その日、アオイとしのぶからは大人しく説教を受けた。自分が悪いことは明白だし、2人が怖いので特に反抗もしない。説教が終わったらすぐにベッドへ戻された。
「……お嬢様、お願いですから勝手な行動は慎んでください。私までアオイ様に睨まれましたよ」
「悪かったわ。それで?私の足は?」
昼前にじいやがやって来た。大きな包みを抱えている。
「こちらがお嬢様の義足です。頑丈な物を作らせましたよ」
それは、圓城の新しい左足だった。パッと見は足に見えない。金属で作られた機械的な義足だった。
「走ることは?」
「もちろん。訓練次第で跳躍も完璧にできます」
「すごいわね!」
「ただ、見た目が少し、その、悪目立ちすると思いますが…」
「え?いいわよ。別に。そんなの気にしないわ。それより早く着けてみたい」
「ダメです。せめてしのぶ様の許可が出てからにしてください」
「…はーい」
また怒られるのは流石に嫌だったので、大人しく頷いた。
「あと、お嬢様、こちらが新しい隊服です」
「ありがとう…あら」
隊服が入っている包みを開き少し驚く。今まで圓城の隊服は長めのスカートだったが、今回支給された隊服は洋袴(ズボン)式だったのである。しかも、他の隊員が着ている物ともちょっと違う。洋装に近い形となっていた。
「あらまあ、これが新しい隊服?なんだか斬新ね」
「ええ。なるべく、着やすくかつ義足が目立たないように作っていただいたのです」
「まあ、後で縫製係の方にお礼を言わなければ」
「いえいえ、私の方からきちんとお礼は言いましたので。お嬢様はお気になさらず」
「そう?」
と会話しつつ、新しい隊服をしげしげと見つめた。早くこれを着て、任務に行きたい。
「新しい羽織も今作っています。お嬢様は自分の療養に専念してくださいね」
「はいはい」
「はいは一回」
「はーい」
それから2日程経った。しのぶからも許可が出て、やっと今日から義足を装着し、歩行訓練ができる。圓城が上機嫌で朝食を食べていると、
「菫様!」
突然アオイが飛び込んできた。
「アオイさん?どうなさったの?」
「煉獄様が、煉獄様が、目を覚ましました!」
「えっ!」
慌ててベッドから降りようとするも、そばに杖がないため立てない。アオイから事情を聞いたところ、数分前に意識を取り戻したらしい。今はまだぼんやりしているようだが、はっきりと声も出しているそうだ。
「…よかった。本当に。一安心ですわ」
「今はまだ面会できませんが、もう少し回復したら会うことは可能だそうです」
「もしよければ、一日も早い回復をお祈りしております、とお伝えしてね」
「はい!」
「本日は私のためにお集まりいただきありがとう。感謝申し上げますわ」
数日後、圓城の目の前には炭治郎、善逸、伊之助、カナヲが座っていた。
「あのー、俺達なんで呼び出されたんですか?」
善逸の疑問に圓城はニッコリ微笑む。
「私の訓練に付き合っていただきたいの」
「訓練に?」
「ええ。恥ずかしながら、足がこのようになってしまいまして」
と、言いながら左足を前に出す。その金属製の新しい足に、炭治郎と善逸は痛ましげな顔をした。伊之助は猪頭のため表情が分からないが、カナヲも唇がピクッと動いた。
「全身訓練です。前にあなた方がやった鬼ごっこを、私としていただきたいの」
「あ、あー、あれですか」
炭治郎達が納得したような顔をする。
「最初は私が鬼になります。全員逃げてください。私が全員捕まえたら終了。その後は皆さんが鬼になって私を捕まえてください」
「分かりました!じゃあ、頑張りましょう!」
炭治郎が元気よく声を出す。圓城はニッコリ笑って言った。
「では皆様、死ぬ気で逃げてくださいね」
「ア゛ーーーー!来ないでェ!すみません!すみません!なめてました!ホントすみません!」
善逸は後悔した。おしとやかで上品な女性とキャッキャウフフと鬼ごっこできるなんて、俺ってなんて幸運なんだろうと思った数分前の自分を殴りたい。
「……遅い!」
圓城がそう呟いて、義足を着けているとは思えないほどの速さで追いかけてくる。その眼光は鋭く、なのに顔はいつも通り上品に笑っている。端的に言えば怖い。まるで肉食動物に追いかけられてるみたいだ。
あっという間に善逸、その次に伊之助が捕まった。
「……あの人、怖い」
今、圓城は炭治郎に狙いを定め追いかけていた。炭治郎も必死な顔をして身を躱している。伊之助が興奮したように叫んだ。
「速えぇ!あいつ、すげえな!」
「……この後、俺達が鬼なんだよな。俺、もう帰りたい」
数分後、全員が圓城に捕まった。
「圓城さん、すごいですね。速くて、義足とは思えないくらいでした!」
「全然ですわ。私はもっと短時間で捕まえられると思っていました。まだまだ走る練習が必要ですわね」
「そ、そうですか」
圓城が手拭いで汗を拭きながら、再びニッコリ笑った。
「それじゃあ、次は私を捕まえてくださいね。鬼さん方」
「……」
その後何時間も4人で圓城を追いかけ回したが、圓城は素早く走り続け、1度も捕まらなかった。
数日間鬼ごっこは続けられた。善逸は最後は泣きながら拒否していた。無理やり参加させたが。
「うーん。まだまだね」
今日の午前中は走り込みに集中し、現在は遅い昼食を摂取していた。訓練は続けているが、いまいち義足を使いこなせている感覚がない。
「あ、圓城さん!今日は鬼ごっこはどうしますか?」
その時、炭治郎が現れた。炭治郎達は明日から任務に戻るらしい。そんな炭治郎を羨ましく思いながら圓城は口を開いた。
「大丈夫ですわ。それよりも明日に備えて今日は早く休んでくださいね」
「はい!あの、ちょっと聞きたいんですけど…」
「はい?」
圓城が首をかしげると、炭治郎は迷っているような様子で言葉を続けた。
「あの、いつもの圓城さんと、列車の中で戦っているときの圓城さんはなんだか雰囲気や匂いが違うんですけど、なんでですか?」
「……」
「あの、すみません。答えたくなければ別に大丈夫なんですけど、なんか気になって。でも、別に変な匂いというわけでは…」
「どちらの私も、私ですわ」
「え?」
圓城は優雅に笑った。
「驚かせてすみません。でも、鬼を斬る時、戦っている時はそれに集中するから、自分がちょっと迷子になってしまうんですの。私が単独任務ばかり受けてるのもこれが理由の1つですわ」
「は、はあ…」
「ごめんなさい、嫌だったかしら?」
「い、いえ!嫌な匂いじゃないです!全然!」
炭治郎がブンブンと強く首を横に振る。その様子に苦笑しながら圓城は食事を続けた。
翌日、圓城はようやく煉獄と面会をすることが叶った。
「……炎柱サマ」
「む!圓城か!」
思ったよりも元気そうだ。まだ包帯だらけではあるが。ベッド上で上半身を起こしている。
「お体の調子はどうですか」
「まだまだだ!よもや俺がここまでやられるとはな!」
「…炎柱サマ、」
「圓城!すまなかった!」
「え?」
圓城は自分が謝る前に、煉獄に謝られて面食らった。
「俺は君の能力を見くびっていた!まさか、あそこまで強いとは知らなかった!」
「……」
「列車の鬼の首を斬っただけではなく、俺は君に命を救われた!すまなかった!君が左足を失ったのは俺の責任だ!」
「…いいえ、いいえ、違います。違うんです。炎柱サマ…」
圓城は言葉に詰まった。
「…私の責任です。私が足を怪我せずに、あの上弦の鬼を倒していれば、あなたはここまで大きな怪我を…」
「それは違う!君は俺を救ったのだ!圓城!君は優れた柱だ!俺は君を尊敬する!」
「……っ」
救ったのだ、という言葉に心が締め付けられた。圓城はそれを隠すように後ろを向いた。
「…また、お見舞いに来ますね。どうかまた元気なお姿を見せくださいね。待っています」
圓城は足早に部屋から出ていこうとするも、煉獄が声をかけた。
「圓城!
ピタリと足を止めた。
「あの時、あの上弦の鬼に君が言った言葉、よく分からなかった!どういう意味だ!」
「…あら、私、そんな事言いましたか?実はあの時、必死すぎてよく覚えていませんの」
圓城は早口でそう言って今度こそ部屋から出ていった。
「……さっきのはちょっとまずかったわ」
圓城は部屋で腕立て伏せをしながら呟く。今後言動には注意しなければならない。恐らく煉獄は怪しんでいるはずだ。
「……さん、圓城さん」
「ーーえ、あ、何?」
気がつけばしのぶがそばにいて、圓城に声をかけていた。
「傷の具合の確認に来ました。こちらの部屋に来てください」
「……もう治りましたわ」
「それを確認するんです。早く来てください」
「…はーい」
その2人の様子を遠くからたまたま見ていた、炭治郎と善逸がコソコソ話す。
「なんかさ、あの2人って変だよなぁ」
「あ、善逸もそう思うか?そうなんだ。しのぶさんと一緒にいる時の圓城さんって甘いのにすごく悲しい匂いがするんだ。しのぶさんも同じくらい甘いけどほろ苦いような複雑な匂いがする。」
「へー。よく分からないけど、確かにあの2人の音ってなんかややこしいっていうか、掴みきれないんだよな。やっぱり仲が悪いのかな」
「仲はよかったんですよ。昔は」
突然アオイが話に割って入ってきたので炭治郎と善逸はギョっとした。どうやら、アオイは洗濯物を干しに行く途中だったらしい。洗濯物が入った籠を抱えている。
「え?昔ってーー」
「菫様はしのぶ様のお姉様、胡蝶カナエ様の継子だったんです。だから、昔は仲がよかったんですよ」
「え、そうなんですか!?」
「へー、そんな風には見えないけどなぁ」
炭治郎と善逸が不思議そうな顔で、しのぶと圓城に視線を向ける。アオイは、思わず余計なことを話してしまった、とちょっと後悔しながら洗濯物を抱えて庭へ出ていった。