圓城菫は冨岡義勇が非常に苦手である。というか、あまり話したことがない。
「水柱サマ、本日はよろしくお願いいたします」
「……」
「このような体ですが、ご迷惑にならないよう任務に励ませていただきますので--」
「……」
「……」
何度か話しかけたが冨岡はずっと無言だった。圓城はため息をつきたいのを必死にこらえて、拳を握った。
そもそも圓城は鬼殺隊に入るよりも、ずっと前から冨岡の事を知っていた。圓城の見る夢は炭治郎が戦う夢が最も多いが、冨岡が戦う夢も見たことがある。一番印象的だったのは、雪の中で禰豆子を殺そうとし、炭治郎が必死に庇う夢だった。恐らくその夢こそが彼らが初めて出会った日の出来事だったのだろう。圓城が睡柱に就任してから、その夢の人物が冨岡だとすぐに分かった。コッソリと怪しまれないように探りを入れようとしたが、
『水柱サマ、最近変わった出来事はありましたか?』
『……』
『変な鬼に会ったとか』
『……』
『……』
『………………関係ない』
ずっと無言を貫き、ようやく口を開いたと思ったらこの一言だけだった。圓城は冨岡から情報収集をすることを早々に諦めた。
チラリと冨岡を見る。顔がいい。声もいい。ついでに強い。これで社交的な性格であれば、さぞかし女性からモテていただろうに、もったいない、などと現実逃避を始めた時、鎹鴉が飛んできた。
「カァー!圓城!圓城!南西二行ケ!南西ノ山ダ!心シテカカレー!」
「閑、うるさい。分かっていますわ」
鎹鴉の閑が大声で叫ぶのを止めながら、圓城は冨岡と共に走って南西へ向かった。
夜、空を漂う雲の隙間から美しい星が散らばっているのが見える。圓城と冨岡がたどり着いたのは人里離れた山だった。大きな木が巨人のようにそびえている。不気味なほど陰鬱な静寂に満ちており、道のりが険しかった。圓城は冨岡と共に素早く木々の間を走りながら必死に目を凝らした。鬼の姿は見えないが、微かに気配がする。圓城は走りながら声をかけた。
「水柱サマ、取りあえず私は北側から、水柱サマはその反対から鬼を探すのはどうでしょうか?」
「……」
「……あのぅ、お願いできませんか?」
冨岡は何も言わず、突然足を止めた。圓城も慌てて立ち止まる。
「………やめておけ」
「えっ、はっ?」
突然言われた一言に圓城は思わず変な声を出してしまった。
「えっと、あの、水柱サマ、もしや何か計画があるのでしょうか?」
「……」
「計画があれば、聞かせていただけますか?もしよければ、私はそれに従いますので」
「……」
「決してご迷惑をかけることは致しませんし--」
「……」
「あの……」
無言で圓城を見つめる冨岡に圓城は困り果て、じいや、助けてとまた心の中で叫んだ。思わずため息を吐きそうになった時、ようやく冨岡が口を開く。
「……足が」
「はい?」
「………動くのはダメだろう」
「……えっと」
「……」
「……」
まずい。どういうことだろう。思ったよりも意志の伝達が不可能だ。会話がさっきから全然繋がらない。もうこれ、命令無視してでも単独で動いた方が楽な気がする。そうだ、そうしよう。圓城が半ば本気でそう考えた時だった。ポツンと頭に水が落ちてきた。
「……あ、雨?」
圓城は空を見上げる。いつの間にかまた曇っており、次々と雨粒が降ってきた。
「……まずい、ですわね」
圓城は顔をしかめた。山にいる時、雨は危険だ。地面が濡れて滑りやすくなるし、視界が悪くなる。おまけに服が濡れると動きにくいし、何よりも低体温症が心配だ。
「水柱サマ、とにかく--」
早く鬼を探しましょう、と言葉を続けようとした瞬間、背後から気配を感じた。
「…っ!」
素早く日輪刀を抜いたが、冨岡が動く方が速かった。圓城の後ろから襲いかかってきた鬼の頚を一気に斬る。しかし、
「肉だ!肉!食わせろ!」
「上手そうな肉だ!」
次から次へと鬼が飛びかかってくる。圓城は舌打ちをしながら大きく息を吸い込む。そして刀を振るった。
「睡の呼吸 参ノ型 睡魔の嘆き」
一気に3体の鬼の頚を切った。異形の首が宙を舞うのを確認しながら、更に刀を振るい続ける。冨岡も圓城に背を向けて鬼を次々と斬り続けていた。どんどん鬼は現れ、襲いかかってきた。圓城と冨岡は素早く動きながら鬼を斬る。
「……?」
戦いながら圓城は首をかしげた。程度の低い雑魚鬼ばかりだ。この程度の鬼に柱が2人も来る必要はあったのだろうか--?
そう考えながらも刀を振り続け、ようやく襲ってくる鬼が減ってきた。
「……ん?」
気がつくと、ずいぶんと山奥まで来ていたらしい。いつの間にか雨も上がっていた。圓城は最後に残った鬼を手早く斬り、死んだのを確認すると辺りを見渡した。
「……ここは」
冨岡も珍しく戸惑ったような声を上げる。目の前には小さな湖が広がっていた。湖というよりも沼と言った方がいいかもしれない。水が夜の色を写していて、不気味なほど静かな場所だった。
「……?」
なんだろう。何か、気持ち悪い。圓城は不穏な空気を感じて、湖から離れようとしたその時、コポコポと湖が音をたてた。
「…!水、」
冨岡に声をかけた瞬間、湖が突然轟音のような凄まじい音をたてる。そして、大量の水が圓城と冨岡を襲った。
「--っ!」
一気にその場から跳び跳ね、後ろへ下がった。荒れ狂う水流が再び圓城を襲う。それを必死に避けながら圓城は湖に視線を向けて、そして目を見開いた。
青い髪の女が水面に立っていた。いや、あれは鬼だ。美しいきらびやかな着物に、瞳の下には雫のような紋様が浮かんでいる。一瞬泣いているのかと勘違いしたが、鬼はニヤニヤと笑っていた。
「やれ、うれしや。強い鬼狩りが2匹も来たよ。--今夜はご馳走だねぇ」