睡の呼吸 伍ノ型 浅睡眠」
禰豆子と玄弥が竜に捕まる。それを助けるために、四方八方に刀を振り、攻撃を続けた。しかし、同時に炭治郎も捉えられる。
「……っ、炭治郎!」
圓城が振り向いて叫んだ瞬間、炭治郎を捕まえた竜がバラバラに斬れた。
「キャーっ!すごいお化け!なあに、アレ!」
恋柱、甘露寺蜜璃が現れ、炭治郎を救出した。
よかった。これで柱が二人もこの場にいる。希望が見いだせた。なんとかなる、なんとかしなければ!
鬼が動いて、竜の口から雷と音波の攻撃が放たれた。ほぼ同時に甘露寺が刀を振るう。
「恋の呼吸 参ノ型 恋猫しぐれ」
広範囲を猫が跳ねるように斬撃を繰り返して、鬼の攻撃を斬っていく。圓城も身体を軽くするために、帽子と羽織を素早く脱ぎながら動いた。
「睡の呼吸 参ノ型 睡魔の嘆き」
甘露寺の後を追うように竜の頚を斬っていく。
「恋柱サマ、このまま鬼の攻撃を斬って!」
「圓城さんは、頚を!」
二人で息を合わせるように攻撃を繰り出す。圓城は思わず笑った。確かに甘露寺の攻撃は柔らかいうえに力強く、速い。しかし、速さなら圓城だって負けない。甘露寺の柔らかい愛刀が自分に当たらないように切り抜け、竜への攻撃を繰り返した。
次の瞬間、鬼が一面に樹の龍を生み出し、思わず息を呑んだ。一瞬のうちに圓城は飛び上がるように大きく下がる。しかし、甘露寺はその竜の攻撃を斬る自信があるのか、その場で大きく宙返りするように動いた。
「恋の呼吸 伍ノ型 揺らめく恋情・乱れ爪」
流れるような無尽蔵の斬撃を繰り出す。
「なんて、技を使うの…」
圓城が思わず呟いた瞬間、甘露寺が一気に鬼への距離を詰める。
「ダメ!それは本体じゃない!」
圓城が叫んだ瞬間、鬼が大きく口を開けた。その口から凄まじい怪音波を放つ。圓城は思わず耳を防いだ。直接その音波を受けた甘露寺が膝をつく。その直後に鬼が拳を甘露寺に向けた。
「させない!」
圓城が数少ない短刀を懐から素早く取り出し、鬼の目に向かって投げる。上手い具合に鬼の目へ深く突き刺さった。
「貴様……!」
鬼がこちらを向いたのが分かったが、既に圓城は動いていた。圓城だけでなく炭治郎と禰豆子と玄弥も甘露寺に向かって抱きつくように引き寄せる。その拍子に地面に身体を大きく打ち付け、痛みで眩暈がした。思わず目を閉じてしまう。
「立て立て!次の攻撃が来るぞ!」
吐き気がまた出てきた。頭も痛い。暗闇の中で炭治郎の声が聞こえる。
「甘露寺さんを守るんだ!圓城さんも!この人達が希望の光だ!この人達さえ生きていてくれたら、絶対勝てる!!みんなで勝とう!誰も死なない!俺達は…、」
守る?ああ、この言葉。何だか懐かしい気がする。なんだっけ?そうだ。
『あなたは人を護るために刀を振るいなさい』
圓城が目を大きく開けた。それと同時に甘露寺が刀を振り回す。ハッと顔を上げた。どうやら再び繰り出された鬼の攻撃を全部斬ったらしい。
「みんな、ありがとお~!!柱なのにヘマしちゃってごめんねえぇ!」
甘露寺が泣きながら、それでも強い視線で鬼を見据えて叫んだ。
「仲間は絶対死なせないから!鬼殺隊は私の大切な居場所なんだから!上弦だろうがなんだろうが関係ないわよ!」
圓城は身体の痛みに耐えながら、甘露寺の言葉に微笑む。
「私、悪い奴には絶対負けない!!覚悟しなさいよ、本気出すから!!」
そうだ。炭治郎と甘露寺の言う通りだ。負けない。絶対に。
圓城は立ち上がると、口を開いた。
「炭治郎、禰豆子、玄弥、本体を斬って。できるわね?」
「はい!」
炭治郎と玄弥が同時に答え、禰豆子もムー!と片手を上げた。いい返事だ。今度は甘露寺が圓城に声をかけてくる。
「圓城さん、まだ、いけるわよね?」
圓城は大きな声でそれに答える。
「笑止千万!」
そして、甘露寺の隣で刀を構えた。
「愚問ですわ、恋柱サマ!私は決して折れません!人間の力を見せてやりましょう!柱の名に懸けて!!」
そして、二人揃って動いた。炭治郎、禰豆子、玄弥も本体を倒すために走り出す。
甘露寺が攻撃を斬る。圓城がそれに続くように竜を斬っていく。
もっと、もっとだ!呼吸に集中!師範に教えられたことを思い出せ!心拍数を上げて!血を循環させろ!斬って、斬って、とにかく斬るんだ!!
また攻撃の威力が上がってきた気がした。甘露寺の動きも先程から速くなっていく。甘露寺の左首に何かがチラリと見えた気がしたが、疑問に思う間もなく、攻撃を繰り返す。
森の奥で大きな音が聞こえた。炭治郎、禰豆子、玄弥、お願いだから、頑張って。
信じろ、信じろ!あの子達は強い!素晴らしく強い!必ず炭治郎が頚を斬るはずだ!どんなに苦しくても諦めない、挫けるな!あの子達を信じるんだ!
足が重い。目の前の竜を睨んで斬りつける。私は、私は必ず--、
「帰って寝るの!もう疲れた!!」
心の中の欲望を思わず叫びながら、圓城は刀を大きく振り下ろした。竜がバラバラになる。
一瞬視界の隅で、なぜか霞柱の時透無一郎が見えた気がしたが、圓城の目を引き付けたのは空の色だった。薄い光が見える。夜明けまでもう少しだ。
血が顔に流れるのが分かった。たぶん骨も所々折れている。痛い。苦しい。何よりも身体がだるい。クラクラしてきた。かなりまずい。それでも足に力を入れて、刀を強く握った。ダメだ。柱ならば、折れてはならない!
「ぎゃああああ~!もう無理!ごめんなさい!殺されちゃう~!!」
「まだ、いけます!恋柱サマ!もうすぐ朝が--、」
圓城が大きく叫んだ甘露寺に声をかけた瞬間、そばに迫っていた樹木の竜が崩れた。
「………あ、」
鬼もボロボロに消滅していく。甘露寺がホッとしたように声をあげた。
「ひゃあ、助かった!!炭治郎君達、本体の頚を斬ったんだわ!」
なんだろう。これ。鬼は倒したけど。この後に、何かが……、
圓城は奇妙な胸騒ぎに襲われ、クルリと振り向くと森の奥に向かって走り出した。
「え、圓城さん!?」
甘露寺が声をかけてきたが気にせずに、とにかく走る。
「……これ、この光景は--、」
森の奥から信じられない光景が見えて、圓城は息を呑んだ。そこにいたのは玄弥と時透、刀鍛冶の里の人間。そして、太陽の光が差しているにも関わらず、禰豆子が炭治郎を抱えて笑顔で立っていた。
「……あ、ああ、……」
これだ。夢で見た光景。今、この時のことだったんだ!
禰豆子が圓城を見て笑う。
「お、おはよう」
「ね、禰豆子さん…、太陽を…」
圓城が震えながら声を出した時、後ろから甘露寺が勢いよく走ってきた。
「みんなあぁぁぁぁ!うわあぁぁ!勝った勝ったあ!みんなで勝ったよ!凄いよお!」
その勢いに驚きながら、ようやく圓城は実感した。そうだ。勝ったんだ。上弦の鬼に、勝った。しかもみんな、生きてる。
「よ、よかったねぇ」
禰豆子が笑顔でそう言った。その通りだ。よかった。本当に、よかった。これで、やっと………、
「も、………無理……」
圓城は急激な睡魔に襲われて、その場に倒れた。
「キャー!圓城さん!?」
甘露寺の叫びを最後に、圓城の意識は遠くなった。