夢で逢えますように


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作:春川レイ
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色は匂へど


 

一瞬自分がどこにいるのか分からず混乱したが、すぐに蝶屋敷で仮眠をとっていたことを思い出した。一体何時間寝ていたのだろう。手でこめかみを押さえながら目の前の少年達を見つめる。

「ええと、とりあえず結婚はお断りしますわ。」

「そんな!お願いです!一生分のかまぼこを贈りますから!」

「…かまぼことは?」

「え?今うなされながら、かまぼこって呟いていましたけど…」

「……」

はて?自分はかまぼこの夢を見ていただろうか?圓城は首をかしげた。なんか違う気がする。

「…多分美味しいものを食べる夢を見ていたのでしょう。それよりも、竈門炭治郎さん、ごきげんよう。また会えて嬉しく思いますわ」

「は、はい!俺もあなたに会いたいと思っていました!」

「あら、私に?」

「お礼を言わなきゃと思って!本部で俺を庇ってくれたのはあなただけでしたから!」

「…ああ」

炭治郎にそう言われて苦笑した。そのおかげでこちらは微妙な立場になってしまったが、こんなに輝くような笑顔で礼を言われると満更でもない。話に置いてきぼりの金髪の少年が不思議そうな顔をしていた。

「炭治郎、どういう知り合いだ?」

「あ、この人は、」

「そういえばご挨拶がまだでしたわね」

圓城はきちんと正座をすると、背筋を伸ばしゆっくりと頭を下げた。

「ごきげんよう。私は鬼殺隊・睡柱、圓城菫と申します。以後お見知りおきを。」

「柱ァ!?こんなにおしとやかそうな人が柱?うっそだろう!?」

「こら、善逸!失礼だろう!」

何やら興奮している金髪の少年は我妻善逸というらしい。後からきちんと自己紹介してくれた。

「えーと、圓城さんは、なぜここに?」

「…ちょっと、体調を崩しましたの。炭治郎さんと我妻さんはあれからずっとここに?」

「はい!今は機能回復訓練をしています!」

炭治郎が明るく答える。

「まあ、それは大変ですね。ひょうたんはどこまで割れましたか?」

「いや、まだまだで……あれ?圓城さんもここで訓練したことあるんですか?」

「……まあ」

嫌なことを思い出してしまい、誤魔化すように炭治郎へ笑った。表情を崩さないようにしながら圓城は立ち上がる。

「頑張ってくださいね。炭治郎さん、我妻さん。ちなみに私は1日で特大のひょうたんを割ることに成功しましたわ」

「えっ」

「ひぇぇぇっ、うそぉ!」

「す、すごいですね。何かコツとかあるんですか?」

「うーん、こればかりは頑張ったとしか言いようが…」

適当に布団を整えながら会話を続けていると、誰かがやって来た気配がしてそちらに顔を向けた。そこには炭治郎と同じ歳ほどの少女が立っており、じっとこちらを見つめていた。

「…カナヲさん。久しぶりですわね」

「……」

栗花落カナヲは何も答えずにまっすぐ圓城の方を見つめてくる。

「そういえば、鬼殺隊に入ったと聞きましたわ。おめでとうございます。」

「あれ、圓城さん、カナヲとも知り合いだったんですね」

「ええ。ちょっと」

不思議そうな炭治郎にそう答えると、カナヲが意を決したように口を開いた。

「…あの、」

「はい。なんでしょうか?カナヲさん」

「…今日、アオイが夜ご飯に鯖の煮込みを作る、って」

圓城はどんな顔をすればいいのか分からず、戸惑った。鯖の煮込みは圓城の好物だ。

「…そうですか。美味しそうですわね。アオイさんも料理の腕がどんどん上がってきているようで、羨ましいこと。」

「……あの、……それで、」

カナヲが何かを言い淀み、言葉がつっかえているところで、今度は胡蝶しのぶが現れた。

「…ずいぶん楽しそうですね。少しは眠れましたか?」

「…ええ。これ以上迷惑をかけるわけにはいきませんので、そろそろお暇しますわ」

しのぶと視線を合わせないようにしながら、圓城は手早く荷物をまとめた。しのぶと圓城の様子に戸惑っている炭治郎と善逸、そして何やらショックを受けたように落ち込んでいるカナヲに向かって微笑む。

「それでは皆様、ごきげんよう」

 

 

 

 

竈門炭治郎は非常に戸惑っていた。訓練中に友人を探していたところ、見つけたのは、細くて華奢で上品な雰囲気の美しい女性だった。真っ直ぐな黒髪に、やはり黒い瞳。その女性と炭治郎は前に会ったことがある。鬼殺隊で裁判にかけられたとき、唯一庇ってくれた柱だ。

不思議な匂いの人だ、と炭治郎は思う。なんというか、チグハグなのだ。その容姿からは考えられないくらい強靭な固い匂いがする。しかし、それ以上に悲しみの匂いがする。まるで、いつも泣いているみたいだ。蝶屋敷にいる彼女は前に会ったときよりも、悲しみの匂いが強かった。

しのぶがこの部屋に来たあと、圓城は逃げ出すように蝶屋敷から去っていった。炭治郎はもっと話したかったな、と思いながらその背中を見送った。

「カナヲ、よかったのか?圓城さんを夕食に誘いたかったんじゃないのか?」

「……」

カナヲは珍しく気落ちしたような表情をしており、思わず炭治郎は声をかけた。カナヲは何も答えず、代わりにしのぶが口を開いた。

「あの人はここで食事をしませんよ。例え誘っても」

「え?」

「圓城さんは、ここが嫌いですし、私も彼女の事はちょっと苦手ですから…」

「えっ、それは違いますよね?」

「はい?」

しのぶは炭治郎の言葉に思わず首をかしげた。

「え、いや、だって」

 

 

 

「しのぶさん、圓城さんの事、すごく大好きですよね?」

 

 

 

「……」

「あ、あれ?違いましたか?だって匂いがして」

「……」

「本部で圓城さんが俺を庇ったときも、圓城さんをものすごく心配してる匂いがしたし…、それに、」

「た、炭治郎、炭治郎、ちょっとやめろ」

善逸が思わず口を出した。しのぶが信じられないほど恐ろしい笑みを浮かべていたからだ。微笑んでいるのに、怖い。

「…炭治郎君」

「は、はい」

「そのようなことは二度と口に出さないでくださいね?」

「は、はい!」

何がなんだか分からないが、炭治郎はとにかく頷いた。善逸はしのぶに怯えて炭治郎の後ろに隠れてガタガタと震えている。そんなしのぶの姿をカナヲはじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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