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誰が勇者を殺したか 作者:駄犬
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断章2

 学院では、戦士、僧侶、魔法使いと目指す職業でクラス分けされているのだが、専門分野しか学ぶことができなかった。これは完全に誤算だった。

『勇者を輩出する学校』ということで、戦士のクラスでも、ある程度、攻撃魔法や回復魔法を学べると、僕は思っていたのだが、近接戦闘と魔法を同時に教えることの効率の悪さと、何よりも魔法には生来の素質が必要なため、完全に分業化されていたのだ。

 だからといって、諦めるわけにはいかない。勇者は攻撃魔法も回復魔法も使えなければならないし、何よりも僕自身がその必要性を感じていた。


「回復魔法を教えてくれないか」


 声をかけたのは、マリア・ローレンという僧侶クラスの有名人だった。長く綺麗な黒髪に、透き通るような白い肌を持つ美人さんだ。僕が今まで会った人たちの中でも、最も美しい女性だろう。

 もちろん、美人だから声をかけたわけではない。他の僧侶クラスの人たちが授業を受けるのに必死で余裕が無い中、彼女だけが泰然としていたので、僕に回復魔法を教えてくれるのではないかと思ったからだ。また、彼女は聖女の呼び声が高く、慈愛の人として評判だった。


「戦士職の方は回復魔法を使える必要はないと思いますけど?」


 彼女はにこりと笑って答えた。


「僕は勇者になりたいんだよ。だから、魔法も使えるようになりたいんだ」


 そう言うと、マリアは目を丸くした。周囲にいた他の人たちもざわついた。


「そうですか……確かに勇者はそういった人物であるとされています。しかし、今では剣と魔法を両立させるのは効率が悪いとされ、あまり推奨されていないのですが、それはご存じですか?」


「知っている。教師に同じことを言われて、回復魔法を教えることを断られた」


「はぁ、教師に断られたから、わたしに教えて欲しいと」


「そうだよ。君は僧侶クラスでも優秀で、聖女のように慈悲深いと聞いて、それなら教えてくれるんじゃないかって思ってね」


「あなた、いくらマリア様が優しいからといって、図々しいとは思いませんか?」


 そう口を挟んだのは、少し太めできつい顔をした僧侶クラスの女の子だった。その佇まいは、僧侶職より戦士職のほうが似合ってそうである。


「いえ、構いません」


 マリアがその太めの子にやんわりと言った。


「そうですね、聖女とはほど遠い、まだまだ修行中の身ではありますが、人を導くのも神に仕えるものの務め。わたしに時間があるときで宜しければ、神について教えて差し上げましょう」


 マリアは慈愛溢れる笑顔を浮かべた。

 それを聞いた周囲の人間は口々にマリアを褒め称えた。


「何とお優しい」「さすが聖女様」「あのような平民にも神の教えを説くだなんて」


 僕もこのときは心からマリアに感謝し、お礼を言った。

 ただ、後で思い知ることになる。

「聖女とはほど遠い」という言葉にまったくの嘘偽りがなかったことに。


────


 それから、しばらくしたある日、校舎裏で剣を振るっていた僕に、マリアが近寄ってきた。


「アレスさん、宜しいですか?」


「ああ、マリア。ひょっとして回復魔法について教えてくれるの?」


「いえ、神の存在の感じられない人に、回復魔法について教えても無駄です。例えるなら、猿に算術を教えるようなもの。わかりますか?」


「……まあ、何となく」


 さらりと猿に例えられたことに引っかかったが、一応納得はした。


「で、どうやれば、神の存在を感じられるんだい?」


「美味しいパンを買ってきてください」


 マリアはにこりと微笑んだ。


「え? パン? それが神とどういう……」


「考えてはいけません。感じるのです。さあ、パンを買ってきてください。ダッシュです」


 釈然としなかったが、僕は教えられる側なので、とにかく全速力でパンを買いに走った。

 そして、学院の売店でなるべく美味しそうなパンを買い求めると、それを片手に僕は校舎裏に戻った。


「何ですか、これは?」


 マリアは虫の死骸でも見るような冷たい眼差しで、僕が買ってきたパンを見た。


「何って、パンだけど」


「ふぅ……」


 マリアはわざとらしいくらい大きなため息をついた。


「わかっていませんね。わたしは美味しいパンと言ったのです。あなたはちゃんと神に語り掛けましたか? 『美味しいパンはどこにありますか?』と」


「え? 神様は美味しいパンがどこにあるか知っているの?」


 ひょっとして神はパンマニアなのか?


「神は全知全能ですから、すべて知っておられます。美味しいパンだろうとスイーツだろうと。

 あなたは神の存在を知覚して、パンを買ってこなければならなかったのです。それを近くの売店のパンなどで済ませようとは……神に対する冒涜ですよ?」


 どうやら美味しいパンを探すことが、神を知る第一歩だったらしい。……いや、本当か?


「まあ良いでしょう。今日のところはそのパンで許します。わたしは慈悲深いですし、お腹は減っているので」


「えっ?」


 ひょっとしてお腹が減っていたから、小間使いにされただけ?


「次からは気を付けて下さいね」


 マリアはそう言うと、僕からパンを奪って去っていった。


────


 そしてまた寒い冬のある日、僕はマリアに河原に呼び出された。

 

「慈悲深いわたしが、あなたのために試練を考えてきました」


 この時点で嫌な予感しかしなかった。


「いや、その、普通の方法で教えてくれればいいんだけど?」


「何を言ってるんですか、あなたは幼い頃に神父様から手ほどきを受けたにも関わらず、神の存在を知覚できなかったのでしょう? 普通の方法で良いわけがないじゃないですか?」


 マリアがオーバーなくらい呆れた表情を見せた。


「そんな哀れな子羊のために、わたしがわざわざ試練を考えてきたんですよ? まさか嫌だと仰るのですか?」


「そう言われると、嫌とは言わないけど……」


「ですよねぇ。では始めましょうか?」


 マリアはおもむろに河原の石をひとつ拾うと、その石に祈りを捧げた。

 神の加護を受けた石はぼんやりと光を宿す。


「この石を受け取ってください」


 僕は淡く光る石を手渡された。


「これ、どうするの?」


「川に向かって思いっきり投げてください。遠ければ遠いほど良いです」


 言われるがままに石を投げたが、かなり川幅が広いため、ちょうど川の中心あたりにドブンと石は落ちた。


「じゃあ拾ってきてください」


「はぁ!?」


 何かとんでもないことを言い出したぞ、この女。


「神の加護を受けた石です。神の存在を知覚できれば簡単に探せるはずです」


「いやいやいや、わざわざ川底でそれを探す意味なんかないよね?」


 見るからに水深の深い川だ。流れも速い。下手をすれば溺れてしまうだろう。その川底を探すなど正気の沙汰ではない。


「はぁ……何を言ってるのですか」


 マリアは大きなため息をついた。


「あなたは日常生活で神の存在を感じることができないんですよね? ならば、極限状態にその身を置くしかないじゃないですか? わかりますか、わたしの言っている意味が?」


「え、いや、そう言われるとそんな気もしてくるけど……」


「理解して頂けて嬉しいです」


 マリアが満面の笑みを浮かべた。


「では頑張ってください」


 そこから石を見つけるまでの3時間、氷のように冷たい川の中で、僕は地獄のような時を過ごした。

 何せ川底だから石が光っているかどうかもよく見えない。


 とりあえず、川底で適当に石を拾って渡したら、


「あなたの目は腐っているんですか?」


 と冷淡に言われて、石を川に投げ返された。血も涙もない女だ。

 

 そんなことを何度も繰り返して、何とか石を見つけ、死ぬような思いをして川から出た時、マリアは艶々とした邪悪な笑顔で言った。


「神の存在は感じられましたか?」


「まあ、神に召されそうになったという意味では、身近に感じられたんじゃない?」


 僕は皮肉を込めて言った。


「じゃあ、後一歩ですね」


 彼女は僕の皮肉を意にも介さず、微笑んだ。

 その後一歩で死ぬと思うけど……


────


 このような感じでマリアの試練は毎週開催されたが、僕はまったく回復魔法を覚えられないまま、3年になった。覚えたことと言えば、王都にある美味しいパン屋とスイーツ店の場所くらいだ。


 僕がそのことをマリアに指摘すると、


「美味しいスイーツの店を覚えておけば、女性に喜ばれます。将来、役に立ちます」


 と言われた。いや、目の前の魔女はともかくとして、僕が女の子と仲良くなる将来なんて想像もつかないんだけど……


 試練の効果に関しては半信半疑なのだが、回復魔法に関して頼れる人間が他にいないため、彼女の事を信じる他なかった。


 ところが、そんなある日、何となく感覚的な変化が訪れた。具体的に言うと、美味しいパンとスイーツを探し当てるのが異様に上手くなったのだ。


「ひょっとして、これは神の声が聞こえているのか?」


 そう思って、昔習った神の祈りを唱えてみると、腕にあった小さな傷のひとつを癒すことに成功したのだ。


「できた! マリアの言っていたことは本当だったんだ!」


 正直に言うと、半ば諦めかけていたので、感激もひとしおだった。


 何と言うことだろう、マリアは本物の聖女だったのだ!

 何故、彼女のことをもっと信じられなかったのだろうか?

 ちゃんと信じて試練を行っていれば、もっと早く習得できたかもしれないのに!


 僕の心はマリアへの感謝と申し訳なさでいっぱいになった。

 早速僧侶クラスに向かい、マリアにお礼を言った。


「ありがとう、マリア! 回復魔法を使えるようになったよ!」




「……マジで?」


 そう言って、絶句したマリアの姿を僕は一生忘れないだろう。

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