魔法科高校の編輯人   作:霖霧露

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編輯■■編~Das Rheingold~
第百六話 ヒの翳る場で


2097年3月9日

 

「周胤、今戻った」

 

 十六夜は、いや、(ティエン)は傍に控えていた周胤に声を掛けた。

 相変わらず、自身が女声を発しているというのに慣れず、少しばかり顔をしかめている。

 

「急用ですか?」

 

 北京の方で私事を済ませようと(ティエン)を動かす最中、意識を本体の方に戻した十六夜。彼に火急の用が飛び込んできたかと、周胤は考えていた。

 

「いや、あっちで電話がかかって来ただけだ。まぁ、一応共有すると、今月の24日に沖縄海戦犠牲者彼岸供養式典、28日に西果新島竣工記念パーティーへ出席する事がほぼ決まった。その間も、婚約者候補と沖縄観光する予定だ」

 

「北山雫様とですか。……ちなみに、周妃は連れて行ってもらえるので?」

 

 主人が妾とハネムーン紛いをする予定であると共有された従者、周。嫉妬、した訳ではないが、ジード捕縛作戦の最終段階と同じく、置いて行かれるのではないかと、不安を抱いている。

 

「……まぁ、うん。周妃が必要になる程のイベントはないだろうが、俺の従者としてアピールさせておくか」

 

「かしこまりました。周妃に準備をさせておきます」

 

 同行を熱望している事を察したので、十六夜は(ティエン)の口で周妃を連れて行くと約束する。その約束が反故にされないよう、周はさっさと周妃を旅行の準備に動かした。

 まだ2週間も先の話なのにと、(ティエン)は苦笑する。

 

「……で、客人はまだか?」

 

 先の事は横に置き、目先の事に意識を向ける(ティエン)

 そう。今日済ませようとしている私事は、客人、件の研究家と会う事だ。

 そのために、(ティエン)と周胤は蝋燭の火だけを明かりとした薄暗い部屋に居る。要人と密会するための拠点、数ある内の1つに、(ティエン)と周胤は居るのだ。

 

「……もうすぐでございます」

 

 周胤は客人を案内している『分霊(フェンリン)』・周循とリンクし、居場所を特定してから答えた。

 それが嘘でない事を示すように、かすかながら足音が聞こえてくる。

 (ティエン)は少しでもボスっぽく振る舞うべく、背中を背もたれに預けてふんぞり返り、足は組み、肘掛けへ右肘をかけて頬杖を突いた。

 

「とても可愛らしいですよ」

 

「……煩い」

 

 周胤からの感想を邪険にしながらも、自身でもこの態度が可愛らしいと言うか、生意気な小娘みたいになっているだろうと(ティエン)は自覚する。

 でも、この体は見た目が14歳の少女。どう足掻いても生意気な小娘にしかならない。なので、これ以上威勢を張る事は諦め、その姿勢を維持した。

 程なくして、この部屋唯一である入り口が開く。開いた入り口、扉のその先に居たのは周循、そして、件の研究家だろう男だった。

 その男は、アジア人らしい肌色の成人男性といった容姿で、覇気と言うか、生気のない目をしている。ただ、目以外は生気に溢れているようだった。髪も肌も艶がある。そして、(ティエン)はこの男が細身でありながら鍛えこんでいる事を直感的に読み取った。

 率直に言って、油断ならない相手である。

 

「貴女が、彼らのボス、でよろしいでしょうか」

 

「ああ、失礼。挨拶が遅れた。貴方が言う通り、俺は彼らのボスだ。(ティエン)と名乗っている」

 

「……なるほど、そうでしたか。こちらも失礼いたしました。私は、(ファン)千夜(シェンイェ)と言います。以後お見知りおきを」

 

 男・(ファン)は少女が組織のボスという事に訝しんだが、(ティエン)を数秒見てから態度を改め、深々と頭を下げた。

 (ティエン)は何か解析されたような感覚を味わったため、表には出さないが警戒度を上げる。同時に、気にかかる事があった。

 

「……ファン・シェンイェと言ったか?……どういう字だ?」

 

「……?えーと、こういう字ですが……」

 

 (ティエン)が何を気にかけたのか、(ファン)には分からない。しかし、特に渋るモノでもないだろうと、彼はメモの切れ端に書いて渡した。

 (ティエン)は、その文字を鋭く睨む。その、『(おおとり)』とも読む漢字を睨む。

 

「あの……、私の名前に何か……」

 

「……いや、少し珍しいと思っただけだ」

 

 (ティエン)は運命的なモノを垣間見て、内心の警戒度をまた上げたのだが、もちろん表には出さなかった。

 

「席に着いてくれ。建設的な話し合いをしよう」

 

「……ええ。では、失礼します」

 

 (ティエン)の態度が気になりつつも、(ファン)は警戒心皆無で席に着く。

 話し合いはここからスタートだ。

 

「貴方は大切な客人だから、先を譲るよ。何か訊きたい事はあるかな?」

 

「そうですか。では、有り難く。……何故、貴女方は『超人』と『魔物』の知識を欲しているのでしょうか」

 

 (ティエン)が好感度稼ぎ、それと人となりを分析するために質問を促してみれば、(ファン)からそんな素朴な疑問が飛んできた。言っている本人からは、一見して純粋な興味のように窺える。自分から売り込んでおいて、とは(ティエン)も周も思うところだが。

 

「勢力拡大のためさ。我が組織は前身があれど、新興勢力なものでね。勢力拡大を目指す手前、戦力と資金の調達を急務にしているんだ。そこで、誰でも強くなる技術や、誰でも魔法じみた事ができる技術があると言うじゃないか。その技術を使えば戦力増強はもちろん、上手く使えば金も得られる。もちろん、技術を知識として売り渡してしまうと市場を独占できないから、強化手術を施す対価、という形が一番望ましいだろうね」

 

「何処でその話を聞いたので?」

 

「その技術を使っていた奴からだよ」

 

 なかなか核心を突いてくる質問に、一瞬だけ返答を迷った(ティエン)。でも、一拍も間を置かない本当の一瞬で、嘘と疑われないように即答してみせた。

 それに、完全なる嘘という訳でもない。何せ、自身こそが『その技術を使っていた奴』なのだから。まぁ、『付喪神』があるから『魔物』は全く使っていないが。

 

「しかし、残念な事にそいつは知識としてはその技術を持っていなかった。他人に教えられるようなモノじゃなかったのさ。だから、我々はそれを知識とすべく、研究しようとしていた。既に研究家が居て、あまつさえ俺の下に来てくれたのだから、幸運な事だよ」

 

「……申し訳ない。私も、完全に貴方の下へ降る事は……」

 

「おっと、すまない。言い方が悪かったね。貴方は研究成果を対価に支援を請う者で、俺たちは支援する対価に研究成果を請う者だった。商売として互いを平等とする契約を違えるつもりはない。貴方の研究を奪い取るつもりもない。勘違いをさせてしまった事は、どうか許してほしい」

 

 (ティエン)は言葉を誤り、(ファン)に指摘されたところで、素直に謝罪した。自身らに誠意があるように見せるため、わざとやった事だ。

 

「いえ、こちらこそお許しいただきたい。なにぶん、研究内容が悪用されかねないものなので」

 

「ああ、貴方の危機感は正当なものだ。貴方が俺たちに自由を奪われないよう、庇護下に入らないのも含め、だ。『守ってやってるんだから』と脅されるなんて、聞き飽きた話だからね」

 

「ご理解いただける事、心より感謝します」

 

「ただ、こちらも理解してほしいのだが。君を野放しにする事はできない。2・3人警護を、いや、監視を立てる事を許してほしい。再三言うが、君の研究を奪い取るつもりはないし、恩を着せるつもりもない」

 

「……そんなに明け透けに言ってしまって良いんですか?」

 

 相手の対応に理解を示しつつ、警護ではなく監視と明け透けに語る(ティエン)。これには、(ファン)も呆気にとられた。彼はそこまで明け透けに語る利が分からなかったのだ。

 

「人と人との交流において最も重要なモノは誠意だと、俺は思っている。誠意があれば、信頼を得られる。特に、初めて取引を交わす相手となれば、それ相応の誠意を見せなくてはならないだろう?俺たちには他人の信頼を得られる実績もないのだし」

 

「……なるほど。そういう事でしたか」

 

 (ティエン)の態度に納得がいった(ファン)は、呆けていた顔を微笑みへと変えた。ただ、その微笑みも数瞬後には真剣な表情へと変わる。

 

「……最後に、お聞かせ願いたい事があります」

 

「……構わないよ?いったい何が聞きたいのかな」

 

「『超人』と『魔物』の知識を得た先にある、貴女の展望です」

 

 最後と称するだけあって、(ファン)は真剣に問った。この知識を悪用する気なのか、否か。場合によってはここで(ティエン)と争う覚悟を持って、彼はそう問っている。

 

「……改めて聞かれると、返答に窮してしまうな」

 

 真剣な質問だけあって、(ティエン)も返答を真剣に考える。ある種、自身の初心を思い返させる質問に、(ティエン)はボスらしい構えを解いて背筋を伸ばした。

 そうして、伏し目がちになりながら、どうしてこんな事をしているかと、(ティエン)は自問する。

 

「……俺の手の中にあるモノを守る。具体性に欠けるだろうが、それが俺の展望だ」

 

 全ては、真夜に尽くし、自身の贖罪を終えるため。(ティエン)の、十六夜の行動はやはりそこに帰結する。

 その答えを、結果的に真夜を守る事を、前述の言葉に言い換えたのだ。

 

「正直、悪用ではあるだろう。俺は、俺の守りたいモノためなら、己の手を血で染める事もいとわない。俺の足元を血で滴らせる事もいとわない。いずれ、己が血の海に溺れる事も、いとわない」

 

 (ティエン)(ファン)を正面に捉え、自身の最終目的を隠しつつも、自身の本音だけは隠さずに明かした。

 (ファン)はそんな(ティエン)に、憐れみを向ける。

 

「……その先は、地獄ですよ」

 

 憐れみを溢れさせたように、(ファン)は心からそう苦言を呈した。

 

「既に落ちてる」

 

 ただ、(ティエン)は己の覚悟を見せ付けるように、無用な気遣いを煙たがるように、そう平然と返した。地獄に落ちる恐怖はないと。いや、既に落ちているから、こうしてまた人間道・欲界に生かされているのだと。

 

「そう、ですか……」

 

 (ファン)は目を伏せた。何処か、疲れているように、悔いがあるように、彼は背もたれに寄り掛かる。

 

「……そちらからは以上か?」

 

「……ええ、以上です」

 

 何か言いたげである事が(ティエン)の目には映ったが、(ファン)は『最後』という己の発言を律儀に守った。

 手番が(ティエン)に移った事を示すように、お互い元の姿勢に戻る。(ファン)は背筋を伸ばす姿勢へ、(ティエン)はボスのように構える姿勢へ。

 

「では、こちらもいくつか質問させてもらおう。貴方と似たような事を問うのだが、まず2つ。貴方が『超人』と『魔物』を知った経緯についてと、貴方が『超人』と『魔物』を研究している理由について。話したくないなら、それでも構わない。こっちは貴方の研究を買う側だからね」

 

「……いえ、大まかにですが、お話いたします」

 

 本来答える必要はないだろう(ティエン)の質問。しかし、(ファン)は口を開く。恥ずかしい過去を語るように。

 

「私も、それらを知った経緯は貴女方とほぼ同じでしょう。たまたま、それらの技術が用いられる場を目にしたのです」

 

「……」

 

 (ティエン)は少し疑った。自分たちと『ほぼ同じ』というのは、どこまで『同じ』と称しているのか。もしかしたら、こちらが自身を『そういう技術を持つ奴』と称したように、あちらは自身がそれらの技術を用いた場を、まるで他人事のように称しているのではないか。

 そう疑ってはみても、(ティエン)は言葉にせず呑み込む。あちらの警戒心は煽りたくない。

 

「それで、それらの技術を目にした私は、ある人をそれらの技術で救えるのではないかと、考えました。それが、研究を始めた理由です」

 

「……その、『ある人』を窺っても良いかな?」

 

「……ええ。……少し恥ずかしい話ですが、病に苦しんでいた、私の想い人の事です」

 

 (ファン)は恥ずかしい話と宣いながら、とても寂寥感の滲む微笑みを浮かべていた。

 

「当時は、どういう病かすら分かっていませんでした。ただ単に、原因不明の虚弱体質であるとしか……。彼女が如何なる理由で虚弱体質となっていたか判明したのは、彼女が死んだ後の事です」

 

 (ファン)は後悔の味がまだ口に残っているように、苦々しく歯噛みしている。

 

「彼女は、普段からサイオンとプシオンを過剰に生成してしまう体質で、その過剰生成されたサイオンとプシオンが体を蝕んでいました……」

 

 とうとうと語られる(ファン)の想い人が抱えていた病。(ティエン)は、その病によく似ている状況の人間を思い出す。

 

(確か、光宣がそんな体質で虚弱だったんじゃなかったか?……いや、あっちはプシオンの方には言及されてなかったか)

 

 そう。(ティエン)は思い出した通り、(ファン)の想い人と光宣の病状は近しいモノだった。光宣の病状にプシオン関連まで付加して悪化させたのが、(ファン)の想い人のモノと言えるだろう。

 

「生きている内に分かってたら、遠回りはしなかったのにな……」

 

 (ファン)は涙を堪えながら、左手の薬指に嵌めている指輪を撫でた。

 

「……妻を亡くすなんて、辛い話をさせた事、お詫びするよ」

 

「気にしなくて構いませんよ……、私が勝手に話した事ですので。それに、彼女とは、想い合ってはいたのですが、結婚までこぎつけられなかったので……。この指輪も、結婚指輪ではなくてですね。彼女が抱えていた病の進行を遅らせる物なのですが。彼女の死後に完成した物なので、戒めと、操を立てる意味で付けているだけです」

 

 (ティエン)はその想い人を(ファン)の妻として捉えていたが、実情は違ったようだ。結婚指輪に見立てて戒めを身に着けているのが勘違いさせたと察した(ファン)は、その行為が紛らわしい事と酔狂である事を自覚しており、恥ずかし気に微笑んでいた。

 ただ、そんな事より気になるワードを、(ティエン)は耳に拾っている。

 

「……その指輪が、サイオンとプシオンの過剰生成を防ぐ物なのか?」

 

「え?……あ、そうです。アンティナイトに特殊な加工を施す事によって生まれる特殊合金には、サイオンを注入すると、サイオン及びプシオンの生成を一定値まで抑制する周波数を発生させる効果があるんです。この指輪には、その特殊合金が埋め込まれています」

 

 そこに興味を持たれるとは思っていなかったのか、一瞬呆ける(ファン)。ただ、契約が結ばれれば提供する研究資料にその特殊合金の生成方法も含まれているので、その概要だけは開示した。

 しかし、その概要だけでも(ティエン)は耳を疑う。

 

「……アンティナイトって、現行技術では再現不可能な金属だよな。……それをさらに加工できるのか?」

 

「『魔物』の性質を使えば可能です。『魔物』を使役する技量にも依りますが、性質を保持したまま形態変化できますので」

 

「……、なるほど。『魔物』の技術を使えば、そういう事もできるか」

 

 再現不可能な金属を加工できるのかと、信じられない様子だった(ティエン)。しかし、何の事はない。その金属を『魔物』にしてしまえば、加工の難易度は一気に下がる。

 金属の形態変化が『魔物』で行えるというのに、違和感を覚える事もない。十六夜が地面を『付喪神』にしていつもやっている事と一緒だ。コンクリートさえ『付喪神』にしてしまえば半液体状にできるのだから、金属でできない訳はない。

 『付喪神』と『魔物』で同じ事ができるのか、というのも、(ティエン)は疑問に思わない。『Rewrite』原作において、溶岩の『魔物』が液体状から固体状になるシーンが存在する故だ。

 だから(ティエン)は、『魔物』技術を使えば再現不可能な金属の加工ができるというのは納得であるし、今まで思いつかなかったので感心している。

 

「できればで構わないが、その指輪の生成方法を最優先で貰えないだろうか」

 

 得心も感心もしたところで、(ティエン)はその技術が最優先で必要だと考えた。

 

「問題ないですが。……私の想い人と同じ病状の人が?」

 

「それ程酷くはない。ただ、プシオンの浪費が認められているだけだ。今のところ、目立った障害はない。のだが、我々にとっては未知の状態でね。放置しておくのは怖いんだ」

 

 その技術が必要な人は確かに居る。だが、最優先と言いつつ、今のところは虚弱になっている事もないので、緊迫している訳ではなかった。ただ、放置もできない。

 何せ、自分の事なのだから。

 そう。十六夜は睡眠時などにプシオンを過剰放出している。体に悪影響は今のところないのだが、パラサイト憑依者である自身にとってプシオンは生命線なので、万が一を考えると放置は怖いのである。

 

「そう、ですか……。ならば、どうかこちらをその方にお渡しください」

 

 まだ問題はないと聞いた(ファン)だったが、しかし、非常に気にかけ、自身の指輪を差し出してきた。

 

「……良いのか?大事な物だろう?」

 

「私にとってはなんの効果もない、勝手に郷愁に浸るだけの、無用の長物です。これ自体に彼女との思い出はないのですし。これを必要とする人がいるなら、これはその人が使うべきでしょう」

 

 大切にしている物という事で、(ティエン)は受け取るのを躊躇するが、それでも(ファン)は差し出す。

 この指輪は必要な人の下にあるべきだとしたのか、ただ後悔を思い出す戒めにして良い品ではないとしたのか。

 あるいは、想い人と同じ死に方をしてほしくないと思ったのか。

 (ファン)の真意を推し量る事は、(ティエン)にはできない。ただ(ファン)は、確かな熱を持って、その指輪を差し出している。

 

「……、厚意に甘えさせてもらうよ」

 

 (ファン)の厚意に折れ、またアンティナイトが貴重な物であるのも相まって、(ティエン)はそれを慎重に受け取った。

 (ティエン)と患者(十六夜)が別人であるように明言したので(実際、肉体的に言えば別人)、この場でその指輪を装着したりせず、大事に保管するようにと、そして暗に何か仕込まれていないか検査するようにと、お付きである周胤に手渡す。

 

「さて、契約についてだが。この指輪を提供してくれた事への感謝と前金の意味を込めて、まずはこの分の資金を出そう」

 

 聞くべき事は聞けたし、思わぬ収穫もあったとして、(ティエン)は良好に契約の締めへと進める。

 こちらが資金援助に前向きである事と、相手に好感を抱いている事を示すため、(ティエン)は紙幣が詰め込まれた封筒を3つ、(ファン)の目の前に置いた。

 封筒に詰め込む形で3つに分けているのは、好感触か否かで封筒の数が減っていただろう事を読み取らせ、逆に3つ出す程好感触だったと思い込ませるためだ。

 

「……意外です。まさか、前金が貰えるとは」

 

「誠意は言葉ではなく金だ。もちろん、態度や礼儀を度外視するつもりはないが。やはり最後は金だろう。この世に貨幣という概念が普及している所以だ」

 

 (ファン)は純粋に驚いているが、(ティエン)はして当然の事と考えていた。

 相手をどれ程評価しているのか表す方法で、最も単純で明快なのは、やはり払う金額なのだ。

 

「……途中途中思っていましたが。……貴女は、その、本当に裏社会の人間で?」

 

「……意外とバッサリ言うね。俺は裏だろうと表だろうと、誠実さが大事だと思ってるだけだよ。それに、そっちこそコソコソ隠れている人間とは思えない程純朴そうだったよ?」

 

「表社会に認可されてない研究をしてはいますが、いずれは世のためになると思って研究していますので……」

 

 (ファン)から変な方向で怪しまれるが、(ティエン)は苦笑しながら人の事を言えないと返す。根は善良であると、互いが互いに認識し合う事となった。

 つまるところ、何処か似た者同士だったのだ。

 

「まぁ、ともかくだ。返事をもらいたいのだが」

 

「失礼。こちらからのお返事は、『今後ともよろしくお願いします』、です」

 

「うん。こちらこそ、だな」

 

 契約成立となり、(ティエン)(ファン)はどちらともなく握手を交わした。真意までは読み取れないが、悪い人間でない事をお互い認め合って。

 

「周循、送ってあげてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 商談は終わりとなり、(ティエン)は護衛兼監視として(ファン)に周循を付ける。

 (ファン)はそれに嫌な顔する事なく、むしろ最後にお辞儀をしてから、この場を辞するのだった。

 

「……どう思われます?(ティエン)老板娘(ラオバンニャン)

 

 (ファン)たちの足音が聞こえなくなってから、感覚共有で周循がこの建物を出たと確認してから、周胤は口を開いた。

 

「……指輪に何か仕込まれてるか?」

 

「何も。少なくとも、私では感知できませんでした」

 

「……そうか」

 

 (ティエン)は、答えに窮する。(ティエン)には、(ファン)が分からなくなっていた。

 

「……裏で誰かが糸を引いている可能性は確かにある。だが、そうでない可能性もまだある」

 

 (ファン)が英雄派あるいは聖女派残党の一員という線は、消えていない。その可能性が一番高いとは思っている。

 ただ、先程の商談で別の線も浮上したのだ。

 

「……『ドルイド』、かもしれない。あいつ本人か、あいつのボスがそうかはともかく」

 

 『ドルイド』。『Rewrite』原作に登場した、魔物の探究者であり、『聖女』とは違う形でその知識を継承する存在。

 (ファン)本人がその『ドルイド』か、あるいは(ファン)が『ドルイド』の束ねる集団の一員にすぎないか。

 

「それに加え……―――いや」

 

 上記に加え、いや、付加して考えられる線。その線についての推測を、(ティエン)は打ち切った。

 自身でも妄想が過ぎると思ったのだ。

 あの(ファン)が実は『魔物』で、しかも先代リライターの肉体を使った物であるなんて。

 でも、(ティエン)の脳裏にはちらついて仕方がなかった。

 『鳳』という字は、『Rewrite』原作において、先代リライターが名乗っていた名前であるが故に。

 

「……何にせよ、当初の予定通りだ。裏に誰かいる事を警戒しつつ、監視を徹底しろ」

 

「承ってございます」

 

 どの線も捨てられないからこそ、(ティエン)(ファン)を警戒するよう、周に言いつける。周胤は一も二もなく、その言い付けに従う。

 

「……」

 

 そうして(ティエン)は、収穫は多くあったが何処か煮え切らない私事を終えるのだった。




前金として出した金の入手先:周の生業・亡命ブローカーでの収益。(ティエン)(十六夜)は自身の小遣いから出すつもりだったが、周が頑なにそれを拒んだ。『私の情報網を強化するためのモノなのですから、私が出資して然るべきでしょう』という周の論に、(ティエン)(十六夜)は説き伏せられた、と言うか圧倒されたのである。

 閲覧、感謝します。
 次回の更新は5月28日の予定です。

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