夢を見た。布団に寝ている具合の悪そうな少女と、それを看病する青年。少女が泣いている。でもそれは、悲しい涙じゃない。何故だろう。それだけは、分かる。
場面が変わる。綺麗な花火。愛らしい少女と、さっきの青年。少女が何かを言って、青年がその手を握った。
ああ、美しい。花火が空に輝く。色鮮やかな炎が夜空に舞う。この世のものとは思えないほど美しい光景だ。なんて、幸せな―-―-、
「…お嬢様」
気がついたら、圓城は布団の上でうずくまっていた。じいやが部屋に入ってくるのも構わずに。
「…また、誰かが亡くなる夢ですか?」
「……うん。でも、たぶん今日のは予知夢じゃない、と思う」
圓城が顔を上げる。顔色が真っ青で、目に光がなかった。
「予知夢ではない?」
「……私の見る夢は過去も入ってるから。なんとなく、だけどこれから起こる出来事じゃない」
小さな声で呟いた。夢を見るようになって数年、その日の夢が今後起こる出来事か、過去の出来事か、なんとなく感覚で分かるようになった。
「なんでかな。こんな夢、救えないのに、見るなんて。いっそ何も知らない方がよかったのに」
その姿をじいやが何も言わずにしばらく見つめる。そして、穏やかに声をかけた。
「…本日は久しぶりの合同任務ですよ。お食事を用意しています。準備は一人でしてくださいね」
圓城の返事を待たずに出ていった。気を使ってくれたのだろう。圓城はしばらくそのままうずくまって物思いにふける。そして、勢いよく立ち上がり、隊服を棚から出した。
「うまい!うまい!」
「……」
圓城は目の前の光景を見て一瞬固まった。この場面、だいぶ前の夢で見た覚えがある。
「うまい!」
炎柱、煉獄杏寿郎が勢いよく弁当を頬張っていた。見てるだけでお腹一杯になりそうだ。
「炎柱サマ、」
「むっ!圓城か!君と合同任務は初めてだな!」
「……いえ」
今日、圓城は煉獄と共に列車に乗っている。短期間でこの列車から人々が行方不明となっており、剣士を送り込んだらしいが全員消息を絶った。そこで柱である圓城と煉獄に任務が回ってきた。元々は煉獄1人だけだったが、それを知った圓城が補佐を志願したからだ。列車での任務と聞いて、とてもとても嫌な予感がした。自分から合同任務を名乗り出ることで、かなり珍しがられたが仕方ない。
「炎柱サマは覚えていらっしゃらないと思いますが、私が鬼殺隊に入ったばかりの頃、共に任務をこなした事がありますわ」
「そうか!俺は覚えていない!」
「でしょうね」
「安心しろ!今日の任務は俺がいる!君が動けなくても、俺が鬼を切ってやろう!」
「まあ、頼もしい」
決めつけるな、私だって鬼くらい切れる。あなたと一緒で柱だぞ。心の中で苛々しつつ、表面上は笑顔で適当に言葉を返していると、大きな声が聞こえた。
「うおおおおっ、腹の中だ!主の腹の中だ!」
突然の大声にちょっと驚いてそちらに顔を向ける。そこには竈門炭治郎、我妻善逸、そして猪頭の被り物をしている少年がいた。どうやら大声で叫んだのは猪頭の少年らしい。
「あっ、圓城さん!」
「炭治郎さん、我妻さんも…。どうしたのです?」
話を聞いたところ、どうやら3人は煉獄に会うために列車に乗ってきたそうだ。猪頭の少年は嘴平伊之助というらしい。
何やら炭治郎がヒノカミ神楽とやらの事を煉獄に尋ねていたが、圓城は頭の中で物思いにふけっていた。やはり、私はずいぶん前にこの日の夢を見た。何か、大きな事が起こった気がする。とても、重要で恐ろしい夢だった。そんな気がしてならない。でも、一体どんな夢だったっけ―-、
「圓城はどうだ!溝口少年の話に心当たりはあるか!」
「俺は竈門です」
「え、ああ、申し訳ないのですが、私にもヒノカミ神楽という言葉は聞き覚えはありませんわね」
「そうか!ではこの話はこれで終わりだな!」
「えっ、ちょっともう少し…」
「俺の継子になるといい!面倒を見てやろう!」
戸惑う炭治郎に煉獄は今度は呼吸の話を始めた。
「炎の呼吸は歴史が古い!炎と水の剣士はどの時代でも…」
なんだろう。さっきから嫌な予感が止まらない。怖い。恐ろしい何かが近づいてきている。
「竈門少年!君の刀は何色だ!」
「え、色は黒です」
「黒刀か!それはきついな!」
「きついんですかね」
「黒刀の剣士が柱になったのは一度だけだ!今君の隣に座っている!」
「え、」
パッと炭治郎が圓城の方を見た。圓城は苦笑する。
「炎柱サマ、私の刀は黒ではありませんわ。限りなく黒に近いですけど…」
「む!そうだったか!失礼した!」
「炭治郎さん、大丈夫ですよ。確かに黒刀の剣士が柱になった事はないようですが、前例がないのであればあなたが最初の人になればいいのです。あなたはもっと強くなれますわ」
「そうだ!俺のところで鍛えてあげよう!もう安心だ!」
その時、ガタンと振動がして、列車が動き始めた。伊之助がはしゃぐように大声を出す。
「うおぉぉっ!すげぇすげえ。速ぇええ!」
「危ない、馬鹿この!」
興奮のあまり列車から飛び出そうとする伊之助とそれを止める善逸に圓城は声をかける。
「いつ鬼が出てきてもおかしくありませんわよ。もう少し静かにしましょう」
「え?」
善逸の顔が一気に青くなった。
「嘘でしょ、鬼出るんすか、この汽車!?」
「出る!」
「出ますわ」
煉獄と圓城が同時に頷く。
「出んのかい!嫌ぁ―-―-!!」
煉獄が今回の任務の概要を説明していたが、圓城は嫌な予感に鳥肌を立てていた。なんだろう。この後だ。この後、鬼が襲ってくる。そんな予感が……、
その時、列車の扉が開いた。圓城はハッと顔を上げる。しかし、入ってきたのは鬼ではなく人間の車掌だった。
「切符……拝見……いたします……」
圓城は思わずほっとして気が緩んだ。何かの勘違いだったのだろう。不安を隠すようにして、笑顔で切符を車掌に手渡した。
「……え?」
気がついたら、圓城は蝶屋敷の庭に立っていた。あれ?なんで、ここにいるんだっけ?だって私は、あれ?どこにいたんだっけ?何、これは。早く、早く戻らないと、
「あら?どうしたの、菫」
その時、後ろから声がした。とても優しくて、温かい声。勢いよく振り返る。そこに立っていたのは、長い美しい髪の女性だった。髪には2つの蝶の髪飾り。フワフワとした空気がその場に満ちる。
「鍛練をしていたの?そろそろしのぶも戻ってくるわ。一緒にお茶でも飲みましょうか」
胡蝶カナエが柔らかに微笑んだ。その姿を見て、圓城は思わず声を漏らした。
「………師範?」