「この度は結婚おめでとうございます、✕✕✕様」
その声に圓城はパチリと目を開けた。そして、目の前の景色に目を見開く。縁を切ったはずの実の家族や親戚など多くの人間が圓城を見ていた。しかし、何故かこちらからは、彼らの顔が見えない。まるで墨で塗りたくられたように顔が隠れている。
「おめでとうございます。お綺麗な花嫁さんだこと」
「お二人の末永い健康とご多幸をお祈りいたします…」
「両家の縁が結ばれることで、事業の推進も…」
次々と祝いの言葉がかけられる。なぜこうなったか分からず、ぼんやりとしていると、突然自分が立派な着物を着ていることに気づいた。華やかな婚礼衣装だ。
「どうされました?✕✕✕さん」
ふと隣を見ると紋付羽織袴を身につけた男性が微笑んでいる。やはり、顔が見えない。そういえば、かつて✕✕✕と呼ばれていたなぁと、圓城は久しぶりに本名を思い出した。
「さあ、皆がお祝いしていますよ。共に挨拶をしなければ。これから夫婦になるのだから」
そうか、この人と結婚するのか。それは、なんて、なんてーー、
「馬鹿げた夢だわ」
圓城はいつの間にか手に持っていた刀で、一気に隣の男性を切った。その瞬間、幻のように男性も周りで祝いの言葉をかけていた人々も消えた。
「あれぇ?なあんだ。切っちゃったの?」
突然聞き覚えのある声がして、後ろを振り向いた。そして顔をしかめる。
「なぜ、お前がここにいるの?」
そこには魘夢がいた。正しくは首だけになった魘夢がニヤニヤと笑っていた。
「お前は死んだはずよ。炭治郎が頚を切ったわ」
「そうだよ?俺はあの時死んだ。だから、これは君が、君の夢の中で勝手に作り出した幻だ」
圓城は舌打ちをした。
「馬鹿馬鹿しい。さっさと目覚めるから、早く地獄に行きなさい」
「へー、いいの?目覚めても」
「は?」
魘夢がニヤニヤ笑いを続けながらそう言って、思わず圓城は首をかしげる。
「目覚めたら、君は現実で苦しみ続けるよ。ずっと、ずっと、ずーっとだ」
「……」
「さっきの結婚式、幸せな光景だったでしょう?あれが君の本来の姿だった。鬼殺隊に入らなければ、とっくの昔に結婚してたよね」
「……」
「未来の夢を見て、それがきっかけで鬼殺隊に入ったんでしょう?全ての過去も、歩むはずだった幸福な人生も、名前まで捨てて。君もなかなか単純だね」
「……」
「嬉しかったんだねぇ。誰かを救えるって勘違いしちゃったんだ」
「……れ」
「流されるだけの人生で、初めて自分が何かを成し遂げられるって思ったんだね。君ってやっぱり現実を知らない、所詮は温室育ちのお嬢様だ。冒険活劇の女主人公の気分はどうだった?」
「…黙れ」
「それで?君は何をしたの?救うことはできたのかな?大切な人を、さ」
「黙れ!」
圓城は目の前の魘夢の首へ刀を振り下ろす。しかし、刀が触れる前にフッと魘夢は消えた。すぐにまた、別の場所に魘夢は現れる。
「だからね。ここにいた方が幸せだよ。幸せな夢を見よう。鬼殺隊なんか知らずに素敵な結婚式をあげる夢。その方が君も嬉しいでしょう?」
「その口を閉じろ!私は過去を捨てたことも、鬼殺隊に入った事も後悔したことなんかない!鬼を斬り、人を護ることが出来た!大好きで、大切な人が出来た!幸せな思い出もできた!」
圓城が再び刀を振る。
「私の人生を、誇りを、鬼ごときが汚すな!」
どれだけ刀を振っても、魘夢は消えなかった。それどころか、ますますニヤニヤと笑いを深めている。
「そうだなぁ、じゃあ、こんな夢はどうだろう?君が最も恐れている夢だ」
魘夢がそう言って、消える。その瞬間、周囲の景色が変わった。
「……え」
目の前の景色に釘付けになる。血のような真っ赤な帽子に服、縦縞の袴を着た白橡色の長髪の鬼が、胡蝶しのぶを抱えこみ吸収していた。
「やめて!やめなさい!こんな夢は嫌だ!これは夢だ!ただの夢なんだ!」
圓城はその恐ろしさにただ叫ぶ。
「ちがう!これは、ただの夢だ!現実じゃない!」
「そうだね。これは夢だ。でも現実になるかもしれないよ?」
後ろから魘夢が囁くように話しかけてきた。
「怖いよね。恐ろしいよね。でも大丈夫。君が言ったとおり、これは夢なんだから。ところで、これが現実になった場合、君は耐えられるかな?」
「……」
「だから、ここにいようよ。君と君の好きな人が幸せになる夢だって見続けられるんだよ。君の望んだ通りの夢を。」
「……」
「現実は辛いよ。苦しいよ。君は、目覚めたら今までよりも、もっと、もっと苦痛をーー」
「それが、どうした」
突然口を開いた圓城に、魘夢はキョトンとした。
「それでも、いい。私は誓った。どんなに厳しい現実でも、もう目を背けない!もう、逃げたくない。どれだけ傷ついても構わない!裏切られたって、嫌われたって、憎まれたって、絶対に逃げない!」
「……」
「幸せになれなくたっていい!明日死んでも構わない!私は鬼殺隊・睡柱、圓城菫だ!眠りに、夢に縛られたりしない!人を護るため、鬼を斬る!」
「……ふーん」
魘夢がつまらないとでも言いたげな顔をして呟いた。
「それが君の答えかあ。でも、どうやって目覚めるの?自分を殺してみる?あの小僧みたいに」
「うるさい、お前はさっさと消えろ!それか地獄に行け!」
「消えないよお。君が作り出したんだもの。そうだな、じゃあこんな夢はどうかな?」
その言葉とともに、どこからか恐ろしく禍々しい鬼の集団が出現し、襲ってきた。圓城は何度も刀で斬るが、斬っても斬っても鬼は次々と出現してきた。止めどなく続く襲撃に、夢の中なのに憔悴するような感覚が芽生えた。
「ほら、君は戦えないよ」
「うるさい!」
その時、誰かが圓城の手を握った。圓城はハッとそれに気づき、その手を握り返す。その温かい手の持ち主を、圓城はよく知っていた。
「し、しのぶだ!しのぶの手だ!」
圓城を導くように、手を握り引っ張ってくれる。
「しのぶ、ごめんね、ごめんね。ありがとうーー」
思わず泣きそうになりながら、進む。魘夢を振り返って、叫んだ。
「私は、現実で戦う!最後まで!」
そして、周りが光輝いた。
「お目覚めですか?」
気がつくと、胡蝶しのぶが上から圓城を見下ろしていた。どうやら、自分はベッドに横たわっているらしい。
「気分はどうですか?あなたは一週間も意識が戻らなかったんですよ、圓城さん」
しのぶが声をかけるも、圓城はぼんやりしている。
「圓城さん、大丈夫でーー」
「しのぶ」
胡蝶しのぶは突然名前を呼ばれ、思わず動揺を顔に出した。圓城が「蟲柱サマ」ではなく、「しのぶ」と名前を呼んだのは4年ぶりだったからだ。
「え、圓城さん…、えっ、ちょっ、」
突然圓城がしのぶの手を掴み、グイッと引っ張った。突然引っ張られたことで、バランスを崩したしのぶはそのまま圓城の体の上に倒れこむ。
「圓城さん!何をするんでーー」
「しのぶ、生きてる?」
突然圓城が問いかけてきて、しのぶは眉をひそめた。
「死にかけていたのはあなたですけど」
「……え?」
圓城は首をかしげた。あれ?なんで私はしのぶが生きていることを確かめたんだろう?なんだか、恐ろしい夢を見た気がする。あれ?どんな夢だっけーー?
「……ん?」
「とにかく、圓城さん。体は大丈夫ですか?どこか痛いところは?」
「……えっと、ない。……あ!」
突然意識を消失する前の記憶がよみがえった。
「煉獄さんは?!あと炭治郎達は?」
「…よかった。ちゃんと覚えているようですね」
しのぶが圓城の手から自分の腕を抜いて、身を起こす。そして、圓城が意識を失ってからの事を語るため口を開いた。