炭治郎が骨を捉えた瞬間、凄まじい揺れと衝撃、悲鳴が響いた。
「ギャアアアアアッ!」
鬼の肉塊が吹き出し、車両が横転する。
「乗客が!!」
圓城は揺れる衝撃の中、後ろの車両を振り向くが間に合わない。とっさに、その場にいた炭治郎が気絶させた運転手の腕を引っ張ると、車外へ突き飛ばした。
その瞬間、今までで一番の衝撃が襲う。車両が揺れて圓城は前方に倒れ込んだ。うつ伏せで地面に倒れ込んだ直後、凄まじい衝撃と痛みを左足に感じた。とっさに振り返ったところ、車両と地面の間に左足が挟まっていた。
あ、コレまずい、と感じたが、とりあえず動けないため視線だけで運転手と炭治郎を探す。炭治郎は圓城から少し離れたところに倒れていた。近くで気絶しているらしい運転手も見つけた。
「大丈夫か、三太郎!」
伊之助が炭治郎に駆け寄った。助け起こした炭治郎と何事か話しているらしい。会話ができるくらいには無事らしいと分かり、ホッとする。
圓城は全集中の呼吸を行う。どうやら、一人で足を抜くのは厳しいようだ。呼吸で痛みは失くならないが、少し楽になったような気がした。
「おい、大丈夫か、東条!」
「…圓城です」
「今、これをどけてやるからな!」
伊之助が突然やって来たため面食らったが、どうやら助けてくれるらしい。煉獄が炭治郎の元へ駆け寄るのを見て、再びホッとした。どうやら煉獄も無事だったようだ。
「クソーッ!こいつ、どかねえっ!」
伊之助がドン!ドン!と何度も圓城の上の車体に体当たりをしてくれるが、なかなか足が抜けない。
「いいですよ、伊之助さん。一人では厳しいわ。もう少し待ってたら、鬼殺隊の誰かが……」
伊之助にそう呼び掛けた時だった。
ドオンッと凄まじい音が響いた。圓城はパッと顔を上げる。そして、目を見開いた。
炭治郎と煉獄のそばに、人影が見えた。紅梅色の短髪に、細身で筋肉質な青年。全身に藍色の線状の文様が浮かんでいる。そして、その瞳には「上弦」「参」と刻まれていた。
「……っ!れ、」
動揺のあまり、声が出ない。とっさに煉獄に向かって声をあげた瞬間、その鬼が動いた。拳を握りしめ、炭治郎に振り下ろす。それを煉獄が炎の呼吸で止めた。
「なんだぁ、あいつ!」
伊之助が大声で言うのが聞こえたが、圓城も何も答えられない。圧迫感と鬼気を感じて苦しくなる。
鬼が刀を受けた手の血を舐めながら、
「いい刀だ」
と言った。
「なぜ、手負いの者から狙うのか理解できない」
「話の邪魔になると思った。俺とお前の」
煉獄の当然の問いかけに、鬼はそう答えた。
「君と俺が何の話をする?初対面だが、俺は既にお前の事が嫌いだ」
「そうか。俺も弱い人間が嫌いだ。弱者を見ると虫酸が走る」
圓城は、とにかく足を抜いて煉獄の助太刀をしなければと焦り、左足を少しずつ動かした。思ったよりも深く入り込んでいる。その時聞こえた鬼の言葉に耳を疑った。
「お前も鬼にならないか?」
「……は?」
思わずポカンと口を開く圓城をよそに、煉獄ははっきりと断る。
「ならん」
「見れば分かる。お前の強さ。柱だな。その闘気、練り上げられている。至高の領域に近い」
「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」
「俺は猗窩座。杏寿郎、なぜお前が至高の領域に踏み込めないのか教えてやろう」
圓城は必死で足を動かした。同時に猗窩座をじっと見つめる。何故だろう。彼をどこかで見たことがある気がする。
「人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ。鬼になろう、杏寿郎」
圓城はそばでポカンとしている伊之助に声をかけた。
「伊之助さん、ごめんなさい!やはり、早く足を抜きたいの!体当たりを続けてちょうだい!」
「あ?俺に命令するんじゃねぇ!」
「じゃあ、お願いします、伊之助様!」
「よし!いいだろう!お前も今から子分だ!親分は子分の頼みは聞かないとな!」
私は柱で、一応あなたの上司なんだけど…と言いたかったが、とにかく伊之助が体当たりを再開してくれたので何も言わずに這い出ることに集中した。その間にも猗窩座と煉獄の対話は続けられている。
「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく、尊いのだ。強さという言葉は肉体に対しての言葉ではない」
その強い気迫に思わず身体を動かすのを忘れ、見とれそうになる。流石は代々“炎の呼吸”を伝え継いできた煉獄家の人間だ。生粋の鬼殺隊士らしい強い言葉だった。
「この少年は弱くない。侮辱するな。何度でも言おう。君と俺とでは価値基準が違う。俺は如何なる理由があろうとも、鬼にならない」
圓城は薄く笑って、
「同感だ」
と呟いた。本当に凄い人だ。この人のように強くなるには、一体何年かかるだろう。と、考えた瞬間、猗窩座が動いた。
「そうか」
手と足を開いて武道のような構えをした。
「鬼にならないなら、殺す」
雪の結晶を模した陣が出現する。その瞬間、どこで彼を見たのか思い出した。
「あの人……!」
圓城は思わず声を漏らした。間違いない、彼はーー、
「おい、そろそろ出られるんじゃねぇか!?」
伊之助に声をかけられ、ハッとする。後ろを振り返ると、車体と足の間に少し隙間が出来ていた。腕を使って思い切り這い出る。左足の怪我は思ったよりもひどい。今後歩くのも困難かもしれない。そう思いつつ、圓城は伊之助の肩を借りてゆっくり立ち上がった。
離れた場所で煉獄と猗窩座戦いが続いている。炭治郎がその姿を見て、何も出来ずに呆然としていた。
「この素晴らしい反応速度!この素晴らしい剣技も失われていくのだ、杏寿郎!悲しくはないのか!?」
「誰もがそうだ!人間なら!当然のことだ!」
圓城は痛みを感じ、頭を押さえる。押さえた手には血が付いていた。どうやら怪我をしたのは足だけではないらしい。その時、煉獄が大きく動いた。
「炎の呼吸、伍ノ型 破壊殺・乱式 炎虎」
炎が舞うように繰り出される技に、圓城は熱を感じた。しかし、すぐに再生してしまう猗窩座が傷ついた様子はなかった。反対に煉獄は満身創痍になっていた。目は片方潰れ、恐らくは骨や内臓も傷ついている。
「生身を削る思いで戦ったとしても、全て無駄なんだよ杏寿郎ーー」
猗窩座が何事か言うのを圓城はじっと見つめる。
「ーーどうあがいても人間では鬼に勝てない」
その瞬間、煉獄が刀を構えた。
「俺は俺の責務を全うする!ここにいる者は誰も死なせはしない!」
そして、刀を振るった。猗窩座の喜びの声が圓城の耳にも届く。
「素晴らしい闘気だ!それほどの傷を負いながら、その気迫、その精神力!一部の隙もない構え!やはり、お前は鬼になれ、杏寿郎!」
猗窩座が動く。
「俺と永遠に戦い続けよう!」
そして圓城もまた、痛む足を無視し、動いた。
ドオンっと爆撃のような音が響いた。
「……圓城?」
「女!お前、何のつもりだ!?」
圓城は猗窩座と煉獄との間に体を滑り込ませ、猗窩座の攻撃を肩で受け止めていた。あまりの痛みに歯を食い縛る。それでも突然第三者が入ってきたことに気づいた猗窩座が、寸前で手加減したことが圓城には分かった。
「圓城さん!!」
どこかで炭治郎の声が聞こえる。それに構わず、気が遠くなりそうな痛みに耐えながら無理やり猗窩座へ笑いかけた。
「話の、腰を、折って申し訳ない……煉獄さんの、言う通りだ」
「…は?」
目の前の猗窩座がポカンとするのがなんだかおかしかった。
「強く生まれた者は弱き者を救う。しかし、多くの、人間は、弱い。弱いからこそ、それを全て肯定して、強くあろうとする。本当の強さは、弱さを知り、認める事から始まるんだ。そんな人間は、お前達よりずっと、強い。そして人間のその強さは、誰かを想う時、守ろうとする時、もっと光輝く。
「……は?」
猗窩座がますますポカンとするのも構わず、圓城は口を開いた。
「
その時、一瞬猗窩座の顔に動揺が走った。その瞬間を狙ったように圓城は横に倒れる。最後に圓城が見たのは、煉獄が猗窩座の頚に刀を振り下ろす光景だった。