夢で逢えますように


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作:春川レイ
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名前を呼んで


※今更ですが、この小説には犯罪行為の描写が含まれています。
犯罪を推奨しているわけではありません。現実に行なえば法律により罰せられますので、絶対に行なわないでください。












 

 

夜が嫌いだった。

眠りたくなかったから。

 

でも、あの夜は私にとって大切な思い出で、宝物になった。

ずっと、ずっと覚えてる。笑い合った時間を、あの夜のあなたの笑顔を。

過去を捨てて、悲しい記憶に捕らわれてしまった今でも、私はずっと忘れない。

 

 

 

あの夜に見た、あなたの笑顔の美しさを、私は死ぬまで忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

胡蝶しのぶはふと目を覚ました。今は真夜中。外は暗く、まだ起きるには早い時間だ。二度寝しようかと目を閉じたが、のどの乾きを感じた。

「……何か飲んでこよう」

体を起こし、布団から出る。静かに、ゆっくりと台所へ向かい、水でのどの乾きを潤した。

満足したため、そのまま自室へ戻る。廊下を歩いていると、庭から何か物音がした。

「……?」

しのぶはゆっくりと縁側に向かう。そして庭の方へ視線を向けて、目を見開いた。

庭の隅っこで、圓城菫が木刀を持ち素振りをしていた。無言で何度も何度も素振りを繰り返している。体は汗びっしょりで、パッと見ただけでも長時間鍛練していたのが分かった。

しのぶは吸い寄せられるように、圓城の後ろ姿に近づく。圓城は集中しているのか、しのぶが近づいてくることに気づかないようだ。近づきながら、しのぶが話しかけようか迷っていた時、足が小さな石を弾いた。その瞬間、圓城が振り向く。そして振り向きざまに、懐から短刀を取り出し投げた。短刀がしのぶの横を飛んでいく。そして、うしろの樹木にグサリと刺さった。しのぶは悲鳴こそあげなかったが、ヒヤリと鳥肌が立った。圓城はうしろにいたのがしのぶだと認識すると、サッと顔が青ざめ、木刀を放り出すと慌てて近づいてきた。

「し、しのぶさん、申し訳ありません!つい反射的に投げてしまって…!あ、お、お怪我はありませんか!?」

「……当たってないので」

オロオロする圓城に冷静を装って答える。あの短刀が刺さってたらと思うと恐ろしい。

「…圓城さん、こんな時間に鍛練ですか?」

「え、ええ。眠れなくて…」

圓城がきまりが悪そうに答える。少しでも強くなりたくて、そして眠るのが怖いから、こうして真夜中にも鍛練を繰り返している。

「眠らないと任務に支障が出ますよ。無理にでも寝た方がいいのでは?」

「は、はい。分かっているのですけど…」

しのぶの指摘にうつむく。しのぶの方は圓城から目を逸らしながら怒ったような口調で言葉を続けた。

「だいたい、あの短刀はなんですか?危険な物を投げないで下さい。あんな物を普段から持ち歩いてるんですか?」

「……申し訳ありません。さっきは、その、鬼が、襲ってきたと思ってしまって」

「は?あんな小さな刀で鬼が倒せるわけないじゃないですか。」

「わ、分かってますわ。でも、私にとって短刀は武器というだけでなくて、御守りみたいな物だから…」

「御守り?」

しのぶは首をかしげた。

「は、はい。一年ほど前に、鬼殺隊に入る前なんですが、鬼に初めて襲われた時に、短刀で戦ったんです。それから、短刀を持ってたら安心するというか、ないと落ち着かなくなってしまって…。いつも、何個か服の中に隠し持ってます。もちろん、任務の時は日輪刀を使いますが…」

圓城の話にしのぶはあんぐりと口を開けた。

「短刀で戦った?鬼と?」

「はい。護衛の方と運転手が一緒だったんですが、鬼に殺されて……。護衛が持っていた短刀で何度も鬼を刺し続けました。すぐに鬼殺隊の方が来てくださったので本当に助かりました。あのままでは私も死んでいましたから」

圓城が少し話しにくそうに答えた。しのぶはその話に若干引きつつも、後ろを向いて短刀を樹木から引き抜く。思ったよりも深く刺さっていた事にゾワッとしながら、圓城にそれを渡した。

「…くれぐれも、もう投げないでください。人に刺さったら大変な事になりますよ」

「申し訳ありません」

ペコペコと頭を下げながら圓城が謝る。

「…もう寝ます。あなたも早く寝たらどうですか?」

「いえ、私はまだもう少し鍛練を続けます。おやすみなさい」

そう言って圓城は再び木刀を手に取った。しのぶはその様子に少しイラつきながら言葉をかける。

「だから、寝ないと任務に支障が出ると言っているでしょう?あなただけではなく、鬼殺隊に迷惑がかかるんですよ」

「……少しくらいなら、任務に支障は出ません。私、元々あまり寝ませんので、」

しのぶの鋭い眼光にも圓城は臆することなく淡々と答えた。

「…無理やり寝るくらいなら、もっと鍛練をして、強くなりたいんです。今のままでは、私は人を護ることは、できません」

「……」

再び木刀で素振りを始めた圓城をじっと見つめ、しのぶは口を開いた。

「…なぜ、そんなにも強くなりたいんですか?なぜ、家を出てまで鬼殺隊に入ったんですか?」

その言葉に圓城はしのぶの方を振り向いた。そして、短く答える。

「救いたかったから」

「……」

何の反応も返さないしのぶに向かって、言葉を続ける。

「でも、今のままでは、何も、誰も救えない。師範が言ったんです。護るために刀を振るいなさいと。誰かのために、もう誰も悲しい思いをしないように、刀を握りなさいと。私は、鬼を哀れな生き物だと思っています。不憫で可哀想だとも思います。甘い考えかもしれないけど、できれば鬼も救いたいとさえ、思います」

「……」

「でも、そんな思いだけじゃ、救えないから。だから、せめて目の前の人を護るために、私は強くなりたいんです」

しのぶは、初めて圓城をまっすぐに見つめた。その顔を、瞳を真正面から見つめた。そして、ポツリと呟く。

「…本当に、馬鹿馬鹿しくて、甘い考えですね。姉さんと同じ」

「……」

「…木刀を持ってくるので、待っててください」

「え?」

戸惑う圓城に構わず、しのぶは言葉を続けた。

「あなたのせいで完全に目が覚めてしまいました。手合わせをしましょう。」

「……え、あの」

「鍛練は誰かとした方が、もっと強くなれますよ。それとも、私とでは不満ですか?」

少しすねたような口調でそう言うしのぶに、圓城はパッと顔を輝かせると木刀を握り直した。

結局その後はずっとしのぶと鍛練を続けた。何度か手合わせをして、疲れた2人は縁側に座り休息を取る。しのぶが水分補給にと台所から水を持ってきてくれて、圓城はそれを一気に飲んだ。しのぶも水分補給をしながら口を開いた。

「それにしても、さっきの短刀はやはり危ないです。持ってても構いませんが、絶対にこの屋敷では出さないようにしてください」

しのぶの言葉に圓城は神妙な顔で頷いた。

「はい。仰る通りですね。もう少しでしのぶさんに怪我をさせてしまうところでした。気をつけますわ」

自分も水でのどを潤しながらしのぶはまた口を開く。

「……あなたの、さっきの話、短刀だけで鬼と戦ったというのは、正直驚きました。こう言ってはなんですが、よく生き残れましたね…」

「ああ、元々運動神経はいい方でしたし、最近ようやく伸び始めましたが、12歳の時は身長が低くて小さかったんです。その分、素早く動けて鬼も捕まえにくかったのでしょう。」

「ああ、なるほ……ん?」

「ん?」

会話の途中で突然言葉を止めたしのぶが首をかしげたため、圓城も不思議そうな表情をした。

「……一年前に鬼に襲われて、鬼殺隊に入ったんですよね?」

「?ええ、そう言いました」

「…姉さんから、あなたは15歳だと聞いたんですが…」

「………あ゛っ」

圓城はしまったと思い、思わず口を両手で押さえる。その様子を見てしのぶが怖い顔で睨んだ。

「どうやら、説明をしていただく必要があるみたいですね」

「………」

圓城が顔を青くする。しばらく抵抗する様子を見せていたが、しのぶは圓城から強引に話を聞き出した。

「こ、戸籍を買った?」

「……はい」

「え、ちょっと待ってください。じゃあ、あなたの名前って…」

「……生まれた時は違う名前でした。これは元は他人の、買った戸籍の名前です。年齢も、本当は13歳です…」

物凄く言いにくそうに圓城が答えて、しのぶは顔を引きつらせる。

「……それって、あの、不法、なのでは…?」

「……」

しのぶの言葉に圓城は黙りこみ、突然土下座をした。

「しのぶさん、お願いですから、この事はご内密にお願いします」

「……」

「私は、全ての過去も名前も捨てて、鬼殺隊に入りました。この名前で、今後の人生を歩むつもりです。本名のままでは、父母に連れ戻される危険があります」

「……」

「だから、どうか、どうか、…ご内密に…」

しのぶは、目の前の小刻みに震えながら土下座をする圓城の姿を見つめた。そして、思う。

姉さんの言う通りだ。彼女が道楽で鬼殺隊に入っただなんて、とんでもない。何かは分からないが、彼女は私が考えるよりも、ずっと重いものを背負ってこの場にいる。家族も、本来の人生も、名前さえ捨てて。でも、ただ一つだけ確かな事は、彼女の思いは私と一緒だ。人を護るために、誰かの幸福を護るために、鬼殺隊にいる。

しのぶは頭を下げたままの圓城に向かって口を開いた。

「この前の事、許してくれるなら、秘密にする」

「……?」

圓城は訝しげな表情で顔を上げた。

「この前私がひどい態度をとった時の事、ごめんなさい。私もいろいろあってむしゃくしゃしてた」

「……いえ」

「あと、同じ年ならこれから敬語はやめる。私は、あなたの事を菫って呼ぶ。あなたもしのぶと呼びなさい」

「…え、あの…」

「そうしてくれたら、誰にも言わないわ。私も墓まで持っていく。これでいいでしょう?」

「は、はい!」

「だから、敬語はやめなさいってば!」

「も、申し訳ありま、…じゃなくて、すみま…」

「もう、だから!」

しばらく同じような会話を繰り返し、やがて2人は同時に吹き出し、笑った。

「…慣れるまでは、時間がかかるかもしれませ、じゃなくて、かかると、思う…」

「それでいいわ。ゆっくり慣れればいいの」

「…しのぶ、しのぶちゃん」

「ちゃんもいらない。しのぶの方がいい」

「……しのぶ」

「うん、いい感じ」

「…難しい」

「なんでよ。名前を呼び捨てにするだけじゃない」

「…しのぶ、しのぶ、」

「そう、その調子」

そんな2人を空に浮かぶ満月だけが見ていた。

それから、少しずつしのぶと圓城は距離を縮め始めた。圓城は徐々に敬語のない会話に慣れていき、2人は打ち解け合っていく。そんな2人の姿をカナエが嬉しそうに見ていた。

「菫、すっかりしのぶと仲良しねぇ」

「仲良し、でしょうか」

「ええ!あなた達ならきっと仲良くなれるって思ってたわ。だって、2人ともとっても優しくていい子だもの!」

圓城はその言葉に照れたように笑って下を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

その数日後のこと。圓城の元に荷物が届けられた。どうやら、じいやからの荷物らしく、圓城はピンときた。受け取って、自室に戻るのも忘れてそれをじっと見つめる。

「菫?どうしたの、それ?」

廊下で包みを手に持ちじっと見ている圓城に、しのぶが声をかける。

「使用人からの荷物みたい」

「開けないの?」

「…うん」

しのぶに促され、圓城はその場で包みを開いた。

「わ、綺麗!」

しのぶが思わず声をあげる。包みから出てきたのは美しい空色の羽織だった。黄色の可愛らしい花が描かれている。

「綺麗な羽織ね。これ、何の花かしら?」

「……たぶん、雛菊」

「へえ。よく知ってるわね」

しのぶはしげしげと羽織を見つめ、言葉を続けた。

「なんだか、あなたの花って感じね」

「え?」

「うまく言えないけど、この花、あなたに似合ってる、すごく。あなたの名前、菫だけど、スミレよりもこの花の方が似合うわ」

その言葉に圓城はキョトンとした後、なぜか突然クスクスと笑い始めた。

「え、何?私、変な事言った?」

「ううん。言ってない」

そう言いながらもクスクス笑うのを止めない圓城にしのぶはムッとする。

「もう、何よ!意味分からないわ!」

「ごめん、ごめん」

圓城はそっとしのぶの耳に顔を近づけて囁いた。

「今日ね、実は私の誕生日なの。本当の」

「え!」

「これは、使用人からの贈り物。」

本来なら今日は圓城の14歳の誕生日なのだ。戸籍上の出生日は違うため、公に祝福できない。これは唯一誕生日を知るじいやからの極秘の誕生日の贈り物だ。

それを聞いて、しのぶは少しだけ痛ましげな顔をした後、誰にも聞こえないように圓城にそっと囁いた。

「誕生日、おめでとう。菫」

「…ありがとう、しのぶ」

「今日は私がごちそうを作るわ」

「いいの。アオイが今日は鯖の煮込みを作ってくれるって。それで十分」

「あなた、あれ好きねぇ」

小声で会話を交わしながら圓城は思う。想像よりもずっと素晴らしい誕生日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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