「これ、どうしたの?」
甘味処からのお土産を食卓に広げると、カナエは目を丸くした。
「聞いてよ、姉さん!菫が店の甘味を全部注文したのよ!」
「師範、このおはぎ美味しいですよ」
「菫!」
しのぶが噛みつき、圓城が苦笑する。カナエも笑いながら口を開いた。
「ずいぶん思い切ったわねえ」
「でも、美味しかったです。師範も今度は一緒に行きましょう」
「ええ、もちろん。楽しみにしてるわね」
「私はもういい…。一生分の甘味を食べたわ…」
しのぶがげっそりしながら言い放ち、カナエはますます笑った。
「それじゃあ、これはみんなで食べましょうか。菫、アオイや他の子も呼んできてちょうだい」
「はい!」
圓城は立ち上がって蝶屋敷の少女達を呼びに行く。少女達は大量の甘味に目を丸くしたが、その後は楽しそうにみんなで食べ始めた。そんな姿を静かに見つめながら圓城はしのぶに声をかけた。
「しのぶ、今日は楽しかったわね」
「……あなたがあんなに大量に注文するまではね」
「だから、ごめんなさいってば」
「本当は反省してないでしょ」
「してるわよ」
「どうだか」
唇を尖らせるしのぶに、圓城は笑いかける。
「お互いに任務があるから……、私達も階級が上がれば、これから、こうやって一緒に出かけるのは少なくなるでしょう」
「……そうね」
「だから、一緒にこうやって同じ時間を過ごせる時に、遊んだり出かけたりしたかったのよ」
「…まあ、任務がなくて、私に暇があれば、また今日みたいに一緒に出かけてもいいわよ」
「じゃあ、今度は甘味処以外で」
「当たり前!今日みたいなのはたくさんよ」
しのぶはまた大量の甘味を思い出したのか顔をしかめ、圓城はクスクス笑った。
「睡の呼吸 壱ノ型 転寝」
圓城は刀を振るった。今日の任務は1人だ。最近単独での任務が続いている。鬼の頚を一人で斬らなければならないため、責任重大だ。しかし、他人に気を使う必要もなく、自由に刀を操れるのは嬉しかった。早々と複数の鬼の頚を斬っていく。自分の呼吸の型を作ってから、格段に能力は上がり戦いやすくなった。以前より攻撃の威力も上がり、素早く動けるようになった事に素直に喜びを感じる。
全てが終了し、後始末を隠の隊員に任せ、圓城は近くの木の下に座り込む。疲労が貯まっているのがよく分かった。今日で睡眠を取らずに動き続けて12日目だ。睡眠不足によるめまいや頭痛にはもう慣れた。肌質の悪化や目の下のクマはなんとか化粧で隠している。しかし、これが限界なのかもしれない。少し動くだけで身体の倦怠感が増していき、吐き気まで感じる。
「……階級示せ」
自分の手の甲を見ながら呟くと、“甲”の文字が浮かんだ。圓城は黙ってその文字を見つめる。いつの間にか階級がこんなに高くなった。ずっとひたすら鬼を斬り続けた結果だ。鬼殺隊に入って1年と数ヶ月、死なずにここまで出世できたのだから運がいいのだろう。だが、自分が強くなった気はしない。まだ足りない。全然足りない…。
「…帰ろ」
圓城はヨロヨロと立ち上がり、蝶屋敷へ向かって足を踏み出した。
「ただいま戻りました」
「おかえり、菫」
深夜にも関わらず、しのぶが出迎えてくれた。圓城は少し驚く。
「しのぶ、まだ起きてたの?」
「ええ。研究がいいところまできてるから…」
圓城は苦笑した。しのぶは小柄な体躯故に鬼の頚を斬ることが出来ないため、鬼を殺す毒を開発しているのだ。
「すごいわね。鬼を殺せる毒かぁ…。完成したら少し分けてね」
「え?何するのよ?」
「短刀に塗る。そしたら短刀だけで戦えるかもしれないでしょう?」
なるほど、としのぶは頷きながら、圓城の顔をじっと見つめた。
「菫?あなた、何日寝てないの?」
「うーん、何日だったかしら…」
圓城はしのぶから目を逸らす。しのぶが怒ったように眉を吊り上げた。
「誤魔化さないで。もうずっと寝てないんでしょう!」
「えっと、まあ…」
「早く布団に入って!寝なさい!」
「……大丈夫よ」
「大丈夫じゃない!早く寝ないと姉さんに言うわよ!」
その言葉に圓城は顔をしかめる。
「…分かった、分かったわよ…。でも取りあえず化粧だけでも落としてくるから…その後寝るわ」
「寝るまで見張ってるから。早く化粧を落としてきなさい!」
しのぶの厳しい言葉に思わずため息をついて、圓城は洗面所に向かった。化粧を落としてから、顔を洗い自室に向かう。部屋の前で待っていたしのぶは圓城の顔を見てギョッとした。
「…そんなにひどい?」
「顔色がひどいわ。クマも。一体どうしてそんなに眠りたくないの?」
「…もう寝るから。しのぶは研究に戻りなさいな」
「ダメ。あなたが寝るまでここにいる」
圓城は渋々しのぶを自室に入れた。着替える間、しのふが布団を敷いてくれた。
「ほら、早く横になって」
「はいはい。ちゃんと寝るから」
圓城が布団に入り、横になってもしのぶはまるで睨むように圓城を見張っている。圓城は少しだけ笑って目を閉じた。どうやら今夜はこのまま眠るしかないようだ。
泣き声がする。誰?誰の声?この声を私は知ってる。どうしてそんなに泣いてるの?
『姉さん…っ、姉さん!』
暗闇。どこまでも広がる暗い世界。ここはどこだろう。
『…言って!どんな鬼なの!どいつにやられたの…!!』
ふと泣き声の方へ顔を向ける。そして絶句した。
胡蝶しのぶが泣いていた。その腕の中には血にまみれた胡蝶カナエがいる。どう見ても死にかけている。
『姉さん!!』
カナエが何かを言って、しのぶが絶叫した。
「あああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
そして、圓城は飛び起きた。