魔法科高校の編輯人


メニュー

お気に入り

しおり
作:霖霧露
▼ページ最下部へ


103/129 

第百三話 幕間~共犯者への説明責任・前編~


2097年2月25日

 

「はぁ……。やっとゆっくりできる」

 

 自爆テロに関する行事をすべて終え、ついでに今日の学業も終え、俺は書斎で腰を落ち着けていた。

 

「全く、忙しかった。でもこれでようやく、これに手を付けられる」

 

 書斎のデスクに広げられた文書。古めかしい上に虫食いがある物もあれば、市販のA4用紙に書きなぐられたばっかりだろう物もある。

 これが何かと言えば、『僵尸術』に関する文書だ。しかも、真夜には提出しなかった、儀式の手順や魔法式が書かれた物である。

 

「よくやってくれた、周妃。厳重に守られていたこの文書を見つけ出すのも、抜けている部分を思い出して書き起こすのも、手間がかかっただろう」

 

大人(ターレン)からの頼みです。手間は惜しみませんとも」

 

 それらの文書をかき集めてくれた周妃、さりげなく控えていたそいつに俺はちゃんと礼を言う。その礼を受け取った当人は、凄く幸せそうな顔をしていた。

 そう。俺は『僵尸術』をどうにか会得したいと思い、周妃に頼んでみれば、すぐにジードが保管していた研究資料を探し出し、記憶にある物も書き出してくれたのだ。

 真夜に提出したのは、あくまで『僵尸術』が実在する事を匂わせる、『僵尸術』の研究資料。それを読み解いてもまだ『僵尸術』は完成しないという物である。真夜の方は『さすがにジードも完成品は即座に処分するだろう』という考えで、その中途半端な文書で納得している。

 実際はこの通り、完成品があるのだが。まぁ、一部は周妃の記憶から引っ張り出してきた物ゆえに、これも完成品と呼ぶのは微妙なところか。

 

「それで、あの……。大人(ターレン)……」

 

 俺が完成品に目を通そうとしたところで、周妃が何か言いたい事があるかのように、少女然とした様子でもじもじしだす。

 

「ん?どうした、周妃」

 

「約束を、まだ果たしてもらっていないのですが……」

 

「……ああ、俺の秘密を明かす的な事を言ってたっけ」

 

大人(ターレン)!?まさか忘れていたのですか!?」

 

 俺は約束を忘れかけていた疑いを、周妃からかけられる事となった。

 何の約束かと言えば、ジードの対処に貢献できたら、俺が少年兵だった過去を明かす事について考えてやる、という約束である。

 考えてやるだけで明かす事は確約していない。と、したかったのだが、周妃が功を焦るあまり独断専行しかけた際に約束は更新されている。ジードの件が済み次第、秘密を明かすと。

 だから、俺はしっかり秘密を明かすつもりだった。ただ困ったのが、周妃の功績があまりに大きい事である。ジードが自爆テロの黒幕であると示す証拠は大部分が周妃によって得られたモノだから、それだけでも功績が大きい。おまけに『僵尸術』についての文書も寄越してくれたから、功績が積み上がっている。

 ではそんな功績を積み上げたこいつに、秘密を明かすだけで良いのか。どこまで明かすのが功績に釣り合っているか。そういう悩みがあったのだ。決して忘れていた訳ではない。

 

(さて、結局どこまで明かしたもんか……。元大亜軍の少年兵だった事は確定として、リライト能力についてまで明かすか否か)

 

 少年兵だった過去は明かす気である。周妃はその程度の真実で俺を嫌う事はないだろう。

 問題なのはリライト能力の方だ。血縁者でなかった俺が今や四葉直系となっている理由は語らねばならない。嘘の理由か、本当の理由か、どちらを語るかは、悩ましいところだ。

 

(……いや、でも、そうだな。こいつには今後、『僵尸術』とリライト能力の実験に付き合ってもらいたい。なら、やはりリライト能力まで明かすか)

 

 周妃が広める事はないだろうし、広めようとしたところで信じる者も少ないだろうというところも加味し、俺は今後のために色々と明かす決意をした。

 そうして、俺は周妃の前でやるのは初めてな、鍛錬場までの道を開くギミックを発動させる。

 3冊の本を本棚から取り出し、指定の場所に収め直す。そうすれば、道を塞いでいた本棚が動くというギミックだ。

 周妃はその一部始終を興味深く見ていた。

 

「なるほど、そういう仕掛けでしたか。隠し部屋があるだろう事は、微かに聞こえていた空洞音で気付いていましたが」

 

「お前が相変わらず優秀そうで嬉しいよ」

 

「恐縮です」

 

 周妃がこのギミックに驚いていない事に、俺は驚かなかった。こいつのスペックに対しては、もう疑問を持つだけ無駄なのだ。

 

「この先は秘密の鍛錬場に繋がってる。先に行って待っててくれ。俺は準備しなくちゃいけない物がある」

 

 俺はそう言って一旦書斎を出る。準備しなくちゃいけない物があるのだが、入手にそう苦労する事はない。何せ、その物とは花であり、花なら何でも良かったのだ。強いて言うなら、俺もよく見る花である事が望ましいが。

 ただ、上記の条件を全て満たす物が庭で育てられていた。俺はその見つけた物、ユリ1つを近くに転がっていた植木鉢に移して、鍛錬場へ戻る。何故ユリが自宅の庭で育てられていたかは謎だが。

 

「おや、私が育てていたユリですか」

 

「1つ使わせてもらうが、構わないか?」

 

「構いませんとも。いくらでも育ちますからね」

 

 育成者である周妃に一応許可を取って、俺はそのユリの植木をテキトーに床に置いた。

 

「そのユリは、大人(ターレン)が少年兵と言われていた理由とどう関わってくるのですか?」

 

「証明に使うんだ。俺が元々『四葉』ではない事の証明に」

 

「元々『四葉』ではない、証明……?」

 

「このユリをよく見ていろ」

 

「……大人(ターレン)の『付喪神』がかけられていますね」

 

 さすがに突拍子もない話すぎて、周妃でも首を傾げていた。ただ、論より証拠という事で、俺は周妃にユリを注視させる。有り難い事に、周妃は即座にユリが俺の『付喪神』となっている事を把握した。

 なら、細かい説明はやはりいらないだろうと、俺はさっさと証明する。

 遺伝子が、組み変わる様を。

 

「っ!?ゆ、ユリが、チューリップに……」

 

 周妃が驚愕している通り、周妃の目の前でユリがチューリップへと変形していった。

 俺がリライト能力を使って、ユリの遺伝子をチューリップの遺伝子に書き換えたのだ。

 ユリもチューリップもユリ目ユリ科の植物であり、遺伝子が比較的近い。故に、書き換えは容易である。

 ただ、俺の生命力(アウロラ)は極力消費しないように努めたので、元ユリ現チューリップはアウロラを使い果たされ、見る見るうちに枯れていった。

 周妃はその光景を一部始終見逃さず、しかし目を疑うように瞬いている。

 

「今の現象は、俺が持つ固有の能力、リライト能力によるモノだ」

 

「リライト、能力……」

 

「生命力を代償として遺伝子を書き換え、対象を強化・変化できる異能。だからユリはチューリップの遺伝子に書き換えられた事によりチューリップへと変貌し、生命力を使い果たしたので枯れた」

 

 俺は起こった現象を嘘偽りなく開示すれば、周妃は元ユリに注いでいた視線を俺へと移す。

 

「遺伝子を、書き換える……。少年兵……!あ、貴方様はまさか……!」

 

 周妃はユリの変貌を見た時以上に目を見開き、何かに勘付いたようだった。こいつの優秀さにはついつい笑みが零れそうだ。

 

「そうだ。俺は元々少年兵だった。大亜連合が沖縄海戦時に出兵させた兵団に所属する、な。紆余曲折あったが、『四葉』に捕縛され、そして俺は『四葉』に交渉した。魔法師になって貴方たちの役に立つから、どうか命だけは、と」

 

「そうして貴方様は、四葉家の人間として己の遺伝子を書き換え、晴れて四葉真夜の息子となった……!」

 

「そういう事だ」

 

 俺が話している事も周妃の理解も細々としたところは違うが、概ね合っているし、その方が理解しやすいだろうと、俺は訂正せずにおく。

 

「ああ……、何と言う……。何と言う……!」

 

 ここまでの真実を聞かせると、周妃は何故か悲鳴を抑えるように口元を両手で押さえ、しかし涙を抑える余裕はないかのように一筋流した。かと思えば、周妃は俺の下に駆け寄り、俺の手を両手で包み込む。

 

大人(ターレン)、もう大丈夫です。私が貴方様を支えてみせます。貴方が生命力を、命を投げ捨てるような力を使わせる事態など起こさせはしません……!」

 

「いや、できれば使いたいんだが」

 

「……へ?」

 

 何故に俺の予定を狂わせようとしているのかは知らないが、俺はこのリライト能力を使って色々とやりたい事があるのだ。呆けられても困る。

 

「『僵尸術』にかかって死んだ人間を『付喪神』にし、そしてリライト能力を使えば蘇生できる。この事は千葉寿和で実証済みだが、後何度か実験したい。俺の想定通りなら、人為的に超人を生み出せるし、あらゆる難病も治す事ができる」

 

 俺が『僵尸術』を得たかったのはそういう理由であり、その先に描く展望がある故だった。

 つまり、『僵尸術』・『付喪神』・『リライト能力』を組み合わせれば、戦力を調達しやすくなるし、治療費として活動資金を稼ぐ事もできる。それらで恩を売り、操り人形とはいかないまでも、情報提供者を生み出す事だってできる。

 

「な、なるほど……?それで自身の勢力を拡大していく、と……」

 

 わざわざ全部言わずとも、周妃は全て察してくれた。勘の良い協力者は好ましくて仕方がない。

 

「その、ですが、そのリライト能力というのは生命力を消費するのですよね?想定している施術で、大人(ターレン)の生命力は如何程消費されるので?」

 

「知らん」

 

「し、『知らん』って!」

 

 俺の生命力なんて何故気にしているのか分からないので、俺はテキトーに答える。だが、その答えに周妃は取り乱していた。

 何処に取り乱す要素があったのか本当に分からないので、俺は周妃が落ち着けるようにもう少し言葉を付け足す事にする。

 

「できる限り対象の生命力を使うように意識はしている。だが、結局対象の生命力で賄い切れているのか、そもそも対象の生命力を使えているのか。俺の生命力を消費してしまっているとして、どの程度消費されているのか。それらは俺にも感知できない」

 

「では、使用を避けるべきです!別人となる程遺伝子を書き換えて、大量の生命力を消費しているかもしれないのですよ!?この期に及んで使い続ければ、1年と持たず使い果たしてしまう!」

 

「……そんなに消費してるとは思ってないが。……そうだな、最低でも2年は持たせたいところだ」

 

「2年……」

 

 周妃は俺の発言に愕然としていた。絶望している、とも言えるような表情だ。

 俺から技術を吸収できる時間が短いという点で唖然・呆然とするのだったら分かるのだが。何がどうしてそんな表情を浮かべているのか、俺には分からない。

 

「……大人(ターレン)、ならばこそその異能の利用は控えるべきです」

 

「だがな、情報網の拡充や自身の勢力作りに、これを利用しない手はないだろう。何せ、どう足掻いたって独占できる技術だ。……逆に言えば、俺しか使えないんだが」

 

「『ならばこそ』と、何度も具申させていただきます」

 

「……どうしてだ、周妃。これを利用すれば、お前の夢にも近道ができるんだぞ?」

 

「貴方はどうしてっ、自身が替えの効かない存在であると認識できない!」

 

 周妃は、間違いなく怒っていた。真っ正面から怒鳴りつけてきた。

 俺もさすがにそれには唖然とする。同時に得心もする。確かに、リライターという道具は替えが効かない。その消耗を恐れるのは無理のない話だ。

 しかし、そうして諭されたとしても、俺は止まる気はない。

 

「じゃあどうする、周妃。この手を捨てる、なんて言ったら俺は1人で勝手にやるぞ」

 

「……如何に『四葉』と言えど、被験者の調達も患者の選定も、そう容易ではないでしょう。亡命ブローカーの私と違って」

 

 周妃は良い切り口で俺に交渉してきた。四葉と違って、人を見つけるのも運ぶのも、こいつにはお手の物なのだ。その事は今まで成してきた亡命ブローカーとしての実績が証明している。

 実に建設的な交渉だと、俺は感心する。ただ、問題はある。

 

「でも、お前はそれらの数を絞ってくるよな?」

 

「……」

 

 俺の質問に対する周妃の黙秘は、肯定と同義であった。こういう時は微笑みそうな周妃が、珍しく歯噛みしている。

 

「じゃあ、お前が絞った分は四葉で補填しよう。日本だけに限ったって、力を欲する人も難病に苦しむ人もたくさんいる」

 

「……1つお尋ねしたいのですが。大人(ターレン)はその異能を使う事自体が目的ではないのですよね?仮に、その異能と同様に、超人への人為的覚醒や難病の治療ができれば、そちらで取って替えてしまっても良いのですよね?」

 

「そうだな。俺だって、リライト能力を使わない事に越した事はないと思っている」

 

 周妃がしてきた神妙な質問に、俺は是と答えた。

 俺だって、ただの自殺志願者ではないのだ。贖罪を達成しなければならない。その達成のために、残り時間はあればある程良い。

 

「で、あればやはり、あの者に会うべきではないでしょうか」

 

「……お前に接触してきた、超人と魔物の研究家か」

 

 周妃の言うあの者、超人と魔物の研究家であると自称している人物。

 その人物は、周妃が超人と魔物使いをひっそり探しているところに、あちらから接触してきた。時期は、少なくとも俺にそれが報告された日は、ジードがテロの準備をしていると真夜から教えられた日だ。周妃がその情報を隠していた事について問い詰めた時、情報を隠していた理由を語った後に報告している。

 

 それで、その自称研究家は研究資料を提供する代わりに資金援助を求めてきた、一見こちらに友好的な人物だった。ただ、資金援助と共にもう1つ、願っているモノがあったのだ。

 それが、ボスへの面通し、つまり俺に会いたいと言ってきたのだ。組織のボスが誰かも分からないのでは、こちらを信頼する事はできないと。

 あっちから資金援助を求めたというのに、実に厚かましい。だが、研究家である事を証明するように提示された研究資料の一部を見ただけで、周妃が取り込むかどうか悩む程の人物なのである。

 その厚かましさを補って余りある、実に優れた研究者という話だ。

 それで、周妃は面通しの条件もあって最終決定を俺に委ねている訳だが。

 

(……超人と魔物の研究家。俺たちが是が非でもほしい人材があちらから寄ってくるなんて、どう考えても罠なんだよなぁ)

 

 そう。俺はその研究家が何処かからのスパイかと疑っていて、最終決定を渋っていた。絶対、聖女派・英雄派の末裔が何処かで組織化していて、そこから送られてきたのだろうと。なんだったら、今代の『聖女』が送り込んできた、とまで考えられる。

 

大人(ターレン)のご懸念は重々承知しております。ですが、それを加味しても惜しい人材です。あの者の研究資料、その有無で我々の研究も何年、あるいは何十年と遅れます。大人(ターレン)のご予定では、そう悠長にはしていられないでしょう?」

 

「……そうだな。背に腹は代えられんか。それに、そいつもこっちに密接に関わってくる気はないんだろう?」

 

「ええ。研究施設は自前の物があると言っておりましたので、こちらに招き入れる必要はないかと。警護の名目で監視は付けますが」

 

「自前のがあるってのでなおさら怪しいが、仕方ないか……」

 

 結局、周妃から熱心に説得され、俺が折れる事となった。

 

「でもどうする。そいつ、今は大亜連国土にいるんだろう?俺がそっちに向かう訳にはいかないし、あっちから来てもらうしかないんだが……」

 

「最終手段はあの者を密入国させる事でしょうが。大人(ターレン)、まだ試していませんが、良案があります」

 

「……良案?」

 

 周妃はとても朗らかな笑みを浮かべている。俺は嫌な予感を覚えつつ、周妃の良案に耳を傾けるのだった。

 

◇◇◇

 

2097年3月2日

 

 良案を試すにはある程度時間がかかるという事で、長く時間が取れる土曜日にその試しを行う事となった。

 なので、俺は午前授業が終わった後、風紀委員業務もさっさと片付け、達也一団からの誘いも振り切って家にまっすぐ帰ったのである。

 

 そうして自宅にて、俺は改めて周妃の説明を受ける。

 

「『付喪神』はパラサイトの性質を利用してのモノであるため、その術の対象は実質的に分身となります。しかし、この分身とする性質上、対象に精神がある場合、対象を分身にできない、そもそも『付喪神』が適応できないという問題点がありました。もし精神のある対象に無理矢理適応しようとした場合は、『吸血鬼事件』の再現となります」

 

「つまり、パラサイトに適合できても、パラサイト憑依者を増やすだけ。適合できなかったら衰弱死体を作るだけ、って訳だな」

 

「はい、そうなります」

 

 まずは初歩のおさらいと言うように、パラサイトの性質を再認識した。

 

「パラサイト憑依者を増やす事については、意志の統一ができたとしても、新たに増えた憑依者からの浸食を受ける恐れがあります。我々の精神が変容してしまうかもしれないのです」

 

 俺たちはパラサイトの性質を使っての仲間集めができないと、周妃は残念そうに語っている。

 

「しかし、生きた人間に憑依できないのはとても勿体ない。ただでさえ、我々のパラサイトは生物が発するプシオンを糧にしているのです。プシオンの供給源が増えれば、我々はその糧を失う危険性がぐっと下がる。では、どうすれば生きた人間に『付喪神』を適応できるか。そう考えた時、私の目の前には丁度予備の肉体がありました。自意識が芽生えていない、ずっと仮死状態にした肉体が」

 

「……いくつかあるって言ってたヤツだな」

 

 予備の肉体がいくつかあるという事に、俺は今さらになって呆れた。こいつ、どうすれば殺せるのかと。いや、精神干渉系でこいつのパラサイト本体を消滅させれば良いのだが。

 

 そこまで考えて、俺は違和感に気付く。周妃の説明には、おかしな点があるのだ。

 

「……ちょっと待て。お前、分身として使ってる予備の肉体からもプシオンを得られてるのか?」

 

 そう。周妃はまるで分身からプシオンを得られているように語っているのだ。もし得られていないと言うのであれば、生きた人間に憑依できない云々(うんぬん)はわざわざ言及する必要がない。

 

「はい。プシオンどころか、サイオンも自給しております」

 

「……マジかよ」

 

 嘘を吐いたり見栄を張ったりしていない、ただ己の成果を自慢するような周妃。俺はその様子を受け、冷や汗を流した。

 つまりは、今目の前にいる周妃をパラサイト本体ごと殺したとして、分身の方が本体にとって代わるだけなのだ。分身全てを殺さない限り、周妃、いや、周公瑾を殺す事ができない。分身が1つでも残っていれば、周公瑾は永久に存続するのだ。

 まぁ強いて弱点を上げるなら、記憶の方は永久とはいかない事だろう。周公瑾はかなり記憶が摩耗しており、自身が三国時代に存在した周瑜公瑾本人だったかどうかも覚えていない。それでも、意志の方はこうして2000年近く維持しているのだが。

 

「と言っても、予備として用意していました肉体全てを分身に……、いえ、この表現では『付喪神』として動かしている分身との区別が面倒ですね。失礼ですが、サイオンとプシオンを自給できている分身については、今後『分霊(フェンリン)』と呼びましょうか。ああ、もちろん道教の分御霊の意味です」

 

「……分霊(ぶんれい)か、なるほど」

 

 中国語読みで発音するものだから、俺は一瞬変な和訳をしかけたが、周妃の丁寧な補足で事なきを得る。合わせて、実に的を射ているネーミングであると、素直に感心した。

 

「とにかくです。『分霊(フェンリン)』にできる物とできない物がありますが、パラサイトの性質を使っている事には違いありません。ならば、大人(ターレン)も使えるのではないかと」

 

「そいつは良いな。もし『分霊(フェンリン)』が上手く行けば、お前のボスの代役にできる」

 

「ご明察です。あの者との接触も、その代役でのみに限定すれば、大人(ターレン)自身の尻尾を掴ませる事はないでしょう。上手くすれば、大人(ターレン)自身は我が組織に利用されている一個人と偽装する事も」

 

 周妃は微笑みながら己の策謀を語った。

 俺は思わず苦笑いを浮かべる。こいつが味方で良かったと、心の底から思う。原作だと敵であり続けただろうこいつに、原作の達也はどう対処したのか。まぁ、おそらくこの周妃を相手するよりは楽だろうが。

 

「では、さっそく試してみましょう。鳩の『付喪神』で、予備の肉体が置いてあります、北京(ペキン)へと向かいます」

 

「了解した」

 

 俺は周妃の指示通り動く。

 まずは、庭の鳩小屋で鳩を『付喪神』にする。鳩はまるで生きているように動いているが、これら全て周妃がそう動かしているという。なので、改めて殺す必要はなく、俺は周妃から鳩1体の主導権を貰う形で俺の『付喪神』にする。

 そうしてから、鳩を飛び立たせ、真っすぐ目的地へ向かう。かつては中国の首都だった北京へ。

 

「直線距離にして約2100㎞の旅になります。ただ、サイオンセンサーや古式魔法師たちの探知結界も避けなければならないため、本当に直線で行ける訳でもなく、また、あの鳩の平均飛行速度は時速71km程です。道中の休憩も加味して、使用時間は約40時間を予定しております」

 

「……明日中とは行かんか」

 

 単純に、到着時間が明後日の早朝になる事を知り、俺は渋い表情を浮かべてしまう。

 

「申し訳ありません。何処にいても違和感がない鳥となりますと、やはり鳩になってしまいますので」

 

「分かってるよ。それに、鳥類に限定されるんだから、結局飛行速度は大差ないだろう。……それより、40時間も『付喪神』を操作する訳だが。お前も大丈夫なんだよな?俺はオートって言うか、目的を設定すれば、後は遺伝子に刻まれてる本能のまま勝手に動くが」

 

「ご心配なく。私の『付喪神』は『付喪神』自体の脳で動きますので」

 

「『分霊(フェンリン)』じゃなくてもそうだって話だよな……。俺のと細かい仕様が違ってるのは、ほんと謎だな」

 

「パラサイトの変質具合と仮定しましたが、その辺りももう少し研究すべきかもしれませんね」

 

 鳩の『付喪神』をお互い操作しながら、そんな雑談に興じる。

 実際、俺の『付喪神』から伝わってくる映像で周妃の『付喪神』が動いているのは確認できているので、仕様の違いに疑問は持っても、周妃の言葉を嘘と疑う事はない。

 とかく。そんな雑談をしながら、俺と周妃の『付喪神』は北京を目指すのだった。




十六夜宅の庭で育てられていたユリ:周妃が毒の利用を目的に育てている物である。

十六夜を真っ正面から怒鳴りつける周妃:ここまでやってもクソボケには思いが伝わらない。

周妃に接触してきた超人と魔物の研究家であると自称している人物:本作『第九十話 清濁はとうに喉元を過ぎ』、参照。

『付喪神』の応用、『分霊(フェンリン)』:意思のない生きた肉体を依り代に『付喪神』を行使する事で実現する『付喪神』の応用技。『分霊(フェンリン)』が適応された肉体には行使者の精神がコピーされ、その精神の下に自意識を獲得する。極端な言い方をすれば、自分をもう1人増やす術である。
 肉体は生きているし、精神も宿っているので、通常の人間同様、サイオンとプシオンが生成できる。ただ、生成できるサイオン・プシオンの量は肉体に依存する。
 意思のない生きた肉体ならば何でも適応できる訳ではなく、通常の『付喪神』と同じように操れるだけの肉体となってしまう事がある。今のところ、適応の可不可が何によって決まっているのか明確ではない。だが、いくつかの適応成功例から判断するに、行使者と近しい遺伝子を持つ依り代には適応されやすい事が窺えている。
※術名のネーミングについては、活動報告『※魔法科高校の編輯人、第七十七話閲覧済みの方のみお読みください。』でいただいた案を参考にしております。案を提供してくれた方々に感謝申し上げます。同時に、当初の予定とは厳密には違う活用をした事について、謝罪申し上げます。ありごとうございました。そして、すみませんでした。

 閲覧、感謝します。
103/129 



メニュー

お気に入り

しおり

▲ページ最上部へ
Xで読了報告
この作品に感想を書く
この作品を評価する