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作:春川レイ
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泣き虫と護るための刀


 

 

「……どうしようかしら」

しのぶが去った後、圓城は縁側に座ってぼんやり物思いに耽っていた。今日は任務が入っていないため、鍛練をするつもりだったが、さっきのしのぶの様子が頭から離れない。

「できれば仲良くしたかったけど、無理なのかしらねぇ…」

手のひらのキャラメルを見つめながら小さく呟く。同じ屋根の下で生活するうえで、少しずつ親しくなれるだろうと楽観視していたが、あの様子では難しいのかもしれない。

そんな風に考えていた時、誰かが近づいてくる気配がした。顔を横に向けると、珍しい事に栗花落カナヲが圓城の方へ静かに歩いてくる。圓城は小さく笑って話しかけた。

「ごきげんよう、カナヲさん。何か用事ですか?」

「……」

圓城の顔をまっすぐに見つめ、しばらくしてから小さな口を開いた。

「…アオイが、…呼んでいます」

圓城は苦笑した。きっと仕事が忙しく、手伝いを求めているのだろう。圓城はゆっくり立ち上がった。

「分かりましたわ。すぐに行きます」

カナヲの横を通りすぎようとして、ちょっと考えてから圓城はカナヲに右手を突きだした。

「カナヲさん、どうぞ」

「……?」

カナヲが訝しげな顔をする。圓城はカナヲの手を取ると、しのぶにあげようと思っていたキャラメルをコロンと渡した。

「お菓子です。もしよければ食べてくださいね」

そう言って、カナヲの反応を待たずにその場を離れる。残されたカナヲはキャラメルをしばらく凝視した後、懐から銅貨を取り出しピンと弾く。その結果を確認してからキャラメルを口に放り込んだ。そしてキャラメルの甘さを感じ、ほんの僅かに口が綻んだ。

 

 

 

 

 

胡蝶しのぶは複雑な表情をしていた。先日の圓城への態度は自分でもかなり悪いものだったと自覚している。圓城の話を聞いた時は一瞬頭がカッとなり、ひどい態度をとったが、しばらくしたら頭が冷えた。冷静に考えると別に圓城は何も悪い事をしていない。怒ったのは自分自身の感情の問題であり、圓城自身は関係ない。謝ろうと何度か思ったが、圓城を前にすると黒い感情が溢れだしそうでうまくいかない。結局あの日からほとんど話してはいなかった。しのぶは顔をしかめながら、刀の手入れをしている姉に話しかけた。

「姉さん、明日の任務は?」

「明日は何人かの隊員と合同任務ね。少し離れた森に行くよう命じられてるわ。ちなみに菫も一緒よ~」

その話を聞いて、しのぶは思わず声をあげた。

「私も行く!」

「え?ダメよ。しのぶには別の任務が出ているじゃない」

「うっ、そうだけど、」

「ちゃんと任務を遂行しないと、お館様に怒られちゃうわよ~」

圓城と話すいい機会になると思ったが、さすがに任務を無視できない。しのぶは姉にバレないように小さくため息をついた。

 

 

 

 

その日の圓城の任務は他の隊員と合同で、森で人を襲う鬼を倒す事だった。師範であるカナエの指示のもと、何人かの隊員と共に鬼を追い詰める。鬼の頚を斬ることは成功した。しかし、犠牲が出てしまった。鬼に襲われて、出血多量で死んだ隊員が2人。その直後に鬼を倒したため、喰われずに遺体が残っただけでも幸いなのかもしれない。

圓城は隠の隊員に運ばれていく遺体を見つめながら、涙を流した。声を出さないように必死に我慢する。また、救えなかった。今日の戦いの夢は見なかった。もし、夢を見ていたら救えたかもしれないのに。どうして私には何も出来ないんだろう。

他の隊員に泣いていることがバレる前に、涙を隊服の袖でゴシゴシと拭う。すると、カナエが近づいてきて圓城の頭を優しく撫でた。

「さあ、菫。帰りましょう」

「…はい」

圓城はうつむきながらカナエの後を付いていく。カナエが静かに話しかけてきた。

「菫は泣き虫ねぇ」

「…いつも、こうではありません」

「ええ、分かってるわ。あなたが涙を流すのは、誰かのために泣いている時だもの」

カナエが圓城の方を向いてハンカチを渡してきた。

「さあ、涙をふいて。泣いてはダメ。顔を上げて前を向くのよ。私達は戦わなければならないの。亡くなった人のためにも。」

圓城はハンカチで目元を拭ってから少し顔をあげて、前を歩くカナエに話しかけた。

「師範、あの…」

「師範じゃなくて、カナエって呼んでちょうだいってば~」

「いえ、師範は師範なので…」

圓城はまた流れそうな涙を必死に抑えながら口を開く。

「師範は、なぜ私を継子にしたんですか?」

「だって、あなたが可愛かったから~」

困ったような表情をする圓城にカナエはクスクスと笑うと、言葉を続けた。

「あとは、あなたが私と一緒だったから。最初に出会った時、鬼に優しさを向けていたから」

「…優しさ」

圓城は首をかしげる。

「鬼を救いたいって思ったんでしょう?私もなのよ。あなたとおんなじ」

「……」

「鬼と仲良くなれたらって思うのは、おかしいと思う?」

「鬼と仲良く、ですか」

「人だけではなく、鬼も救えたらって思ってるの」

圓城はその言葉に大いに戸惑う。そして、口を開いた。

「…鬼と共存できる方法が、あればいいのにと思った事はあります。私は、鬼に特別な憎しみはありません。人を襲うのは許せないですが、救う方法があるのならば、救いたいです」

迷うように言葉を選んで紡ぐ。カナエが笑って圓城の頭を再び撫でた。

「ほら、やっぱり菫は優しい子だわ!」

「……優しくありません」

「あなたも頑固ねぇ。しのぶと似ているわ」

「…それ、しのぶさんの前では言わないでください。私が睨まれます」

「あらあら、あの子ったら」

カナエがフワフワ笑って、それにつられて圓城も顔が緩んだ。

「…師範」

「うん?」

「私は未熟者です」

「そうなの?」

「はい。人を救いたいと、思いました。そのために鬼殺隊に入りました。でも、任務で命じられた通りに鬼を斬るだけで、救えていません」

「……」

「私は自己満足で鬼を斬ってるだけでした。人の命と向き合わずに。こんな私は鬼殺隊にいてよろしいのでしょうか」

カナエは圓城の話を黙って聞いた後、再び頭を撫でた。

「…菫。あなたは人を護るために刀を振るいなさい」

「護るため…」

「私としのぶと一緒に。もう鬼によって悲しい思いをする人が出ないように、あなたは護るのよ。その刀で」

圓城はカナエから視線を外し、自分の日輪刀を見つめる。そして、再びカナエの方を見て、

「はい」

と頷いた。カナエがその姿を見て再び笑った。

「あなたならきっともっと強くなれるわ」

「そうでしょうか」

「大丈夫!菫は可愛いもの~」

圓城は苦笑した。そして少し考えた後に口を開く。

「でも、師範……、私が、もしも、…きっと…、」

「うん?」

「……いえ、何でもないです」

優しい瞳を向けてくるカナエに圓城は心の中で思ったことは口に出せなかった。

 

 

私がもしも、大切な人を鬼に殺されたら、その時は、私は鬼を許さないと思います。鬼への慈悲の心を捨てるでしょう。憎しみに心を染めて刀を振るい、鬼を殺すでしょう。

地獄の果てまで追い詰めて。

 

 

そんな事を言ったらカナエはどんな顔をしただろうか。しかし、結局圓城は何も言わずにそのままカナエと共に他愛ない話をしながら蝶屋敷へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

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