その日、見たのは血まみれの少女だった。
泣きじゃくりながら小さな刀を振り上げる。
覚えているのはこちらを見る闇のような黒い瞳と、
血で汚れた花の着物----
***
合同任務は疲れる事ばかりだ。圓城菫は今日もため息をつく。
冨岡との任務が終わった後、幸運にも他の柱との合同任務はなかったがそこそこ階級の高い隊員との合同任務を命じられた。これがまた別の意味で面倒くさい。こちらが指揮を取らなければならないし、他の隊員の安全管理も徹底する必要がある。
「わっしょい!わっしょい!」
「喜んでいただけたようで、こちらも嬉しいですわ」
任務のない昼間、圓城は見舞いのため煉獄家を訪れていた。煉獄は身体の調子はいいらしく、圓城から見舞いのさつまいもをもらい大声で叫びながら喜んでいる。
「圓城、感謝する!さっそく焼き芋でもしよう!圓城も食っていくといい!わっしょい!」
「いえ、私は…」
「遠慮するな!わっしょい!」
「そ、それではお言葉に甘えて…」
勢いに押されて思わず頷いてしまった。煉獄の弟、千寿郎が掃除をして集めたという落ち葉を使って焼き芋をする。庭で焼き芋をした事がない圓城は、興味深げに近くで眺めていた。
「圓城様、どうぞ。熱いので気をつけて下さい」
「ありがとうございます、千寿郎さん」
紙で包まれた焼き芋を渡され、圓城はそっと受け取る。熱さに戸惑いながら皮を剥き、頬張った。
「あつっ!あ、美味しい…」
物凄く熱かったが、同じくらい甘くて美味しい。煉獄が笑いながら自分の分の芋を手に取る。
「圓城!気をつけて食べるんだ!火傷するな!」
「はい…」
「うまい!うまい!」
煉獄も幸せそうな表情で芋を食べ始めた。隣では千寿郎もそっくり同じ顔で焼き芋を食べており、その光景に心が和む。
「ところで、圓城!宇髄の任務の件は聞いたか?」
「?音柱サマですか?」
「遊郭にいるという鬼の捜査中に、奥方と連絡が取れなくなったらしい!」
圓城は目を見開いた。
「まあ……、奥様が?確かくの一、でしたわね」
「ああ!なかなか尻尾が掴めないようだ!よもやよもやだな!」
圓城は顔をしかめた。
「大丈夫でしょうか?私が潜入すればよかったですわね…」
「圓城はちょうど他の任務に行っていたからな!それに、その足で遊郭に潜入するのは流石に難しいだろう!仕方あるまい!」
「それでは、音柱サマはまだその遊郭にいるんですの?」
「ああ!今度は竈門少年と我妻少年と嘴平少年を連れて潜入しているらしい!」
「???」
圓城は芋を口に含んだまま目をパチクリさせた。
「…あの3人ですか?女性隊員ではなく?それって大丈夫なんですか?」
「まあ、宇髄がいるなら大丈夫だろう!わっしょい!」
圓城は芋を咀嚼しながら眉をひそめる。本当に大丈夫だろうか、と恐らく苦労しているであろう炭治郎達に思いを馳せた。
しかし、他人の心配をしている場合ではなかった。圓城は切実にそう思う。煉獄を見舞った数日後、鎹鴉の閑が圓城に向かって叫んだ。
「カアァッ!圓城ォ!西ノ村ヘ迎エ!西ノ村ダ!幻ヲ見セル鬼ガ出ルトイウ情報アリ!!」
「幻?」
圓城は首をかしげる。どんな幻なのだろう?とにかく急いで向かわなければ。圓城が走り出そうとしたその時、再び閑が叫んだ。
「カアァッ!今回ハ風柱トノ合同任務ゥ!」
「え」
「まあ、それではご兄妹で湯治に?」
「はい!お兄様が、どうしても私を連れてきたいとおっしゃって…」
「まあ、仲がよろしいんですねぇ」
「はい!お兄様は本当に優しいんです!ねっ、お兄様!」
「…俺に妹は、いね--」
「あはは、もう、お兄様ったら、恥ずかしがり屋なんだから!」
西の村のとある温泉宿にて。圓城は隣に立つ不死川実弥の背中を、パシンと強めに叩いた。不死川の顔が怒りで歪むのが分かったが無視をする。
ああ、なんでこんな事になったのか。
いや、理由は分かっている。風柱の不死川実弥との合同任務を命じられた時は思わず顔が引きつった。抵抗しても無駄だという事はよく分かっている。圓城は任務を放棄したい気持ちを必死に切り捨てて、大きな荷物を携えながら不死川との合流場所に向かった。
不死川はいつもの怖い顔で圓城を待っていた。
「風柱サマ、お待たせして申し訳ありません」
「……けっ」
うわぁ、と圓城は口が引きつりそうになる。冨岡とは別の意味でやりにくい。風柱が自分を嫌っているのは知っていたが、ここまで顔を歪める程とは。嫌われるのは慣れているので別に構わないが、任務に支障がでるのは非常に困る。
「おい、テメェ、圓城。お館様の命令だから仕方なくお前と合同で動くが、迷惑だけはかけんな。なんなら、今すぐ帰れェ」
「残念なから、帰ることはできませんわ。風柱サマ。早く現地へ向かいましょう」
圓城がそう言うと、不死川は舌打ちをして不満そうに歩き始めた。
「風柱サマ、鬼の事は聞きましたか?」
「…西の村に出るんだろ?幻を見せるとかいうふざけた鬼が」
「はい。ただ、どのような身なりの鬼なのか、どのような幻を見せる鬼なのか、情報が少なすぎる上に曖昧で、概要がよく分からないのです。合同での調査が必要ですわ。怪しまれないように一般人に偽装しましょう。鬼に鬼殺隊だと知られると動きにくくなりますし…」
「ああ?そんな面倒くせぇこと…」
「今から行く村は、小さな村ですが温泉が有名で観光地としてそこそこ賑わっているそうです。他の方を巻き込む事は絶対にいけませんわ」
「…けっ」
圓城は苛立っているらしい不死川に荷物を渡した。
「というわけで、こちらをどうぞ」
「あァ?なんだ、これ?」
「着替えですわ。風柱サマ用の着物が数着入っています」
「なんでテメェがそんなもん持ってくるんだ!?」
「風柱サマの事ですから、隊服で来るに違いないと思いまして。その隊服では鬼殺隊ですと主張してるようなものですからね」
「隊服を脱いで着替えろってのかァ?」
「服を着替えても、風柱サマはお強いでしょう?安心なさってください。うちの使用人が風柱サマに似合いそうな服を見繕ったので。」
「……クソッ」
「村に入る前にお互い適当な所で着替えましょう。ああ、それと、村の中ではあなたが兄で私は妹という事にしてください。兄妹で湯治に来たという設定でいきましょう」
「ああ!?なんでテメェと兄妹になるんだよ!?」
「仕方ないでしょう。何日か滞在することになりますし、未婚の男女が同じ場所で一緒に過ごすとなると目立ちますわ。兄妹という設定が一番自然なんです。それとも風柱サマ、兄妹よりも夫婦の方がよろしいですか?」
「……あ゛ァ?」
不死川が今度こそ明確な殺意のこもった目で睨んでくる。圓城も自分で言っておきながら、思い切り顔をしかめた。
「……ちっ、仕方ねェ、さっさと終わらせるぞ」
「ええ。迅速に終わらせましょう」
そう話しながら2人は現地へと向かった。
村の近くで2人は隊服を脱ぎ、着替える。不死川は上品で落ち着いた若草色の着物へ、圓城もまた薄い橙色の着物へ着替える。日輪刀は見えないようにじいやに持たされた大きめの袋に隠した。義足は敢えて見せるようにして、最後に杖を手に握る。
「何だ、その杖?」
「鬼殺隊だとバレないように、念のため足の不自由な娘を装うんですのよ。いいですか?私は不幸な事故で左足を失くした妹で、風柱サマも同じくその事故で怪我をした兄です。2人で身体を癒すために湯治に来ました。設定としてはそんなところです。覚えてくださいまし。」
「……クソッ!なんで俺がこんな事を…」
不死川がブツブツ不満そうに言っている。圓城は心の中でため息を吐きながら村へ歩き始めた。
村に入ると、事前の情報通りそこそこ人が多く、賑わっていた。温泉が有名だという宿に滞在することになったため、そちらに向かう。杖をついて足が悪いフリをする圓城に合わせて不死川がゆっくり歩いてくれたのは意外だった。温泉宿に着くと、女将や仲居が一瞬不死川の顔を見てびっくりしたような顔をした。不死川は頼りにならないので、圓城はよそ行きの笑顔で必死に健気な妹を装う。
「さあ、お兄様、早く部屋に行きましょう!」
「……けっ」
「申し訳ありません。お兄様ったら、緊張しているみたいで…」
「いえいえ、それではお部屋はこちらになります」
不死川の分も精一杯愛想を振り巻いたことで、女将達は警戒心を解いたらしかった。優しそうな表情の仲居が部屋へ案内してくれる。ちなみに部屋は別々である。兄妹という設定なので一緒の部屋の方が怪しまれないかなと考えたが、流石に圓城も抵抗があったし、不死川が必死の形相で断固拒否したためだ。その代わり、いつでも動けるように部屋は隣同士にしてもらった。
「お客様、ぜひお部屋の方でお茶を…」
「あ、この後、お兄様とこの辺りを散歩をしようって約束してるんです!だから、荷物を置いたらすぐに出ますので…」
「まあ、本当に仲がよろしいんですねぇ。では、お夕食を用意してお待ちしております」
「ありがとうございます!」
部屋まで案内してくれた職員にお礼を言う。職員が立ち去った後、圓城は笑顔を消し、鋭い瞳で不死川を睨んだ。
「お兄様、なんですぐにボロをだそうとするんです?」
「うるせぇ、誰がお兄様だ、クソが」
「誰が聞いてるか分からないのですよ!愛想よくしゃべれとは言いませんが、せめて、妹がいる事を否定するのはやめてください!」
不死川はそっぽを向き、圓城は頭を抱えそうになる。ああ、これだから柱との合同任務は嫌なのだ。
「……とにかく、調査をしましょう。まだ昼間ですし、散歩をするふりをしながら情報を集めましょう」
「……」
不死川はもはや何も答えない。圓城は黙って拳を握る。
こうして、風柱と睡柱の合同任務は始まった。