夢で逢えますように


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作:春川レイ
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気に入らない女


 

 

 

胡蝶しのぶには嫌いな女がいる。今現在、鬼になった妹を連れている少年の前に立つ女だ。うつ伏せになって拘束された少年を庇うように両手を広げ、にこやかに笑っていた。

「圓城、テメェ、どういうつもりだァ…!」

「まあまあ、風柱サマ、少し落ち着いてこの少年の話を聞きましょう。行動するのはそれからでも遅くありませんわ」

「話を聞く必要がありますか?彼は鬼を連れているのですが」

思わず反発するように胡蝶しのぶは口を開く。しのぶと目があった圓城菫が上品に笑った。しのぶは苛々したが、それを悟られないように圓城に負けないくらいニッコリと笑った。普段から徹底している感情制御を一瞬忘れそうなほど怒りを感じた。

 

 

 

 

 

圓城菫という女は鬼殺隊の中でも異彩を放つ有名な剣士だ。容姿は貴族や華族の令嬢のような、上品で優雅な女性。本人はあまり話したがらないが、実際に名家の出身らしい。そんな雅な生まれの女性がなぜ鬼殺隊に入ったのか、誰も理由を知らない。鬼殺隊の中では悪い噂が絶えない。「鬼殺しはお嬢様の道楽」「金の力で柱へ昇進した」など、しのぶも隊員達が噂しているのを聞いたことがある。

しかし、胡蝶しのぶは知っている。「金の力で柱へ昇進した」という噂は完全に出鱈目だ。その可憐な容姿からは考えられないほど、圓城は恐ろしく腕の立つ剣士だった。切った鬼の頸の数は、恐らく本人も覚えていないだろう。恐ろしいほどの速さで鬼を切っていく姿をしのぶは見たことがある。その時は、あまりにも異様な光景に一瞬ではあるが鳥肌が立ったほどだ。単独で行動することが多いため、その優れた技能を知るものは少ない。

しかもほとんどの任務をほぼ無傷で終える。単独での行動で、それは驚愕的な事だ。実際に圓城が怪我をして蝶屋敷にやって来るのは滅多にない。蝶屋敷に顔を出すのはしのぶがしつこく口を出す定期検診の時だけだ。先日もそうだった。同じ柱である甘露寺と共に蝶屋敷で検診を終えるとすぐに自分の屋敷へと戻っていった。

「圓城さんっ、もしよければこの後食事でもどうかしら?」

「……お誘いありがとうございます。とても嬉しいですわ。でも、今日は疲れたのでまたの機会にいたしましょう。」

「そ、そうなの。残念だわぁ」

甘露寺が食事に誘い、丁寧に、しかし素っ気ない態度で断られている姿を見た。しのぶは苛々が止まらない。柱や隊員と交流しようとしない姿勢も、にこやかに笑っているのように見えて実際は冷淡な姿も、何もかも気に入らない。

検診の帰り際、しのぶは蝶屋敷の廊下で足早に帰ろうとする圓城とすれ違った。圓城はしのぶと目があっても何も言わずにニッコリと上品に笑い、頭を下げると足早に去っていった。しのぶも顔に張り付けた笑顔で見送る。

 

 

 

 

 

『しのぶ、しのぶちゃん』

 

 

『そんなに怒らないでよ。今日は特別にしのぶの好物を買ってきてあげる』   

 

 

『強くなりたいの、もっと、もっと』

 

 

『だから、ね。私は作りたいの。平和な世の中を、未来を』

 

 

 

 

しのぶは頭の中で響いた声に思わず目を閉じた。今では考えられない事だが、しのぶと圓城は仲の良い時期があった。あの過去は正直思い出したくない。その頃、しのぶは圓城に対して確かな友情を感じていたし、圓城の方もそうだっただろう。それは温かくて大切な想いだったような気がする。

でも、もうその感情は、思い出せない。しのぶは蝶屋敷を去っていく圓城の後ろ姿から目を背けた。

 

 

 

 

 

その圓城菫が今、普段からは考えられないほど強い瞳で他の柱を見つめている。顔は笑っているが、少年に手を出そうとするのは許さないとでも言いたげに、両手と足を広げ立っている。

胡蝶しのぶは、また思う。

気に入らない。ああ、本当に嫌な女だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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