第百六話 ヒの翳る場で
2097年3月9日
「周胤、今戻った」
十六夜は、いや、
相変わらず、自身が女声を発しているというのに慣れず、少しばかり顔をしかめている。
「急用ですか?」
北京の方で私事を済ませようと
「いや、あっちで電話がかかって来ただけだ。まぁ、一応共有すると、今月の24日に沖縄海戦犠牲者彼岸供養式典、28日に西果新島竣工記念パーティーへ出席する事がほぼ決まった。その間も、婚約者候補と沖縄観光する予定だ」
「北山雫様とですか。……ちなみに、周妃は連れて行ってもらえるので?」
主人が妾とハネムーン紛いをする予定であると共有された従者、周。嫉妬、した訳ではないが、ジード捕縛作戦の最終段階と同じく、置いて行かれるのではないかと、不安を抱いている。
「……まぁ、うん。周妃が必要になる程のイベントはないだろうが、俺の従者としてアピールさせておくか」
「かしこまりました。周妃に準備をさせておきます」
同行を熱望している事を察したので、十六夜は
まだ2週間も先の話なのにと、
「……で、客人はまだか?」
先の事は横に置き、目先の事に意識を向ける
そう。今日済ませようとしている私事は、客人、件の研究家と会う事だ。
そのために、
「……もうすぐでございます」
周胤は客人を案内している『
それが嘘でない事を示すように、かすかながら足音が聞こえてくる。
「とても可愛らしいですよ」
「……煩い」
周胤からの感想を邪険にしながらも、自身でもこの態度が可愛らしいと言うか、生意気な小娘みたいになっているだろうと
でも、この体は見た目が14歳の少女。どう足掻いても生意気な小娘にしかならない。なので、これ以上威勢を張る事は諦め、その姿勢を維持した。
程なくして、この部屋唯一である入り口が開く。開いた入り口、扉のその先に居たのは周循、そして、件の研究家だろう男だった。
その男は、アジア人らしい肌色の成人男性といった容姿で、覇気と言うか、生気のない目をしている。ただ、目以外は生気に溢れているようだった。髪も肌も艶がある。そして、
率直に言って、油断ならない相手である。
「貴女が、彼らのボス、でよろしいでしょうか」
「ああ、失礼。挨拶が遅れた。貴方が言う通り、俺は彼らのボスだ。
「……なるほど、そうでしたか。こちらも失礼いたしました。私は、
男・
「……ファン・シェンイェと言ったか?……どういう字だ?」
「……?えーと、こういう字ですが……」
「あの……、私の名前に何か……」
「……いや、少し珍しいと思っただけだ」
「席に着いてくれ。建設的な話し合いをしよう」
「……ええ。では、失礼します」
話し合いはここからスタートだ。
「貴方は大切な客人だから、先を譲るよ。何か訊きたい事はあるかな?」
「そうですか。では、有り難く。……何故、貴女方は『超人』と『魔物』の知識を欲しているのでしょうか」
「勢力拡大のためさ。我が組織は前身があれど、新興勢力なものでね。勢力拡大を目指す手前、戦力と資金の調達を急務にしているんだ。そこで、誰でも強くなる技術や、誰でも魔法じみた事ができる技術があると言うじゃないか。その技術を使えば戦力増強はもちろん、上手く使えば金も得られる。もちろん、技術を知識として売り渡してしまうと市場を独占できないから、強化手術を施す対価、という形が一番望ましいだろうね」
「何処でその話を聞いたので?」
「その技術を使っていた奴からだよ」
なかなか核心を突いてくる質問に、一瞬だけ返答を迷った
それに、完全なる嘘という訳でもない。何せ、自身こそが『その技術を使っていた奴』なのだから。まぁ、『付喪神』があるから『魔物』は全く使っていないが。
「しかし、残念な事にそいつは知識としてはその技術を持っていなかった。他人に教えられるようなモノじゃなかったのさ。だから、我々はそれを知識とすべく、研究しようとしていた。既に研究家が居て、あまつさえ俺の下に来てくれたのだから、幸運な事だよ」
「……申し訳ない。私も、完全に貴方の下へ降る事は……」
「おっと、すまない。言い方が悪かったね。貴方は研究成果を対価に支援を請う者で、俺たちは支援する対価に研究成果を請う者だった。商売として互いを平等とする契約を違えるつもりはない。貴方の研究を奪い取るつもりもない。勘違いをさせてしまった事は、どうか許してほしい」
「いえ、こちらこそお許しいただきたい。なにぶん、研究内容が悪用されかねないものなので」
「ああ、貴方の危機感は正当なものだ。貴方が俺たちに自由を奪われないよう、庇護下に入らないのも含め、だ。『守ってやってるんだから』と脅されるなんて、聞き飽きた話だからね」
「ご理解いただける事、心より感謝します」
「ただ、こちらも理解してほしいのだが。君を野放しにする事はできない。2・3人警護を、いや、監視を立てる事を許してほしい。再三言うが、君の研究を奪い取るつもりはないし、恩を着せるつもりもない」
「……そんなに明け透けに言ってしまって良いんですか?」
相手の対応に理解を示しつつ、警護ではなく監視と明け透けに語る
「人と人との交流において最も重要なモノは誠意だと、俺は思っている。誠意があれば、信頼を得られる。特に、初めて取引を交わす相手となれば、それ相応の誠意を見せなくてはならないだろう?俺たちには他人の信頼を得られる実績もないのだし」
「……なるほど。そういう事でしたか」
「……最後に、お聞かせ願いたい事があります」
「……構わないよ?いったい何が聞きたいのかな」
「『超人』と『魔物』の知識を得た先にある、貴女の展望です」
最後と称するだけあって、
「……改めて聞かれると、返答に窮してしまうな」
真剣な質問だけあって、
そうして、伏し目がちになりながら、どうしてこんな事をしているかと、
「……俺の手の中にあるモノを守る。具体性に欠けるだろうが、それが俺の展望だ」
全ては、真夜に尽くし、自身の贖罪を終えるため。
その答えを、結果的に真夜を守る事を、前述の言葉に言い換えたのだ。
「正直、悪用ではあるだろう。俺は、俺の守りたいモノためなら、己の手を血で染める事もいとわない。俺の足元を血で滴らせる事もいとわない。いずれ、己が血の海に溺れる事も、いとわない」
「……その先は、地獄ですよ」
憐れみを溢れさせたように、
「既に落ちてる」
ただ、
「そう、ですか……」
「……そちらからは以上か?」
「……ええ、以上です」
何か言いたげである事が
手番が
「では、こちらもいくつか質問させてもらおう。貴方と似たような事を問うのだが、まず2つ。貴方が『超人』と『魔物』を知った経緯についてと、貴方が『超人』と『魔物』を研究している理由について。話したくないなら、それでも構わない。こっちは貴方の研究を買う側だからね」
「……いえ、大まかにですが、お話いたします」
本来答える必要はないだろう
「私も、それらを知った経緯は貴女方とほぼ同じでしょう。たまたま、それらの技術が用いられる場を目にしたのです」
「……」
そう疑ってはみても、
「それで、それらの技術を目にした私は、ある人をそれらの技術で救えるのではないかと、考えました。それが、研究を始めた理由です」
「……その、『ある人』を窺っても良いかな?」
「……ええ。……少し恥ずかしい話ですが、病に苦しんでいた、私の想い人の事です」
「当時は、どういう病かすら分かっていませんでした。ただ単に、原因不明の虚弱体質であるとしか……。彼女が如何なる理由で虚弱体質となっていたか判明したのは、彼女が死んだ後の事です」
「彼女は、普段からサイオンとプシオンを過剰に生成してしまう体質で、その過剰生成されたサイオンとプシオンが体を蝕んでいました……」
とうとうと語られる
(確か、光宣がそんな体質で虚弱だったんじゃなかったか?……いや、あっちはプシオンの方には言及されてなかったか)
そう。
「生きている内に分かってたら、遠回りはしなかったのにな……」
「……妻を亡くすなんて、辛い話をさせた事、お詫びするよ」
「気にしなくて構いませんよ……、私が勝手に話した事ですので。それに、彼女とは、想い合ってはいたのですが、結婚までこぎつけられなかったので……。この指輪も、結婚指輪ではなくてですね。彼女が抱えていた病の進行を遅らせる物なのですが。彼女の死後に完成した物なので、戒めと、操を立てる意味で付けているだけです」
ただ、そんな事より気になるワードを、
「……その指輪が、サイオンとプシオンの過剰生成を防ぐ物なのか?」
「え?……あ、そうです。アンティナイトに特殊な加工を施す事によって生まれる特殊合金には、サイオンを注入すると、サイオン及びプシオンの生成を一定値まで抑制する周波数を発生させる効果があるんです。この指輪には、その特殊合金が埋め込まれています」
そこに興味を持たれるとは思っていなかったのか、一瞬呆ける
しかし、その概要だけでも
「……アンティナイトって、現行技術では再現不可能な金属だよな。……それをさらに加工できるのか?」
「『魔物』の性質を使えば可能です。『魔物』を使役する技量にも依りますが、性質を保持したまま形態変化できますので」
「……、なるほど。『魔物』の技術を使えば、そういう事もできるか」
再現不可能な金属を加工できるのかと、信じられない様子だった
金属の形態変化が『魔物』で行えるというのに、違和感を覚える事もない。十六夜が地面を『付喪神』にしていつもやっている事と一緒だ。コンクリートさえ『付喪神』にしてしまえば半液体状にできるのだから、金属でできない訳はない。
『付喪神』と『魔物』で同じ事ができるのか、というのも、
だから
「できればで構わないが、その指輪の生成方法を最優先で貰えないだろうか」
得心も感心もしたところで、
「問題ないですが。……私の想い人と同じ病状の人が?」
「それ程酷くはない。ただ、プシオンの浪費が認められているだけだ。今のところ、目立った障害はない。のだが、我々にとっては未知の状態でね。放置しておくのは怖いんだ」
その技術が必要な人は確かに居る。だが、最優先と言いつつ、今のところは虚弱になっている事もないので、緊迫している訳ではなかった。ただ、放置もできない。
何せ、自分の事なのだから。
そう。十六夜は睡眠時などにプシオンを過剰放出している。体に悪影響は今のところないのだが、パラサイト憑依者である自身にとってプシオンは生命線なので、万が一を考えると放置は怖いのである。
「そう、ですか……。ならば、どうかこちらをその方にお渡しください」
まだ問題はないと聞いた
「……良いのか?大事な物だろう?」
「私にとってはなんの効果もない、勝手に郷愁に浸るだけの、無用の長物です。これ自体に彼女との思い出はないのですし。これを必要とする人がいるなら、これはその人が使うべきでしょう」
大切にしている物という事で、
この指輪は必要な人の下にあるべきだとしたのか、ただ後悔を思い出す戒めにして良い品ではないとしたのか。
あるいは、想い人と同じ死に方をしてほしくないと思ったのか。
「……、厚意に甘えさせてもらうよ」
「さて、契約についてだが。この指輪を提供してくれた事への感謝と前金の意味を込めて、まずはこの分の資金を出そう」
聞くべき事は聞けたし、思わぬ収穫もあったとして、
こちらが資金援助に前向きである事と、相手に好感を抱いている事を示すため、
封筒に詰め込む形で3つに分けているのは、好感触か否かで封筒の数が減っていただろう事を読み取らせ、逆に3つ出す程好感触だったと思い込ませるためだ。
「……意外です。まさか、前金が貰えるとは」
「誠意は言葉ではなく金だ。もちろん、態度や礼儀を度外視するつもりはないが。やはり最後は金だろう。この世に貨幣という概念が普及している所以だ」
相手をどれ程評価しているのか表す方法で、最も単純で明快なのは、やはり払う金額なのだ。
「……途中途中思っていましたが。……貴女は、その、本当に裏社会の人間で?」
「……意外とバッサリ言うね。俺は裏だろうと表だろうと、誠実さが大事だと思ってるだけだよ。それに、そっちこそコソコソ隠れている人間とは思えない程純朴そうだったよ?」
「表社会に認可されてない研究をしてはいますが、いずれは世のためになると思って研究していますので……」
つまるところ、何処か似た者同士だったのだ。
「まぁ、ともかくだ。返事をもらいたいのだが」
「失礼。こちらからのお返事は、『今後ともよろしくお願いします』、です」
「うん。こちらこそ、だな」
契約成立となり、
「周循、送ってあげてくれ」
「かしこまりました」
商談は終わりとなり、
「……どう思われます?
「……指輪に何か仕込まれてるか?」
「何も。少なくとも、私では感知できませんでした」
「……そうか」
「……裏で誰かが糸を引いている可能性は確かにある。だが、そうでない可能性もまだある」
ただ、先程の商談で別の線も浮上したのだ。
「……『ドルイド』、かもしれない。あいつ本人か、あいつのボスがそうかはともかく」
『ドルイド』。『Rewrite』原作に登場した、魔物の探究者であり、『聖女』とは違う形でその知識を継承する存在。
「それに加え……―――いや」
上記に加え、いや、付加して考えられる線。その線についての推測を、
自身でも妄想が過ぎると思ったのだ。
あの
でも、
『鳳』という字は、『Rewrite』原作において、先代リライターが名乗っていた名前であるが故に。
「……何にせよ、当初の予定通りだ。裏に誰かいる事を警戒しつつ、監視を徹底しろ」
「承ってございます」
どの線も捨てられないからこそ、
「……」
そうして
前金として出した金の入手先:周の生業・亡命ブローカーでの収益。
閲覧、感謝します。
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