夢で逢えますように


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作:春川レイ
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夢の中の夢は儚い幸せ
折れない意志を


 

 

 

白い朝の光が町を照らす。今日も穏やかで平和な1日が始まろうとしている。人々は互いに挨拶を交わしながら、職場や学舎に足を運ぶ。そんな人々の間を掻い潜るように、強い風がザッと吹いた。その強さに思わず声をあげる。

「キャッ、何?今の風」

「ずいぶん強かったわねぇ」

そんな会話を交わしながら、町の人々はそれぞれの目的の地へ歩いていった。

その強い風の正体、圓城菫は人気のない場所で足を止める。1度だけ深呼吸をし、義足でトントンと地面を蹴った。この義足にもずいぶん慣れてきた。少なくとも、歩くことと走ることに支障はない。以前のように素早く走ることも可能となり、こうして朝の走り込みにも十分集中できる。

「……」

問題は、任務においてこの義足がどれだけの負荷に耐えきれるかだ。今夜から来るであろう任務に不安が少しずつ大きくなってきた。圓城はその不安を振り払うように頭を左右にブンブンと振り、ゆっくりと歩いて自邸へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ、お嬢様。さあ、早くお着替えをなさってください。会議に遅刻しますよ」

「……あぁ」

帰宅した圓城は、じいやの言葉に大きなため息をついた。そうだ。任務の前にもう一つ面倒事が待っている。

「……行きたくない」

「欠席は駄目ですよ。ますます他の柱様からの顰蹙を買います」

「……分かってる。分かってますとも」

圓城はじいやの言葉にしかめっ面をしながら新しい隊服に手を伸ばした。

キッチリとした隊服を身に付けると少しだけ気分も向上する。長い黒髪は後ろで編み込んだ。最後に、スミレの花の飾りが着いた白いリボンを結ぶ。

「……行きたくないぃぃ」

「お嬢様、いい加減にしてください」

じいやに怒られながら、圓城はブツブツ言いつつようやく準備を終えた。

「では、行って参ります」

「行ってらっしゃいませ」

じいやに見送られ、圓城は顔をしかめながら扉を開けて出ていった。

 

 

 

 

 

 

鬼殺隊本部にて緊急の柱合会議のため、柱は集まっていた。

「煉獄、もう体は大丈夫なのか?」

「今はまだ自宅で療養中だ!任務に復帰するのはやはり厳しいな!よもやよもやだ!」

炎柱の煉獄もその場にいた。潰された方の目に眼帯を装着している。目を潰され、内臓や骨を痛めていたが、徐々に回復してきているらしい。しかし十分に呼吸を使うことは出来ないため、考えた末に柱を引退する事になった。今後は若手の育成に力を入れるらしい。今日は煉獄にとって最後の柱合会議になるだろう。この場の全員にその事が伝わっており、残念そうにしていた。胡蝶しのぶは苦笑しながら煉獄に声をかけた。

「煉獄さん、くれぐれも無理は禁物ですよ。まだ完全に治ったわけではありませんので…」

「うむ、心得ている!それよりも圓城はまだ来ないのか!」

その言葉にしのぶの唇がピクリと動いた。現在、ほとんどの柱が本部に集結している。圓城菫だけがまだこの場にいなかった。

「全く、今回の件の当事者が遅れてくるとは。いい気なものだな」

蛇柱の伊黒小芭内がネチネチと声をあげた。

「む!もしや、左足が原因で遅れているのではないか!」

煉獄が大声でそう言ったため、しのぶが慌てて口を挟んだ。

「煉獄さん、あの人ならとっくの昔に歩けるようになっています。訓練をしていたので、走ることも…」

その時、ようやく後ろから、

「お待たせして申し訳ありません」

と声が聞こえた。何人かの柱が振り向き、驚きを顔に出した。

圓城菫は元々清楚で優美な雰囲気の女だ。いつも清潔を保っている隊服は足首まである丈の長いスカートで、雛菊の描かれた空色の羽織を身に付けていた。上品な西洋風の日傘をさしつつ、礼儀正しく、背筋を伸ばして立っているのがいつもの姿だった。

それが今は洋装のような洋袴(ズボン)式の隊服を身に付けている。また、羽織は群青色で、長いマントのような物に変わっていた。マントにはよく見ると黄色の雛菊を象った釦が着いている。そして、頭には学生帽のような帽子まで被っている。まるで隊服というよりは軍服のようだった。編み込まれた長い髪が帽子で隠れているため、パッと見は中性的で、美麗な男性にも見える。

「こりゃあ、ド派手に変わったな…」

音柱の宇髄天元がボソリと呟いた。しのぶは思わず声をかけた。

「…何なんですか、その格好…」

「え?おかしいでしょうか?」

圓城がキョトンと首をかしげる。

「以前の隊服も羽織もボロボロになったので、家の者が一式新しく準備して下さいまして……、あの、皆様、どうかされましたか?この格好、変なんでしょうか?」

何も疑問に思わず、じいやに言われるがまま新しい服を身につけ本部に来た圓城は、自分の姿を見た他の柱の反応に戸惑った。もしかして、何か間違っただろうか?

「わ、私は、凄くいいと思うわ、圓城さん!キュンとしちゃった!」

「キュン…?」

恋柱の甘露寺蜜璃が笑顔でそう言ったため、圓城は戸惑いながらも少し安心した。煉獄が大きな声で圓城に声をかけた。

「久しいな、圓城!体の調子はどうだ!」

「ええ、お久しぶりです、炎柱サマ。上々ですわ。今夜から任務に復帰する予定です。」

「そうか!それは…」

煉獄が何か言葉を続けようとした時、おかっぱの子どもが座敷へ入ってきた。

「お館様のお成りです」

柱が全員その場で頭を下げた。

「お館様に置かれましても御壮建で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り致します」

「おはよう、みんな。今日は突然呼び出してすまないね。顔を上げてくれるかな。」

お館様の声が聞こえ、知らず知らずのうちにいつもの高揚感が胸を満たす。他の柱と共に頭を上げながら、圓城はひたすら「早く終われ」と念じていた。

「さて、みんなも知っている通り、杏寿郎と菫が上弦の鬼と戦った」

ピンと緊張感が部屋を満たす。圓城はスッと目を伏せた。

「頚は斬れなかったが、幸運なことに2人とも命は助かった。杏寿郎、菫、よく頑張ってくれたね。体はもう大丈夫かな?」

「……有難いお言葉感謝致します。私は、もう完全に治癒しております」

「まだ療養中ですが、問題ありません!」

「うん。では、ここにいる皆に、どんな力を使う鬼だったか、話してくれるかな?」

「はい!」

煉獄が上弦の参、猗窩座について話す。圓城は特に口を挟まず無表情でそれを聞いていた。煉獄が全てを話すと、お館様は何度か頷き、今度は圓城の方へ顔を向ける。

「菫からは何か話したいことはあるかな?」

「……はっきりとは、断言できませんが、」

圓城は迷うように口を開いた。

「……あの猗窩座という鬼は、恐らく女を殺せないのでは、ないかと」

ザワリと柱が揺れ、お館様が首をかしげた。

「どういうことかな?」

「……私が、炎柱サマと鬼の間に入った時、一瞬ですがあの鬼は躊躇ったような顔をしました。そして、拳を入れるときに瞬時に力を抜いたのです。あのまま攻撃をまともに受け止めていたら私は死んでいたでしょうし、炎柱サマも大変危険だったでしょう。恐らくあの鬼は何かの理由で私に攻撃を入れるのを迷ったのではないかと…」

「それが、何故女を殺せないという事になる?適当な事を言うな」

伊黒の言葉に圓城は言いにくそうに言葉を紡いだ。

「いえ、その場にいた炭治郎さんには躊躇いなく攻撃し、殺そうとしていたのです。ですから、私と彼らの違いといえば、単純に性別なのかと…。申し訳ありません、私のただの想像です…」

「いや、参考になったよ。あとは?」

「……」

「何か話したいことはあるかな?」

圓城はお館様の言葉に薄く笑いつつ、口を開いた。

「私からの報告は、以上です。」

恐らく煉獄から、圓城が猗窩座に話しかけたことを聞いたのだろう。お館様から探るように問いかけられたが、圓城はそのまま口を閉ざした。お館様は気にする様子を見せず優しく笑った。

「そうか。よく頑張ってくれたね」

「…いいえ。上弦の鬼の、頚を斬ることが出来ませんでした。申し訳ありません。私の不徳の致すところです」

「チッ、鬼の頚を斬れねェとは情けねェ。」

「お前は柱に相応しくない、煉獄ではなくお前がとっとと辞任したらどうだ」

不死川と伊黒の声を聞きながら、圓城は深々と頭を下げて言葉を続けた。

「いかなる処分もお受けします。誠に申し訳ありませんでした…。」

「お館様!圓城の責任ではございません!処分は…」

煉獄が圓城を庇うように声を張り上げたが、お館様が口元に人差し指を持っていくと皆がピタリと静かになった。

「処分なんて考えていないよ。2人とも本当によく頑張ってくれた。杏寿郎は特に重傷だったみたいだしね。本当にありがとう」

「有難いお言葉、感謝致します!」

煉獄も圓城と同じように深々と頭を下げた。

「さて、菫。足の方はどうかな?今日から任務に復帰できると聞いたけど、無理しなくてもいいんだよ」

「……義足を作成しましたので、問題ありません」

「まだ、戦えるかな?」

「はい」

圓城はお館様を真っ直ぐに見据え言葉を続けた。

「まだ、戦えます、お館様。例え四肢の全てを失くしても、この身が滅びようとも、最後まで戦いたいです。戦わせてください。」

「……」

「頚を斬らせて下さい。人を護らせて下さい。---私は、弱い柱ですが、それでも折れません。折りたくありません。せめて最後まで柱の名に恥じぬ戦いを……」

「ありがとう、菫」

お館様が優しく笑った。

「君は弱くはないよ。菫のおかげで今回1人も犠牲は出なかったのだから。本当にありがとう、菫。これからも無理せず頑張ってほしい」

「……はい」

「さて、他に報告はあるかな?」

他の柱が何かを報告するのを聞きながら、圓城はチラリと煉獄の方へ視線を向けて、ひそかにため息をついた。煉獄が引退すると聞いてからモヤモヤがとまらない。自分が辞任する方がよっぽど収まりがいいだろう。それでも、一度決めたことを自ら曲げるのは嫌だった。自分は弱いが、本当に弱いが、それでも柱なのだ。絶対に折れない。そのために全てを捨てて、前へ前へと進んできたのだから。

「それじゃあ、皆お疲れ様。今日は集まってくれてありがとう」

柱合会議は滞りなく終わった。圓城は素早く立ち上がった。とにかく早く帰りたい。そのまま部屋から出ようとした時、お館様から声がかかった。

「あ、菫と義勇は残ってくれるかな?」

「はい?」

「……」

圓城は驚いて思わず声を出す。同じく名前を呼ばれた水柱、冨岡義勇は何も言わずに無言だった。

ゾロゾロと他の柱が部屋から出ていく。その姿を少し羨ましそうに圓城はチラリと見た。

「さて、呼び止めてすまないね、菫、義勇」

「いえ…」

「……」

お館様の正面に、圓城と冨岡は正座して並んだ。冨岡は無表情で何を考えているか分からない。圓城は戸惑っていると、お館様が口を開いた。

「南西の山奥でかなり強い鬼が出るらしい。今まで何人かの隊員を送ったが、帰ってこなくてね。柱を行かせなくてはならないようだ」

「……はい」

圓城はまさか、とひそかに冷や汗を流した。

「菫、義勇、2人で行ってくれるかな」

「お、お館様!それならば私1人で十分ですわ。水柱サマのお手を煩わせる必要は…」

「菫、君が単独で動くのが好きということはよく知っているよ。でもね、義足での戦いになれるまでは誰かと合同で動いた方がいい。」

「……」

「君の命が心配なんだよ」

「……ありがとうございます」

流石にお館様からここまで言われ、圓城も何も言えなくなった。冨岡をチラリと見ると、さっきから全く表情が変わらず何も言わない。この人と合同任務---?

圓城は目の前が真っ暗になった。

「それじゃあ、菫、義勇、お願いできるかな?」

「御意」

冨岡がようやく口を開く。じいや、助けてと圓城は心の中で叫びながら囁くように小さな声で返事をした。

「…………御意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※大正コソコソ噂話
群青のマントと帽子はじいやの手作り。短刀がたくさん隠し持てるため、圓城は気に入っている。




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