「圓城さん、起きて!」
声が聞こえた瞬間、圓城はパンっと風船が破裂したような軽い衝撃を感じた。次の瞬間、反射的に拳を握り、目の前にいる人物の腹部に一撃を食らわせた。
気がつくと足元に知らない人間が気絶していた。いや、知らない人間ではない。圓城の夢の中に出てきた青年だ。
「な、なによ、あんた…!」
誰かの叫ぶ声がして、ハッと顔を上げる。そこは列車の中、間違いなく現実だった。何故か見知らぬ少女や少年が、細長い尖った武器を持って、自分に向けている。疑問に思いながらも、あからさまな敵意を向けられたため、手早く全員を軽く殴り気絶させた。素早く周囲を見回すと、起きていたのは自分と炭治郎、そしてその妹の禰豆子だけだった。
「……え、圓城さん、よかった。目が覚めて…」
「…どうやって?」
「え?」
声をかけてきた炭治郎に思わず呻くように聞いた。
「なぜ、起きることができた?夢の中だという事はすぐに分かったのに、どうしても鬼は見つからないし、目も覚めなかった…」
「あ、それは…」
いつもと様子の違う圓城に炭治郎が戸惑ったように口を開いたが、その前にユラリと背後から人の気配がして、圓城は振り向き、身構えた。
そこに立っていたのは顔色の悪い青年だった。なぜか悪意は感じられず、涙を流している。
「……?あなたは…」
炭治郎が不思議そうな顔で声をかける。しかし、敵意はないと心の中で断定した圓城は、青年に構わず車両の端にある扉まで走った。
「え、圓城さん!待ってください。ごめんなさい、俺も行かないと…」
「…ありがとう。気をつけて」
微かに会話が聞こえたが、それに構わず扉を開けた。外の空気は信じられないほど重苦しく、気持ち悪かった。辺りを見渡すが、鬼の気配は感じられない。
「…鬼はどこ?」
「…圓城さん、こっちです!禰豆子はそこで待ってろ!みんなを起こせ!」
気がつくと炭治郎が汽車の屋根の上へ上がっていた。圓城も慌てて後を追いかける。
「さっきの、質問…、夢からどうやって抜け出した?」
「夢の中で自分の頚を斬ったんです。俺が目覚めた時は、さっきの人達と縄で一人一人繋がっていて…禰豆子の炎で燃やして切りました。そしたら、圓城さんはすぐに目覚めて…」
屋根の上で走りながら、眠った後の経緯を聞いていると先頭車両に人影が見えた。
それは、一見すると洋装の優しげな青年だった。しかし、その目には『下壱』『一』と刻まれていた。
「あれえ、起きたの。おはよう。まだ寝ててよかったのに」
下弦の鬼が穏やかに笑った。圓城は日輪刀に手を伸ばす。
「せっかくいい夢を見せてやっていたでしょう」
そのまま鞘から刀を抜いた。黒に近い、濃紺に染まった刀が姿を現す。
「お前達の家族や友人が惨殺される夢を見せることもできたんだよ?」
その言葉に圓城だけでなく、炭治郎も怒りの表情を見せた。炭治郎が刀を手に持ち構える姿が目の端に映る。
「人の心の中に土足で踏み込むな!俺はお前を許さないーー」
しかし、同時に鬼もまた左手を伸ばす。何かの血鬼術を仕掛けるようだ。
「来るわ!」
圓城は身構えながら、炭治郎に向かって叫んだ。
「お眠りイイ…眠れえぇ…眠れえぇ」
その左手には唇が存在し、眠れ眠れと語りかけてきた。どうやら、強制的に眠らせようとしているらしい。炭治郎が一瞬白目を剥いたが、すぐに意識は戻ったようだった。
「……効かない?」
鬼が圓城の方を見つめ、ポカンとしていた。炭治郎は術にかかったが、かかった瞬間に自決し意識を戻している。しかし、圓城は顔色が変わらず、そもそも術がかかっている気配がない。
「……なめるなよ、鬼。私は鬼殺隊・睡柱、眠るのがこの世で一番、嫌いな人間だ」
圓城は鬼に鋭い眼光を向けながら口を開いた。
「さっき人間に切符を見せた時は油断したが、不眠不休で最高12日間は活動できる。この程度の術、大したことない」
かつて夢を見るのが恐ろしくて、眠くても眠くても必死に起き続けていた。今でも睡眠時間は極端に少なく、それ故睡魔には尋常じゃないほどの抵抗力がついた。
鬼が少し驚いたように口を開いた。
「…へえ。すごいね。睡柱、か。人間にしては凄まじい体力と精神力だ」
そして、再び笑う。
「そんな君に敬意を表して自己紹介するよ。俺は魘夢。同じ眠りを司る者同士、仲良くしてくれるかな?」
「答えはこうだ!」
圓城が動いた。
「睡の呼吸 壱ノ型 
一気に駆け出し、距離を詰めると一瞬で魘夢の頭と胴体が二つに分かれた。しかし、
「…おかしい」
圓城は不審げな顔をする。全然手応えがない上にあまりにも簡単に頸が斬れた。
「圓城さん!これーー」
炭治郎が声を上げる。
「やれやれ、柱っていうのはせっかちだ」
斬ったはずの首が口を開き、ニヤリと微笑んだ。
「死んでない!?」
炭治郎が驚愕し、圓城が舌打ちをする。
「やはり、お前の本体は別にいるな」
「その通りさ。君たちがすやすや眠っている間に、俺はこの汽車と“融合”した!」
圓城は思わず呻きそうになった。
「この列車の全てが俺の血であり肉であり骨となった。この汽車の乗客二百人あまりが俺の身体を強化するための餌。そして人質。」
魘夢が楽しそうに喋り続ける。
「ねえ、守りきれる?君達2人だけで」