~千葉家への説明責任~
2097年2月23日
昨日寿和との交渉というか一方的な取り決めが済んだので、その次の日である今日にその寿和を千葉家へと帰す事になった。
そして、寿和の付き添い兼千葉家への説明役として、俺は寿和と共に千葉家へ訪れようとしている。
ちなみに、魔法科高校は23日まで臨時休校なので、昨日も今日も欠席している訳ではない。
「着きました。十六夜様、寿和様」
詮無い思考をしている内に、ドライバーを務めていた四葉の使用人から千葉家宅への到着を告げられた。
俺は短く感謝を言葉にした後、リムジン車内で無駄に強張っていた寿和を急かすように降ろし、その後に続く。
そうしてリムジンから降りてすぐ、千葉家宅入り口、和風の立派な門、その前で誰かが待ち構えていた。
片方はエリカだと分かるが、もう片方の男性は初対面で分からない。まぁ、誰なのかはお察しだが。
「お、親父……」
答え合わせは、怯むような寿和の声がしてくれた。
そう。エリカと共に正面で待っていたのは寿和らの父、千葉
「貴方が、四葉十六夜で相違ないでしょうか」
「はい。お初にお目にかかります。俺が四葉十六夜です。この度は千葉寿和さんの容態及び経過について、ご説明させていただきたく、お伺いしました」
「お話は聞いております。どうぞ、お入りください」
丈一郎から意外にも物腰柔らかい応対を受け、俺は応接間へと案内される。
エリカも付いてきており、通された和風の応接間には4人分の座布団が敷かれていた。
それで、俺は丈一郎の正面に、寿和は一応俺の横に、エリカは丈一郎の横に、それぞれ正座で膝を正す。
「十六夜殿。倅がテロリストの術にかかり、あまつさえ手下として操られていたというのは、真でしょうか」
最初に口を開いたのは、丈一郎だった。それだけ、自身の息子である寿和がただの古式魔法師に後れを取るとは思っていなかったのだろう。
「信じ難いかもしれませんが、本当です。テロリストは崑崙方院という大漢時代に存在した魔法研究施設、そこにかつて在籍していた古式魔法師でした。そのため、大陸由来、日本の古式魔法とは体系の違う古式魔法を得意としておりました。故に、対抗魔法は愚か、解呪の方法も分からず、かの者の魔法で操られてしまった人間は、殺す以外に止める方法がありませんでした。……千葉道場の門下生だった稲垣様、彼を殺すほかなかった事は、本当に不甲斐なく思っております」
表向きのシナリオを信じ込ませるため、俺はジードの出自を改めて語りつつ、奴の魔法にはほとんどの者が対抗できなかった事を説明していく。解呪すら不可能だった事については、実際に殺す事でしか解呪できなかった男の名を出した。丈一郎らが知っている、稲垣の名前を。
千葉道場の門下生にして寿和の部下だった稲垣という男は、俺が寿和の相手をしている内に達也たちと交戦し、達也たちに殺された。その事について一条は責任を感じていたが、そこら辺の責任は責任者である克人が全て背負うという形で説得されている。
ともかく、だ。対抗も解呪も難しかったとする実例が出された事によって、丈一郎は納得せざるを得ないと理解する。
ただ、ある一点を除いては。
「では、どうして倅は解呪できたのですか?」
そう。解呪できなかった実例があるのに、解呪できた実例もある。丈一郎はそこが納得できなかった。十師族たちが何か、有耶無耶にしようとしているのではないかと。
「親父、それは彼が、十六夜君が尽力してくれたおかげだ」
俺は丈一郎たちを騙そうとしているのに、寿和は俺に加勢すべく動き出す。
そんな寿和の心情を覗き込むように、丈一郎は寿和の瞳を見つめる。
「親父も知ってると思うが、四葉は精神干渉系に優れてるし、それの研究をしてる。だから、四葉には俺がかけられた精神干渉系に対抗する術があったんだよ。ただ、それは十六夜君しか行使できなかった。だから十六夜君と相対しなかった稲垣は助からなかったし、逆に十六夜君と相対した俺は助かった」
寿和は、命を救われた事に恩義を感じているのだろう。彼は実直に俺を擁護する弁論を並び立てていた。
「……倅を助ける術は十六夜殿にしか行使できなかったというのは、本当でしょうか」
心情を覗き込む相手を変えるように、丈一郎の視線は俺の瞳へと移った。
「一切の虚偽はありません。補足するなら、四葉の血縁者はその多くが固有の精神干渉系を持っている、という事です。俺もご多分に漏れず、固有の精神干渉系を持っています」
「……十六夜殿固有の魔法が、倅を助ける唯一の術だったと」
「俺固有の力でしか、寿和さんを助けられませんでした。それが真実です」
俺は何一切、嘘は付かない。この場で必要ない、まるで俺の固有魔法が寿和を助けたモノのような情報は散りばめた。だが、俺は俺の固有魔法で助けたなんて一言も言ってないし、俺固有の力、リライト能力でしか助けられなかった事は嘘ではない。
「……、……」
丈一郎は数秒俺の瞳を見つめ、その後数秒目を閉じ、それして薄く目を開いてから立ち上がった。
何をするのかと、俺は彼の行動を注視していれば、彼は寿和の隣に立って寿和の頭を素手で掴む。
「お、ちょ、親父?」
丈一郎は掴んだ寿和の頭を無理矢理下げさせ、それから丈一郎自身も土下座の如く深く頭を下げる。
「倅が、大変ご迷惑おかけしました。そして、倅を救っていただき、真にありがとうございました」
丈一郎はおそらく本心から、俺へ謝罪と感謝の言葉を述べた。彼の声は少し、涙を堪えるように震えていた気がした。
どこまで騙せたかは正直不鮮明だが、丈一郎が表のシナリオを呑み込んだようであり、寿和が生きて帰ってきた事は本当に嬉しいようである。
「顔を上げてください。俺は十師族の一員として、すべき事をできる限りしただけです」
俺は素直に丈一郎の言葉を受け止めつつ、必要以上に恩義を感じさせないよう、言葉を取り繕った。
「せめてものお礼に、今夜はご馳走させてくれはしないでしょうか」
「……分かりました。有り難く、ご相伴に与らせていただきます」
俺はそれで丈一郎の気が済むならと、彼のお礼を受け取る事にした。食欲に負けたという訳では決してない。
夕食には早い時間だし、俺へのご馳走を盛大にするためより時間がかかるだろうと、それまでの間は千葉家に留まる事となった。帰りが遅くなるため、待たせていた四葉の使用人には事情を説明して先に帰している。俺の帰りの足はコミューターとなる予定だ。
さて。俺は夕食まで応接間に留まって良いと丈一郎から許可を得た訳だが。何故だか、エリカに道場まで引っ張っていかれた。
今日は道場がお休みなのか、臨時休業か、はたまた門下生はもう全員帰ったのか。エリカと俺しかいない道場は、いやに静かである。
「……稲垣さんは、助からなかったのよね」
正座で俺と向かい合うエリカが、俯いた状態でそう再確認してきた。
「彼の事は、すまない。状況は逼迫していたし、誰も俺が解呪の術を持っているなんて知らなかったんだ。そもそも、俺自身、解呪できる自信がなかったからね」
「……大丈夫、謝らなくても。警官だから、最悪死ぬ事になるのも覚悟してたと思うから。うちの道場でもその辺の心構えを説いてたりするし」
エリカは、別に稲垣が救えなかった事を謝ってほしい訳ではないらしい。
「そう、だよね……。兄貴もきっと死ぬ覚悟はしてた……。もしかしたら、死ぬかもしれなかったのよ……。兄貴が、死んでたかもしれなかったんだ……」
ただ彼女は、自身の兄が一歩間違えば死んでいたという事実をしっかり認識したかったのだ。
そうしてしっかり再認識した彼女の瞳から涙が零れ、それを隠す意図も込められているのか、彼女は頭を下げる。
「ありがとう、十六夜君……っ、うちの兄貴を救ってくれて、本当にありがとう……っ」
慕う兄が生きて帰ってきた。俺が兄を救ってくれた。その思いを言葉に込め、エリカは俺に感謝を告げた。
「……さっきも言ったが、十師族としてすべき事をできる限りしたまでだ。それに、寿和さんを助けられるかは賭けだったし、正直実験だった。もし彼を助けられれば、その技術は色々な応用が利くと、彼の身を使って試したんだ」
「……どんな思惑があったんだとしても、十六夜君が兄貴を救ってくれたのは事実よ」
如何なる思惑だろうと、エリカにとってその結果だけで恩義を感じるに足るものだった。
彼女は泣いてスッキリした顔を上げる。
「四葉十六夜殿。この恩義、千葉エリカは生涯忘れません。故に、必要とあらばお呼びください。盾役だろうと、熟してみせましょう」
武士のように、普段とは違う誠実さを備えた言葉遣いと態度で、エリカは俺に宣誓した。絶対にこの恩は返すのだと。
「ありがとう、エリカさん。君の助けが必要な時は、必ず君を頼らせてもらうよ」
「……内心、『そんな時が来るか分からないけど』って思ってない?」
「滅相もない」
俺が思う前にエリカに言い当てられたので、それは決して嘘ではない。
とかく。当初の予定とは違ったが、エリカの好感度を稼ぐ事ができて、俺は満足するのだった。
ついでに振る舞われた夕食にも満足するのだった。
◆◆◆
~七草家当主への説明責任~
2097年2月24日
「ようこそ、我が家へ。歓迎するよ?四葉十六夜君」
突然だが俺は、七草家の邸宅へ訪れていた。しかも弘一に出迎えられる形で。
「お忙しい中、時間を取っていただきありがとうございます。七草弘一さん」
「そう固くなる事はない。君はテロ解決の立役者だ。君のために時間を作るのも、十師族当主として当然の務めだ」
応接間にて弘一と一対一になりながら、俺は無駄に歓迎されている。弘一は歓迎の言葉を並び立てているが、俺にはどうにも薄っぺらく感じられた。まぁ、俺の敬う態度も薄っぺらいので、人の事は言えない。
さて。俺が何故弘一の下を訪れているのか、説明しよう。
まず言っておくと、ジード捕縛作戦の顛末は既に十師族当主ら全員と烈へ説明を終えている。USNA軍と交渉したのだから、当然その報告を遅れさせる事はできなかった訳だ。まぁ、USNA軍と交渉した件については事後承諾となったが、克人には事前に報告していたし、真由美経由で七草智一も聞き及び、ついでに弘一も聞き及んでいたようなので、そこ2つの家からはもちろん批判も非難もなかった。
ただ、それは他の家からもそうだったのだ。USNAと交渉するなら事前報告は欲しかったとする者はおれど、厳しい言葉を投げかけた者は誰1人としていない。烈や六塚、八代なんかは俺の手腕を褒め称えていたくらいだ。
という事で、十師族当主らに対する今回の事件・作戦に関しての説明責任は既に果たしている。
では、何故七草家に訪れているのか。
「重ね重ね、ありがとうございます。しかし、反魔法師運動の対策でお忙しいと伺っております。そんな中、長くお引止めするのは気が引けます。なので、失礼ながら、さっそく用件に移ってもよろしいでしょうか」
「お心遣い、痛み入るよ。有り難く、君の好意に甘えさせてもらおう。……それで、用件とは?」
俺を歓迎する空気が一変し、張りつめたものになる。気に障った、という様子ではない。弘一自身、今回の用件に強い興味があるだろう。
そう――
「今回介入してきた、USNA軍についてです」
――USNA軍が妨害する動機について調査を、俺がどういう交渉で止めさせようとしているのかに。
ジード捕縛作戦中はUSNA軍が妨害する動機についての調査を真由美経由でお願いしていた。同時に、USNA軍との交渉が穏便に済んだ後、USNA軍への調査を止めてもらうよう話を付けに行くとも、真由美に伝えてもらっているのだ。
「ふむ。君が依頼した、USNA軍が今回妨害してきた動機の調査についてだな。不思議に思っていたところだ、どうして調査させた上で止めに来るのかと」
ちゃんとお願いと伝言は弘一に伝わっていたようだが、弘一は白々しくも疑問を呈してきた。何も不思議に思ってないくせに。
「その情報をUSNA軍との交渉における手札にしようと思っていました。が、予想以上に交渉がスムーズに済んでしまい、その手札は必要なくなりました。ですから、調査を止めていただきたいのです」
「今回の交渉に使えなかったとしても、後々の交渉では使えるだろう?私はそう思って君の依頼を無償で受けたし、調査のために費用をかけたんだ」
弘一は恩着せがましく、かつ契約不備を訴えるような振る舞いで、俺のお願いを拒絶する。費用をかけたのに利益が出ないのでは止まれないと。
ここでただUSNA軍を敵に回すかもしれないという損害を指摘しても、彼は字面を変えただけの同じ言い分を繰り返して突っぱねるだろう。
なら、簡単だ。損害で駄目なら利益を提示すれば良い。
「徒労に終わらせてしまう事は、大変申し訳なく思います。ですから、せめてものお詫びをさせていただきたい」
「……ほう。お詫びとは?具体的な物だと嬉しいのだが」
こちらが利益をちらつかせた事で、弘一の目の色が変わった。やはり俺から提示される利益を狙っていたようだ。
なら、ご期待に添えようじゃないか。
「俺の遺伝子、などは如何でしょうか」
「……ふ。ふふ、ふははははははは!ああ、老師も気に入るはずだ!実に交渉上手だな、君は!」
ご期待に添えられたようで、弘一の被っていた良識ある当主の仮面が剥がれた。
「お喜びいただけたようで何よりです。では、どのような形態での提供がお望みか、お伺いしてもよろしいでしょうか?単純にゲノムマップの記録でしょうか、それとも冷凍保存した精子でしょうか。あるいは、そちらが用意した相手を直接孕ませましょうか」
「ふふ……。良い、実に良いな、十六夜君。自身の遺伝子にどれだけ価値があるか理解しているし、それを交渉の道具として臆面もなく使っている。ああ、君は実に話が分かる交渉相手だ」
弘一は俺のこのいっそ清々しいまでの悪辣さに好感触を抱いてくれたらしい。そうして彼は微笑みさえ浮かべている。俺も同調するように微笑みを返しておく。
「話が分かる君に少し頼みがあるのだが、2つの形態で貰う事はできないだろうか。そして、片方の受領は少し保留させてほしいんだ」
「と、言いますと?」
強欲にも複数
「冷凍保存した精子はすぐに貰いたいのだが、相手を宛がう方は少し待ってほしい。真由美がその気になってくれれば楽なのだが、あれはまだ世の清濁を併せ呑むには若いようでな」
「真由美さんにおきましては、あまり急かさない方が良いかと。決定的な不仲を起こしかねません」
「分かっているとも。だから、あれ自身がその気にならないか様子見させてほしい。駄目なようなら、他に宛がう相手を探そう」
「了解しました。では、そのように手配します」
娘に対する酷い扱いを弘一は口にしている訳だが、俺も人の事を言えないので、ただ彼のお願いをそのまま叶える。
「……」
「どうかしましたか?」
「いや、あの真夜が良く許したものだとね。君の遺伝子を提供するのなんて、彼女ならもっと渋るどころか断固拒否しそうなものだが」
「ご安心ください。既に説得を済ませています」
弘一が何かを訝しんでいたが、それはどうにもこの交渉がすんなり通った事だった。絶対に真夜が邪魔になって難航すると予想していたのだろう。同時に、難航せずに済んだ事で、俺が真夜を通さず交渉しているという不安も抱えていそうだった。
なので、俺は一言でその心配を取り除く。俺の遺伝子を提供する事は、既に真夜から承諾を得ているのだ。説得する際はこの交渉とは比べ物にならない程難航したが。
「ふふ。全く頼もしい男だ、君は。だからこそ惜しい。どうして君は四葉の次期当主にならなかった?君なら何の問題もなく次期当主になれただろう」
話の分かる男が四葉のトップになればと、弘一はその潰えた未来を惜しんでいた。
「俺に問題はなくとも、組織として問題はあったのです。俺が当主に付かなかったのは、その問題を解決するためです」
「ふむ。血族のみで構成しているというのに、一枚岩ではないのか」
「なにぶん、評価が別れる男がいたもので」
「司波達也か、なるほど」
さすがに七草家当主だけあって頭の回転が速く、問題となっていた評価の別れる男について、弘一はすぐに見当を付ける。まぁ、分かりやすかっただろうが。
強力な固有魔法を持っているのに他の魔法資質は劣等生なんて欠陥を持ってれば、そりゃ評価が別れるという話だ。
「それでも、良策とは言えんだろう。1つの問題を解決するためだけに、多くの問題を対処できるだろう椅子を明け渡したのだからな。君が思っている以上に、十師族当主という椅子は使い勝手が良いぞ?」
「ええ。俺も惜しいと思っていたので、その椅子は渡しつつも、意見できる立場に居座るつもりです」
少し態度が解れてきている弘一。俺に助言までしてくるが、無用な心配である事を明言しておく。
「抜け目はないという事か。さすがは、唯一『四葉』を名乗る事が許された後継にして、次期当主を見事隠し通した影武者だ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
どうしてこう態度が軟化しているかと思えば、弘一は意外にも俺を高く評価し、あまつさえ気に入ったから、なのだろう。俺はちょっと芝居がかりながらも、その賛辞を受け取っておく。
「今後とも、宜しく頼むよ。十六夜君」
「こちらこそ、宜しくお願いします。弘一さん」
弘一も俺もお互い信頼には足らないが信用には足ると判断し、お互いに握手を交わす。
こうして、無駄に和やかに七草家の訪問を終えるのだった。
閲覧、感謝します。