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作:春川レイ
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虹立ちて


 

「美味しそうだねぇ。早く食べさせておくれ」

鬼が笑いながら水面を歩いてくる。鬼の右手は圓城に、左手は冨岡に向けられていた。鬼の手から水が噴き出す。その水が生き物のように荒れ狂う水流となり、圓城を追いかけてきた。恐らくはこの鬼の血鬼術なのだろう。

「ああ、この2匹を食べれば、きっとあの方にも認めてもらえる…」

鬼が笑う。水流が圓城の顔の横を掠めた。

「……っ!?」

まるで刃物のように水が変形し、頬を切りつける。頬から血が流れるのを感じた。

「……んー、結構厄介ですわね」

圓城は足を動かしながらも、冷静に鬼を観察していた。山で暴れていた雑魚鬼とは違い、強い力を持つ鬼だ。恐らく今まで派遣された隊員達は、今夜の圓城と冨岡のように雑魚鬼を使ってこの鬼にここまで誘き寄せられたのだろう。そして、油断した所を攻撃され、喰われた。なるほど、この鬼は十二鬼月ではないものの、この方法で多くの人間達を喰ってきたため、ここまで力も強くなった。しかし----、

「……甘い!」

圓城は一気に走り込み、鬼へ近づく。その頚を狙って刀を振り下ろした。

「睡の呼吸 壱ノ型 転寝」

鬼がギリギリの所で身をかわす。そのまま圓城に左手を向けてきた。

「--っ!」

素早く動いたが、避けきれず首に水流が当たる。鋭い痛みに顔をしかめた。

「食べたい…食べたい…食べなければ…」

鬼がそう言いながら再び圓城に手を向けたところで、今度は冨岡が鬼の後ろから攻撃してきた。

「水の呼吸 壱ノ型 水面斬り」

冨岡が刀を水平に振るうのが見えた瞬間、圓城も飛び上がる。そして再び刀を振り下ろした。

「睡の呼吸 弍ノ型 枕返し」

一気に鬼の身体を斬り込んだ。鬼の身体がバラバラに崩れる。

「あ、ああぁぁぁぁっ!」

鬼が悲鳴をあげた。頚が圓城の目の前に転がってきた。まるで人間の少女のように泣きじゃくる声が聞こえる。

「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。許して」

鬼の瞳から涙が流れる。

「本当は食べたくなかった。でも我慢できないの。ごめんなさい。ごめんなさい。許して…」

そのまま燃え尽きたように消滅した。

圓城はぼんやりとその鬼の最期を見つめていた。再び雨が降り始める。雨に濡れるのも構わず、圓城はじっと鬼の頚が消滅した場所を見つめ続けた。

「……圓城」

名前を呼ばれて、我に返ったように顔をあげる。そして冨岡の方をを振り向きニッコリ笑った。

「思ったよりも早く片付きましたわね、水柱サマ」

「……」

冨岡は何も答えない。よく見ると冨岡の足や顔にもいくつか切り傷があった。圓城は苦笑する。

「水柱サマ、雨が激しくならないうちに帰りましょう。風邪をひいてしまいますわ。傷の手当てもしなければ…」

「……目が」

「は?」

冨岡が突然口を開いたため、圓城はキョトンとした。

「目?目がどうかしましたか?」

「……」

「…あの、水柱サマ?」

「……何でもない」

そのまま冨岡は口を閉ざしてしまった。圓城は今度こそ大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

冨岡義勇は圓城菫が苦手である。いつ死んでもおかしくない殺伐とした世界にいながら、いつも穏やかに笑い上品に佇む女。それが圓城菫だ。始めに柱として紹介された時は、何かの間違いではないのかと疑ってしまった。

『あら、初めまして。……睡柱の圓城菫と申します。』

清潔な隊服の上に、花柄の羽織を身に付け、日傘をさしながらフワリと微笑む。鬼殺隊に存在しているのが信じられないほど優美な女だった。

共に柱でありながら、圓城が単独での任務を好むため、冨岡が圓城と任務につくのはこれが初めてだった。圓城は先日の任務で左足を失い、義足になったらしい。それならばできるだけ自分が中心になって動こうと冨岡は考えた。

「水柱サマ、取りあえず私は北側から、水柱サマはその反対から鬼を探すのはどうでしょうか?」

山に入ってすぐに圓城からそう提案されて、少し考える。その方が確かに効率的だ。しかし、圓城に何かあった場合、離れていたら逆に危険だと冨岡は思った。

「……あのぅ、お願いできませんか?」

「………(なるべく2人で動いた方がいいから)やめておけ」

「えっ、はっ?えっと、あの、水柱サマ、もしや何か計画があるのでしょうか?」

計画、と言われて冨岡は考える。

「計画があれば、聞かせていただけますか?もしよければ、私はそれに従いますので。決してご迷惑をかけることは致しませんし--」

冨岡はじっと考えながら、圓城の左足を見つめた。もし圓城を1人にして、何かあったら大変なことになる。圓城は義足での任務はこれが初めてとお館様が言っていた。ならば、やはり山の中では2人で動いた方がいいだろう。

「あの……」

「……足が」

「はい?」

「………(義足での任務が初めてならば1人で)動くのはダメだろう」

「……えっと」

圓城が困ったような顔をした瞬間、その後ろから鬼が現れたので冨岡は素早く動いた。圓城もほぼ同時に刀を鞘から抜く。2人で背中合わせに鬼を斬る。冨岡は鬼を斬りながら、圓城の方をチラリと見た。そして驚きで目を見開く。義足とは思えないくらい激しい動きで戦っていた。涼しい顔で次々と鬼を切り刻んでいく。冨岡は少し安心して自分も戦いに集中した。

水の中から現れた女の鬼にも、躊躇いなく攻撃する。2人で一気に攻めこんだ事で、思ったよりも早く片付いた。

大きく息をついて、刀を仕舞う。冨岡が思ったよりもずっと、圓城は強かった。流石は柱として鬼殺隊で生きる女だ。自分のような未熟者とは全然違う--、そう思いながら圓城の方を振り返る。そして、目を見開いた。

消滅する鬼の頚を圓城はじっと見つめていた。泣きじゃくる声が聞こえる。

「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。許して」

圓城は何も言わずにその頚を見つめ続けている。

「本当は食べたくなかった。でも我満できないの。ごめんなさい。ごめんなさい。許して…」

圓城のその瞳を、冨岡はじっと見つめた。その瞳に宿るのは、怒りや憎しみではない。

それは悲しみだった。哀れみだった。憐情だった。

鬼殺隊とは思えない、深い慈悲のこもった瞳だった。

冨岡は心臓が凍りついたようにゾッとした。なんだ、この女。自分が殺した鬼を、なんでそんな目で見ているんだ?

「……圓城」

思わず冨岡が声をかけると、圓城は顔をあげる。そこにはいつもの穏やかな笑顔があった。

「思ったよりも早く片付きましたわね、水柱サマ」

「……」

「水柱サマ、雨が激しくならないうちに帰りましょう。風邪をひいてしまいますわ。傷の手当てもしなければ…」

その顔は何を考えているか分からない。冨岡は戸惑いながら口を開く。

「……目が」

「は?目?目がどうかしましたか?」

圓城は本当に不思議そうに首をかしげた。なんと言ったらいいのか分からず、冨岡は口ごもる。

「…あの、水柱サマ?」

「……何でもない」

結局何も言えなかった。そのまま背を向ける。

「……戻る」

「はい。そろそろ夜明けになりますわ。傷を手当てしてから報告に行きましょう」

冨岡と圓城は雨の中、ゆっくりと山を下った。雨は激しくないが、なかなか止まない。2人はお互い会話をせずにひたすら足を動かす。山を半分ほど下った所で、ようやく雨が上がった。冨岡は心の中でホッとする。これで少しは動きやすくなるだろう。

雲の隙間から、白い明るみが広がる。夜明けが来た頃、冨岡と圓城はようやく山から出た。

「水柱サマ、この度はありがとうございました。」

「……」

「任務をご一緒できて、心より光栄でした。とても心強かったですわ。」

山を下り、夜明けが来たことで安心したのか、圓城の顔が明るくなる。冨岡は何も答えなかったが、圓城は1人で話し続けた。

さて、傷の手当てをしてもらいに藤の花の家紋の家に行こうか、と冨岡が考えていると、今まで話していた圓城の足がピタリと止まった。冨岡も足を止めて訝しげな顔で振り向く。圓城は何かをじっと見ていた。その視線の先を冨岡が追うと、そこには見事な虹が出現していた。まるで空に橋がかかったように、七色の光が輝いている。女性が好きそうな美しい光景だ。きっと圓城も見とれているのだろう、と冨岡は考えながら圓城の方へ再び視線を移す。そして首をかしげた。

圓城の瞳は深い憎悪がこもっていた。鋭い視線で虹をずっと見つめている。顔中に殺気が溢れている。鬼と戦う時でさえ、そんな顔はしなかったのに。

「……圓城?」

冨岡が声をかけると、圓城はハッとしたように慌てて虹から目を離した。冨岡に優雅に微笑みかける。

「失礼しました。綺麗な虹ですわね。思わず見とれていましたわ」

「……見とれているとは、思えなかったが」

冨岡がそう言うと、圓城は驚いたような顔をした後、苦笑した。

「あら、分かってしまいましたか」

「……」

「……殺したい鬼が、いるんです」

圓城が迷ったように口を開いた。冨岡は黙ってそれを聞く。

「その鬼は、虹色の瞳をしているんですの。水柱サマは会ったことありませんか?」

「……いや」

「まあ、上弦の鬼ですからね。もしも、見かけたら教えてくださいな。その鬼は私が殺しますから。地獄の果てまで追いかけて」

圓城が笑った。その瞳には深い憎悪がまだ宿っていた。

やっぱりこの女はよく分からない、と冨岡は思う。鬼を恨んでいるのか、憎んでいるのか。

 

それとも--、哀れんでいるのか。

 

そして、2人はそれ以上なにも話さずに静かに帰路についた。

 

 

 

 

 

 

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