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誰が勇者を殺したか 作者:駄犬
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断章6

 あのときから8年経った。

 この森は何も変わっていない。空を覆うほど巨大で圧迫感のある木々、漠然とした不安感を感じさせるこの雰囲気。何も変わっていない。

 魔王は討ったものの、未だに魔物の数は多く、人通りは皆無で森を抜ける街道は荒れていた。


 僕はかすかな記憶を頼りに、アレスの遺体を置いた場所を探したが、見つからなかった。

 地面を掘って埋葬する体力も気力もなくて、遺体を隠すようにマントで覆っただけだったから、例え正確な場所を覚えていたとしても、もう何も残っていないだろう。


「何をしている、アレス? こんなところで道草している場合じゃないぞ? 早く王都に戻って、魔王討伐の報告をせねば。まだ残党も多く残っていると聞くし、まだまだ俺たちの力は必要だ」


 道から逸れて森に入り込んだ僕に、レオンが声をかけた。

 彼は帰りを急いでいる。次期伯爵家当主として、大きな功績を上げたのだ。胸を張って、王宮で報告をしたいのだろう。当然のことだ。

 マリアもソロンも戻れば地位を約束されている。


「レオン、マリア、ソロン。ここでお別れだ。勇者アレスは死んだと伝えてくれ」


 僕の言葉に3人は目を剥いた。


「何を馬鹿なことを言ってるんだ、アレス。ようやく魔王を倒したんだぞ? 一緒に戻るんだ! そうすれば、おまえは姫と結婚して王になれるんだぞ? おまえが王になるなら、俺は仕えてやっても良いと思ってるんだ!」


 レオンは一旦言葉を切ると、少し思案して、言葉を継いだ。


「もしかして、王になることに不安があるのか? 確かにいくら勇者といえど、平民出の者が王になるなど、反対する貴族たちがいるかもしれん。だがそれなら、俺がついているから大丈夫だ! 伯爵家が全力をもって支援する。誰にも文句は言わせない」


 出会った頃のレオンは、僕のことを平民だの生まれが卑しいだのと散々罵倒し、「勇者になって次期王になるのは俺だ!」と息巻いていたものだ。

 そのときから比べれば、彼は随分変わった。いや、芯の部分は変わってない。

 レオンはいつだって私欲は無く、本当に国のためを考えている高潔な貴族であり、騎士だった。


「そうですよ、アレス。王になることも勇者としての試練。ここで投げ出すなんて、あなたらしくありませんよ?」


 マリアが優しく微笑んだ。


「わたしが教会を掌握するので、共に権力を握りましょう」


 ……言っている内容は優しくなかった。


「アレス、何故だ? 理由を言え」


 ソロンは努めて冷静に質問してきた。


「ごめん、僕はアレスじゃないんだ。本当は勇者じゃなかったんだよ」


 ずっと言いたかったことが、ようやく口に出来た。


「何を言ってるんだ? おまえはアレスじゃなかったら誰なんだ?」


 レオンは怪訝な顔をしている。


「ザックだ、僕の本当の名はザックっていうんだ。今まで騙していて、ごめん」


 3人に向かって頭を下げた。


「ザック? 何故名前を偽った?」


 ソロンが質問を続ける。


「アレスが本当の勇者の名前だからだ」


 それから、僕は過去のことを話し始めた。故郷の村に預言者が現れ、自分がアレスの供として旅に出たこと、その道半ばで魔人に襲われ、アレスが傷を負い、僕が止めを刺したこと。そして、自分ひとりで王都に向かい、学院に入学したこと……



「14才で魔人を倒しただと!? そんな男がいたとは……」


 レオンはアレスの武勇に感嘆していた。

 そう、アレスは凄い。14才であれだけのことができたのだ。生きていれば、もっと早く魔王を倒すことだってできたはずだ。


「アレスの話はわかった。しかし、何故、おまえがその名を騙る必要がある?」


 ソロンが近くの木に寄り掛かった。少し長い話になると思ったのかもしれない。


「僕が勇者を殺したからだよ。だから、僕が勇者を引き継がなければならなかった。その責任があった」


 勇者を殺した責任を取るために、僕はここまでやってきたのだ。


「アレスが死んだのは魔人のせいです。あなたのせいではありませんよ?」


 マリアが言った。


「……いや、アレスが死んだのは僕のせいなんだよ。僕の手には、アレスを剣で貫いたときの感触がずっと残っているんだ。それに僕はザックとして魔王を討伐したわけじゃない。アレスとして魔王を倒したんだ。ザックのままだったら、とてもできなかったことだよ」


「既にアレスは死んでいるのに?」


 ソロンは腕を組んで、指で腕を小刻みに叩いている。苛立っているのだろう。


「アレスの母は……僕を育ててくれたシェラさんはとても良い人なんだ。あの人に、『アレスは勇者になれずに死んだ』だなんて言えないよ。本当はアレスを勇者にだってしたくなかったんだよ、あの人は」


「だから功績をすべてアレスのものにし、おまえは去っていくと言うのか?」


 ソロンの言葉の端々に怒りが感じられる。


「本当はアレスのものになるはずだった功績だ」


「馬鹿か、貴様は!」


 とうとうソロンは声を荒げ始めた。元々短気で口が悪いヤツなのだ。


「勇者はおまえだ! アレスは道半ばで倒れた! それが事実だ! それに預言者の言葉は俺も知っている。『この村から世界を救う勇者が現れる』としていた。必ずしもアレスのことを指していない。最初から勇者はおまえだったんだよ!」


 賢者だけあってソロンの指摘は正しい。僕もそのことはわかっていた。


「僕はロクに剣も魔法も使えなかった平凡な人間だよ。勇者なんて器じゃない。それに僕にとっての勇者はアレスなんだ」


 そう僕に勇者はふさわしくない。ずっとアレスの影を追っていただけに過ぎない。


「ああ、おまえは平凡な人間だよ! 学院で最も才能の無い人間だった! そのおまえが魔王を倒したんだ! そのためにどれだけの修練を積んだか、どれだけの代償を払ったか、それを俺たちは知っている! 昼も夜も無く、寸暇を惜しみ、寝る間も惜しみ、それで十分な成果を得られなくても、止まることなく進み続けた。確かにおまえに勇者の資質は無かったかもしれない。だが、それでも世界を救ったのはおまえだ! 俺はおまえ以外に他の誰も勇者とは認めない!」


 ソロンはフードで顔を隠して言った。強い口調だが、滲むような声だった。


「ありがとう、ソロン。君にそう言ってもらえただけで、僕はもう十分なんだ」


 永遠に報われないと思っていた僕の努力は最後に実を結んだし、それを認めてくれる3人の友人がいる。それで十分だった。


「本当に去るのですか、アレス……いえ、ザック」


 いつもの作り物めいた聖女の顔ではなく、僕のことを心から心配してくれているマリア本来の素の表情をしていた。


「行かないでください、ザック。このわたしが止めているのです。わたしの願いを断るのは、神に対する冒涜ですよ?」


「ありがとう、マリア」


 滅多に見せないマリアのその素顔は、間違いなくこの世で最も美しいだろう。


「君にそう言われると決心が鈍りそうだよ。でも行かなくちゃ。これ以上、先に進むと誰かと出会ってしまう。そしたら、僕が生きていることが知られてしまう。それだけは避けたいんだ。本当はもう少し早く別れるつもりだったけど、少しでも長く君たちと旅を続けたかったんだ」


 辛く厳しい旅だったけど、それでも仲間と過ごした日々は僕にとっては良い思い出だった。


「どこへ行くつもりだ?」


 レオンが言った。


「まずは村に帰って、アレスが魔王を倒したと報告して、この剣をアレスの両親に返す。その後はこの国を出て、旅に出るつもりだ」


 最後にシェラさんに会って、僕はこの国から離れるつもりだった。この国に居続けたら、隠したいことがいつかバレてしまうかもしれない。


「国王陛下はまだそれほどの年ではない。急いで次期国王を決める必要はないだろう。いつでも戻って来い。俺はおまえを喜んで迎え入れるつもりだ」


「ありがとう、レオン。僕は君なら立派な王様になれると思ってるんだ」


「無論だ」


 ふっ、とレオンは笑った。


「俺ほど王にふさわしい男はいないだろう。だが、おまえに功を譲られるほど落ちぶれてはいない」


 まったくもって高潔な男だった。彼に王になる気がないのは残念だ。


「じゃあ、僕は行くよ」


 僕は仲間たちに背を向けた。


「待て」


 そこにソロンが声をかけた。


「おまえにとって、俺たちは、いや俺は何だ? その……」


 彼は少し言い淀んだ。


「親友だよ、決まっているじゃないか」


 学院時代からの長い付き合いで苦楽を共にした仲だ。それ以外にふさわしい言葉がない。


「……そうか。俺のような天才を親友呼ばわりするとは、相変わらず図々しいヤツだ。でも、友達くらいにならなっていたかもしれんな」


 ソロンは少し笑った。


「よかったですね、ソロン。あなた、子どもの時からひとりも友達がいませんでしたものね」


 マリアが揶揄する。それをソロンは目で咎めると、


「俺はおまえがどこに行っても、必ず探し出して連れ戻す。友達だからな」


 と言った。

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